EP252 勇者の備え
【ルメリオス王国】の北西部にある街。林業で成り立っているこの街の冒険者ギルドに三名の男女が入ってきた。元々、冒険者ギルドで若い人がいるのは珍しいのだが、この三人は十代に見える。
しかし、だからといって彼らに絡む無謀な者は居ない。
何故なら、三人がランクSSパーティ『ジ・アース』であることを知っているからだ。
「返ってきたぞ……『魔導剣』だ」
「ってことはレギオンを倒したのか?」
「そうじゃねぇのか? ほら、『爆撃姫』と『要塞姫』もいるぜ」
「馬鹿! その二つ名は口にするな!」
ギルドの端で小さく会話していた男たちは慌てて口を塞ぐ。
勇者一行のパーティには二人の姫がいるのだが、その二つ名は絶対に本人の前で言ってはいけないという暗黙のルールがあった。
理由は簡単である。
「『爆撃姫』なんて……可愛くない」
「私なんて『要塞姫』ですよ……」
「あそこにいる冒険者を魔法で吹き飛ばしていいわよね」
「私が付与で強化しますね」
「ダメだよ二人とも! ほら! 落ち着いて!」
「いいよね清二は。『魔導剣』なんて」
「清二君だけまともです」
単にリコとエリカが可愛くないという理由で二つ名を気に入ってなかったのだ。ギルドとしても既にこの二つ名で登録して広めてしまったため、今更撤回など出来ない。かといってSSランクに二つ名がないのでは伝統的に示しが付かないので、結局は『爆撃姫』と『要塞姫』が定着してしまったのである。
セイジとしてもこれだけはどうしようもないので、放置するしかないのだ。
それに『爆撃姫』と『要塞姫』の代わりを考えろと言われても難しい。これらが非常に的を射ている二つ名だからである。
多種の魔法を使いこなし、一度魔法を使えば周囲を更地へと変えることから『爆撃姫』。
強力な防御結界と回復を使い、味方を背後から助ける揺るぎない姿から『要塞姫』。
せめて『姫』の字がついている事だけでも配慮されていると思うべきだろう。
「と、とにかく受付に行こう。討伐証明を提出しないとね」
据わった眼を向けられたセイジは動揺しつつも話を逸らす。この二つ名が付いて一か月になるのだが、セイジの悩みの種の一つとなっていた。毎回、誤魔化すのも大変なのである。
リコとエリカもセイジの誤魔化しにジト目を向けるが、セイジの言うことも尤もであるため、三人はそろって正面の受付へと歩を進める。
受付の女性もSSランク冒険者たちを見て緊張しているようだった。
「『ジ・アース』の方々ですね?」
「はい、依頼は達成しました。これが討伐証明の魔石です」
セイジがエリカに目を向けると、エリカは腰に付けたアイテム袋から巨大な魔石を取り出す。ゴトリと重い音を立てながらカウンターに置かれたそれは濃密な魔力を帯びており、受付の女性は思わず息を飲んだ。
しかし彼女もプロだ。
すぐに意識を戻し、処理を開始する。
「確かに確認しました。報酬の白金貨一枚です」
女性はミスリルで出来た硬貨を取り出し、それをセイジに渡す。セイジはそれをエリカに渡し、エリカは白金貨をアイテム袋へと収納した。
たった一枚の硬貨ではあるが、これだけで一千万円分の価値がある。この世界エヴァンでも百万Lという大金であり、大規模な商会の取引ぐらいでしか扱われることがない。冒険者ならばSランクオーバーの人外たちが目にする程度だろう。
故にこの光景を見ていた周囲の冒険者たちも興味津々だった。
しかしセイジたちも慣れているのか、特に気にした様子もなく話を続ける。
「それで受付さん。災害種の情報とかありますか?」
「あ、私のことはリューとお呼び下さい。災害種の情報ですね? 少々お待ちを」
リューはそう言ってカウンターから離れ、資料を探しに行く。インターネットのような情報網は流石にないが、冒険者ギルドでは常に情報が共有されるシステムになっている。多少は情報にずれがあるかもしれないが、それでもかなり正確だった。
すぐに戻ってきたリューは何枚かの資料をセイジたちに渡す。
「これが現在、近場で確認されている災害種です」
「結構減ったね……一番近いのはSランク指定のグラか」
「そうなりますね。書いてある通り、スライム種の最上位だと言われています。魔法に対する絶対的な耐性を有しており、物理攻撃も殆ど効かず、再生能力も有しているそうです」
「それって倒せるの? どう見てもSランクどころじゃないよね」
「グラは大人しい性格で、生物ではなく無機物を捕食する性質を持っています。もちろん攻撃されれば生物も捕食するそうですが、基本的には無害なんです。だからSランク指定になっています」
その説明を聞いてセイジは眉を顰める。
