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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
幽霊船編
254/566

EP253 霧


 魔族領地中海。

 クウたちを乗せたリンフェル号は航海を初めて五日目の朝を迎えていた。しかし目を覚ましたクウは船室の窓から差し込む光が弱いことに気付いて不審に思う。どうやら霧が深いのだと理解できた。



「霧……」



 それを見たクウは【カーツェ】で話をしてくれた商人の言葉を思い出す。



「確か霧に紛れて幽霊船がやってくるって話だったか」



 商人は例の海賊に襲われて生き残った船に乗っていた者だった。それ故に、誰よりも詳しく海賊が出て来たときの状況を知っていたということである。彼の話によればこういうことだった。

 まず突如として霧が深くなり、方向感覚が狂わされる。方位磁針は機能しているようだが、自分たちの現在地を把握できなくなるのだ。そうしてしばらく船を進ませると、ボロボロになった廃船が近づいて来るらしい。そしてその船は行方不明になっていた商船だったというのだ。

 だから彼は幽霊船と言い表わしたのである。

 そして気づいた時には大量の廃船に周囲を囲まれ、それに紛れて海賊がやってきたというのだ。



「この世界にはアンデッドって魔物もいる訳だし、幽霊船も本当に存在するかもな。案外、海賊たちの中にネクロマンサーが混じっているとか?」



 先が見えない窓の外を覗き込んでいたクウはそう呟く。

 一応、クウの探知範囲には気配を感じないが、念のため警戒しておくことにした。そしてまずは同じ部屋で寝ているレーヴォルフを起こすことにする。



「起きろレーヴォルフ」


「……どうしたんだいクウ?」


「海賊が出てくるかもしれない。警戒しよう」


「本当かい? 分かった」



 レーヴォルフはすぐに目を覚まし、クウの言葉を疑うこともなく準備を始める。急所を守る防具を身に付け、武器となる糸を腕に巻いて数分足らずで準備を整えたのだった。

 ちなみにクウは超越者であるため、服装は意思のままに顕現できる。さらにクウの霊力と意志力で顕現させた服であるため、並みの防具よりも強度は高かった。そもそも、超越者に強いダメージを与えられる攻撃は概念攻撃ぐらいであるため、普通の海賊を相手にするならこれでも過剰なぐらいだ。



「準備できたよ」


「わかった。リアたちも起こそう。多分、リアは起きていると思うけど」


「そうだね。起こすとすればミレイナかな?」


「レーヴォルフはそちらを頼んだ。俺はレプト船長の所に行って報告する。お前たちは直接甲板に向かっておいてくれ。霧が出ている間は警戒し続けるぞ」


「異論はないよ」



 二人は頷いてそれぞれ行動を開始する。

 レーヴォルフは隣にある女性部屋へと向かい、クウは船長室へと向かった。

 廊下を駆け抜け、階段を駆け上がり、迷路のような船内を移動しながら船長室を目指す。途中で船員が忙しそうにしているのを見かけたことから、やはり霧のことで動き回っているのだろう。

 クウは一際豪華な船長室の扉の前に立ち、三回連続でノックした。



「入りな」



 中から聞こえて来たのはレプトではなく女性の声。何度か聞いた副船長ミランダのものだった。クウは一瞬だけ疑問に思うが、副船長なのだから船長室にいることもあるだろうと考えて入室する。

 すると中ではミランダが苛々した表情で待ち受けていた。



「なんだ。アンタかい」


「それはこっちのセリフだ。レプト船長はどこだ?」


「操舵室だよ。霧が深いからね。直接指揮を執っているのさ」


「分かった。俺たちは甲板に出て警戒する。レプト船長に報告できるか?」


「操舵室と回線を繋いでやっておくよ。今はアタシが連絡係だからね」


「頼んだ」



 クウはそう言って船長室を出る。

 やはりレプトたちも霧を警戒しているのだろう。それは航海の上で厄介だということではなく、彼らも霧と幽霊船、そして海賊の話を聞いていたからに違いない。レプトたちも出航する上で情報は集めたはずなので、クウたちと同じ話を聞いたはずだからだ。

