EP255 怨念の船
前触れもなく出現したボロボロの船。リンフェル号を取り囲むようにしているため、周囲を壁で塞がれたかのような錯覚を覚える。実際に取り囲んでいる船はリンフェル号よりも巨大なものばかりだったため、その感覚も間違いではないのかもしれないが。
しかし甲板にいた船員たちは目を見開いて驚愕していた。
警戒のしようもなく突如として船が現れたこと。
そして何より、自分たちを囲んでいる船が、どれも行方不明になっていた知り合いの船ばかりだったことに。
『全員気を付けろ! 噂の幽霊船がお出ましだ! 何が起こるか分からんぞ!』
少し口調が荒いが、レプトの声が艦内放送で響き渡る。
混乱しかけていた船員たちも、信頼する船長の声を聞いて正常に動き始めたのだった。
「武装を持ってこい! 魔導砲を起動準備しろ!」
「早くしろ! 海賊が来るぞ!」
「あの船は行方不明になっていた大船団の一部だろ!? どうなってんだ!」
「馬鹿! 口よりも手を動かせ!」
「退路の確保を優先。囲いを突破するぞ!」
「魔導砲はまだか?」
「もう少し待ってくれ」
船員たちは船に搭載されている武装の起動準備を始める。ドラゴンの息吹を参考にした魔導砲と呼ばれる艦載兵器を使用するのだ。
まずはボロボロの船に囲まれているという状況を脱しなくてはならない。退路が塞がれている上に、全方向から囲まれている。これはつまり、為す術もなく袋叩きに遭う可能性を示しているのだ。
そして海賊に襲われ、生き残った船に乗っていた者たちは語った。
幽霊船と霧から脱出できたからこそ生き残れたのだと。
だからこそ、船員たちは最低限でも囲いから脱出できるようにしておきたかったのだ。
そしてクウたちもすぐに行動を始める。
「リア、ミレイナ、レーヴォルフ。俺たちもやるぞ」
「はい兄様」
「分かったぞ!」
「まずはどうするんだいクウ?」
「俺たちも噂の幽霊船を破壊だ。良い知らせと言うべきか、残念というべきか……あのボロ船には生きている奴は居ないみたいだからな。どうやら元の船員たちはアンデッド化しているみたいだ」
クウがその言葉を言い終わらない内に、周囲の船の甲板で人影が見え始めた。霧のせいでハッキリと確認はできないが、武器を持っているように思える。
しかし感じ取れる気配は邪悪そのもの。
恨み辛みを体現しているかのような深い死の気配。
それは到底、生きている者が放つ気配とは思えなかった。
《真理の瞳》で解析済みのクウは、躊躇いなく、誰よりも早く攻撃を放つ。
「《虚無創世×10》」
莫大な霊力が原子以下の極小領域で圧縮され、臨界状態を遥かに越えて力場を生成する。そして同時に十個の小宇宙が生成され、それぞれが周囲の船を飲み込んだ。大爆発による膨張と、重力による収縮が釣り合って小宇宙は安定する。そして内包するエネルギーは全て重力へと変換されていき、やがて元の小さな一点へと戻り、崩壊する。
何もかもを次元の果てへ葬り去って。
周囲のボロ船が漆黒の球体に飲み込まれ、消失する。そんな非常識な光景を見た船員たちは思わず固まってしまったのだが、クウは声を張り上げて注意する。
「ボサッとするなよ! 幽霊船とやらはまだ大量に残っている!」
クウが消し飛ばしたボロ船の隙間を埋めるようにして新たな幽霊船がリンフェル号へと寄ってくる。まるで船自体に意思があるかのような光景であり、かなり不気味だ。
だが、実はその感想は正しかったりする。
行方不明になっていた船の船員たちは、死してアンデッドへ生まれ変わっていた。どちらにせよ死んでいるので、生まれ変わったという表現は正しくないのかもしれない。しかし、アンデッドになっても脳に残っていた記憶から、彼らは再び船員として働きだした。
死んだ恨み、生への渇望、現世への心残り……
アンデッドの持つ負の意思、別の言い方をすれば瘴気は船へと定着する。恨み辛みの意思が土地に定着することでアンデッドが生まれやすい土壌になるのは有名な話だが、これらの意思が船へと定着したことで別の現象が引き起こされたのだ。
それは船自体がアンデッドとして機能すること。
元は無機物であり、全く意思など存在しない船のアンデッド化。これは魔物へ変化したのではなく、どちらかと言えば現象に近い。
