EP25 黒いオーク?
虚空迷宮の21階層のとある場所では、あるパーティが危機に陥っていた。
「くっ、なんでこんな数のオークが! いや、いくらか幻覚が混じっている!」
「私が魔法で一掃します。少し時間を稼いでください」
「分かりましたお嬢様! アンはお嬢様の護衛を、レティスは私と共にオークを押さえてくれ!」
「お任せください」
「分かりました」
4人パーティと思われる冒険者の内、一人はプレートメイルを纏って長剣を操る騎士風の女性が指示を出しつつ、背後にオークを通さないように戦っている。その隣にはメイスを振り回しながら同じくオークを食い止めるアンと呼ばれたメイド風の女性が1人。2人の背後では1mほどある杖を構えて魔法詠唱をする少女がいた。清楚な白いローブを身に着けたその少女の隣には、レティスと呼ばれたメイド風の女性が両手に短剣を構えて周囲を警戒している。
「ステラ、アン、下がってください! 魔法を撃ちこみます」
「はっ!」
「はい!」
「『《火炎連槍撃》』!!」
魔法銘を発すると同時に数えきれないほどの炎の槍がオークへ向けて殺到し、着弾点からは次々と凄まじい爆炎が炸裂する。ステラと呼ばれた騎士風の女性とメイド姿のアンは下がって、白いローブの少女を爆風から守るようにして少女の前に立った。
ガガガガガガガガガガガガアァァァァァァァァアアン!!
「はぁっ……はぁ……」
「大丈夫ですか? お嬢様?」
「はぁ……はい……それよりもオークの殲滅を……」
「わかりましたお嬢様。レティスはお嬢様を見て差し上げろ。私とアンで警戒する」
「「はい!」」
爆炎によって巻き上げられた土煙が晴れたころ、現れたのは焼け焦げた5体のオークの死体と全く傷を負っていない大量のオークの姿だった。
「くっ、ほとんど幻影だったとは……」
「しかしステラ様。先ほどの魔法攻撃の音で更なるオークが寄ってくるかもしれません。この部屋から退却するなら今の内です」
「そうだな……」
ドンッ!
「ぐあっ、なんだっ!?」
「―――――きゃあああっ!」
突然何かに突き飛ばされて吹き飛ぶステラ。次の瞬間に目にしたのは白ローブの少女に向かって棍棒を振り下ろす1体のオークの姿だった。
「くっ、お嬢様をお守りしろ!」
ステラの声にハッとしたメイドのレティスが振り下ろされた棍棒を2本のナイフをクロスして受け止めようとして、力及ばずそのまま左肩を殴られた。
「あぐぅっ……」
「レティス!」
「覚悟しろオークめ!」
白ローブの少女はレティスの身体に片手を置いて回復魔法を唱えようとする。
もう一人のメイドのアンは、メイスを振りかぶって棍棒を振り下ろしたオークに全力で叩きつけた。
「ブオォォォッ!」
全力でメイスを叩き付けられたオークは壁に叩き付けられてそのまま絶命する。
「『癒しの加護
傷つきし者に力を与えたまえ
その前に愛なる力を現したまえ
我は癒す
その傷口を
《治癒》』」
尽きかけの魔力を振り絞って回復属性魔法をかけるものの、やはりMPが足りずに内出血をギリギリ止めるだけになってしまう。遂にMPが尽きてしまった白ローブの少女は両手を地について喘いだ。
「ぜぇ……はぁ……すみませんレティス……」
「い……いえ、お嬢様。お嬢様こそ早くMPポーションを!」
「既に尽きています。万事休すですね」
「そ、そうでした……」
額から汗を流して苦笑いする少女。
メイドのレティスも冷静を装っていたが、内心は動揺でいっぱいだった。とは言っても長年仕えている主の白ローブの少女はその動揺も見抜いていたのだが。
「レティス! 気を緩めるな! 幻影か本物かよくわからんがオークはまだ大量にいるぞ!」
「くっ、この迷宮の特殊効果は厄介ですね。まさかここまでとは……」
「3人ともごめんなさいね。私が無理を言ってしまったばかりに……」
「いえ、たとえ無理だとしてもお嬢様をお守りするのが騎士としての私の役目です。むしろお嬢様に無理をさせてしまう不甲斐なさを御許し下さい」
「私たちメイドもお嬢様に死ぬまでお仕えすることが生きがいです。最期までお供します。ね、アン?」
「はい、もちろんです!」
「ステラ、アン、レティス……」
