EP257 ミレイナ、レーヴォルフVS.謎の男
レーヴォルフの放った糸が霧の奥に佇む男に迫る。当然《気纏》で強化している状態の糸なので、簡単に弾くことなど出来ないだろう。更にレーヴォルフは糸を回避不可能になるように放っている。男はそのまま動きを止められるかのように思えた。
しかし、その予想は裏切られる。
「防がれた!?」
気を纏った糸は、男の周囲で速度を失う。何か柔らかな物体で受け止められたような、そんな不可思議な感触だった。レーヴォルフは驚くが、近づいて男の姿をハッキリと見れる位置まで来て、何が起こったのか気付く。
男は水を周囲に膜のように張って、全方位から迫る糸を受け止めていたのだ。
水の抵抗というのは非常に大きく、ライフル弾ですら数メートルで速度を失ってしまう。レーヴォルフの気で強化していても、糸では水の膜を抜けられなかったということだ。
ならばと数歩先を進んでいたミレイナは《気纏》と《身体強化》を同時発動させ、男へ向かって殴りかかる。普段ならば《竜の壊放》を使用するところだが、今回はリンフェル号を破壊してしまう可能性があるということで、普通の体術による攻撃を仕掛けたのだ。
壊神エクセスによる加護のおかげで力のステータス値が非常に高いミレイナ。そのミレイナが二つの強化スキルによって力を底上げし、放った右拳は男の張っている水の膜を貫いて―――
「うぐっ!?」
否。
ミレイナは水の膜から伸びた水の鞭で弾き飛ばされ、甲板を激しく転がった。如何にミレイナの攻撃がお粗末であったとしても、《気纏》と《身体強化》によって強化されている状態の彼女にカウンターを合わせるのは至難の業と言える。そもそも、ミレイナも高レベル帯にいるのだ。竜人という種族もあって耐性も高く、普通の水属性攻撃ならば逆に弾き飛ばすことだって不可能ではない。
つまり、男の使っている水の膜は、ミレイナの耐性と《気纏》を統合した防御力を貫くだけのレベルまで鍛えた《水魔法》スキルで発動されているということであり、更に、男自身も強化スキルを使用したミレイナにカウンターを浴びせられるだけの戦闘経験があるということだ。
レーヴォルフには相手のステータスを覗ける情報系スキルがないので、正確な値は不明だ。しかし、確実に高位能力者であるというのは理解できた。
(ミレイナを簡単に弾き飛ばす能力者とすれば、僕一人で立ち向かうのは下策!)
レーヴォルフは膝を大きく曲げて慣性を殺し、走っていた方向とは別方向へ……つまり、ミレイナが弾かれた方向へと大きく跳んだ。
「大丈夫かいミレイナ?」
「問題ないぞ。後ろに跳んで威力は殺した!」
かなり大きく吹き飛ばされた印象だったが、どうやらミレイナが自分から跳んでいたからのようだ。咄嗟のことで回避は出来なかったとはいえ、流石に勘は良い。
レーヴォルフは感心しつつ、手短に用件を伝える。
「ミレイナ。今ので分かったと思うけど、あいつは強いよ。二人で同時にやる」
「どうすればいいのだ?」
「糸は《気纏》状態でも効かないみたいだからね。僕とミレイナで近接戦闘を仕掛ける。相手の能力が不明な以上、僕たちも出来る限り手は見せずに戦うよ」
「分かったぞ」
二人は顔を見合わせて小さく頷き、同時に男へと向かって駆け出す。相変わらず霧のせいで見えにくいのが難点だが、二人は気配を感じ取ることで男の位置を把握していた。
そして素の能力が高いミレイナが正面、レーヴォルフは側面へと回り込む形で同時に攻撃を仕掛ける。
「――ふっ!」
まずは正面からミレイナの攻撃。
これは囮としての役目もあり、防がれたとしても問題は無い。先程のように水の鞭で弾き飛ばされるのは問題だが、その攻撃があると知っている以上、ミレイナも簡単にやられたりはしない。
