EP24 魔法の実験
迷宮で賑わう【ヘルシア】の冒険者ギルドでは素材の買取値段を見るために掲示板を確認しに来る冒険者ばかりで、受付を利用する者は少ない。せいぜいDランクに満たない迷宮に入ることのできない冒険者たちが、街中の雑用系依頼や街の外の魔物の駆除依頼を受けに来る程度である。
基本的に迷宮都市のギルドの仕事と言えば素材の査定と買取がメインになってしまうのは仕方のないことであり、そうなると午前中はほとんど仕事もない暇なひと時を過ごすことになるのだ。
「暇ねー」
「暇ですね」
「仕事が多いのも困るけど、少なすぎるのも考え物よね」
冒険者たちが依頼や迷宮に出かけた10時頃にもなると、ギルドの中にいるのはギルドに依頼をしに来たほんの数人程度であり、ギルド嬢が一日の中で最も暇を持て余す時間帯だった。
「ねぇ、ミシェルは何かおもしろい話でもないの?」
「そうねー。そういえば『四黒天』の人達が迷宮の30階層のボスを倒したらしいわ」
「ああ、あの全身真っ黒の人達ね」
「黒と言えばクウさんのイメージが強いですね」
「黒髪黒目の黒コートで黒の長剣ですからね」
「あらマリー、わたしが担当したときは長剣じゃなくて曲刀だったわよ?」
「え? そうなんですか?」
「例のギルドマスターとの模擬戦でも曲刀だったわね」
「クウさんは2種類も武器が使えるんですか。珍しいですね」
「でもここ数日はクウ君を見かけないわね」
「そういえばこの前魔法についての本を探しているみたいでした。もしかしたら今頃魔法の練習でもしているんじゃないですか?」
「いっそ魔法職の人とパーティを組んだらいいのにね……」
「確かにね……あ、噂をすればクウ君が来たわよ!」
この世界では割と珍しい黒髪と黒目を同時に有するクウはどこへ行っても目立つ。クウについては体つきも顔つきもまだ子供っぽいのだが、その風貌はカッコイイ部類に入るのでギルド嬢の中でも密かにモテていた。
そんなことは露知らずのクウは実に3日ぶりに冒険者ギルドに来ていた。
4日で20階層まで到達し、あまつさえユニークボスをソロで撃破してしまったので、迷宮攻略は控えて覚えたばかりの魔法の練習をしていたのだった。だがそこに自重の2文字はなく、日本に居た頃に見た漫画やアニメの技を参考にしたり、理科で覚えた知識を使って新魔法をいくつか創るという離れ業をなしていた。
それである程度満足したクウは久しぶりに迷宮に入ることにしたのだ。
ギルドに入ったクウはなんとなく前回インフェルノ・ボアの精算をしてくれたマリーの元へ向かう。今日は21階層からの情報を貰いに来たので、知っている顔のほうが聞き込みしやすいと思ったからだ。
「おはようマリー」
「おはようございますクウさん。久しぶりですね。休暇ですか?」
「うん、まあね。魔法を覚えたからちょっと練習してた。今日は迷宮で試し撃ちしようと思って」
「そうですか。それで何か御用ですか?」
「21階層からの情報が欲しいと思って」
「21階層からですね。
この階層からはゴブリンの他にオークやリザードマンなどの人型魔物が多くなります。さらに転移トラップも確認されているので気を付けてくださいね。転移トラップで飛ばされる場所は基本的にランダムですが、必ずその階層のどこかです。運悪くモンスターハウスに飛ばされることもあれば1m程度しか飛ばされないこともあるそうですよ。
20階層を突破した冒険者は数が少ないので迷宮内部で出会う冒険者は激減します。しかし逆にここまで到達する冒険者は一流の域ですので出会ったら挨拶ぐらいはすることをお勧めしますよ。クウさんもそろそろパーティを組んだらいかがですか? さすがにここからは厳しくなりますよ?」
「情報ありがとう。
パーティの話は遠慮するよ。足手まといだ」
「そ、そうですか。無理はしないでくださいね。それとギルドマスターよりクウさんのランクアップを仰せつかっています」
「ランクアップ?」
「はい。ユニークボスの情報とそれをソロで倒す実力を鑑みて、特例でAランクにするみたいですよ」
「飛び級なんてしていいのか?」