シャラン、シュブシャ……カシュン。
突如、血が飛び散り、肉が裂ける音がして大量に立ち並んで小部屋の出口を占領するオークの内の数体が倒れていく。何が起きたのかとステラが集中して出口の方を見る。
ステラの目には―――――
鞘に入れた長細い曲刀のような武器を持つ黒いオークの姿が見えていた。
「黒いオークだと!? まさか変異種か?」
「黒いオーク……? ああ、なるほど。もしや俺のことを言っているのか?」
「なっ! しゃべっただと?」
突然黒いオークが流暢に言葉を話し出して戸惑うステラ。
そして数瞬の内に思い至ったのはネームドモンスターの存在だ。
(うわさに聞くネームドモンスターは高い知能とありえないスペックを持つ統率種だと聞く。だとすればその黒い体表も納得がいくと言うものだ。まさか迷宮のこんな下層に出てくるなんて……)
ステラはさらなる絶望を叩き付けられたように打ちひしがれる。
自分たちのパーティは全員女性だ。オークに捕まった女性というのは、オークの繁殖のために死ぬまで犯され続けるというのを知っている。
ステラだけでなく、アンとレティスもほとんど諦めかけていた。
だが主人である白ローブの少女だけは違った。
「黒いオークさん。私はこの迷宮都市ヘルシアを治めるラグエーテル伯爵家の長女、フィリアリア・ラトゥ・ラグエーテルと申します。私たちに何か御用でしょうか?」
「おい……お前も黒オーク呼ばわりかよ……何かいい方法は……」
何故か黒オークという呼び方は気に入らないようで、ブツブツと独り言を言い始めることに戸惑う4人。本来ならば伯爵令嬢たるフィリアリアが名乗ったにも関わらず無視するような態度をとれば、ステラは迷わずに切り捨てようとするだろう。だが相手はモンスターであり、背後には動きを見せないオークの大群が控えている。下手に状況を悪くすることはないという自制心ぐらいは働いていた。
「そうだ。これならいけるんじゃないか?」
そうつぶやいた黒いオークはフィリアリアたち4人に視線を向ける。
すると4人の目には黒髪黒目黒コートに黒い鞘の曲刀を手に持った少年の姿が映った。
「「「「……えっ? 誰?」」」」
「お、出来た出来た。やはりこの目は素晴らしいな」
黒いオークも背後にいたはずのオークの大群も煙のように消えてしまった。
呆気にとられている4人の顔を見て面白そうな表情を浮かべた少年は口を開いた。
「さてと、俺の名前はクウ・アカツキだ。叫び声が聞こえたから助けに来たんだけど、まさか黒オーク呼ばわりされるなんて夢にも思わなかったよ」
少年は苦笑した。
「クウさん、誠に申し訳ありませんでした!」
「いいって。迷宮の効果なんだから仕方ないさ」
誤解の解けた5人は小部屋で円を囲うように座って休憩していた。
落ち着いたのを見計らってクウは4人に《看破Lv7》をかける。
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フィリアリア・ラトゥ・ラグエーテル 14歳
種族 人 ♀
Lv58 幻覚
HP:1,150/1,820
MP:6/2,611
力 :1,433
体力 :1,479
魔力 :1,944
精神 :2,031
俊敏 :1,504
器用 :1,899
運 :31
【固有能力】
《治癒の光》
【通常能力】
《礼儀作法Lv4》
《舞踊Lv4》
《杖術Lv5》
《炎魔法Lv6》
《光魔法Lv5》
《回復魔法Lv7》
【称号】
《伯爵家の長女》《魔法の申し子》
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《治癒の光》
回復系の効果を無条件で1段階上昇させる。
魔法だけでなく、薬や魔道具でも効果がある。
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ステラ・アリアット 18歳
種族 人 ♀
Lv60 幻覚
HP:941/2,310
MP:1,260/1,950
力 :2,218
体力 :2,168
魔力 :2,003
精神 :2,072
俊敏 :2,144
器用 :1,869
運 :27
【通常能力】
《礼儀作法Lv4》
