EP263 黒い理不尽 後編
能力を解放し、「魔眼」を使用したクウは黒い畏怖を纏っているように見える。濃い霧の中にもかかわらず、その黒は世界を侵食するかのようにハッキリと映し出されていた。
いや、実際に侵食していたのだろう。
意志の力を体現する能力者が感情のままに能力を使えば、世界すら塗り替わるのだから。
「……」
クウは何も喋らない。
初めに言い放った一言以外は不要ということだろう。
目は口ほどにものを言う。
今のクウはそんな目をしていた。
(……やはりか)
解析を完了させたクウは無言のまま対応策を練り始める。どんな手を使い、リアを攫おうとした愚かなる海賊たちに地獄を見せるか、という策だった。
―――――――――――――――――――
オリオン ― 歳
種族 デス・ユニバース ♂
Lv error
HP:――/――
MP:――/――
力 :120,194
体力 :92,819
魔力 :59,039
精神 :62,881
俊敏 :98,182
器用 :67,628
運 :0
【固有能力】
《無限再生》
【通常能力】
《魔闘剣術 Lv10》
《水魔法 Lv10》
《召喚魔法 Lv10》
《気力支配》
《明鏡止水》
【加護】
《英霊の祝福》
【称号】
《大海賊》《恐怖の体現者》
《死者》《オリヴィアの眷属》《歪な魂》
―――――――――――――――――――
《明鏡止水》(エクストラスキル)
心身強化系最上位スキル。
《剛力》《硬化》《極魔》《恒心》《神速》
の上位融合スキルであり、肉体能力と精神性
を極限まで極めた境地へと至った者の証でも
ある。
意識が澄み渡り、完全なる無駄のない肉体能
力を得ることになり、同時に、危機に対する
鋭敏な感覚を得る。
魔力を使用してアクティブ状態にすることで、
破砕、金剛硬化、魔力濃密化、精神攻撃無効、
自動反応の追加効果が現れる。
(デス・ユニバース……あの時と同じか)
クウが思い出したのは砂漠での戦い。レイヒムが最後の召喚した切り札であり、魔王オメガから貰い受けたアンデッドのことだ。
目の前にいるのは百年前に殺された大海賊オリオンのアンデッドであり、オリヴィアという謎の存在によって甦った魔物だ。無限の再生能力と尽きることのないHPとMPが立ちはだかり、肉体を次元の果てに消し去るなどの方法でしか倒すことが出来ない。
加護の力によって強制的に昇華させられたステータス値とスキルレベルは、もはやこの世の者とは思えないほどに強化されている。
(しかもオリオンだけじゃなく、海賊全員がデス・ユニバースとはな……これだけのアンデッドを大量に生み出せるとすれば、やはりオリヴィアとやらは超越者の可能性が高いか)
この海賊船に乗っている者たち。
オリオンを始めとした全ての海賊は、全員が死者であり、デス・ユニバースとして蘇った者たちだった。レーヴォルフとミレイナが手も足も出ずに負けたのは当然である。寧ろ、オリオンがリアを攫って引き上げなければ確実に殺されていたことだろう。
(まぁいい。殺るか)
クウは両目の六芒星を光らせて幻術を発動する。いや、正確には精神へと影響を与える催眠攻撃であり、誰もがクウの存在を認識できなくなった。オリオンは精神攻撃を無効化する《明鏡止水》スキルを保有しているが、クウの「意思干渉」の前には小石同然の防御だ。
あっという間にプロテクトを突破され、オリオンはクウを見失う。
霧を侵食するほどの威圧感を発していた存在が一瞬にして消えたのだ。これにはオリオンも驚かざるを得ない。
「な!? 何処に消えやがった!」
オリオンは右手の魔剣ヴァジュラを強く握りしめ、魔力を通して軽く放電させる。さらに《水魔法 Lv10》によって発動した水の防御膜がオリオンを球状に囲み、鉄壁の防御を見せた。《明鏡止水》の効果で魔力濃密化が発動されているからである。