元船員のアンデッドが船を動かすパーツとなり、船そのものにも負の意思が宿る。船に乗るアンデッドたちが群体として働き、さらに負の意思を宿した船が器となることで、船そのものが一体の魔物であるかのように振る舞っているのだ。
これは見かけ上のことであり、船自体にステータスは存在しない。
しかし、特殊な場所でアンデッドが大量発生したことにより、本当の意味で幽霊船へと変貌していたのである。便宜上、半分は冗談のつもりで付けられた呼び名だったが、まさか本当な話だとは誰も想像できなかったことだろう。
クウも解析して初めて気づいたことだった。
「俺とミレイナは周囲の船を撃退する。リアはアンデッドに注意しつつ、必要があれば回復を。湿気が多いし、霧が深いから、《炎魔法》や《光魔法》は効果が期待できない。レーヴォルフは……必要に応じて適当に動け!」
「僕だけ指示が雑じゃない!?」
「お前は自分で物事を判断しても大丈夫だろ」
レーヴォルフは抗議の声を上げるが、確かにクウの指示を聞かなくても戦況判断は出来るつもりだ。元々レーヴォルフは三将軍を務めていたし、ミレイナのような子供でもない。
クウの言葉は単純にレーヴォルフの力量を信用してのことだった。
(僕は遠距離攻撃を持たないからね。今のところはリアと一緒にアンデッドの警戒かな? まぁ、幽霊船が近づく前にクウたちが片付けてくれるだろうけど)
そんなことを考えつつ、レーヴォルフは周囲の警戒を強める。漆黒の球体が幽霊船を飲み込み消滅させ、ミレイナの放つ破壊の波動が同じく幽霊船を吹き飛ばす。流石のミレイナでも一撃で幽霊船を破壊することは出来ないようだが、一人で巨大な船を沈められる時点で色々おかしい。
二人が順調に幽霊船を始末していく中、リンフェル号の船員たちも迎撃を開始する。
「魔導砲を発射ァ!」
「次の装填を急げ! 戦えねぇやつは魔導砲に魔力を込めろ!」
「知り合いの船でも躊躇うなよ! アレに乗っているのはアンデッドだ!」
「三時の方向から接近!」
「砲身を回転だ!」
「いくぞ。発射ァ!」
超圧縮した魔素を放射する魔導砲が三十門。
船員たちが必死に魔力を込め、発射を続けていた。流石にドラゴンの息吹を参考にしているだけあって、消費魔力も非常に多い。能力値の高い魔人であっても、限界はあった。
そこでクウは彼らに指示を出す。
「船員は余計なことをせずに魔力を温存していろ! 周りの船は俺とミレイナで処理する! それに破壊し過ぎると幽霊船の残骸で進めなくなるぞ!」
そう言いつつ《虚無創世》を発動させ。見える範囲の幽霊船を一掃する。全てを次元の果てへと消し去るため、この方法なら船の残骸が海を漂うこともないのだ。
流石にこれだけの船を破壊すれば、その残骸も相当量になる。下手をすればリンフェル号の進路の邪魔になることだろう。それでは囲いとなっている幽霊船を破壊しても意味がない。退路を確保するために破壊しているのだから。
船員たちも、クウの放つ謎の術が決め手となったのか、大人しく言うことを聞いて魔導砲の発射を停止させる。納得はいかない部分もあるが、クウの言葉は尤もだと判断したのである。
やはりアーク瞬殺事件が大きく影響しているのだろう。彼らはクウの言葉に大抵従うようになっていた。
「ミレイナはまだいけるか?」
「当然だ! 私はまだ余裕だぞ!」
「なら続けてくれ!」
「分かっている!」
ミレイナの《竜の壊放》はMPを消費しない技であるため、精神力の限り使用可能だ。どこからエネルギーが供給されているのかと不思議に思ったクウが調べると、どうやら【加護】を通して魔力が供給されているらしいと判明した。
【固有能力】を発動するときに限りMPを消費しないのはこういう理由があるのだ。
クウの使っていた《虚の瞳》も虚空神ゼノネイアから密かに魔力供給されていたので、MP消費無しで幻術を発動し放題だったというわけである。
尤も、今となっては霊力を使い放題になったわけではあるが……
「《虚無創世》」
クウは幽霊船から滲み出る怨念を感知して、そこへ《虚無創世》を撃ち込む。霧のせいで視界が悪く「魔眼」の効果を使えないためだ。その気になれば《幻葬眼》で霧の術を破壊できるが、クウは海賊船が出てくるまで霧を消す気が無いのである。
(まぁ、やり過ぎたら海賊にも逃げられるかな?)