 クウが何も説明せずに甲板で警戒すると伝えて話が通じたのはこういうことである。



(どうするか……俺が《神象眼》を使えば霧なんか消し飛ばせるけど、海賊を退治するなら遭遇してくれた方がいい。【ネイロン】に行ってから魔王軍と協力して海賊退治なんて二度手間だしな)



 魔王軍にはクウの探し人ユナがいると判明しているが、海賊退治に出てくる保証はない。それならば航海中に倒してしまった方が効率的だ。

 リンフェル号を危険に晒すことになるかもしれないが、超越者クウが守っているのだから、同じ超越者が出てこない限り問題は無いだろう。

 そう判断したのである。

 クウは走って階段を上り、甲板へと出る。すると既に多くの船員が周囲を警戒しながら警戒していた。リンフェル号の動力は魔導エンジンであるため、船を動かすこと自体に人員は必要ないが、大きな船を全周囲に渡って警戒するとなれば、かなり多くの人出が必要になるのである。

 そしてクウが出て来たのを見ると、警戒していた船員たちは安堵の表情を浮かべていた。

 二日前に巨大亀型魔物アークを瞬殺したことで、クウの実力は知れ渡っていたのである。



「おはよう。どうだ?」


「クウさん。おはようございます。霧が深くでサッパリですな」


「俺も気配を探ってますが……ダメでさぁ」


「一応《水魔法》と《風魔法》で霧を吹き飛ばそうともしてみたんですがね。俺たちの魔力じゃ足りやせんのですよ」


「分かった。気配については俺も感じられない。霧に認識阻害も付与されていないみたいだし、まだ周囲には何もないだけみたいだ」


「クウさんがそういうなら間違いないでしょうな。わかりやした。引き続き、警戒はします」



 他の船員たちもクウの言葉を聞いて少しだけ安堵する。気配が探れなくて困っていたが、周りに何もないだけだと分かったからだ。

 人族であるクウがこれほど信用されているのは、やはりアークを倒した事件が衝撃的過ぎたということだろう。あの事件以降、ミランダさえもクウに尊敬の目を向けるようになったのである。先程は視界不良という良くない状況に苛々していたようだが、基本的にクウへと当たることはなくなっていた。

 そしてしばらくすると、リアとミレイナを呼びに行っていたレーヴォルフもやって来る。少し遅れた場所に残りの二人もいるので、準備を終えたのだろう。



「待たせたねクウ」


「お待たせしました兄様」


「敵なのか?」



 軽く謝罪するレーヴォルフとリアに対して、ミレイナは目を輝かせながら周囲を見渡す。所々で髪も撥ねており、どことなくポンコツ感が滲み出ていた。霧の湿度ですぐに直るだろうが、もう少し女性としての自覚を持ってほしいと思うところである。

 その点、リアは元貴族ということもあって完璧なのだが。

 クウはそんなミレイナに苦笑しながら答えた。



「敵はまだだって。ミレイナはもう少し索敵能力を鍛えた方がいい」


「む……」


「そうだよミレイナ。特に《気配察知》は戦闘でも役に立つからね。相手の攻撃を気配で感じ取ることが出来れば、視覚に頼らなくても次の一手を打つことが出来る。パルティナ師匠の教えだよ」


「……分かった」



 ミレイナはクウだけでなくレーヴォルフからも言われたことで素直に頷く。砂漠での戦い以降、ミレイナも力だけで相手を叩き潰す戦法以外に道を見出すようになった。勿論、ミレイナのスキル構成を見れば、圧倒的な力で対象を潰すことに特化していることは間違いないが、絡め手を使ってくる敵への対処法も勉強し始めたのである。