ちなみにこの効果は、MPから魔力への変換効率を引き上げ、魔力純度を高める補助をしてくれるのだ。
言ってしまえば、霊力をそのまま扱えるクウの敵ではない。寧ろ劣化スキルである。クウからすれば、この程度の魔力密度しかない水の膜は紙切れ同然だった。
「……っ!」
オリオンは背中に冷たさを感じ、振り返る。
そこには冷たい目をしながら刀を下から上へと振り上げたクウが立っていた。クウの持つ神刀・虚月からは血が滴っており、オリオンは自ずと誰の血であるかを理解する。
そしてそれと同時に背中から強烈な痛みが走った。
「テメェ!」
金剛硬化も自動反応も効かない。
痛みを堪えて振るった魔剣ヴァジュラから電撃が発せられ、クウの体を右から左へと切り裂く。高圧大電流によって発したジュール熱を利用して焼き斬るという方法であり、金属ですら切断可能なレベルで魔力を込めたつもりだった。
しかし切り裂かれたはずのクウは霞のように揺らいで消える。初めから何もなかったかのように気配も姿も消えてしまったのだ。当然ながらオリオンにも切った手応えは無く、目を見開いて驚いた。
そして今度は胸に小さな痛みを感じる。
「な……に……?」
オリオンが視線を下げて見つけたのは、自分の左胸から突き出す刀。これが意味するのは背後から刺されたという事実だ。そしてそれを認識した途端に痛みは強烈になる。
「ぐ……がはっ!?」
吐血しつつも再び背後に向かって魔剣ヴァジュラを振るうが、やはり切った手応えは無い。周囲に張っている水の膜も役に立たず、オリオンは奥歯を噛みしめた。
ここまで愚弄されたのは初めてである。
かつて自分を殺害した魔王アリアは、その圧倒的な力でオリオンを叩き潰した。当時は生身だったオリオンは何をされたのかもわからず死亡し、アンデッドとして蘇ったとき、自分を甦らせてくれた者から少し聞いただけである。
『ああ……彼女の【神聖第五元素】は反則よね』
その者が言っていることの意味は分からなかったが、強力な攻撃だったのだと理解できた。不死とも言える強化アンデッド、デス・ユニバースを大量に生み出せるような存在が『反則』だと評価したのだから。
(だがコイツは違う! 魔王アリアとは別の不気味さが……!?)
オリオンがそんなことを考えている間にも攻撃は止まらない。刀によって切り裂かれ、貫かれ、チクチクとダメージを与えられていく。対するオリオンも反撃を試みるが、まるで斬った手応えが無いのである。
デス・ユニバースとして復活したオリオンには再生能力が存在している。そのため斬られても貫かれても傷は塞がるのだが、痛覚だけは内部に残って治癒されなかった。そのため痛みがオリオンを蝕んでいき、徐々に攻撃も雑になっていく。
心を澄ませ、身体の境地へと至らせるスキル《明鏡止水》も形無しだった。
何故なら、オリオンは左手に抱いていたはずのリアが消えている事にも気づいていなかったのだから。
「クソ! クソ! クソオオオオオオオオオオ!」
オリオンは魔力を込めて魔剣ヴァジュラの雷光を放ち、強烈な《水魔法》で周囲を破壊する。全方位の攻撃を仕掛けているにもかかわらず、刀による裂傷は止まず、寧ろ反撃するたびに増加しているようにすら思えた。
魔剣ヴァジュラで切り払えば腹部を横一文字に切り裂かれ、大電流で破壊の限りを尽くせば四肢を無数の斬撃が蹂躙する。再生するたびに新しい裂傷が刻まれ、それは止まることが無い。魔法でも防ぐことは敵わず、もはや黒い理不尽の姿すら目で追えなかった。
姿もなく、音もなく、気配もなく……
ただ静かな斬撃だけがクウの存在を証明する。
「何でだ畜生がぁっ!」
オリオンは死なない。