海賊がこちらの手の内や能力を見るために幽霊船をぶつけてきているということも考えられる。あまりにも圧倒的な力を見せれば、そうそうに撤退してしまうかもしれない。だからと言って迫ってくる幽霊船を放置する訳にもいかないため、クウはひたすら消滅させ続けていた。
(多い……そろそろ五十隻は沈めた計算になるぞ。どれだけ幽霊船として取り込まれたんだよ)
クウも行方不明になった船の数は正確に聞いていない。かなり多いとは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
最近は【カーツェ】と【ネイロン】で活発に交易がおこなわれていたため、それに伴って船団も増えていたと考えられる。行方不明になった船は、今回のリンフェル号のように霧を彷徨い、幽霊船に遭遇し、そのまま取り込まれてしまったということだろう。
「まったく……これなら海賊騒ぎって言うよりも幽霊船騒ぎだな」
クウはそんなことを呟きながら苦笑する。
しかし根底に海賊がいることは間違いない。
ギリギリ逃げ切って生還した船に乗っていた人物は全員がとある証言をしている。
霧から抜ける直前に、全長三百メートルはありそうな巨大船が見えたと。そしてその船の先端には黄金の悪魔像があったと。
船の先端に悪魔像を付けるのは、地球で言うところの海賊旗と同じ役目だ。古来から地中海の海賊は、船の先端に悪魔像を置いていたという。最後に見えた巨大船と黄金の悪魔像が印象的過ぎて、海賊というイメージが残ったのだった。
「噂の巨大海賊船は出て来てくれるかな?」
クウの《虚無創世》が幽霊船を破壊するが、相変わらず海賊船らしき気配はない。海上には不気味で気持ち悪い気配を放つ幽霊船のみであり、クウが消滅させる度に追加で召喚されていた。
幽霊船も魔物に近い存在であるため、召喚契約によって呼び出すことが出来るのだろう。
防衛する側のクウとしては実に厄介ではあるが。
「うーん。やっぱり超越者ほどじゃないけど、普通じゃ有り得ないほどには能力が高い……考えられるとすれば【魂源能力】保有者とか?」
幽霊船を何十も召喚出来る時点で常人とはかけ離れていると推定できる。しかし超越者が相手ならば、この程度の生温い召喚で済むはずがない。それこそオロチの天使軍のようなものを覚悟しなくてはならないだろう。
そうすると【魂源能力】保有者というのが妥当になってくる。
「そのうち幽霊船だけじゃなくて魔物も召喚してきたりしてな……ははは」
ちょっとした冗談のつもりで呟いたクウ。
しかしそれがフラグだったのだろう。
周囲の海上で幾つもの強い魔力が生じ、巨大な何かが召喚された。それは幽霊船と違って魔力を保有する魔物であり、気配から感じ取れるその大きさは十メートル以上。
大量の触手を有する海の巨大魔物。
それはクラーケンと呼ばれる種だった。
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