EP259 不死者
自らを嘗ての大海賊オリオンだと名乗る男。百年前に魔王によって滅ぼされたはずの彼が目の前にいるというのは驚きでしかない。
ハッタリではないのか?
そんな思いがレーヴォルフには浮かんだ。
しかし、致命傷だけならまだしも、頭を吹き飛ばしてすら殺せなかったのだ。もはや再生能力を備えたアンデッドだとしか思えない。自動回復系スキルでも、死んでしまえば回復できないからだ。
「蘇ったってことかな? 不死の体なんて信じられないけど」
「おいおいィ。テメェの目は節穴かァ? 目の前で復活したじゃねぇか」
「ハハハ。ちょっと現実逃避したくなっただけだよ」
「なるほどなァ。ゲハハハハハッ!」
オリオンはレーヴォルフの糸に縛られた状態であるにもかかわらず余裕を崩さない。不死であることが余裕に繋がっているのだろう。逆にレーヴォルフは冷や汗が止まらない思いだった。
(さて、僕たちで倒すのは難しい……クウが戻ってくるまで時間稼ぎをするかな)
しかしそれは甘い思考だったと知ることになる。
「出てこい部下共!」
オリオンがそう叫ぶと同時に、彼を中心とした魔法陣が展開された。オレンジ色に輝く魔法陣は霧の中でもハッキリと見え、複雑な紋章を描いていいた。円形を為す魔法陣は端のほうだけが霧で隠れて見えないが、逆にそれが魔法陣の大きさを示している。
そして次の瞬間、魔法陣から十数人の男が姿を顕した。
その中の一人がオリオンに向かって呆れ顔で口を開く。
「船長。俺らはスケルディア号で待機じゃなかったんですかい?」
「予定変更だゲイル。捕まっちまったもんでなァ」
「ったく船長は……」
オリオンにゲイルと呼ばれた男は魔法陣から出現した一人。
そして同時に出現した者もオリオンの率いる海賊団の者たちだった。
召喚属性は「喚」「契約」「創造」の特性を有しており、対象と契約すれば、動物でも人でも魔物でも呼び出すことが出来る。オリオンはこれを利用した疑似転移を行ったのだ。
「これは一体……っ!」
「どういうことなのだレーヴ!?」
「落ち着いて二人とも。恐らく《召喚魔法》か《時空間魔法》だよ」
焦燥した声を出すリアとミレイナに対して、レーヴォルフは冷静に判断を出す。流石にレーヴォルフでは《召喚魔法》と《時空間魔法》の違いを判断できなかったが、答えはすぐにオリオンから齎された。
「正解だぜェ。こいつは俺の《召喚魔法》だ。テメェら俺を早く助けろ!」
「はいはいっと。船長は部下の扱いが荒いねぇ」
オリオンの言葉にゲイルが苦笑しつつ答え、腰の剣を抜く。流石にオリオンの持っているような魔剣ではないが、それなりの業物だ。ミスリル合金製であり、鉄の剣ならば切り裂けるほどの切れ味を持っている。
さらに他の部下たちも続いて剣を抜き、リア、ミレイナ、レーヴォルフを取り囲んだ。オリオンを糸で縛っているとは言え、不死である以上は人質にもならない。かといってオリオンを野放しにして戦うのも良くない手だ。
つまり、レーヴォルフは動けないということである。
一瞬のうちに判断を下したレーヴォルフは、リアとミレイナに指示を出した。
「ミレイナはそいつらを潰して! リアはミレイナの援護を」
「分かったぞ」
「分かりました」
リアとミレイナは同時に返事をして、自分たちを取り囲むオリオンの部下に目を向ける。周囲を取り囲まれているので警戒は崩せない。
先に動いたのは当然ながらミレイナだった。
「はっ!」
竜化し、強化スキルで二重強化したミレイナの一撃。
軽い様子見に近いものであったが、普通の者が受ければ致命傷になり得るものだった。音を置き去りにする速度で振るわれた右手が近くに居たオリオンの部下へと迫る。そのまま部下の一人は吹き飛ばされると思われた。
パシン。
予想とは裏腹に軽い音がしてミレイナの右手は受け止められる。