「そこはギルドマスターの裁量です」
「まぁ、上がる分にはかまわないし……問題は……あるな」
「ええ、間違いなく……」
「悪目立ちするよなぁ」
「と、ともかく更新しますのでギルドカードを」
「ああ、はいはい」
マリーは奥へ行ってクウのギルドカードを更新し、EランクからAランクに変更する。
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クウ・アカツキ 16歳
種族 人 ♂
ランク A
虚空迷宮 20階層
パーティ -
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それを受け取ったクウは「じゃあ」とだけ言ってギルドを後にした。黒コートを翻し、長めの黒髪をなびかせるクウに何人かの受付嬢は思わず見とれる。
「『足手まといだ』かぁ。カッコイイですね」
「強がりなだけじゃなくて?」
「でも4日で20階層の、しかもユニークボスをソロで討伐してクリアしているので実力は確かですよ」
「一体何者なのかしら? 今はAランクだけど、ここに来た当初はランクも高いわけでもなかったのにギルドマスターを打倒しちゃうし」
受付嬢の間ではクウの謎は深まるばかりだった。
~21階層~
「ブオッ! ブフォ!」
「ブヒヒ」
「ブフゥ!」
汚れた薄いピンク色の肌に荒い布を纏っただけの粗末な恰好。お腹はでっぷりと飛び出しており、その顔は醜悪な豚の顔そのもの。鼻息を荒く立てて、剣や槍や棍棒を手に持ってクウに対峙する。
「へぇ、これがオークか。噂通り不細工な面してんのな」
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―― 6歳
種族 オーク ♂
Lv35
HP:1,050/1,050
MP:743/743
力 :988
体力 :1,021
魔力 :642
精神 :451
俊敏 :633
器用 :782
運 :19
【通常能力】
《剣術Lv3》
《火耐性Lv5》
《衝撃耐性Lv4》
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「ブギッ!」
「怒ったのか? 悪いけど魔法の的になってもらうぞ!」
クウの言葉は理解できるわけではないが、オークにもバカにされているのが伝わったのだろう。3匹のオークはクウに向かって武器を振りかざしながら迫ってきた。
クウは未だに木刀ムラサメを樹刀の鞘に納めたままであるが、いつものように抜刀の姿勢をとることなく自然体で口を開いた。
「『集う光
星々の輝き
今収束し、放て
《流星》』」
クウの詠唱と同時に周囲に白く輝く光球がいくつも集まり、魔法銘を言い放つと同時にレーザーのように迫りくるオークへと殺到した。光速である秒速30万kmの攻撃を避けることなど出来るはずもなく、光に貫かれて3匹のオークは息絶える。
この魔法は要するに高圧レーザーを複数発射するだけの魔法だ。
光とは波の性質を持つのだが、光を束ねるときにその波の山と山、谷と谷をうまく重ねることで、威力が大きく増幅すると知られている。Light Amplification by the Stimulated Emission of Radiation。まさに地球のLASER技術と同じだ。
かなり強力な魔法の部類に入るのだが、このようなクウの持つ科学知識の補正により、極々短い詠唱での発動に成功したのだ。
「ククク……。いい魔法を手に入れた。発動速度、威力、射程、攻撃速度ともに文句なしだ」
開発した光魔法の使い勝手に満足したクウは、次の魔法を試すために標的を探す。
21階層まで来ると、マリーの言ったと通りすれ違う冒険者の数は少なく、代わりに簡単に魔物に出会うことが出来た。
「キシャァァァァァァァア!」
青緑色の体表にトカゲのような顔。全身を鱗で覆われ、口元には鋭い牙が大量に並んでいる。大剣を振りかざしながらクウを威嚇するように声を荒げるトカゲ男。
「こいつがリザードマンだな!」
