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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
幽霊船編
267/566

EP266 アドラーの超越者


「――ということがあったんだ」


「えっと、コメントし辛いです」



 クウが昔話をすると聞いて、重たい事情を予想していたのだが、実際は甘過ぎて砂糖を吐けてしまうような日常がメインだった。クウの両親の死というシリアスが消し飛ぶほどに。

 リアが微妙な顔をしてしまうのも仕方ないだろう。



「まぁ、何が言いたかったかというとだな……えっと……」


「……?」


「また守れなくてごめん」



 リアは何のことを言っているのか一瞬分からなかったが、こうして攫われたことで謝っているのだと気付いた。そして、『また』と言っているのは、以前に人魔境界山脈でロイヤル・スケルトン・ナイトに殺されかけたときのことを言っているのだと気付いた。

 だが、結果的に守られているのでリアとしては文句のつけようがない。それに自分がオリオンに捕まったのは、己の弱さ故のことであり、クウを責める気にはなれなかった。



わたくしは気にしていませんが……」


「いや、今回は俺のミスだ。本当に悪かった」


「え……」



 申し訳なさそうな顔で謝るクウを見たリアは、本当にこれがクウなのかと驚く。普段ならば軽い謝罪すら珍しいクウが、本気で謝っているのだ。



「に、偽物?」


「は? え?」


「兄様が素直に謝罪するなんて有り得ません! つまり偽物ですね!」


「おいコラどういう意味だ」


「あ、やっぱり本物でした」


「……リアとは一度ゆっくり話し合いをするべきだな」



 クウは溜息を吐きつつ、リアを引き寄せて横抱きにした。突然のことでリアは驚き、抵抗する暇もなくクウに抱かれる。



「え……兄様?」


「取りあえずリンフェル号に帰るぞ。海賊船は虚空リングに収納するから、足場が無くなる。俺に捕まっておけよ」


「そういうことは言ってから行動してください。わたくしが驚きます」


「お前の反応がいちいち面白いから止められないな」


「……やはり兄様は兄様ですね」



 クウが霧を解除したことで、リンフェル号はかなり先まで逃げている。空を飛ぶか、魔素で足場を作って走ることでしか追いつけないだろう。そうなると、リアはクウに抱えられるという選択しかない。

 また、オリオンが使っていた海賊船は、海賊討伐の証拠となる。甲板には彼らの装備品が散らばっているので、証拠としては十分すぎるだろう。これだけ膨大な証拠品があれば、捏造だと疑われることもないはずだ。

 海賊討伐による報酬よりも明らかに高くつくからだ。

 クウとしてはオリオンが持っていた魔剣ヴァジュラも回収したかったが、証拠品になるので諦めたのである。尤も、クウの場合は魔剣ヴァジュラよりも強力な電撃を《神象眼》で再現できるのだが。



「行くか」


「はい」



 クウはリアを抱えたまま虚空リングに海賊船を収納し、魔素で足場を作る。あまり天使翼は見せたくないので、このまま走ってリンフェル号まで帰る予定だった。

 すっかり霧も晴れ、空からは強い日差しがクウたちを照り付ける。

 見れば、かなり遠くに陸が見え始めていた。



(あの陸の向こうにユナがいるんだよな)



 一瞬だけそんなことを考え、クウはリンフェル号へと向かって空中を走っていったのだった。







 ◆ ◆ ◆






 魔族領の北緯三十度付近、さらに西部にある都市。そこは煌びやかでありながらも荒涼としているという矛盾した雰囲気の場所であり、住民たちは普通に過ごしていながら、どこか覇気のない目をしていた。

 石材や粘土ではなく、鉄筋コンクリートという頑丈な素材の建物が多く、街並みとしては百年前のロンドンを思わせる。スモッグのような暗い霧が街を立ち込めているからだろう。

 そんな都市の中心にある巨大な城。

 光を塗りつぶすような漆黒がメインの巨大な城の中で、魔人の女性が苛立ちを見せつつ歩いていた。



「……」



 彼女は無言でありながら、その表情には明らかに怒りが見て取れる。ウェーブのかかったブロンドが流れていく様は思わず見とれる程の美しさであるが、怒りに満ちた表情が台無しにしていた。

 元から彼女は釣り目であり、近寄りがたい雰囲気を持っていることは確かだ。しかし、今日の彼女はいつもにまして目を細め、眉をしかめていたのである。

 彼女は勝手知りたる城の廊下を歩いていき、目的の部屋の前で立ち止まる。そしてノックすらせずに、乱暴な手つきで扉を開いた。



「入るわよ」



 その一言だけで、部屋の主に断りも入れない。これは、単に彼女が部屋の主よりも地位が高いということを示していた。

 彼女の気配に気づいていた部屋の主が驚くことは無かったが、それでも断りなく入ってきたことに不快感を得ないわけではない。幾ら彼女の方が偉くとも、礼儀というものは存在するべきだと思っているからだ。



「どうした? そんなに苛々して」


「何? それをあなたが言うの?」


「どういうことだ?」



 部屋の主は彼女が苛々している理由が自分にあるらしいと気付いたが、残念ながら思い当たる節は無い。怪訝そうな顔で聞き返した。

 すると女は更に苛立ちを込めて彼に問い詰める。



「あなたね……この前、砂漠の任務の件で報告してきたでしょ? 覚えているかしらダリオン?」


「勿論だともオリヴィア」



 部屋の主は『仮面』の四天王ダリオン・メルクであり、《千変万化ジョーカー》という完全変化能力を有している。諜報、内部工作では群を抜いて有用な能力であるため、彼の仕事は情報収集がメインだ。