いや、死ぬことが出来ないというべきか。
痛みは無限に蓄積されていくが、身体の怪我は無制限に治る。
こうして動けるのはアンデッドだからだろう。普通の精神性を持った生物ならば、とうに発狂していてもおかしくない。オリオンはそう考えながら剣を振るい続けた。
だが、本当は違うのだ。
オリオンが痛みを堪え、恥辱に耐えて動けるのは、クウが催眠によって発狂を防いでいるからに過ぎないのである。
哀れな海賊は狂い続ける。
「何で……俺がァ……!」
全ては黒き理不尽の怒りに触れたのが原因なのだから。
…………
……
…
「――という夢を見ている頃だろうな」
「なかなか酷いですね兄様」
「お前に怖い思いをさせたんだ。当然の報いだな」
クウとリアの周囲に転がっているのはオリオンを含めた全ての海賊たち。権能【魔幻朧月夜】によって夢幻の世界へと飛ばされ、それぞれが苦痛に塗れた夢を見ていることだろう。
そもそも、クウが初めに幻術を発動させた時点で勝負は決まっていた。
最強幻術《夢幻》によって海賊たちの意識は失われ、リアは即座に解放されていたのである。今はリアに残っているオリオンの感触を上書きするようにクウが強く抱いており、リアも抵抗することなく状況に身を任せていた。
そして、クウが何をしたのかを説明され、先のセリフに戻るのである。
「それに海賊共は不死のアンデッド。これは本当の意味で不死だ。こいつらに付与されている仮の魂を直接破壊するか、封印系の能力を使わなければ倒すことはできない。だから直接攻撃ではなく、精神攻撃を仕掛けるのは正攻法だぞ」
「そうですか?」
「他にも理由はあるけど、お前に怖い思いをさせたのが結局は一番の理由。不死であることが嫌になる幻術で永久に苦しめばいい」
「……兄様が黒いです」
「知っている」
「……」
勿論、リアが言っているのは見た目の話ではない。黒髪黒目黒コートのクウだが、見た目だけには留まらず、中身も結構黒い。特に身内が被害に遭ったときはそうだ。
それはクウの過去にも起因していることだろう。
強盗に両親を惨殺されたことは、クウの中でもまだ残っている。幼き頃に植え付けられたトラウマは簡単に消えるものではないのだ。
だからこそ、クウは身内の危機に対して敏感であり続ける。
過剰だと思われてもだ。
「……」
「……」
もはや霧も晴れ、二人は巨大な海賊船の甲板で佇む。周囲には海賊たちが転がっているが、まるで死んでいるかのように蒼白した表情だった。作り物のオブジェであるかのように……
船を波打つ音だけが聞こえ、二人は無言のまま少しの時を過ごす。
「また……やっちまったな」
「っ!」
唐突に呟かれたクウの言葉。
リアはそれに反応してビクリと体を揺らす。恐る恐る顔を上げると、既にクウは「魔眼」の力を解除していた。六芒星の紋章は消え去り、いつもの黒目に戻る。
魂を破壊された海賊たちは既に体が崩壊しかけており、衣服や装備品を残して萎むように消えようとしているところだった。クウの【魔幻朧月夜】の力によって、意思力が砕かれたのである。
所詮は情報次元を元にして再現された仮の魂。
海賊たちは復活したと錯覚しているようだったが、彼ら本来の魂は、既に浄化されて輪廻の輪に加わっていることだろう。
故に破壊は楽なものだった。
「……」
「……」
再び口を閉ざし、クウはリアを強く抱き寄せる。クウにも自覚の無いことであり、リアは何かがおかしいと思っていた。更に言えば、いつもよりも瞳が暗い気がする。
しかしクウはリアに何も言わせることなく口を開いた。
「なぁ。ちょっと昔話するぞ―――」
「――はい」
一拍ほど開けた返事を聞き、クウは語り始めた。
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