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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
幽霊船編
247/566

EP246 仮想空間の訓練所


 ガタリと船が大きく揺れ、机に置いていあるカップから紅茶が零れそうになる。四人で簡単な昼食を取っていたクウたちは全員で窓の外へと目を向けた。



「出航したみたいだね」



 ポツリと呟いたレーヴォルフに、クウは無言で頷く。ゆっくりとではあるが、窓の外の景色が移動していると確認できたからだ。昼過ぎに出港と聞いていたので、もうすぐだとは思っていたのだが、ようやくかと考えつつ窓から目を外す。



「確か、一週間ほどは海だったっけ?」


「そうだね。暫くはこの景色を見ることになりそうだ」



 クウたちが聞いた話では、【カーツェ】から【ネイロン】まで一週間ほどかかるということだった。その間に魔物が襲撃してくることは滅多になく、航海は意外と平和らしい。強いて言うなら気候変化が唯一の難敵だろう。

 護衛としての役割で乗船しているクウたちは、海賊や魔物が出ない限り仕事が無いので、結構暇だったりするのだ。



「まぁ、平和なのは良いことだ」



 クウは右手に持っていたサンドイッチを齧りつつ、そう呟いた。

 本当ならば天使翼を解放して【レム・クリフィト】まで飛んでいきたい。探し人であるユナを見つけるためにも、それが一番早いのはクウ自身が分かっている。

 だが今ではリアという大切な仲間もいるし、新しくミレイナとレーヴォルフも仲間になった。それにユナは魔王軍で大幹部をしているというのだ。魔人族の話を聞くと慕われているようでもあるため、心配することも無いだろうと思ったのである。

 何より、一人で行ってしまえばリアが悲しむだろう。

 砂漠では長く放っておいた前科があるので、クウとしても勝手をするつもりはないのだ。

 そうして四人で昼食の続きを取っていると、部屋をノックする音が響いてきた。



「どうぞ」



 クウが扉の向こうに届くように答えると、ギシギシと音を立てながら扉が開く。入っていたのは船長のレプトだった。



「さっきリンフェル号が出航した。昼食は……すでに食べているみたいだね。何か困ったことはあるかい?」


「特には。ミランダに軽く案内してもらいつつ部屋まで連れて来てもらったし」


「そうか。何か困ったら言ってくれ。それと夕食になったら呼びに来る。邪魔しない限りは船の中を自由にして貰って構わない」


「勿論だ」


「言いたいことはこのくらいか……よし、俺は仕事に戻る。海賊や魔物が出たら頼むぞ」



 クウたちはそれに深く頷き、レプトもそれを確認して部屋を出る。基本的に自由にしていいと聞いたミレイナが目を輝かせていたが、暴走しそうならレーヴォルフが止めるだろう。彼の苦労は留まることを知らなさそうだった。

 と、ここでクウはあることを思い出す。



「そうだ。船に乗ったら実験しようと思ってたことがあるんだった」


「実験ですか?」


「そう。能力実験」



 リアもクウが新しい能力に覚醒したことは聞いているため、納得の表情を浮かべる。高位能力者であるほど、自分の能力を使いこなすために実験を繰り返すのは当然のことであり、特に超越者クラスともなれば必要不可欠だ。

 クウはレーヴォルフの方へと目を向け、口を開く。



「レーヴォルフに付き合って欲しいんだけどいいか?」


「僕に? ちょっとクウの相手をするには僕では力不足だよ」


「ああ、違うって。……そうだな、一から説明するか」



 クウは出航前に計画していた話をレーヴォルフに持ちかける。

 つまり、権能【魔幻朧月夜アルテミス】によって精神世界に侵入し、情報次元を元に世界を構築して専用の訓練空間を作るという計画だ。これによって、安全に、あらゆるパターンを想定した戦いの場を用意できるというシステムである。

 クウの能力の練習にもなり、レーヴォルフの訓練にもなる。ついでにレーヴォルフがストレスを発散できればという一石三鳥な話だった。



「こういうことなんだけど……どうだ?」


「なるほどねぇ」



 クウの提案にレーヴォルフは感心したような声を上げる。レーヴォルフにはクウの能力の詳細が分かっていなかったのだが、語りぶりから不可能でないことは察していた。勿論、やることが規格外なことは理解しているし、普通ならば夢物語だと一蹴するだろう。

