EP260 リアの選択
今回はリアのターン
「『清浄なる大地よ
万の悪意を消し去り給え
顕れしは神聖の領域
支配するは神の真意
神気を以て打ち払う
不浄なるものよ
この地を立ち去れ
《聖域》』」
リアは霧で効果が弱化することを見越して、完全詠唱の《聖域》を使用する。リアの実力ならば無詠唱でも発動可能だが、数メートルしか視界を確保できないほどの霧の中では仕方ない。多少の隙を晒すリスクを背負ってでも威力を上げるために詠唱発動した。
詠唱は言霊となって意思次元から情報次元へと伝達され、情報次元に記録されている魔法システムを起動させる。リアのイメージを元にして情報次元から魔法は発せられた。
それは眩いばかりの光。
大量の魔力を込め、詠唱によってシステム的補助を受けた魔法の光だ。
光を媒体として「浄化」の特性を発揮し、不死者たちを焼く。
『ウオォオォオオオォォォッ!?』
呻き声が不協和音を生み出し、海賊たちは苦しそうに表情を歪めた。聖なる浄化の領域はアンデッド系の魔物だけでなく、通常の魔物にも影響を与える。少なくとも、海賊たちがヒトという種から外れていることは理解できた。
ならばあとは早い。
相手はヒトではなく魔物。
リアは次の詠唱を始める。
「『天象の鎖、秩序の光域
輪廻を降す究極の浄化
天、畜生、人間、修羅、餓鬼、地獄
六道の終点にして死の原点
無限の輪廻は虚に至る
虚に堕ちる魂の救済
罪の天秤よ、傾け!
《救恤》』」
クウが開発した対個人へと特化した浄化系の魔法。人族基準でSSランクのアンデッドすらも一撃で葬り去ることが可能である。流石にSSSランクの災害級や天災級や災禍級は不可能だろうが、それだけの効果を持っていた。
リアは《聖域》の余波で苦しんでいる近くの海賊を標的として《救恤》を発動する。この魔法は光属性であるにもかかわらず、実は「光」としての特性を抑え、極限まで「浄化」に特化させたものだ。故に射程が非常に短いという欠点があるものの、霧によって阻まれることもない。
《救恤》は完全な状態で直撃した。
「――――っ!」
声にならない声で叫ぶ海賊の反応から、やはりアンデッドに属する魔物だったのだと察する。予想が確信へと変わった瞬間であり、しかしそれと同時に疑問も生じていた。
叫び声を上げて苦しむ海賊は確かにダメージを受けている。
しかし、滅びる様子が全くないのだ。
アンデッドとして仮の生命を授かり、脳から復元した生前の記憶を有していることは珍しくない。だからこそ海賊としての自我を持っているアンデッド自体は納得が出来た。
だが、こうしてアンデッドとして生じた意思を浄化した時点で器である体も崩れ去るのがアンデッドの常識であり、普通ならばダメージと共に崩壊するハズである。
「―――ぎ―――が―――ぁっ!?」
呻き声は上げている。
苦しそうにしている。
確かにダメージを与えている感触はある。
しかし、一向に海賊の体が崩れ去る様子は無い。
浄化系魔法としては最高位の威力を持ち、リアの魔力値から放たれた《救恤》を喰らっても滅びる様子が無いというのは困惑を隠せない事態だ。
そして、魔法効果は切れる。
「――っはぁ……はぁ……死ぬかと思ったぜ……」
「そんな! どうして!」
海賊にはまるでダメージが見当たらない。
あのレベルの浄化魔法をくらえば間違いなく塵に還るだろうし、無理だったとしても瀕死に追い込むことは出来たはずだ。それだけの威力があるとリアは知っている。
だからこそ、目の前の結果を認めることは難しかった。
そして《聖域》の余波も消え去り、海賊たちは苦しみから解放される。
言葉を失うリア、そして困惑するミレイナとレーヴォルフに向かって初めに口を開いたのは、未だに糸で捕らわれたままのオリオンだった。
「ゲハハハハハッ! 俺たちがアンデッドだと見抜いたところまでは良かったぜェ? だが残念ながら、相手が悪かったなァ。お前程度で俺たちを浄化することは出来ねぇのさ!」
情けない恰好で捕まっているオリオンだが、余裕を崩さないことには理由がある。それは不死者となった自分たちを殺せる者はいないという自負だ。
これは傲慢でも何でもない事実であり、幽霊船として取り込んできた船団、その船団にいた船員のアンデッドなどは使い捨てして構わない駒だった。
