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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
幽霊船編
250/566

EP249 海の魔物 後編


 浮かび上がったアークの全容。

 まさに島と称するに相応しい巨大さだった。まだ一キロ以上は離れているハズだが、黒い影が押し迫っているようにすら感じられる。

 そして海面から顔を出したアークの頭。

 強い眼光を放ち、鋭い牙を光らせ、明らかに船をターゲットとして定めている。ミレイナが攻撃を仕掛けたことを理解しているということだろう。強力な魔物になるほど知能が高い傾向にあるが、アークも同様にかなり賢かった。

 だからこそ、矮小な存在に自慢の甲羅を傷つけられたことを赦しはしない。

 必ず仕留めるという思いで泳ぐ速度を上げた。



「あー、ダメだ。完全に怒ったな」


「む……ならばもう一発だな」


「よし、いけ!」


「何が『よし、いけ!』だ! 馬鹿野郎!」



 クウとミレイナが二度目の攻撃をと思っていると、背後から苛立ちを込めた声が飛んでくる。クウたち四人が振り返ると、そこにはこの船……リンフェル号の副船長ミランダが怒りの表情を露わにして立っていた。

 そして続けざまに怒りの言葉を発する。



「アークに攻撃するなんてどういうことだよ! 死にたいの!? あれは見つけたら即逃げるってのが常識の接触禁忌種なんだよ! アンタたち分かってんの?」



 ぶつかっただけで船が沈む。

 そんなアークを相手に戦うという選択肢は有り得ない。これは航海士にとっての常識であり、一般人でも戦闘力が高いと言われる魔人族ですら、戦いを避ける相手だった。特に海上では竜種よりも危険とされているため、サーチ&ランナウェイが基本となっている。

 ここでミランダが怒るのも当然だった。

 しかしクウは落ち着いた様子で答えた。



「まぁ、大丈夫だろ」


「何が大丈夫なんだい! どう見てもヤバいじゃないか!?」


「最悪は俺がどうにかするって」


「だ、か、ら! あれはアンタ如きじゃどうにもならないんだよ! いい加減分かれ! ちょっと山脈を越えて来たからって調子に乗るんじゃないよ!」


「別に―――」



 ミランダは怒りのままに捲し立てるが、クウは調子を崩さずに答え続ける。クウの実力を知らないとは言え、この場合はミランダが正しいのだが、すぐに言い争っている場合ではなくなった。

 アークはまだ一キロほど東にいたのだが、魔力を溜め込み、口元で圧縮し始めたのである。この魔力操作は砂漠での戦いで幾度となく目にしたものだ。

 感知範囲が広くなったクウはすぐに気づく。 



「―――待て。あれは息吹ブレスか?」


「な……に……?」



 ミランダが身を乗り出すようにして遥か東方で魔力を高めるアークの姿を確認する。すると巨大な口元で大量の水が圧縮されているのがハッキリと見えた。この距離で確認できるのだから、凄まじい量の水が集まっているのだと推測できる。

 アークの噂を聞いたことがあるミランダには、すぐに答えが閃いた。



「ま、まさか……鉄砲水?」


「なんだそれ? あの技のことか?」


「馬鹿野郎! 呑気なこと言っている場合か! あれはアークの持つ《水魔法》だ。あの一撃を喰らえば軍の大船団も崩壊するって言われているんだよ! 色々呼び名はあるけど、アタシたちは鉄砲水って呼んでいるのさ!」



 クウは地球の知識と擦り合わせて鉄砲水の効果を予測する。

 そもそも、鉄砲水とは山崩れなどによってせき止められていた水が、何かの拍子で弾けて激しく流れ出るという現象だ。要するに、突発的に発生する激流のことである。

 とすれば、込められている魔力から予測して、アークの息吹ブレスは高圧で大量の水を放射するということになる。

 クウからしてみれば、オロチの使っていた水息吹ブレスの劣化版だった。



「つまり大したことがないってことだな」


「どう聞いたらそういう判断になるんだい! アンタの耳はザルなのか!? この――」


「まぁ見てろって」



 クウは手を振ってミランダの言葉を遮り、リンフェル号から飛び降りる。急なことでミランダは驚き、声も上げられずにいたのだが、すぐに大丈夫だと気付いて言葉を飲み込んだ。