 しかし、砂漠での出来事を見たレーヴォルフはクウの言っている事を嘘だとは思わなかった。



「面白そうだから……頼もうかな」


「私もやってみたい!」


「ミレイナはちょっと待て。いきなり二人に使うのは俺も自信が無いから……取りあえずはレーヴォルフを先にするぞ」


「何故だ!?」


「俺がレーヴォルフに持ち掛けた話だからだよ。順番を守れ」



 口を尖らせて文句を言うミレイナだが、クウは無視して話を続ける。



「レーヴォルフは椅子に座ったままリラックスしてくれ。多分、外から見れば眠っているみたいになるはずだから、ベッドに横になってもいいぞ」


「いや、このままでいいよ」



 レーヴォルフは一度腰を浮かしてから座り直し、リラックスできる姿勢になる。そして紅茶を一口飲んでからカップを置き、クウと視線を合わせた。

 危険な能力の実験ではないとは言え、部屋には緊張した空気が流れる。リアはドキドキとした表情で心配そうにクウとレーヴォルフを見つめ、ミレイナはワクワクとした表情を浮かべていた。

 そしてクウは霊力を目に集め、能力を解放する。



「開眼、【魔幻朧月夜アルテミス】」



 クウの両眼に黄金の六芒星が宿り、レーヴォルフに対して「意思干渉」が発動した。クウが情報次元からコピーした内容を元にして精神世界を構築し、さらにレーヴォルフの意識をその中に落としていく。

 大量の複雑な演算を必要とする作業ではあったが、超越化したクウは容易く術を完成してみせた。



「《夢幻》」



 術が発動し、レーヴォルフは精神世界へと降り立った。








 ◆ ◆ ◆







 レーヴォルフが目を開くと、そこには円形のフィールドがあった。地面は砂が敷いていあるが、砂漠のような沈む砂ではなく、しっかりと固められた大地になっている。

 そしてフィールドの外周は数メートルほどの壁で仕切られており、上段は観客席となっていた。これを地球出身者が見れば、ローマのコロセウムを思い出したことだろう。石造りの闘技場は観客一人いない寂しいものだったが、空だけは異様な色を放っていた。



「赤黒い雲か……」



 完全にクウの趣味嗜好で構成された世界であるため、レーヴォルフからすれば不気味な世界にしか映らない。もちろん穏やかな風景の世界も創れるのだが、戦闘を想定するならば怪しい雰囲気の方が盛り上がるというだけの話だった。

 しかし、こんなお遊びのような風景ではあるが、世界の精密さは本物と変わりない。あらゆる情報設定が世界エヴァンと同じであり、レーヴォルフも元の世界と同じステータスを有している。この世界では疑似情報次元によってスキルが仮想発動するのである。



「少しだけドキドキしてきたね」



 レーヴォルフは身体の各所に巻き付けてある糸を確認し、戦闘準備のために軽く体を動かす。簡単なストレッチのようなものであり、レーヴォルフはすぐに準備を整えた。

 するとそれを見計らったかのようにして闘技場の地面に魔法陣が浮かぶ。深紅の紋様が描かれ、複雑な形状に変化しつつ怪しく光っていた。そしてそこから五体のゴブリンが召喚される。

 実はまるで意味のない形だけの魔法陣なのだが、ゲーム的な思考で世界を生み出したクウの趣味によって魔法陣からエネミーが出現するように設定してあるのだ。

 しかしレーヴォルフはそんなことを知らない。

 面白い演出程度に考えつつ、ゴブリンに向かって一気に踏み込んだ。



「ギギャ!?」



 レーヴォルフによって最初に狙われたゴブリンは一瞬で首を落とされる。《気纏オーラ》がレーヴォルフの糸に絡みつき、糸の能力を強化したのだ。武器に纏わせる程度なら《気纏オーラ》スキルだけでも充分なのである。

 そしてレーヴォルフは《気配遮断 Lv10》と特殊なステップを組み合わせてゴブリンを撹乱し、あっという間に五体を仕留めてしまったのだった。



「次!」



 ゴブリンの死体は粒子となって消失し、レーヴォルフの声に応えるようにして次に魔法陣が地面に描かれていく。そして召喚されたのはコボルトという人型の犬が五体。ゴブリン同様に雑魚の代名詞として有名なのだが、砂漠には生息していないため、レーヴォルフも初めて見る魔物だった。



「初めて見るね……武器を持っているってことは知能があるのかな?」



 慎重に観察をするレーヴォルフだが、気配や動きからコボルトも雑魚だと判断し、《操糸術 Lv7》によってバラバラに引き裂いたのだった。軽く両手を振っただけでコボルトがバラバラにされていくのは不気味な光景であるが、糸使いのレーヴォルフには見慣れたものである。