ミレイナは掬い上げるように放たれた水の鞭をギリギリで回避し、速度を落としつつ男を守っている水の膜へと強烈な一撃を叩き込んだ。
「く……」
しかしミレイナの一撃すらも水の膜は受け止める。
直撃の瞬間に水の膜全体へと衝撃を受け流しつつ分散させているのだ。かなり緻密な魔法制御能力が必要な技であるため、男の技量が確かなものであると理解できる。
「俺に打撃は効かねぇよ」
初めて発した男の言葉。
荒っぽく、重たい声ではあったが、どこか無機質なイメージが浮かぶ口調だった。
そして、この言葉に答えたのは男の左から迫っていたレーヴォルフである。
「なら刺突はどうかな?」
レーヴォルフは右手で貫手を構え、白い気を集めて放つ。岩すらも貫く一点突破の攻撃であるため、これならば男へと攻撃を届かせることが出来ると思われた。
しかし男の使う水の膜は想像以上に高性能だった。
レーヴォルフの貫手は水の膜へと触れた瞬間に絡み付かれ、手首のあたりで止められる。
これにはレーヴォルフも驚いた。
「なっ……」
「ついでに言うと、貫通攻撃も斬撃も効かねぇのさ。洒落ているだろう?」
男はおどけたような表情で交互に二人を見る。
そこでミレイナとレーヴォルフは男の姿をハッキリと確認することが出来た。
編み込まれた黒髪を後ろに流しており、額には幾つか傷が見える。少しばかり顎髭を生やしているようだが、あまり不潔な印象は無かった。黒い眼球と赤い瞳が魔人であることを示しており、年齢は三十代前半に見える。
黒をメインとした膝丈ジャケットを羽織っているが、防具を付けている様子はない。インナーに何かを仕込んでいるのかもしれないが、流石にそこまでは分からなかった。
そしてミレイナは気付かなかったが、レーヴォルフは男が右手に持っている剣が異様な雰囲気を放っていることに気付く。つまり、男の持つ剣は魔剣の類であることを示していた。魔剣はフランベルジェのようにグネグネと蛇行する蛇のように曲がりくねった刀身を持っており、斬ることよりも魔法的な要素の強い魔剣だと判断できる。
レーヴォルフは素早く観察を終え、ミレイナに指示を飛ばした。
「ミレイナ! アレを使って!」
「いいのか?」
「早く!」
このままでは拙いと考えたレーヴォルフは、ミレイナに《竜の壊放》を放つ許可を与える。ミレイナもレーヴォルフも水の膜に攻撃を受け止められ、腕に水を絡められていた。今のままでは退避することもできず、大きな隙を晒すことになる。
だからこそ状況を打破するために、多少の無茶は許可するしかなかった。
そしてミレイナは躊躇うことなく力を解放する。
「はっ!」
「ごぶっ!?」
ミレイナの拳から破壊の波動が放たれ、凄まじい振動波が男の水の膜を消し飛ばした。さらに近距離で《竜の壊放》を喰らった男は大きく吹き飛ばされ、血を吐きながら転がっていく。霧のせいでまた見えなくなったが、気配は感じ取れるので生きているのだろう。
レーヴォルフは注意を逸らさないようにしつつ、手短に礼を述べた。
「助かったよミレイナ」
「気にするなレ―ヴ」
「それにしても水の膜とあの男だけにダメージが行き渡るように調整したのかい? 僕も多少のダメージを受けることは覚悟してたんだけど?」
「ふふふ。私もクウのアドバイスで練習したのだ!」
得意げに話すミレイナを見て、レーヴォルフは納得する。
クウの能力で何度か仮想空間訓練を行っているのだが、そのときに何かアドバイスしたのだろうと予想できた。仮想とは言え、能力を扱う技量は現実にも反映される。《竜の壊放》を効率的に扱う訓練も、仮想訓練ならば存分に出来るのだ。