 超越者クウ・アカツキは特性「魔素支配」も所持しているため、自在に操作することで、魔力の足場を作ることが出来る。《魔障壁》スキルでも同様のことが出来るため、その応用だった。勿論、今の方が効率よく運用できている。



「さてと、来い神刀・虚月」



 さらにクウは船の進行速度に合わせて魔力の足場を移動させるという器用なことやりつつ、左手の虚空リングから自分専用の神装を取り出す。すっかりと使い慣れた神刀・虚月はクウの左手に馴染み、右手で柄を掴むと心が落ち着いた。



(あとは念のため、船にも防御結界を張っておくか)



 クウは霊力を魔素へと変換し、膨大に練り上げて背後のリンフェル号全体を覆いつくす結界を作る。これも《魔障壁》スキルの応用であり、より効率的かつ効果的な魔素結界へと変貌していた。さらにクウの意思力を付与することで並大抵の攻撃では破れないようになっている。権能【魔幻朧月夜アルテミス】を使わずとも、このぐらいは余裕であった。

 そしてクウは準備を整え、視線の先にいるアークへと目を遣る。

 背後ではミランダが何かを叫んでいるようだったが、集中モードに入ったクウへは届かない。

 居合の構えで迎え撃つ態勢を整えた。



「オオォォォォォォォオオンッ!」



 遠くでアークが吼え、広大な海ですら反響させて海面を揺らす。それによってリンフェル号にも被害が出そうになったが、海中まで行き届いているクウの魔素結界がそれを阻んだ。

 余談だが、見張りを担当していた航海士は半透明の不思議な結界に驚いていた程である。

 そして空中に立って遥か遠くのアークと対峙するクウは目を細めて呟いた。



「来るか」



 その言葉と同時にアークは息吹ブレスを放つ。厳密には《水魔法》であるため息吹ブレスとは少し異なるのだが、見た目は息吹ブレスそのものだ。

 高圧水流の砲撃が一直線にリンフェル号へと向かってくる。

 その光景は指向性のある津波。

 船から見れば水の壁が迫っているように見えるほどだった。一撃で海軍の大船団を崩壊させるとも言われるだけのことはある。これを船の操舵室や監視室から見ていた航海士たちは絶望の表情に染まっていた。

 それは船長レプトも同様である。

 言葉を出す暇もなく迫りくる水の息吹ブレス……いや壁。

 結界のようなものが船を守っているのも見えてはいるが、薄い魔法結界で阻めるなどとは誰も思わない。込められている魔力を感知できる者は、この魔素結界がそれなりの強度を持っていると理解していることだろう。それでも、あのアークの鉄砲水を止められるとは思っていなかった。

 だからこれは当然のことだった。

 まさか……まさか、鉄砲水を止めるのに魔素結界すら・・必要ないなど、誰一人として予測することが出来ないかったのである。



「開眼、【魔幻朧月夜アルテミス】」



 クウは迫りくる水の暴威を前にして自らの「魔眼」を開眼させ、六芒星の紋章を発現させる。さらにその状態で《神象眼》を発動させ、神速の抜刀術で目の前の全てを断ち切った・・・・・・・・

 思いは力へと変えられ、幻想は現実になる。

 クウの『斬る』意思が乗せられた居合の一撃は、『世界の意思プログラム』を書き換え、クウの目の前にある存在が切断されたという運命を決定付けた。それに伴って『世界の情報レコード』も変化を引き起こし、現象として現れる物理次元では全てが断ち切られる。

 海も。

 アークが放った水の息吹ブレスも。

 果てには遥か先で巨体を誇っていたアークさえ。

 クウの「意思干渉」によって書き換えられ、斜め一閃に切り裂かれたのである。

 そして既に神刀・虚月を納刀しているクウは小さく呟いた。



「効果が広すぎた。失敗だな」



 クウが見つめるのは切り裂かれ、水が避けるようにして斬撃の傷跡を残す海。

 運命が書き換えられ、これこそが自然な状態だと世界が誤認識しているからこそ、このような不可思議な状態に陥っているのである。クウの能力は視認した範囲全てで発動可能であるため、このように効果範囲の調整は意外と難易度が高かった。

