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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
幽霊船編
257/566

EP256 海賊船


 クラーケンとは、地中海でも割と一般的な魔物として有名だ。海の魔物と言えばクラーケンと呼ばれる程度には知名度が高い。パワーが高く、大量の触手で船を圧潰させるため、近づかれる前に魔法で倒すことを推奨されているのだ。

 ただ、巨大な割に耐久力は低く、倒すこと自体は難しくはない。

 要するに、攻撃特化の魔物であると言えた。



「ちっ!」



 霧のせいでクラーケンの存在を認知しているのはクウたち四人ぐらいだろう。他にも気配や魔力を感じ取れる船員がいるかもしれないが、周囲の様子を見る限りは気付いているとは思えなかった。



(クラーケンは全部で六体か。《虚無創世ジェネシス》を使うにはリンフェル号に近過ぎるし、まずは船に触れられないように結界を張るべきだな)



 クウは即座に霊力を魔素へと変換し、それを組み上げて障壁へと変える。リンフェル号全体を囲い込むような巨大結界が出現し、触手を伸ばしていたクラーケンを阻んだ。

 障壁を張っている状態では内側からも直接攻撃できないのだが、取りあえずは仕方ないと割り切る。クウは《真理の瞳》で情報次元を知覚し、六体のクラーケンを捕捉してから座標指定で術を発動させた。



「《月華狂乱ルナティック・ミーティア×6》」



 発動と同時にクラーケンは闇に包まれる。

 指定空間に存在する光子フォトンが一点へと集約され、光子フォトンを失った空間は完全なる闇へと変貌したのだ。霧に包まれてはいるが、光はそれなりに存在しているのである。

 そして一点へと収束した光は激しく炸裂する。

 押さえつけられていたエネルギーが暴発するかのように光の乱舞を咲かせ、暗黒空間を蹂躙し尽くしたのだった。当然ながら、内部に捕らわれていたクラーケンもただで済むはずがない。

 指定した暗黒空間では内部の光が完全に「月(「夜王」「力場」)」で制御され、無数のレーザーが乱反射して無尽の攻撃を齎す。巨大魔物クラーケンも数秒で肉片へと姿を変えたのだった。



(霧で光が弱まっているからか……想定よりかなり威力が低い。まぁ、倒せたから良いけど)



 クウは一秒と経たずにクラーケンが肉片へと変わると予想していたのだが、やはり光が弱すぎたらしい。倒せたので問題は無いが、かなり威力が引き下げられていた。

 しかし、すぐにクウは意識を切り替えざるを得なくなる。



(っ!? 船の後方に強い気配と魔力……この見覚えのある感じはアークか!)



 つい先日に戦ったばかりの巨大魔物を忘れるはずがない。一体で島にも匹敵する体躯を持ち、動く物体に体当たりを仕掛ける性質を持つという迷惑極まりない魔物。強い気配を感じ取ったクウは《真理の瞳》で空間解析し、それがアークであることを突き止めた。



(流石に《月華狂乱ルナティック・ミーティア》では無理か。《虚無創世ジェネシス》を使うにしても、奴は大きすぎる。それにあんな規模を消滅させたら、海水ごと次元の狭間に消し去ることになりそうだから……下手したら津波が起こるな)



 アークは全長にして数キロほどもある魔物だ。球状に空間ごと次元の狭間へと葬り去る《虚無創世ジェネシス》を使用した場合、海面が一気に陥没することになり、元に戻ろうとする復元力が働いて巨大津波が発生する可能性が考えられる。

 リンフェル号は結界で防御できるかもしれないが、下手をすれば、この先にある港町【ネイロン】に大きな被害を齎す可能性があるのだ。

 そんな判断を下したクウはレーヴォルフに向かって叫ぶ。



「レーヴォルフ、俺は後方に出現したアークを始末する。一応、船に結界は張っておくけど、何かあったら指揮は頼むぞ」


「分かった。クウこそ気を付けてね」


「ああ」



 クウは魔素で足場を形成し、それを蹴ることで空中を走っていく。船の結界を一部解除して飛び出し、アークの気配が感じられる後方へと急いでいったのだった。霧のせいであっという間に見えなくなったが、レーヴォルフには相当な速度で移動していくクウの気配が感じ取れていた。