《壊神の加護》で力の値が増大しているミレイナの攻撃を受け止めるなど予想すら出来ないことであり、ミレイナは目を見開いて驚いていた。
「なん……だと」
「軽いパンチだ。ほらよ」
「がっ……」
驚愕で固まっていたミレイナは腹部に衝撃を受け、崩れるようにして甲板に転がる。竜化と《気纏》によって耐性が強化されているにもかかわらず、ミレイナは胃液が逆流しそうなほどの衝撃を感じていた。
雑魚だと思っていたオリオンの部下たちだが、これは想定外の強さである。
ミレイナは竜化の影響による回復力で痛みから復帰し、今度こそ油断の無いように《竜の壊放》を込めた蹴りを使用した。
「ぎゃっ!?」
ミレイナの蹴りに反応して腕でガードしたのは良かったが、《竜の壊放》による破壊効果で部下の男の腕が吹き飛ばされる。ついでに破壊の振動波が体内を蹂躙し、男は内臓を破壊されて口から大量の血を吐くことになった。
明らかな致命傷。
そう判断してミレイナは次の標的を見定める。
(次はリアの後ろにいる奴、その次はレーヴに近づこうとしている奴)
本能的に倒す順番を見極め、ミレイナは姿が霞むほどの速度で動いた。先程の反省を生かして効果範囲を限定した《竜の壊放》を使用する。この効果範囲を限定するという行為は集中力を要するのだが、戦闘モードに入ったミレイナは感覚的に発動可能だった。
「ぐぼっ……」
「がは!」
「次!」
二人を仕留め、ミレイナはさらに次に狙うべき標的を判断する。一対多の訓練はクウの権能【魔幻朧月夜】を使った仮想訓練で行っている。多少のコツはあるが、かなりの才能を持っているミレイナならば問題なかった。
普段ならば《竜の壊放》で全てを吹き飛ばすところだが、今はそれ以外の戦闘方法も身に付けている。意外にも、練習の成果は出ていた。
「ふっ!」
「ギャアア!」
ミレイナの一撃で腕が吹き飛び、悲鳴を上げる男たち。破壊の力によって全身にまで被害が及び、一撃で沈んでいく。
そしてミレイナは数秒ほどで九人を倒してしまった。
これにはオリオンも糸で捕らえられたまま驚く。
「すげぇじゃねぇかよ。流石は竜人ってとこか?」
「ふん。あとは貴様と部下四人だけだ。私はこの程度で止められない」
「ほう――?」
オリオンが目を向けると、ミレイナに倒された部下たちは例外なく致命傷を負っている。早く治療魔法を使うか、治療薬を与えなくてはならないだろう。戦闘民族と名高い竜人族が、切り札である竜化を使用した上に《気纏》と《身体強化》も発動しているのだ。寧ろ体が原型を留めていることの方が驚きである。
しかし、あっさりと部下たちを倒されたオリオンは余裕を崩していなかった。
自身はレーヴォルフに拘束され、魔剣ヴァジュラを使用してもリアに回復を使われるだけ。さらに召喚で呼び出した部下たちも見事に撃沈している。
それでもオリオンが余裕であり続けていたのは、部下たちも再生能力を有していたからだった。
「――それで、復活し続ける俺の部下共をいつまで止められる?」
「何!?」
「ミレイナ! 後ろだよ!」
「くっ!」
油断していたミレイナは再生によって復活した男に切りつけられる。竜鱗による防御で傷はつかなかったが、それよりもオリオンと同じく致命傷から短時間で復活したことに驚いてしまった。このことが大きな隙となる。
「いつまで寝ている野郎共!」
「すみませんね船長殿!」
「俺たちのモットーは勝利っすからね。やられたフリっすよ。油断を誘う作戦っす」
「まぁ、実際に一回はやられたんですけどね」
「ほら、他の奴らも起き上がれ。さっさと再生しろ」
血を吐き、甲板に伏していた男たちが次々と起き上がる。更にミレイナが腕を吹き飛ばした男は、再生によって新しい腕が生えていた。陥没していた胸部が膨れ上がり、内臓も瞬間的に再生される。
治癒系の魔法でもこのような再生力は有り得なかった。
勇者セイジの持つエクストラスキル《超回復》ならば可能だが、最上位隠しスキルだけあって、誰でも簡単に手に入れることは出来ない。
