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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
幽霊船編
266/566

EP265 クウの過去 後編

ラブコメ展開


 クウが朱月家に引き取られてから数か月後、未だにクウとユナの関係は微妙な進展のみだった。多少の変化はあるが、やはりクウはユナを受け入れていなかったのである。

 そんな中、ユナはパタパタと元気よく廊下を走り、勢いよくクウの部屋の扉を開けた。



「くーちゃん! 遊びに行こう!」


「出てけ」


「冷たい!?」



 ポニーテールにお出かけ用の服をした準備万端のユナに対し、クウは部屋着のまま机に向かって何かをしているところだった。軽くあしらわれたユナは、いつものように部屋に入り込み、クウの方へと近づいていく。

 出ていけと言われても、出ていかないのがユナなのだ。

 ユナはクウの背後から机を覗き込み、問いかける。



「何しているの?」


「勉強」


「何の勉強?」


「一次関数」


「いちじかんすう?」


「数学だ。いずれ習う」


「ふーん」



 クウは部屋に閉じこもっていたが、流石に暇を持て余し、勉強する日々を過ごしていた。下手に学校へ行くよりも賢くなっているのは、クウの天才性を示しているということだろう。

 ちなみに教科書はユナの父親が倉庫に仕舞っていた昔のものだ。ユナの父は物を捨てられない性格らしく、学生時代の教科書も残していたのである。クウは偶然それを見つけ、部屋に持って行って勝手に使っていたのだった。

 当然ながら、一般的な小学三年生のユナには理解できない。

 すぐに興味を失って本来の目的を話し始めた。



「そんなことしていないで外に行こうよ。今日は日曜日だよ?」


「別にいい。今は勉強の方が面白い」


「お母さんが私の服を買ってくれるの。くーちゃんのも買ってくれるって」


「いらない」


「ダメ。一緒に行くの!」



 ユナはクウの腕を引っ張って無理やり連れて行こうとする。クウとしてもユナが嫌いになったわけではないため、暴力的になることもできず、そのまま連れていかれてしまったのだった。この年頃では、女子の方が力も強く、体格も良いのである。また、ユナは舞としての朱月流を習っていたため、それなりの体力も持っていた。



「止めろ優奈。分かったから引っ張るな」


「じゃあ一緒に来てくれる?」


「……着替えるから待ってろ」


「ありがとう! くーちゃん大好き!」


「くっ付くな馬鹿」



 抱き着いて頬擦りするユナを引き離すクウ。しかし力負けして引き離すことが出来ない。

 そしてユナを追いかけてクウの部屋にやってきた母親がそんな光景を目にして微笑んだ。



「あらあら。仲直りしたのかしら?」


「そうだよ! ね! くーちゃん?」


「……別に」


「あらら。これが噂のツンデレかしら?」


「くーちゃんツンデレ?」


「……(イラッ)」



 別に喧嘩した訳でもないのに仲直りとは……クウはそんなことを考えつつ、されるがままを受け入れる。ユナもクウが抵抗しないのを良いことに、激しめのスキンシップを続けるのだった。



(……ユナを引き剥がせるように鍛えるか)



 そんな思いから、朱月流の修行を再開する決意をしたのである。







 ◆ ◆ ◆








 以降、ユナからのアプローチは急激に増加し、強引になり始めた。どうやら、それなりに強引な方法を取ればクウの方が折れると理解したらしく、常にベタベタとくっ付くようになったのである。クウも無理に離そうとしなかったので、傍から見れば恋人のように見えたことだろう。

 しかし、ユナは満足していないように見えた。



「くーちゃんはどうして私に無関心なの?」


「別に」


「私はこんなに大好きなのに!」


「それを俺に強要するな」



 好きの反対は無関心。

 ユナに対するクウの反応はまさにこれであり、ユナは唇を尖らせて文句を言っていた。クウとしては無理に親しくなりたくないので、一定以上は心を許さない。

 クウの反応にも微妙な変化はあったが、やはり一定以上の反応は見られず、ユナが不機嫌になるのも当然だった。



「じゃあ、ちゅーしようよ」


「……何故?」


「男なんてちゅーすれば瞬殺だってお母さんが――」


「何教えてんだ優子おばさん……」


「優子おばさんじゃないでしょ! お母さんだよ!」


「……」



 優子というのはユナの母親の名前である。ちなみに父親の名前は源二げんじだ。クウは源二のことを師匠と呼んでいる。

 ユナとしてはクウにもお母さん、お父さんと呼んで欲しいと思っているが、クウは無視し続けていた。優子と源二もユナと同じ思いではあるが、強要できることでもないため、半ば諦めている。本来の両親が殺されたばかりであるというクウの内情も理解できるため、遠慮してしまうのだ。

