EP258 男の正体
グロ注意です。
今回の戦闘では血がいっぱい出ます。
激しい白雷は少し離れた位置にいるリアも感知していた。《魔力感知》スキルを有しているため、魔剣ヴァジュラの発した雷属性魔法に気付いたのである。
そしてそれと同時にミレイナとレーヴォルフの魔力反応が弱まったことにも気づいた。
(まさか……)
ミレイナとレーヴォルフが戦っていた相手は底の見えない魔力量を示している。あの二人なら大丈夫だろうと自分に言い聞かせていたのだが、敵わなかったらしい。そう気付いたリアは、次の瞬間に駆け出した。
「どうしたリアさんよ!」
背後から声が聞こえたが、リアは構わず霧の奥へと進んで行く。弱まっているミレイナとレーヴォルフの魔力を頼りに、そして謎の敵性存在が示す悍ましい魔力を頼りにして甲板を走った。
一か所に集めた船員たちを守り、癒すことが命じられた仕事だったが、ミレイナとレーヴォルフが危険なのだとすれば放っておくわけにはいかない。そう考えたのである。
いや、寧ろ走り出してから後付けで考えたというべきか。
「っ! ミレイナさんにレーヴォルフさん!」
どうにか視界が確保できる位置まで近寄ったリアが見たのは、煙を発して倒れている二人の姿。皮膚には火傷の跡も残っており、肉が焼けた不快な臭いも漂っている。
そして二人が倒れているすぐ側に、一人の男が立っているのも確認した。
フランベルジェのように蛇行した刃の魔剣を持ち、黒い膝丈ジャケットを着こんだ魔人の男。彼はミレイナとレーヴォルフを見下ろしつつ、佇んでいたのである。魔剣ヴァジュラから発せられている白雷の残滓がバチバチと音を立てて存在感を放っていた。
男はリアが近づいてきたことに気付き、視線を上げて口を開く。
「増援か? 随分と可愛らしいじゃねぇか」
随分と荒っぽい口調だが、どことなく無機質なせいで威圧感は無い。しかし、男の保有する魔力は逆に威圧で空間を押し潰しているような印象すら受けた。
リアは思わず一歩後ずさる。
「魔力量も多いってこたァ魔法タイプかァ?」
男の発する一言すらも重くのしかかり、リアは更に一歩下がった。
元からリアは戦いが得意ではないが、力量の差を理解できないわけではない。少なくとも目の前の男が自分よりも圧倒的に強いことは分かっていた。
また、実際に戦闘が得意なミレイナとレーヴォルフを同時に相手して倒しているのだ。リア一人で勝てないのは明白であり、せいぜいが時間稼ぎをするぐらいだろう。
(兄様が戻ってくるのを待つしかありませんね。それなら……)
リアは短杖を構え、魔力を練り上げる。そして発動したのは攻撃用の《炎魔法》でも《光魔法》でもなく、ミレイナとレーヴォルフに向けた《回復魔法》だった。
「『《治癒×2》』」
使用された魔法は回復属性の中でも基本と呼ばれる《治癒》だ。込めた魔力量によって回復量が変化する臨機応変な魔法であり、習得も発動も容易い。
そして効果はリアの持つ【固有能力】が底上げしてくれるため、まるでビデオの巻き戻しでも見ているかのように二人の傷が修復されたのだった。
「う……」
「ぐ、何が……」
意識まで回復させたミレイナとレーヴォルフは自分たちが倒れている状況にあることを自覚する。そして何があったのかをすぐに思い出し、二人同時に飛び上がった。
皮膚や内臓、筋肉にもダメージが入っていたはずだが、まるでそんなことを感じさせない動きである。これは竜人の回復力というより、リアの実力だろう。【固有能力】の《治癒の光》による助けはあったが、リアの《回復魔法》の実力は相当なものであるからだ。
「助かったよリア」
気配でリアが近くに居ることを察し、何が起こったのかを理解したレーヴォルフが礼を述べる。視線は例の男へと向かっていたが、感謝しているのは本当だった。
リアも男からは目を離さずレーヴォルフへと答える。
「体は問題ありませんか?」
「大丈夫だよ。ミレイナはどうだい?」
「私も大丈夫だ。流石だな!」