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―― 4歳
種族 リザードマン ♂
Lv37
HP:1,130/1,130
MP:983/983
力 :1,041
体力 :812
魔力 :833
精神 :756
俊敏 :1,045
器用 :995
運 :27
【通常能力】
《剣術Lv3》
《斬撃耐性Lv5》
《衝撃耐性Lv4》
《火耐性Lv2》
《水耐性Lv3》
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「シャアァァァァ!」
先ほどのオークと異なり、俊敏値の高いリザードマンは詠唱する時間を与えないほどの速度でクウへと切りかかってきた。予想よりも素早いリザードマンに、クウも慌てて木刀ムラサメに手をかけ、迎撃する。
キイィィィィイン
金属音が鳴り響き、血が飛び散る。
リザードマンは困惑していた。
まだ剣を抜いてもいなかったはずのクウに切りかかったにも関わらず、相手は無傷で自分の鱗が切り裂かれていることに。そして持っていた剣が根元からポッキリ折れていることに。
「『闇を恐れよ
根源よ、湧き上がれ
侵食する暗黒の矢
《恐慌滅心矢》』」
唖然とするリザードマンに向けてクウが放ったのは幾本もの暗黒色の矢。
リザードマンもそれに気づいて咄嗟に回避するが右わき腹と左足に1本ずつ直撃する。そして刺さった矢はゆっくりとリザードマンの身体に侵入していき、その点を中心に黒い痣が広がった。
「キシャ……シャアァァァァア!?」
「どうだ? 闇の魔法の特性の「汚染」を利用した、恐怖心を湧き上がらせる精神干渉系の魔法だ。俺とお前の精神値の差なら一発当たっただけでも恐怖で身動きが取れないだろうな。こいつの欠点は消費魔力が意外に多いことだが、これほどの効果なら仕方ないだろう」
「シャア……キシャ……」
「じゃあな。実験お疲れさん」
恐怖のあまり一歩も動けず、目を見開いて涎を垂らすリザードマンの首を落としてトドメを刺した。魔力を通せば鉄すらも切り裂く木刀ムラサメの切れ味のおかげで、堅い鱗に覆われたリザードマンの首もあっさりと刃が通る。
ムラサメを鞘に納めたクウはリザードマンの解体を始めた。
「くっそ。解体用ナイフだと鱗を剥がすのが難しいな。リザードマンの鱗も素材価値がそれなりにあるんだがこれは面倒だ。お金にも困ってないし魔石と鱗数枚でいいか……?」
リザードマンの鱗に四苦八苦しつつも結局あきらめたクウはステータスを確認する。
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クウ・アカツキ 16歳
種族 人 ♂
Lv51
HP:1,627/1,627
MP:1,089/1,589
力 :1,478
体力 :1,494
魔力 :1,521
精神 :5,700
俊敏 :1,569
器用 :1,614
運 :40
【固有能力】
《虚の瞳》
【通常能力】
《剣術Lv5》
《抜刀術 Lv7》
《偽装Lv7》
《看破Lv7》
《魔纏Lv4》
《闇魔法Lv5》 Lv4UP
《光魔法Lv5》 Lv4UP
【加護】
《虚神の加護》
【称号】
《異世界人》《虚神の使徒》《精神を砕く者》
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「《流星》は消費MPが100で《恐慌滅心矢》は消費MP400といったところか。明らかにこの辺りの雑魚にはオーバーキルな魔法だし、もっと威力の低くてコストパフォーマンスのいい魔法も開発して……」
――きゃあああっ!――
――くっ、お嬢様をお守りしろ!――
突然どこからか叫び声が聞こえてきた。
助けを求めていそうな声に一瞬身体が動きそうになるが、すぐに止めて思案する。
(助けるか? 迷宮の生死なんて所詮は自己責任だし放置でも……。だがマリーも挨拶ぐらいはしておけと言っていたな。どうする……?)
数秒の間思考の海を漂っていたクウは顔を上げて呟いた。
「仕方ない。助けてやるか」