《剣術Lv4》
《盾術Lv5》
《身体強化Lv6》
【称号】
《フィリアリアの騎士》
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アンジェリカ 16歳
種族 人 ♀
Lv57 幻覚
HP:1,588/1,960
MP:1,542/1,642
力 :2,350
体力 :2,159
魔力 :1,729
精神 :1,965
俊敏 :1,840
器用 :1,822
運 :31
【通常能力】
《メイド術Lv6》
《棍棒術Lv6》
《魔纏Lv5》
【称号】
《元奴隷》《フィリアリアのメイド》《冥土のメイド》
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レティス 16歳
種族 人 ♀
Lv58 幻覚
HP:833/1,930
MP:1,759/1,759
力 :1,541
体力 :1,970
魔力 :1,769
精神 :2,021
俊敏 :2,257
器用 :2,189
運 :28
【通常能力】
《メイド術Lv6》
《短剣術Lv5》
《罠発見Lv6》
《罠解除Lv5》
《索敵Lv5》
【称号】
《フィリアリアのメイド》
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4人とも精神値が2100よりも少ないため、この21階層では確実に虚空迷宮の特殊効果に囚われてしまう。現に今も状態異常が幻覚になっているが、これは迷宮によるものではなく、クウが《虚の瞳》でかけた幻術だった。
そもそも《虚の瞳》自体には幻覚を解く能力はなく、あくまでも自分に対する幻覚を無効にするのみだ。だがそこは発想の転換で、すでに幻覚にかかっている者に、さらに強力な幻覚をかけて正常な景色を見せれば良いのだ。
つまり、4人ともクウの幻覚で正しい風景を見せられているのだった。
(まったく無茶な連中だ。それにこのフィリアリアは伯爵令嬢だと!? どうしてそんな高貴なやつがこんな迷宮なんかに入っているんだ?)
ステータスを覗いた感想から言えば、よく鍛えていると言っても過言ではない。それに迷宮の20階層を突破しているのだから、それなりの手練れだと分かる。しかし、だからと言って貴族の娘が生死が隣り合わせになったような場所にいるのが理解できなかった。
特に興味があるわけではなかったが、気になったのでクウは聞いてみることにした。
「なぁ、そう言えばさっき伯爵令嬢と名乗っていたが、どうして貴族様がこんなところにいるんだ?」
「それは……」
「貴様には関係ない。助けて貰ったことには感謝しているが、それ以上の詮索は止してもらおう」
「ステラっ! クウさんは私たちの恩人です。そのような言い方は……」
「ですがお嬢様……」
「ああ、わかったわかった。聞いたこっちが悪かった。ただの興味本位だから他意はない。それよりそちらのメイドが怪我をしているようだから治そうか?」
「まぁ! クウさんは回復属性魔法が使えるのですか? 私と同じですね。実は私はMPが無くなってしまって困っていたのです。是非ともお願いできますか?」
「分かった。それと俺のは回復属性じゃなくて光魔法だよ。
『身体の根源よ
我が意に従って再生せよ
《自己再生》』」
「えっ?」
「なんだと?」
極短い詠唱で発動した魔法はレティスの左肩を光で包み、あっという間に癒していく。
基本的に回復系魔法は使用者のMPで傷を塞いで治すのだが、クウの使用した《自己再生》は人の遺伝子に働きかけて、細胞分裂を促し、急速に自己回復させる術だ。高校で習った生物学のおかげで細胞分裂やDNA、RNAのことを知っているクウならではの、この世界にはない回復魔法だった。
最も大きな利点は消費MPの少なさと回復速度である。
回復速度は魔法使用者の治すイメージに左右されるのだが、クウの魔法はそのイメージをDNAが代わりにやってくれている。これが元の身体を完全に記録しているDNAに働きかけた効能である。
だからこそ回復術を得意としているフィリアリアとそれを何度も見てきたステラたち従者は驚愕の表情を浮かべたのだった。