ミレイナとレーヴォルフは、クウと模擬戦をした後、リアに治療してもらうことが多かった。そのためリアの実力は良く知っており、流石の治癒能力だと感心したのである。模擬戦ではここまでダメージを負うことがなかったので、まさかこのレベルの怪我も完全に治療してしまうとは思わなかったのだ。
二人はリアの近くまで一旦下がり、男へ、特に魔剣への警戒を強めながら場を整える。
「ほう……すげぇ回復能力だなァ。いいねェ。最高じゃねぇか!」
男はミレイナとレーヴォルフが回復している途中でも手を出すことなく見守っており、余裕の態度を崩さない。先の戦いから、ミレイナとレーヴォルフ程度はいつでも倒せると考えているのだろう。
表情の変化はありつつも、微妙に無表情であるため考えが読みにくいのだが……
そして男から時間を与えられたリア、ミレイナ、レーヴォルフは短く相談する。
「どういう相手なのですかレーヴォルフさん?」
「《水魔法》で攻防一体の技を使う。それに彼が持っているのは雷属性の魔剣だ。僕とミレイナはあの魔剣の攻撃でやられたよ」
「魔剣が厄介ですね。私たちには魔法に対する防御手段が無いですし」
「ああ、だから喰らう前提でやる」
「喰らう前提……ですか?」
「そうだよ。あいつは強い。無傷での勝利は不可能だ」
「つまり、私の回復能力を期待しているということですね」
「そうだね。じゃあ、やるよミレイナ」
「分かっている。竜化だな?」
リアはやれやれといった様子で数歩下がり、杖を構える。魔力を練り上げていつでも《回復魔法》が使えるようにしておくことも忘れない。魔力制御を練習中なので短杖なしでも魔法は発動できるが、今は慣れた杖ありの魔法発動を選択したのだった。
そしてミレイナとレーヴォルフはリアの盾になる位置に立って竜化を使用する。使えば爆発的に身体能力と耐性が上昇する種族特性であり、背中から生える竜翼のお陰で空すらも飛べるようになる。体力の消耗が激しいことを除けば、使い勝手のより能力だ。
勿論、竜化を使いこなすのは簡単ではなく、爆発的な能力上昇を受け入れる肉体と、竜としての凶暴性を押さえこむ精神力が求められるのだ。
二人は身体が竜鱗で覆われ、更に背中から一対の竜翼が出現する。深紅の竜鱗を持つミレイナからは激しいまでの闘気が溢れ、漆黒の竜鱗に覆われたレーヴォルフからは静かで重い威圧が放たれた。
「やるよミレイナ」
「私が正面から行く!」
「任せた!」
二人は短く言葉を交わし、凄まじい勢いで男へと突撃する。先程とは比べ物にならない速度となった二人に驚く男だったが、冷静に水の膜を発動させ、迎撃態勢を整えた。
まずは正面から来るミレイナ。
一直線の動きならば、幾ら早くても先読みは容易い。水の膜から出て来た水の鞭がカウンターとして空気を裂き、ミレイナに叩き付けられた。初めはミレイナを弾き飛ばしたこの攻撃だが、竜化して耐性強化したミレイナには効かない。
水の鞭はミレイナにぶつかって弾け飛び、ミレイナは表情すら変えずに拳を構えた。もはや今のミレイナには生半可な魔法攻撃は効かず、正面から打ち破られることになる。そして精密調整した《竜の壊放》を意識して、ミレイナは男へと殴りかかった。
当然ながら水の膜が邪魔をするが、破壊の振動波が全てを打ち砕く。
男の展開していた水の膜は綺麗に消し飛んだのだった。
ミレイナの少し後ろを走っていたレーヴォルフは、その隙を逃さずに糸を放つ。逃げ道すらない糸の包囲で、男は容易く捕らわれた。
しかし男は口元を怪しく歪めて呟く。
「馬鹿が。やれ、魔剣ヴァジュラ」
強烈な白雷の閃光が男を包み、糸を伝ってレーヴォルフへと感電した。高圧大電流がレーヴォルフの体を焼き、戦闘不能になるほどのダメージを与える……はずだった。
「無駄だよ。リア!」
「はい。『《治癒》』」
竜化で耐性強化されているレーヴォルフには殆ど電流が通じておらず、更にリアの回復能力で即座にダメージを修復する。レーヴォルフは絶えず激痛に侵されるが、リアの回復のお陰でどうにか耐えきった。
流石に破損と再生が繰り返される痛みは除去できず、これだけはレーヴォルフ自身の精神力で耐えなければならない。勿論、竜化すらも使いこなせる精神の持ち主であるレーヴォルフは気絶することなく耐えきることが出来ていた。