 そしてその際に情報系スキルは役に立つ。

 《鑑定》《解析》《看破》などは生まれつきの才能が物を言うが、《魔力感知》や《気配察知》は努力次第で習得可能なのだ。魔力や気配から敵の強さも少しは測れるので、習得して損はしない。

 現在はリアも《魔力感知》を鍛えている途中だった。



「取りあえずリアとミレイナは感知の練習をしながら警戒だな。基本は俺とレーヴォルフで全方位カバーできるだろうけど」


「分かりました」


「分かったぞ」



 クウの言葉にリアもミレイナも頷き、感知の練習を始める。まずミレイナはスキル自体を持っていないので、スキル習得のための修練からになる。ミレイナはレーヴォルフのアドバイスを聞きながら集中し始めたのだった。



「ミレイナ。心を落ち着けて、《気纏オーラ》を使う時みたいにして……」


「こうか?」


「そうそう。そのまま自分のオーラを感じ取るように、外部のオーラを感じるんだよ」


「むむむ……」



 ミレイナは難しそうな顔をしているが、少しは感覚が掴めたらしい。スキル習得のために気配を感じる練習を開始する。

 それと同時にクウはリアに対して《魔力感知》のアドバイスをしていた。



「リア、魔力は魔素として周囲に漂っている。特定魔力を感知する際には、この自然魔素がノイズになって感知しにくくなるはずだ」


「はい。経験があります」


「《魔力感知》スキルはこのノイズを上手く除くことで、遠くまで、より正確に感知が出来るようになっていくからな。それを意識してやってみろ」


「わかりました」



 クウに直接教えて貰えることで、リアは嬉しそうに練習へと励む。砂漠の事件では放置されていた時間が長かったので、こうして共に居られる時間を過ごすのが楽しいのだ。リアもまだ十五歳であるため、頼りになるクウが居てくれると安心するのである。



(頑張って兄様の期待に応えます!)



 リアは気合を入れてクウの助言通りにスキルを使い始める。魔法使いだけあって魔力の使い方は上手な方ではあるが、それは体内の魔力の話だ。周囲を漂う自然魔素から来るノイズをどう除けばよいのかは手探りになる。

 勿論、クウに聞けば答えは教えてくれるだろう。

 しかし、何でも聞いているだけでは自分が成長しない。時間をかけての手探りであったとしても、自らが成長しなくてはならないのだ。

 優しさと甘えは違うということである。

 そしてリアが《魔力感知》の練習をしている間、クウは解析を続けていた。



(さてと……問題は霧だな。これが魔術的な手法によって発生した霧だってのは分かっている。問題はいつ仕掛けてくるかだ)



 クウは《真理の瞳》による解析で、突如として発生した霧が《水魔法》によるものだということは分かっていた。問題は、これほど大規模に霧を発生させることが出来る相手の技量であり、クウの感知範囲外から仕掛けているということだった。

 どれほどの魔力があれば可能なのかを逆演算した結果、普通ではあり得ない値であることも既に判明している。



(魔力値十万かつ、MPを二万ほど使えば不可能じゃないな。まぁ《水魔法 Lv10》で、更に周囲が水で囲まれた海っていう条件もあるけど)



 実際に計算してみれば、普通ではあり得ないステータスとなる。だからと言って超越者が相手ならば強い潜在力が感じ取れるはずだ。潜在力を隠すことも不可能ではないが、術を発動させている以上、一度は発動の兆候を掴めるはずである。それが感じ取れていないため、霧の発動者は超越者ではないと断定できた。



(魔道具、薬剤ドーピング……その辺りか? 【レム・クリフィト】は魔道具が発達しているし、霧を発生させる道具もあるかもしれない。魔道具を使い、複数人で魔力を込めれば、この不可思議現象も説明は出来るな)



 クウは六芒星に輝く「魔眼」を光らせ、警戒を続けるのだった。







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