 斬りたい対象だけを斬る。

 極めればそんなことも可能なのだろう。

 しかし、今のクウではそこまで丁寧に能力は扱えない。慣れてはきたが、力が大きすぎて丁寧な能力運用が難しいのである。天使であるクウですらもこうなのだから、格が違う神ともなれば、顕現するだけで世界を崩壊させてしまうというのも頷ける。



「仕方ないか。練習が必要だな。《幻葬眼》」



 首を振りつつ、クウは現実を幻術へと変える《幻葬眼》で裂けた海を元に戻した。二度手間になってしまったが、これで元に戻せる能力を持っていなかったら大変なことになっていただろう。改めて、超越者として能力の使い方には気を付けなくてはならないと考えたクウであった。

 クウはリンフェル号に張っていた魔素結界を解除し、船へと再び降り立つ。



「終わったぞ」



 まるで散歩でもしてきたかのような軽いもの言い。

 これには初めから終わりまで見ていたミランダも言葉を失う。いや、クウが船に戻ってきたことでようやく現実を認識したというべきか。



「ア、アンタ……。何したんだい……」


「斬った」


「いや、でも……」


「そう言えばアークって素材とかあるのか? あのままだと海に沈むけど」



 クウは真っ二つになって海に沈もうとしてるアークを指して言うが、ミランダからすればそれどころではないだろう。ターゲットにされれば死ぬとまで言われた巨大魔物アークを一撃で斬ったのだ。

 これはトリックでも何でもない事実であり、ミランダは先程まで自分が言っていたセリフを思い出して顔を青くする。まさかこんなことが出来るなどと予想できるはずもないが、勢いに任せて失礼なことを言っていたような気がするのだ。興奮していたこともあって正確な言葉は覚えていないが、強者に対する言葉ではなかっただろう。

 クウの質問にも言葉を詰まらせるミランダだったが、ここで助け船となる人が現れる。



「アークは甲殻が一番の素材だ。体内の魔石も巨大だし、可能なら持ち帰りたいところだな」



 操舵室で士気を取っていた船長レプトが甲板までやってきたのである。

 それを見たミランダは安堵の息を吐いているように見えた。

 元からクウは気にしていないのだが、真顔でアークの素材について聞いてくるクウに対して逆に恐怖を感じていたのである。

 そしてクウも会話を引き継いだレプトに向かって答える。



「なら、回収して来てもいいか?」


「いや、しかし……あの巨体だ。大丈夫かい?」


「ああ、ちょっと行ってくる」



 クウは再び船を飛び降りて魔素で足場を作り、空中を蹴って走っていく。ステータスなど超越した存在であるクウは霊力を込めるだけで身体能力が上昇するため、音速を遥かに突破して一瞬のうちにアークの残骸の元へと辿り着いた。

 そして沈みかけの片方へと着地し、静かに左手で触れる。



「ゼノネイアからこれを貰って正解だったな」



 内部に虚数空間を内包している神具、虚空リング。

 対象を虚数化し、データとして保存することで無限の容量を誇る収納具である。巨大すぎるアークの残骸であったとしても、これがあれば一瞬で収納可能だった。

 そしてクウは切り裂いたもう片方の残骸も虚空リングへと収納し、空中を蹴ってリンフェル号へと舞い戻る。馬鹿げた大きさのアークが消失したことで船は大騒ぎとなっていたが、それがクウによるものだと知っているのは船長レプトを中心とした僅かのみ。

 レプトとしても、クウがそんな強力な魔道具を持っているなどと公表する気にはなれなかった。

 錬金術が進んでいる【レム・クリフィト】では収納魔道具もありふれてはいるが、アークほどの巨体を収納できるわけではないのだ。無暗に情報を漏らせば厄介事になると判断したのである。

 こうしてクウの活躍により、リンフェル号は安全な航海へと戻っていく。

 レプトにとっても、ミランダにとっても、クウが海賊を一人で壊滅させ得る戦力だということが計れたことだけは良かったのかもしれない。









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