そして糸で再び縛られた男へとミレイナが攻撃する。
竜化し、《気纏》で身体能力を引き出し、《身体強化》で底上げした正真正銘本気の一撃。先日から練習している一点突破の《竜の壊放》を伴ってミレイナの右拳が突き出された。
「吹き飛べ!」
「――っ!?」
男の呻き声は肉が潰れる音で掻き消される。レーヴォルフの糸によって固定され、ミレイナの言葉とは裏腹に吹き飛ぶことすら許されなかった男は、全ての衝撃をその身体で受け止めることになった。
糸を伝ってそのエネルギーがレーヴォルフにも到達したが、それをレーヴォルフはどうにかして耐えきることに成功する。糸を支えている両腕から血が噴き出たが、リアの魔法ですぐに修復された。
そしてミレイナの攻撃を完全に喰らった男は悲惨である。
まず、一点集中の《竜の壊放》が胸部で炸裂したことにより、胸に大きな穴が開いた。更に破壊の波動は男の肉体を蹂躙し、骨、筋肉、神経をズタズタに引き裂いて全身から出血。その上、内臓も大きく破損したせいで、口からは滝のように血を吐いていた。
単純な衝撃なら、大型トラックと正面衝突したとき以上であり、間違いなく即死である。
一度ミレイナとレーヴォルフを地に伏せたことで油断した男の負け。
そのはずだった。
「グフッ……良いねぇ。最高のパンチだ」
『なっ!?』
男は死んでいなかった。
それどころか喋る余裕すらある。
これにはリア、ミレイナ、レーヴォルフの三人も声を揃えて驚愕するしかなかった。
「俺をこんなにしたのは魔王アリア以来だぜェ? ゲハハハハハッ!」
血を吐きながら笑い声をあげる男。
更に男の体にできた傷は凄まじい速度で自動修復していた。まるで肉が盛り上がるかのように胸の大穴が塞がれ、全身から吹き出ていた血が引いて傷が治っていく。自動回復系のスキルでも、これほどの回復力は有り得ない。
まず、即死級の攻撃で生きていたことも驚きだが、何よりもこの回復力は三人を驚かせた。
だが驚くばかりではない。
一番近くに居たミレイナは傷が塞がっていく男の顔へ、強烈な回し蹴りを喰らわせた。レーヴォルフが糸で縛ったままなので、男は回し蹴りを直撃させられることになる。
グチャリ。
肉が潰れる音がして、男の頭が首から消し飛んだ。
「これでどうだ!」
胸への一撃を受けて生き残ったのは所詮まぐれだ。
そう考えて急所である頭を《竜の壊放》を込めた蹴りで吹き飛ばしたのだ。躊躇なく頭を消し飛ばせるミレイナの度胸は大したものだが、こうして同じ魔族を殺したのは初めての経験になる。声を張り上げて強がっているミレイナも、内心では嫌な気分に陥っていた。
しかし、次の瞬間にはそんな感傷に浸っている暇は無いと知ることになる。
「――容赦ねぇなァ。蹴りで頭を吹き飛ばすかよ?」
「な……に……?」
噴水のように首から血を噴き上げていたにもかかわらず、すぐに肉が盛り上がって男の顔になった。
首から上を消し飛ばしたのだから確実に死んだはず。
だが男は首すらも生やして言葉を発したのである。
辛うじてミレイナは驚きを言い表わせたが、遠目で見ていたリアとレーヴォルフは、ただ絶句するしかなかった。
そんな様子を面白そうに眺める男は、口元を歪めつつ言葉を発する。
「俺の生前だった頃なら殺せてただろうぜェ? だが今は不死の体を手に入れた! この大海賊オリオンを殺せる奴なんざいねぇのさ。俺を殺してくれた魔王アリアを殺す前に、テメェらを前菜にしてやるぜェ」
男の口から出たのは死んだはずの大海賊の名前。
【レム・クリフィト】の魔王が始末した、百年前の大海賊オリオンだった。
ミレイナさん、ポンコツの癖に容赦ないっすね。
今回の話で、なぜ幽霊船編なのに海賊の話だったのか理解できたと思います。死んだはずの海賊オリオンが男の正体でした。
死んだはずの大海賊。
異常なまでの再生力。
底が見えない魔力。
これだけヒントがあれば、オリオンがどうして甦ったのか分かりますよね……?
評価、感想をお待ちしております
 