魔物のランク指定は強さだけの指標ではないのは知っているが、実際に戦う側から見れば面倒だ。ランクの基準は戦えない一般人から見た危険度であり、実際に戦う者は注意しなくてはならない。前回のレギオンもそうだったが、ランクと戦闘力が見合わないことが結構あるからだ。
低ランク魔物ならば大差ないのだが、流石にSランクを超えると差が顕著になる。一応、ランクが同じならば一対一でも勝てるというのが冒険者ギルドのランクシステムだが、それはAランク以下の話だった。
リコとエリカを守らなくてはならない以上、セイジも注意しなくてはならない。
「グラは止めておきます。多分、僕たちとは相性が良くなさそうだし」
「ではこちらはどうでしょう? バジリスク亜種の討伐です。普通のバジリスクはAランクなのですが、どうやら変異種らしく、冒険者ギルドはこれをSランクに指定しました。ただ、同時にバジリスクが数体ほど確認されているので、群れを作っている可能性もあります。依頼としてはSSランクです」
「ちなみに亜種の特徴は?」
「すみません。それの調査も依頼に含まれています。最悪は調査結果だけでも依頼達成です」
セイジは少し悩む。
今のセイジたちはバジリスク程度に後れを取ったりしないが、群れとなると話は変わってくる。特に魔眼系スキルを持っているバジリスクは視線を向けられるだけで攻撃になるのだ。群れで、一斉に目を向けられれば、回避は難しい。エリカが光を遮断する結界を使う手もあるが、逆にこちらもバジリスクを視認できなくなるのだ。
さらには亜種という不確定要素もある。
ギルドは変異種が現れたときの規定通り、ワンランク引き上げてSランク指定したが、実際に調査してみればツーランクほど上だったということも珍しくはない。場合によってはSSSランクも有り得るだろう。
情報が無いというのは非常に不安だった。
「どうしようか二人とも」
「確かバジリスクって麻痺系の魔眼スキルが使えるんだよね」
「私の付与で耐性強化すれば大丈夫ではありませんか? それに清二君は《気力支配》で大抵の状態異常は防げますし、私も《状態異常耐性 Lv4》を持っています」
「普通のバジリスクならいいけどね。亜種がいるとなると……ちょっと――」
バジリクスはトカゲのような見た目であり、大きさで言えば数メートルほどだ。目を合わせると石化するという伝説が地球にも有ったが、この世界エヴァンでは麻痺の魔眼という形になっている。
視線上に強烈な電磁波を放射し、神経組織に流れる電気情報を乱して麻痺させるのだ。バジリスクは気配を隠すのも得意であるため、気づかない内に麻痺させられているということも珍しくない。その代わりかどうかは知らないが、防御力は低いのでAランクになっている。
この程度ならばセイジたちでも余裕だろう。
ただ、魔物は特殊な進化をすることで性質が全く変化することもあり、亜種に関してだけは油断できないのだ。
(でも、これから戦うことになる魔族だって情報が少ないんだから……その予行練習だと思えばいいかな)
初めはこの依頼も断ろうかと考えていたセイジだが、これからのことを考慮して思い直す。これまでは勇者として国という庇護があり、大きな助けがあった。情報を与えられてきたのも助けの一つであり、その他にも装備や諸道具もある。
しかし、魔族との戦いとなれば勇者として選ばれた者が先立っていかなくてはならない。
だからセイジは言い直した。
「いや、やっぱり受けようか」
「気が変わったの清二?」
「うん。未知の敵との戦いも経験しておいた方がいいからね。そういう敵に備えた準備も必要だろうから、勉強にもなる」
「私は元から賛成よ。受けましょ」
「念のため状態異常対策の魔道具、それに回復薬を揃えましょう。私の《回復魔法》だけでは不安ですし」
そうして手短に話を終えたセイジたちはリューへと向き直り、答えを出す。
「ではバジリスク亜種の依頼を受けます」
「ありがとうございます。依頼としてはバジリスク亜種の調査、討伐です。先も言いましたが、調査だけでも報酬は出ますので、最低でも情報は持ち帰ってください。詳しくはこちらの資料になります」
リューは正式な依頼書を取り出し、セイジたちへと見せる。高ランクの依頼であるため、機密として他の冒険者に聞こえないよう、言葉ではなく文字を使って伝達するのだ。
それを見て今ある情報を得たセイジたちは、冒険者ギルドを出て依頼の準備を始めたのだった。
◆ ◆ ◆
数時間後、三人は王都の魔道具店にいた。
なぜ短い時間で王都に来れたのかと言えば、セイジが《時空間魔法》で転移系の魔法を行使したからである。時空間属性を扱う練習でもあるので、最近は転移魔法で移動することが多いのだ。