 ただ、それを気にしないユナに賭けているという面もあるが……



「ちゅーしないの?」


「しないよ」


「私のこと嫌い?」


「嫌いじゃない」


「じゃあ、好きなんだよね! ちゅーしよ!」


「何でそうな――っ!」


「逃がさないよ」



 ユナは目を輝かせてクウを押し倒し、顔を近づけていく。強引に行けばクウは折れると学習したユナを止めることは出来ない。何故ならユナの方が力が強く、体格も良いからだ。元からクウは身長も低く、体重も軽めであり、ユナには勝てない。

 勿論、本気で逃げ出そうと思えば出来るかもしれないが、無理に押し退けるとユナが怪我をする可能性もある。ユナに対して無関心ではあるが、傷付けたいとは思えない。それゆえ、クウは動くことが出来なかった。



「おい離せ!」


「やだ」


「や、やめ――」


「はい、ちゅー!」


「――――――っ!?」



 こうしてクウのファーストキスは奪われたのであった。







 ◆ ◆ ◆








 ユナの過剰スキンシップは日を追うごとに酷さを増していった。過激度というより酷さである。隙あらばクウにキスを連発し、油断すると風呂にも侵入してくる。朝、気付けば布団の中にユナが侵入していることなどザラであり、挙句の果てには食事中に食べさせようとしてくるほどだ。さらに厄介なことに、ユナの両親である優子と源二も止めるどころか微笑ましい表情で観察しているだけだった。

 幼いながらもユナは美少女と呼ぶに相応しい容姿を持っており、他の者が聞けば羨ましすぎて血の涙で号泣することだろう。残念ながらクウにとっては地獄と称するに値していたが。



「く、屈辱だ……」


「今日もくーちゃんは可愛いねー」


「この野郎……」


「私は野郎じゃないもん! 美少女だもん!」


「自分で言ってりゃ世話ねぇよ」



 今日も朝からベッドで押し倒し、馬乗りになって何度もキスを続けているのはユナだ。ユナに下心もなく純粋にスキンシップを楽しんでいるというのが厄介な点であり、更にクウにユナを押し退ける身体能力が無いことが全ての原因だった。



「ほら、おはようのちゅーだよ」


「やめ―――っ!?」


「はいもういっかーい」


「――! この! 待て――」


「あらあら。朝から仲がいいわね」


「おばさんも見てないで助け――!?」


「そうねぇ。お母さんって呼んでくれたら助けてあげようかしら?」



 毎朝恒例の過激過ぎるスキンシップはユナの両親も認知している事であり、特に母親である優子は毎朝ニヤニヤしながら眺めるのが常だった。助けを求めるクウの言葉は聞き入れられず、寧ろチャンスとばかりに「お母さん」呼びを強要させるだけとなる。

 これでストレス性胃炎にならないのは、クウが精神改変で作った心殻のお陰だろう。一定以上の感情をデータ化することで、第三者視点のような感じ方を手に入れていた。



(この残念変態……)


(くーちゃーん♪)


(あらあら)



 三者三様。

 まさにこの言葉が相応しいだろう。

 そして人とは適応する生き物だ。どんな辛い状況でも、それを覆すことが出来るほどの精神的適応性を備えている。逆の言葉で言えば『飽き』だが、クウにとっては苦行であったため、『適応』という言葉が正しいだろう。

 数年後、クウとユナが中学生になることには、既にクウの中でも日常として出来上がっていた。

 非日常という日常に……







 ◆ ◆ ◆







 ソロリソロリとユナは廊下を忍び足で歩いていく。今は日の出直前であり、これからクウと父親の源二を交えて朝の鍛錬が始まるのだ。だが、ここ三日ほど、それよりも先にユナはクウを起こしに行くことにしている。

 最近は気配に対して鋭くなったクウに気付かれないため、高度な透遁法を用いて歩みを進めていた。



(くーちゃん寝ているかなー?)



 ユナはクウの部屋の扉に張り付いて中の気配を確認する。クウ限定で発動できるユナの気配察知スキルの変態じみた性能が発揮され、中で眠っていることを知覚した。



(うふふふふふふ……)



 無言で怪しい笑みを浮かべながらユナは扉を開き、中へ侵入する。音もなく動き回れるユナは忍者ニンジャを彷彿とさせるが、彼女はあくまでも中学生だ。これもクウ限定で発動できる特殊技能だと言えるだろう。

 言い換えれば、ヘンタイのなせる技である。



(標的確認。一気に近づいて唇を奪う!)