自分たちの不死性と、海中を進むことの出来る海賊船スケルディア号こそが自信の源。自分たちの放つ瘴気とオリオンの召喚魔法で取り込んだ幽霊船など、取るに足らない飾りだった。
だが、飾りと言っても、たとえ使い捨てだったとしても、幽霊船がそれなりの戦力であることは自明だ。それをゴブリンでも討伐するかのように消し去る存在がいるとなれば、オリオンも焦る。不遜な態度で大海賊を名乗ってはいるが、その本質は臆病なものだ。だからこそ、相手の戦力を探るため、手始めに幽霊船と召喚魔物をぶつけることにしている。
そうして気付いた想定外こそがクウ・アカツキ。
リンフェル号の遥か後方にアークを召喚して気を引いたのもオリオンの策である。
オリオンは不死である自分たちを滅ぼせる可能性を考慮し、危険人物と断定したクウをリンフェル号から離すことにしたのだ。
流石にオリオンもクウがアークと交戦経験があるとは知らなかったが、異常な気配を感じれば対処に動くはずだと判断した。そしてクウは見事にアークを倒すためにリンフェル号から離れてしまう。
幽霊船を消し飛ばす能力を考えれば、巨大魔物アークでも止められるとは思わない。
ならばここからはクウが帰って来るまでの時間勝負である。
オリオンは声を張り上げた。
「テメェら遊びはここまでだ! 男は殺せ。財は奪え。女は連れ去れ!」
『おうよ船長!』
海賊たちは声を揃えて返事をする。
自分たちの不死性を利用して相手の解析は終了している。
リアは浄化と回復が出来る魔法使い。
ミレイナは触れずに対象を殺せる厄介な相手。
レーヴォルフは体術と糸を使う。
どうするべきかは既に分かっていた。
「竜人の女に気を付けろ。そいつには魔法を使え。竜人の男は身体能力と数で倒せ。俺を縛っている以上は碌に動けねぇからな。人族の女は無視でいい」
オリオンの出した指示に従って部下の海賊たちは動き始める。剣や体術に自信のある者は、不死者となって得た凄まじい身体能力でレーヴォルフに襲い掛かる。そして魔法が使える者はミレイナに向かって攻撃を始めた。予想外にも無詠唱で連続発動するため、ミレイナは隙を突くことが出来ない。攻撃力皆無と見なされたリアは無視されていた。
「『―――
《聖域》』!」
リアは焦って浄化の魔法を発動させる。
海賊たちに無視されているお陰で詠唱発動が出来たのだ。
しかし、もはや海賊たちに浄化の魔法は効かなかった。理由は彼らの体から放たれる気である。
「そんなっ!」
先程までは使う気配すらも見せなかった《気纏》スキル。肉体の性能を引き出し、耐性なども底上げするため、光属性による浄化すらも弾いたのだ。
これまでミレイナの破壊の波動を受け止め、更に浄化の魔法を受け止めてきたのは遊びでしかない。相手の実力を測るという遊びだったのだ。
クウの帰還というタイムリミットがある以上、海賊たちはこれ以上遊ぶつもりはない。
理不尽なまでの不死性。
そして常軌を逸した身体能力。
目を見張るほどのスキル技能。
更には無尽とも思える体力と魔力。
勝ち目など有るはずがない。
「くふ……ごふっ……」
「……う…………」
竜鱗と《気纏》による防御力を貫く打撃に晒され、レーヴォルフは血を吐きながら倒れる。
船に被害を与えつつも《竜の壊放》で応戦していたミレイナは、圧倒的な物量の魔法に押されて同じく倒れた。
竜化している竜人の身体能力を軽く上回る動きを見せた海賊は一体何者なのか? アンデッドになったことでステータスが強化されたと考えても、この強さは異常である。
深いダメージを受けたレーヴォルフはそんなことを考えつつ、意識を失った。
「く……レ―ヴ……」
「おうおう。ようやく解放されたぜェ」
「本当だな。一人で乗り込んでおきながら役立たずな船長だぜ」
「言うねぇゲイル。流石の俺も落ち込むぞ……」
「なるほど。それは面白い。スケルディア号の甲板の端でいじけている姿を見世物にしよう」
「性格悪いなテメェ!?」
糸から解放されたオリオンは倒れたレーヴォルフを踏みつけながら体をほぐす。ゲイルという男とふざけ合っているのを見ると気が抜けるが、状況はそれどころではない。
ミレイナも倒れ伏しつつオリオンを睨みつけるが、体の痛みがそれ以上のことをさせてくれなかった。