 コボルト程度ではレーヴォルフを動かすことすら出来なかったようだった。



「次は……数で攻めてくるのかな?」



 レーヴォルフが周囲を見渡すと、十個の魔法陣が囲い込むように描かれ始めていた。怪しく光る魔法陣は同時に完成し、全部で五十体の魔物を召喚する。その全てがゴブリンとコボルトであり、所持している武器防具も大したものではない。しかし五十体ともなれば中々の数である。

 とはいえ、レーヴォルフは余裕を崩さなかった。



「それ!」



 右手を振るうと白いオーラを纏った糸が飛び、その先にいたゴブリンを切り裂く。糸という知覚しにくい武器であるため、知能の低いゴブリンでは対処できないのだ。

 レーヴォルフの背後からコボルトが槍を突き出すが、《気配察知 Lv10》で感知して回避する。そして続けざまに両腕を動かして糸を操作し、周囲のゴブリンとコボルトを切り刻んだ。やはり三将軍として選ばれただけの実力はあるため、この程度では準備運動にもならないのだろう。レーヴォルフは五十体を数分と経たずに倒してしまったのである。

 そして粒子として消えていく仮想魔物を眺めながら獰猛な笑みを浮かべる。



(足りないね!)



 そんな思いに応えるかのようにして次の魔法陣が浮かび……そしてその魔法陣はゴブリンとコボルトを召喚した者よりも倍は大きかった。一回り大きな魔法陣は怪しく光り、ブクブクと太った豚顔の魔物を五体だけ召喚する。

 つまりオークである。

 ただし、その中の一体は上位種であり、豪華な鎧と槍を持ったオークジェネラルだった。



「ブフォッ!」


「煩いよ」



 糸だけではオークの厚い脂肪に阻まれると考え、レーヴォルフは接近戦を仕掛ける。五体のオークたちはジェネラルを中心として機能的に動き、レーヴォルフを迎え撃つ陣形を整えた。

 しかし次の瞬間、オークたちはレーヴォルフの姿を見失う。

 目を見開いたオークジェネラルだったが、ゴキリと嫌な音が体内で響くことで気付いた。自分の背骨が折られていることに。



「ブモ!?」



 声を上げて配下のオークに警告しようとしたが、既に遅い。《気配遮断 Lv10》と特殊なステップを使って動きを悟らせないレーヴォルフの戦術に嵌ってしまったからである。

 オーラを纏った糸によってオークたちは動きを縛られ、その間にレーヴォルフはオークジェネラルの首を折って仕留める。



「頭を先に潰すのは基本だよ」



 冷たくそう告げたレーヴォルフは残りのオークを数秒で片づけたのだった。

 ここはクウが創造した精神世界ではあるが、スキルや魔物の再現は忠実である。レーヴォルフは現実で戦闘訓練しているかのような充実感を覚えつつ、次の獲物を待つ。穏やかな性格のレーヴォルフとて竜人であり、戦闘は好みの部類だ。

 最近ミレイナの暴走を止めることで溜まっていたストレスを吐き出すかのようにして、その後もレーヴォルフは暴れ続けたのである。







 ◆ ◆ ◆








 目を覚ましたレーヴォルフは周囲の様子を窺うようにして意識を浮上させていく。まだ頭の中では戦いの感覚が残っており、精神内のことであったにもかかわらず、身体が熱くなっているような気がした。



「気付いたか?」



 目の前に座っていたクウが声を掛けることでレーヴォルフは頷き返す。そして改めて周囲を確認してみるとリアとミレイナもレーヴォルフの顔を覗き込んでいた。

 ようやく頭の中がハッキリとしてきたレーヴォルフは口を開く。



「これ、凄いね」


「だろ?」



 クウはやや疲れた様子でレーヴォルフに答える。

 結局レーヴォルフは仮想空間の中で死ぬまで戦い続け、最後は真竜と相打ちになる形で終了したのだった。流石に防御力の高い真竜が相手ではレーヴォルフも不利を強いられ、最終的には竜化することでどうにか相打ちに出来たのである。

 精神世界を構築し続けていたクウも大規模演算によって疲れが見えていた。



(一日数回が限度だな)



 クウが得意とする精神内の操作とは言え、世界を精密に再現するという大規模演算を連続していたのでは疲れてしまう。実験としては大成功であり、レーヴォルフとしても満足できる戦いが出来たのだが、あまり多用したいと思える術ではなかった。

 この後も結局ミレイナに二度目の《夢幻》を頼まれるのだが、船の中で暴れられるよりはいいと考え、クウも仕方なく許可することになる。








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