つまり、部下たちもオリオンと同じく不死である可能性が高くなったとレーヴォルフは判断した。
(まさかこいつらも不死者なのか? 海賊船というよりは本当に幽霊船じゃないか)
海賊たちの回復能力はふざけているとしか思えない性能だ。
だが、それだけではない。回復力のせいで目立たなかったが、彼らの身体能力も色々とおかしい部分があるのだ。
まず、一番初めにミレイナの攻撃を受けた男は、その一撃を受け止めていた。その上、ミレイナの防御力を貫通する程の打撃を繰り出したのだ。これは異常な事であり、どれほどのステータス値を有していればそんなことが出来るのか想像もつかない。
少なくとも、竜化、《気纏》、《身体強化》状態のミレイナのパンチを止めるには数万ほどのステータス値が必要になるはずだ。計算上、Lv400でのステータス値になる。
レーヴォルフはレベル限界がLv200であると知らないため、再生する海賊たちを眺めながら頬を引き攣らせていた。
もはや手加減する余裕などない。
そう思えたのである。
ここまでの思考を一瞬で終えたレーヴォルフはミレイナに向かって叫んだ。
「ミレイナ! 手加減なしでやっても構わない! リンフェル号が全壊するのだけは避けてくれ!」
「いいのか?」
「壊れたらクウが何とかしてくれる!」
「それでいいのか!?」
これもある意味クウへの信頼の表れである。
確かに《幻葬眼》を使って壊れたという現象を幻術にしてしまえば船は直る。船は正常であるという事実が存在していたので、幻術と現実を入れ替えればすぐに船は直るだろう。
しかし流石のミレイナも『とりあえずクウならばどうにかしてくれる』という考え方にはツッコミを入れるしかなかった。リアですら呆れた目でレーヴォルフを見ているほどである。
何とかなるのは事実なので二人とも否定はしないのだが……
それでもミレイナとしては好きに暴れる許可が出たという点が最も重要だ。ツッコミどころは一旦端に寄せておき、目の前のことに集中する。
「はあっ!」
短く、鋭い気合の声。
横なぎに振るわれたミレイナの右腕に沿って破壊の波動が放射され、五人の海賊たちへと直撃した。それと同時に海賊たちの体は爆ぜ、甲板すらも破壊して吹き飛ぶ。肉片が飛び散り、辺りには霧に混じって赤いものが一瞬だけ浮遊した。
だがミレイナはこれで止まらない。
《竜の壊放》を全力で放ち、オリオンを除いた全ての海賊たちをミンチに変えたのだった。
唯一ゲイルと呼ばれた男だけはミスリル合金の剣で防ごうとしたのだが、破壊の波動によって剣諸共に砕かれ、赤色を散らすことになったのである。
同時に破壊の余波で船の甲板に大きなダメージを与えていたが、結果を見れば許容範囲だろう。この危険なスキルは範囲調整が難しく、味方であるリアとレーヴォルフに被害が及ばないようにするだけでも精一杯なのだ。そもそも、硬さが売りである破壊迷宮のウォールゴーレムすらも一撃で粉砕できるのが《竜の壊放》なのだ。人体など一撃で弾けて当然である。
「う……」
それなりに慣れているとは言え、リアは目の前に広がる不快な光景に口元を押さえていた。魔物相手に慣れてはいるが、ここまで徹底的に身体を粉砕させたことなどない。鼻に突く血の匂いだけでも倒れそうだが、何より粉々になった人体が逆再生のように元に戻る光景は目に毒だった。
「本当に不死者だね」
「どうするのだレーヴ!? 全然倒せないぞ!」
「リアは《光魔法》で浄化できる?」
「っ! そうですね。試してみます」
霧で威力は弱まるだろうが、試す他ない。肉片となっても再生する相手ならばアンデッドに特効とも言える浄化の魔法が効くだろう。
そんな願いを込めて、リアは魔法を発動させた。
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