ミレイナは理論派ではないため、体で覚えるまで練習したのだろう。
「とにかく助かったよ。でもあいつはまだ倒れていないから油断しないで」
「分かっている。だが骨は幾らか折ったはずだぞ」
レーヴォルフにも男が吐血しながら吹き飛んでいくのが見えた。間違いなく重傷だろう。効果の高い回復薬でも使えば治るかもしれないが、そもそも回復薬も瞬間的に回復させる訳ではない。
少なくとも、追撃するならば今の内だった。
「僕は隙を作るから、ミレイナが決めてくれ。また水の膜に阻まれたら《竜の壊放》を頼む」
「分かった」
二人は走り出し、男の気配がする方向へと向かって行く。どうやらすでに男は立ち上がっているらしく、霧の向こう側で影が揺れていた。
それなりのダメージはあるらしい。
「行け!」
レーヴォルフは効果は期待しないものの、糸を使って男を捕らえようとする。水の膜で防がれるだろうと思ったのだが、意外にも糸は男の体に絡み付いた。レーヴォルフは不審に思いつつも、チャンスと考え直して更に糸を放ち、完全に拘束した。
勿論、《気纏》を発動させているので、簡単には千切れない。
そしてレーヴォルフが担当するのはここまでだ。
決め手となる攻撃はミレイナにかかっている。流石に何度も《竜の壊放》を使う訳にはいかないが、一撃としての攻撃力は殴るだけも充分だ。男がレーヴォルフの糸で動きを止めている以上、直線的な攻撃を繰り出しても回避されることはない。
ミレイナは右手に力を集中させ、男の胸部へと一撃をぶつけた。
だが……
「この程度か?」
「なに……」
直撃すれば肺が破損する威力を持つミレイナの右拳。
男はそれを受けても平然としていた。
「厄介なのはさっきの振動波だけみてぇだなァ。あれは効いたぜェ」
カッカッカと笑い声をあげる男を前にしてミレイナは茫然とする。
《気纏》と《身体強化》で膨れ上がった自分の一撃を受けて、一ミリも動かすことが出来なかったのだ。ミレイナ自身も今の攻撃は岩すら粉砕する威力があると自負していたし、実際にそれだけの威力を持っていた。
だが、男はまるでダメージを受けた様子が無い。
それ以前に、先程ミレイナが《竜の壊放》で与えたダメージすらも既に回復しているようだった。全身に複数の骨折箇所と、内臓破損を与えたハズだが、男は平然として立っている。
なにより恐ろしいのは、男が《気纏》などの耐性強化を使った様子が無かったことだ。《衝撃耐性》のようなパッシブスキルがあるのかもしれないが、それを加味したとしても、ミレイナの一撃を平然と受けるには、どれだけの防御力が必要になるだろう?
少なくとも普通のステータスを保有しているとは思えなかった。
男は三日月状に口を開きながら言葉を続ける。
「楽しかったぜェ? だがこれで終わりだなァ。やれ、魔剣ヴァジュラ」
そう告げると同時に男の持つ魔剣から激しい白雷が放たれる。
魔剣より発せられた高圧大電流は男へと纏わり付き、身体に触れているミレイナへと感電した。竜人としての高い耐性と《気纏》による防御すらも貫通してダメージを与え、ミレイナは声にならない悲鳴を上げる。
さらに男を縛っていた糸を伝ってレーヴォルフへと感電し、ミレイナ同様に身体を焼いた。
ミレイナの攻撃を正面から受け止めたことで驚いていたレーヴォルフに雷速を回避することは出来ず、そのまま甲板へと伏す。
「ぐ……」
「ごふ……」
高圧電流が二人の内臓にも多大なダメージを与え、筋線維や神経をも乱した。
痙攣する四肢と薄れる意識。
白雷の残滓を最後の景色として、二人はそのまま意識を手放したのだった。
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