 恐らく、途中で天使翼の飛翔に切り替えたのだろう。

 クウは面倒を避けるため、船員たちの見える範囲では天使翼を使わないと決めていたのである。



「さてと、クウが戻るまでは僕たちで警戒しないとね」


「おーい。レーヴは敵がどこにいるか分かるか? 私はいつでも攻撃できるぞ」


「ミレイナはストップ。今は幽霊船も魔物も近くに居ないよ。様子見しているみたいだね。幽霊船はリンフェル号から距離を開けつつ、周囲を取り囲んでいる。まぁ、クウの結界を破れるとは思えないけどね」



 リンフェル号を守っているのは青白く輝く魔素結界。物理、魔法を防御する極めて万能な結界であり、光系の攻撃だけは透過する。だが、今は霧で光系攻撃の威力が弱まっているため、気にする必要は無いだろうと思われた。

 レーヴォルフの発言はそれ故のことだったのである。

 そこへリアも近づいて話しかけてきた。



「レーヴォルフさん、ミレイナさん。先程からわたくしの仕事が無いのですが……」


「あー。クウは治療を頼んでいたんだっけ? まぁ、彼があまりにも圧倒的だからね。あの幽霊船を何十隻も消し飛ばすなんてちょっと笑えないよ」



 困惑気味なリアにレーヴォルフは肩を竦めて答える。

 リアは炎と光の魔法を得意としているが、海と霧という環境を考えれば役に立ちそうにはない。それで治療役に回されたのは良いが、クウが圧倒的な力で敵を寄せ付けないため、治療能力を役立てる機会が無かったのだ。

 勿論、誰も怪我をしないことは良いことだ。リアもそれは分かっている。

 ただ、戦いの最中でさえ何もすることがないと、果たして自分はクウの役に立てるのだろうかと不安な気持ちになってくるのである。最近のリアの小さな悩みでもあった。

 しかし、突如としてそのような悩み事をする余裕は無くなった。



「――っ!?」


「これは!」


「おわあぁっ!?」



 リンフェル号が激しく揺さぶられ、甲板にいた船員たちは倒れる。油断していたリアもバランスを崩して倒れてしまい、どうにか立っていられたのはレーヴォルフとミレイナだけだった。

 まるで大地震でも起こったかのような揺れであり、リンフェル号は大きく傾く。流石に横転する程ではないものの、緊急事態であることは誰もが察していた。



「見ろーっ! 海賊船だ!」



 誰かが叫び、リア、ミレイナ、レーヴォルフは声のした方へと目を向ける。すると霧で見えにくいが、船員の一人がある方向に指を差しながら震えているのが見えた。

 更に彼の指差す方向に注目すると……

 リンフェル号のすぐ側で、下からせり上がってくる巨大船が見えたのである。リアたちが見えるのは、船の先端から全体の三分の一程度であり、リンフェル号とは比べ物にならない大きさである。そして巨大船の先端に見える悪魔像が海賊船であることを示していた。



「気を付けろー! 海賊船は海中から出て来ている!」



 誰かの叫び声が甲板で木霊し、そんな馬鹿なと誰もが考える。

 しかし、目の前の海賊船は下から昇ってくるように出現したのであり、そう考えると、海中から浮上してきたとしか思えないのだ。現に、海賊船には結界のような防護壁が張られているため、それを使って海中に潜んでいたと思われた。

 それに今の激しい揺れも、海賊船が海から出て来たせいだと考えれば納得がいく。

 流石に海賊船が海の中からやってくるなどとは想像も出来なかったが、リア、ミレイナ、レーヴォルフの反応は早かった。



「船員の皆さんはこちらへ! 怪我をした人がいればわたくしが治します!」


「まだこちらの結界は作動しているから焦らず集まってくれ! 僕とミレイナで対応する!」


「わかったぞレーヴ!」



 リアの声を聞いて船員たちは甲板の中央付近へと集まり始める。まだ揺れが収まらないため移動が困難な状況ではあるが、荒波にも慣れている船員たちは容易く集まってきた。中には突然の揺れで怪我をした者もいたが、リアは簡単な治療を開始する。