やはりバジリスク亜種対策に魔道具を揃えるとなると、王都が一番品揃えが良いので、一度戻ってきたのである。すでに国王ルクセントへの挨拶は済ませ、今は三件目となる店で品物を眺めていた。
「この警戒魔道具は必要じゃないかな?」
「でも清二は気配を探れるでしょ? 必要ないんじゃない?」
「理子ちゃん違いますよ。それは私たちが眠っている時に必要な魔道具です。今回は調査もありますから日帰りできるとは限らないんですよ」
「あ、そっか」
セイジたちは一週間ほど野宿しても問題ない装備で挑むつもりだ。バジリスク亜種の居場所は大体判明しているので、近くまで《転移》で向かえば一週間ほどで済むだろうと判断したのである。
そんな風に話し合っていると、三人に店主が話しかけて来た。
「お望みのものは見つかりましたかな?」
「ああ、いえ。性能のいい警戒魔道具を探しているんですけど、気配を消すのが上手い魔物に有効なのが見つからなくて……」
「なるほど。確かに普通の者は魔物が《気配遮断》もしくは《隠密》スキルを持っていないことを前提にしていますからな。難しいでしょう」
基本的に魔物は人や動物に対して悪意を放つため、それを闇属性で探知すれば気配を探ることが出来る。ただし、デリケートな術式であるため、気配を断たれると簡単に無効化されるのだ。そこで風属性を利用した物質的な感知もあるのだが、こちらは精度が甘い。また範囲も狭いため、性能としては微妙だという判断である。
そこで結界属性をメインとし、そこに風と闇属性の探知を付与する結界型探知魔道具もあるのだが、こちらは多くの術式を付与する分、大きさや消費魔力効率に問題があった。大きさはともかく、起動に使う魔力は魔石依存であるため、こちらは大きな問題になる。
そう考えると、高ランク魔物に対する警戒という点では、魔道具には荷が重かった。
「本当に難しいね……」
セイジはそう呟くが、実は問題は簡単に解決できるのだ。
時空間属性を持つセイジが隔離空間を形成して野営するという手もあるし、エリカが探知結界を張るという手もある。しかし、与えられた情報で戦ってきた三人は、自分たちで工夫するという考えに思い至らなかったのだ。
時空間、結界属性が珍しいため、そういった使い方が情報としてなかったのも理由として挙げられるだろう。
そう悩む三人に、店主は何かを思いついたかのような素振りで奥から一つの魔道具を持ってきた。
「御三方、このような魔道具があるのですが……」
「これは?」
「魔道具が四つ? セットなの?」
「杭みたいな形ですね」
店主が持ってきたのは四本でセットの杭型魔道具。見た目は金属の杭ようだが、頭の部分には小さく魔石をセットするパーツが付けられており、魔道具だと判断できた。
不思議そうな反応の三人に、店主は自慢げな様子で話し始める。
「これは偶然手に入れた魔道具で、彼の高名な錬金術師リグレット・セイレムが制作したものです。リグレット・セイレムのことはご存知ですか?」
「確か伝説って呼ばれている錬金術師だったっけ?」
「あと、アイテム袋を初めて作ったんだよね」
「というか、そもそも魔道具の始祖って呼ばれてますよね」
その名はセイジたちも良く知っている。今使っているアイテム袋はリグレット・セイレムが制作したものであるし、彼こそが魔道具を広めた初めての錬金術師だとも呼ばれているのだ。流石に知らないはずがない。
店主はそんな反応の三人を見て、頷きながら話を続ける。
「そうです。その彼が作った高性能探知魔道具がこれなのですよ。四隅に杭を打ち込むことで、自動的に探知の結界が張られるのです。現代では解析できない魔法陣が付与されているため、再現は不可能だとされていますが、効果は既に実証されています。消費する魔石も小さく、持続時間も一夜ならば余裕です。
ちなみに杭の先端にも土属性魔法陣が付与されているらしく、どんな硬い地面でも自動的に埋まってくれるそうですよ」
「凄いね……」
「私共が手に入れたのは偶然ですし、それなりに値も張りますが……如何でしょう?」
店主の言葉はセイジたちがSSランク冒険者『ジ・アース』であると知った上でのことだった。流石に商人としてセイジたちの顔は知っており、稼いでいると想定したうえで話を持ち掛けたのである。
悩んだ末にセイジたちはこの魔道具を買い、バジリスク亜種の調査、討伐へと向かうことにした。その後、討伐の知らせがギルドに届くのは五日ほど経った頃になる。
本当はバジリスク亜種の討伐も書くつもりでした。
まぁ、話数稼ぎにしかならないどうでも良い話ですし、早く主人公の活躍を見たい方が多いと思うので、今回は全カットです。正直言うと、錬金術師リグレット・セイレムの話を出したかっただけなので。
次から主人公へと戻ります。
お楽しみに。
評価、感想をお待ちしております。