 対する女性オリヴィアは『死霊使い』の四天王であり、強力なアンデッドを使いこなす実働要員だ。つまり、彼女がダリオンに向かって怒りを向けるということは、情報に間違いがあったということである。

 オリヴィアは静かな怒りをダリオンにぶつけた。



「あなたが始末したって報告していた天使候補。アレに私の死霊軍団が潰されたわ」


「……何?」


「どういうことかしら? 私の死霊軍団を潰せるなんて超越化しているとしか思えないわ。そもそも蛇獣人に与えた賢者モルドを倒されているけど、今回は百単位の死霊軍団を一気に消された。これは流石に超越化以外に説明できないわよ」


「待てオリヴィア。本当に消されたのか?」


「ええ。私の【英霊師団降臨エインヘリアル】は全ての死霊とリンクしている。地中海に派遣していた海賊の死霊たちが最後に見たのは黒い天使だったわ」



 それを聞いてダリオンは黙り込む。

 確かに《千変万化ジョーカー》による変化が強制解除された。それは変化対象が死んだことを意味しているのだ。だが、相手が超越化した場合はどうなるか、試したことが無い。もしかすると、超越化することでも変化が強制解除されるのではないかと考え着いた。

 ダリオンはすかさず、この考えをオリヴィアへと述べる。

 彼女はダリオンと違って超越者だ。機嫌を損ねれば拙いことになるのは間違いない。

 落ち着いた雰囲気を見せるダリオンも、内心ではかなり慌てていたのだった。そして説明を聞いたオリヴィアも、一応は納得したようで、少しだけ怒気を鎮める。



「なるほどね。知らなかったことなら多少のことは許せるわ」


「すまないな」


「けど、問題は奴の能力よ。アレは一体何?」



 オリヴィアが死霊オリオンを通して最後に見たのは、クウによって翻弄され、死んでいく姿だ。単に超越者としての身体能力で押しているようにも見えたが、幻術らしき能力も確認している。しかし、正確な能力は不明なままだった。

 超越化前に一度能力コピーしているダリオンも、クウは死んだと報告しているので、能力の話は聞いたことが無い。だから、ここで改めて問いただしたのである。

 ダリオンはオリヴィアの質問に一度頷き、話し始めた。



「どうやら幻術系の能力らしいな。それと固有属性も持っていた。月属性というらしい。基本的には光属性と闇属性の混合だが、新たに「消滅」という特性が組み込まれている。あとは夜を支配したり、重力に作用する系統の複合能力だったはずだ」


「とすると、やっぱり幻術系かしら? 光系と闇系も幻術の効果があったわよね?」


「間違いないだろう。超越者の使う幻術となれば、やっかいだろうな……」



 搦め手の一種である幻術は、使われた側からすると非常に厄介だ。完全にペースを乱され、一方的に攻撃を加えられることも考えられる。

 オリヴィアは少し考える素振りを見せてから、ポツリと呟いた。



「そうなると、ザドヘルの能力が有効かもしれいないわね」


「彼の『氷炎』か?」


「ええ。ザドヘルの【氷炎地獄インフェルノ】なら、広範囲に無差別で対象を攻撃できる。幻術で居場所を誤魔化されても問題ないでしょう。完全に力押しだけどね」


「そうなると、逆にオリヴィアとラプラスは不利かもしれんな」


「そうね。私の【英霊師団降臨エインヘリアル】とラプラスの【甲機巧創奏者デウスエクスマキナ】は能力の系統が似ているもの。それに群で押しつぶすのが私たちの能力の真骨頂だから、幻影で惑わされたら意味をなさないわ。それに、現に黒い天使は私の死霊たちを百体近く瞬殺している。多分、私では敵わないわ」



 二人の知ることではないが、クウの能力は「意思干渉」だ。これは対超越者とも言うべき凶悪な能力であるため、配下を生成して戦うオリヴィアとは相性が悪い。超越者が生み出す配下は強烈であるが、所詮は劣化版でしかないのだ。特に死霊を操るオリヴィアの配下は《神象眼》で瞬殺されるだろう。

 その点、もう一人の四天王である『人形師』ラプラスは少し違う。同じく配下を生み出す系統の能力であるが、彼の能力はゴーレム生成だ。物質的なものであるため、物理的な破壊が必要になる。

 尤も、クウについての情報が少ないため、ダリオンもオリヴィアも知らないことだが。



「ともかくダリオン、あなたも早く超越化しなさい。虚空神ゼノネイアの呪いのせいで潜入に役立つスキルは殆ど失われたのでしょう? ならば早く権能を得なければならないわ」


「難しいことを言ってくれる。Lv180以降の封印解放がどれほど難しいが知らぬわけではなかろう」


「私かラプラスに頼めば訓練相手ぐらいして上げるわよ」


「考えておく。俺にも他の仕事が残っているのでな」


「そう……じゃあオメガ様には私から報告しておくわ。黒い天使を超越者と仮定して、能力を調べるために作戦を立てるべき、とね」


「ではお願いしよう作戦参謀殿」


「ええ」



 オリヴィアはそれだけ言ってダリオンの部屋から出ていった。

 西の魔人国【アドラー】。

 魔王を含め、四人の超越者が存在する国。

 彼らの暗躍は続く。








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