 そしてミレイナとレーヴォルフは揺れる船に苦戦しながらも甲板を移動して、海賊船が良く見える位置までやってきた。



「大きいね……」


「レーヴ見ろ! 本当に海から上がってきているぞ!」


「まさか海中に潜んでいたとはね。僕らの感知を抜けられるわけだ」



 クウとレーヴォルフは、海の中までは感知していなかった。

 勿論、魔物を警戒して浅いところまでは感知範囲を広げていたが、この様子から見ると、海賊船は相当深くまで潜っていたのだと推測できる。

 つまり、霧も召喚も遠距離からのものではなく、ずっと海中からリンフェル号に張り付いて行っていたということだった。完全に盲点を突かれた形である。



「まさか海賊船が海の底からやってくるなんて想像もできるはずがないよ……」



 レーヴォルフは小さく愚痴を漏らすが、警戒は怠らない。

 百近い船を襲い、たったの一隻しか戻らなかった海賊が相手なのだ。クウはアークを処理するためにリンフェル号の遥か後方へと行ったため、指揮を任された自分がしっかりしなくてはならないと自覚していたのである。

 完全に浮上した海賊船は見上げるような大きさだった。

 そして海賊船の甲板から一人の男が姿を見せる。

 霧のせいで詳細は見えないが、男であるというのは何となく分かった。



「ミレイナ」


「分かっている」



 二人は警戒を強め、特にミレイナはいつでも《竜の壊放》を使えるように構える。リンフェル号にはクウが張った結界があるので大丈夫だと思うが、何故かレーヴォルフは嫌な予感を拭えなかった。

 海賊船からチラリと姿を見せた男は霧の向こうで跳びあがる。リンフェル号へと飛び移ろうとしたのだ。

 既に海賊船を守っていた結界は解除されているため問題ないが、クウの張ったリンフェル号の結界はまだ機能しているのだ。普通ならばそれに阻まれて海へと落ちるだけである。

 しかし、その男は飛び上がると同時に腰に差していた剣を抜き、両手で振り上げて結界へと叩き付けた。弾かれて、そのまま海へと落下すると思われたが、期待は見事に裏切られる。

 バキリ……

 男が重力と共に剣を叩き付けた部分から鈍い音が聞こえて来た。それはクウの張った魔素結界が一部とはいえ割れる音。そして次の瞬間には完全に穴が開き、海賊船から一人の男が乗り移ってきた。

 あまりにも自然で、音もない着地。

 そして超越者クウの魔素結界を破った事実が彼の実力を言葉なしに語っていた。



「ミレイナは《竜の壊放》は控えて! ここは甲板だから、下手したら船が壊れるよ!」


「分かったぞ! 体術と糸がメインだな?」


「気を付けて。あいつは多分強いよ」



 レーヴォルフとミレイナは一瞬の会話の後に走り出す。幸い、船員はリアの近くで一か所に集まっていたため、乗り移ってきた男の周囲は誰もいない。すぐに全力戦闘が可能な状況だった。

 だが、それでもレーヴォルフの表情はすぐれなかった。

 それはこれから戦う男の戦闘力を測りかねていたからである。

 クウの魔素結界は、あくまでも「魔素支配」の応用であるため、その気になれば超越者でない存在でも破ることは出来る。相応の攻撃力が必要になるが、不可能ではないだろう。

 逆に言えば、目の前の男にはそれだけの力があるのだ。



(相手が一人だけなのは救いだね……)



 レーヴォルフはそんなことを考えつつ動きを阻害する糸を放つ。

 数歩分だけ先を走っているミレイナは、いつでも攻撃が出来る状態だ。

 謎の男とレーヴォルフ、ミレイナの戦いが始まる。






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