 そう決めたユナは、大きく膝を曲げて瞬間的に加速し、ベッドで眠っているクウへと近づいた。そして左手で布団を捲りあげ、右手はクウの体を押さえつけるべく動いていた。ここまでをコンマ五秒で実行してみせたのは、日頃からの慣れという部分が大きい。

 しかし、慣れているのはクウも同じだ。流石に目を覚まし、襲いかかってくるユナの存在に気付く。長年の恒例行事ともなればクウも慌てることはなく、冷静な対処を見せた。

 クウは素早くユナの右手首を掴み取り、慣性力を利用して体を反転。そのままユナをベッドへと転がし、逆に押さえつけてしまった。

 形勢逆転である。



「酷い目覚ましだ」


「え、えへへ? くーちゃんおはよう?」


「優奈。良いことを教えてやろう。人は学習する生き物なんだ」


「そ、そーなんだ」


「流石に三日も同じ手を使われた嫌でも対応できる」


「凄いねー。前の睡眠直後強襲作戦は一週間もかかったのに」



 以前、ユナはクウが眠った直後に襲い掛かり、好き放題にスキンシップを楽しんだ後、一緒に寝るということをしていた。一週間ほどで対応されたので、ここ三日間は早朝に襲い掛かることにしていたのである。

 ただ、手順が似ていたので対応は早かった。



「ところで優奈」


「なーに?」


「そろそろお前にもお仕置きが必要だと――」


「ドンと来い」


「――思ったけど止めておこう」


「何で!? ほら、美少女が無防備な感じなんだよ! 今なら襲い放題だよ!」


「ちょっと黙れ変態残念痴女」


「大丈夫。くーちゃん限定だよ」


「止めろ」



 戸籍上は姉弟きょうだいだが、実質は恋人に近い。寧ろ、普通の恋人よりも甘い日常を送っていることだろう。クウも邪険にしているようだが、雑反応だった昔に比べれば良くなっていた。

 クウは本質を理解することに長けている。

 これだけ長く純粋な想いを寄せられれば、嫌でも気付くというものだ。

 だからこそ、クウはユナにだけは心の盾を除いて接していた。



「はぁ~。一回だけだぞ」


「おー! くーちゃんが遂にデレた! ディープなのいっちゃう?」


「調子に乗るな。ほら」


「んぅ」



 本当に中学生なのだろうかと疑いたくなる二人だが、流石に一線は越えていない。ただ、これらの激しすぎるスキンシップのお陰で、クウには女子耐性が付けられ、強くリアに触れても特に思うことがなくなってしまったのは良かったのか、悪かったのか不明である。



「あらあら。朝から熱いわねぇ。起こしに来たけど無駄だったかしら?」


「全くだ。修練の時間だぞ。くう優奈ゆなも準備をしなさい」


「あ、母さんに親父」


「おはよー二人とも」



 そしてこの状況をスルーしてしまう優子と源二も問題ありなのかもしれない。ただ、ユナのスキンシップのお陰で、クウが二人を『母さん』『親父』と呼ぶようになったと理解しているため、別に思うところは無かったりする。

 寧ろ、源二は将来的に、クウを婿養子に変更してユナと結婚させる計画まで立てていたほどだった。ちなみにこれはクウもユナも知らないことである。



「くーちゃん大好き!」


「はいはい。俺も好きだよ」


「あらあら」


「おーい。修練は?」



 二度と大切なものを作らない、自分の心に踏み込ませないと誓ったクウが、それを許した相手。クウはだからこそ、大切な『家族』を絶対に守りたいと思った。二度と失う悲しみを知ることが無いように、ユナだけは絶対に守ると誓ったのだ。

 しかし、高校一年生となったとき、ユナ・アカツキは異世界エヴァンへと召喚される。決して守ることの出来ない遠くの地へと引き離されたのだ。

 だから、こうしてクウが同じくエヴァンへと召喚されたのは、運命とも呼べる物かもしれない。もしくはクウが魂に誓った願いが叶えられたのかもしれない。

 大切な『家族』を守りたいという願いは、クウの中で留まり続けるだろう。それはユナ・アカツキだけでなく、エヴァンで出会ったリア・アカツキも守りたいという願いになって……







作者から一言


どうしてこうなった。


こんなラブコメ展開をするつもりはなかったのに、気づけばこうなっていた。これは何かの呪いに違いない。

そういうわけでユナさんの性格を決定しました。

クウが大好き過ぎる残念ヤンデレ(微)にします。過去の時点ではヤンデレ要素がありませんけどね。リアさんとのやり取りで発揮してくれるでしょう。今から書くのが楽しみです。



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