竜化を使用してもこの体たらく。
《竜の壊放》を本来の使用方法に従って無制限解放すれば結果は違ったかもしれない。しかし、リンフェル号を壊してはいけないという制約が、ミレイナの敗北につながった。
このままでは殺されていくレーヴォルフを見ている事しか出来ない。
「さーてと。さっさと荒らして引き上げるぞ。アークを追加召喚しておいたから最低でも一時間ぐらいは持つだろうけどよ。早めに逃げる方が精神衛生上は良いだろうからなァ」
「そこは何が来ても俺に任せろ、とか言って欲しいな」
「ははは。俺だって自分が最強だとは思ってねぇよ。魔王アリアに負けてからは特にな」
「情けねぇ船長様だ」
「違いねぇ」
「それでその竜人はどうするよ? 取りあえず殺すよな」
「アンデッド化すれば戦力になりそうだからなァ。出来るだけ綺麗に殺すか」
「じゃあ、俺たちは金目の物を一通り集めておくが?」
「そうしてくれ。こいつを殺したら増援を召喚す――っと危なっ!?」
オリオンが咄嗟に首を曲げると、そこを炎の槍が通過していく。もう少し遅かったなら、オリオンの頭は爆散していたことだろう。復活はすると分かっていたが、咄嗟のことで反射的に回避したのである。
それでも余裕を崩さないオリオンが魔法の発動元を見ると、無視していた人族の少女が短杖を構えて次の魔法を生成していた。
「『《炎槍撃》』」
「おっと危ない」
オリオンは魔剣ヴァジュラに水を纏わせて炎の槍を切り裂く。来ると分かっていれば対処は簡単だ。そしてオリオンが目で合図をすると、部下の二人が同時に動き、次の魔法を発動しようとしているリアを抑え込んでしまった。
「ひゃあっ!」
「悪いな嬢ちゃん。遊びじゃないんだ。誰か魔封じの魔道具を使え」
「はいよ」
オリオンが少しだけバツの悪そうな顔をしながら命令すると、近くに居た海賊の一人が懐から首輪型の魔道具を取り出して手早くリアに装着する。リアは抵抗したが、二人の男に押さえつけられている以上、無意味なものになった。
そんな様子を見ながらオリオンは口を開く。
「そいつは魔力の操作を乱す魔道具だ。余程の魔力制御技能があれば別だがァ……杖に頼っているようじゃあテメェに魔力は使えねぇよ。そういう魔道具なんだからな」
「く……レーヴォルフさんから足をどけてください!」
「おぉ、ツッコむのソコかよ……そうだなァ。テメェが俺の女になるってんなら構わないぜ?」
「………………え?」
「よく見りゃあ、結構可愛いじゃねぇかよ。体のラインが見えないローブは残念だが……俺の目は誤魔化されねぇぜ。弄び甲斐のある胸を――」
「ちょっと黙ろうかエロ船長」
「言い方がヒデェよゲイル」
「俺は下品なのが嫌いだ」
「それでも海賊かよ……」
やはりふざけ合っているオリオンとゲイル。その話を聞いていた他の部下たちも口々に好みのタイプを語りだす始末だが、リアからすればそれどころではない。
実際、虚空迷宮でオークの群れに襲われて以来のピンチだった。
あの時は偶然駆け付けたクウによって助けられたが、今回の場合、リアの感知ではクウの魔力を感じることが出来ないため、状況は絶望的である。
「で? どうだい嬢ちゃんよ。俺の女になるなら、この竜人の男だけじゃなねぇ、そこに転がっている竜人の女も助けてやるよ。おお、何ならこの船も無傷で見逃してもいいぜェ?」
「おいこら船長。勝手に見逃す約束すんな」
「ちょっと黙ってろゲイル。俺はコイツが気に入ったんだよ。それと今、微妙に俺のことは貶したよな?」
ニヤリと口元を歪めつつも真面目な目をしているオリオンを見て、ゲイルも溜息を吐きつつ諦める。海賊として真面目になったオリオンはギラギラとした獲物を狙う捕食者の目をしており、副船長ゲイルでも、友人ゲイルでも止めることはできない。
よほど人族の少女が気に入ったのだろうと彼は考えた。
「ったく、船長は仕方ないな」
「分かればいいんだよゲイル。それでどうなんだ嬢ちゃんよ? 俺はそこに倒れている竜人二人も見逃してやるし、今回はこの船も見逃してやろうじゃねぇか。だから俺の下に来い」
「あ……その……」
「時間は待っちゃくれないぜェ?」
「わ、私は―――」
評価、感想をおまちしております。