EP245 出航準備 後編
クウは魔石や素材を売ったお金を虚空リングに仕舞いつつ、ふと疑問を感じる。
(そう言えば虚空リングへのツッコミが無いな。少なくとも興味深そうな視線は珍しくないのに)
左手に嵌めている虚空リングは虚数空間を内包する無限収納アイテムだ。これも虚空神ゼノネイアが作成した神具であり、特に隠すこともなく重宝している。特に超越者となったクウから盗めるはずもないので、今は堂々と使用していたのだ。
相手が商人ともなれば、収納アイテムは喉から手が出るほど欲しい。
必然的に運べる品物も増えるし、時間対策済みの収納アイテムなら、食料も新鮮なまま輸送することが可能だからだ。
しかし、目の前の商人からはその気配が感じ取れない。クウにはこれが不思議だった。
(まぁ、【レム・クリフィト】は錬金術が盛んだって話だから、実は珍しくないのか? 寧ろ、一人に一つの当たり前なアイテムだって可能性もあるか)
クウも噂でしか知らないことだが、【レム・クリフィト】の魔道具技術は桁が違うらしい。迷宮で生み出される珍しい魔道具レベルのものですら、【レム・クリフィト】では普通に生産している程度のものでしかないと聞いたからだ。
以前に反レイヒム派が破壊迷宮のウォールゴーレムを破壊するために【レム・クリフィト】から超振動破壊の魔法武器を仕入れていたのだが、これも本来は迷宮から発見されるレベルのものだ。
ふと出た疑問を一人で完結させていたクウだが、そこへ収納の様子を眺めていた商人が口を開く。
「そう言えばお客様は魔王軍の兵士なんですか?」
「ん? 違うけど、何でそう思ったんだ?」
「いえ、魔物を狩る職業なんて兵士ぐらいですからね。基本的に、兵士個人で狩った魔物の素材は好きにしていいですから、それを売りに来たのかと……ですが違ったようですね。すみません」
「魔物を狩るのは兵士だけ? 俺は魔人族には傭兵稼業をやっている奴もいるって聞いたけど?」
クウも【砂漠の帝国】で顔を隠していた時は魔人族の傭兵なのではないかと疑われたことがある。その際に少しだけ聞いたことがあったのだ。
しかし商人はクウの言葉を聞くと微妙な表情を浮かべつつ答える。
「お客様……魔人族で傭兵って言えば【アドラー】の方ですよ? お客様はもしかして人族領から初めて来られたので?」
「あ、ああ。よく分かったな」
あっさりと見破られたことでクウは少し動揺するが、別段隠す事でもないので正直に答える。【レム・クリフィト】には魔人だけでなく人が共に生活していることは確認済みなのだ。正直に答えても悪い結果にはならないだろう。
現に商人は何か納得した様子でクウに答えただけだった。
「やはりそうですか。人族領から山脈を越えてこちらに来るのは珍しいのですが、全くないということはないのですよ。有名な魔王軍第一部隊の隊長ユナ様も二年ほど前に人族領から来られたそうですし。いえ、もうすぐ二年でしたかな? 人族がこちらに来た場合、山脈を越えた強さを見込まれて軍に勧誘されるのですが、ともかくユナ様は別格でしたな。僅か数か月で隊長までになられた」
「……へぇ。それは興味深い」
「ええ。同じ人族として興味が沸きますでしょう? 何せ才色兼備で武具のスペシャリストです。いやー、あれには商人でしかない私でも分かりますよ。まさに天才だと」
知っている。
クウはそのことを誰よりも理解しているつもりだった。
何せ武術に関しての才能を見れば、ユナ・アカツキはクウを越えているのだ。クウ自身もそれを地球にある朱月家の道場で嫌というほど見て来た。それに商人はユナが武具のスペシャリストだと言ったが、クウが召喚当初に王城の図書室で調べた一度目の召喚者の能力とも一致している。
ユナ・アカツキ。
《武神の加護》を有し、様々な武器を状況に応じて召喚しながら戦う戦女神と持てはやされた。【固有能力】として想像した武器を好きに生み出せたのである。
一見するとチート性能だが、生み出せる武器を全て使いこなせて初めて有効なスキルになるのだ。努力なしでは戦女神などと言われることはなかっただろう。ユナが天才であることにクウも異存はないが、その一言だけで済ませてよいハズがなかった。
(ま、そんなことを商人相手に言っても仕方ないか)
クウは口から出かけた言葉を飲み込み、そう自分に言い聞かせる。
彼自身も言っていたが、商人にとって戦いは専門ではないのだ。どれほどの努力があっての高みなのかを判断させるのは酷と言うものだろう。
そしてそれとは別に良い情報も得られたのだ。クウからすれば感謝の念しかない。
「面白い話をありがとう」
「いえいえ。こんなものは雑談程度ですよ」
「いや、これから【レム・クリフィト】まで出航するし、良い予習になった」
「え? 出航ですか?」
クウは何気ないお礼のつもりだったのだが、目を見開いて驚く商人を見て思い出す。現在は例の海賊団のせいで出航は危険とされているのだと思い出したのだ。
一般人までは情報が回っていないが、海路を必要とする商人たちには既に通達されていることだ。当然ながら彼も知っているため、驚きの表情を浮かべたのである。
商人は恐る恐ると言った様子で言葉を続けた。
「お客様……その、今は海が少し危険と言いますか……その……」
「ああ、海賊だろ?」
「っ!? 知っているのですか? ですが秘匿されていたハズでは……」
「まぁ、ここの首長から討伐を頼まれて色々な」
「ヴァイス様から……なるほど、あの山脈を越えてきた訳ですからな。納得です」
魔族側から見ても人魔境界山脈の異常さは群を抜いている。創魔結晶による無限湧きの魔物、数々の上位種たちと、その頂点に君臨する六王たち。そこを抜けて来たのだから実力は折り紙付きということである。
さらに戦闘種族として名高い竜人を店の前で見たばかりだ。四人の様子から仲間同士であるということは嫌でも分かる。戦力として考えるなら充分だろうと思えた。
そして商人からしても海路が安全になるのは願ったり。
頭の中でそう計算した商人は、とっておきの情報でアドバイスを送ることに決める。
「お客様」
「何だ?」
「霧と幽霊船にお気を付けください」
「はい?」
唐突な言葉にクウはマヌケな声を上げるが、魔人の商人は片目を瞑りながら言葉を続けた。
「私は海賊団に襲われ、生き残った船に乗っていた商人なのですよ」
「ほう……詳しく頼む」
クウは予想外な場所から情報を得られると知り、興味深そうに目を細める。そして虚空リングから幾らか金を取り出して差し出し―――
「結構ですよ。海賊が討伐されることは私たちにとって有益ですから」
商人はあっさりと拒否する。
クウも素直にお金を仕舞い、彼の話に聞き入ったのだった。
◆ ◆ ◆
資金と情報を得たクウは店を出て他の三人と合流した。その後、欲していた穀類を大量に仕入れ、ようやくやることがなくなったので港までやってきたのである。
海風が吹き、潮の香りが鼻をくすぐる。
人によっては清々しい気分になるのだろうが、また別の人にとっては肌に張り付く塩分が鬱陶しくも感じることだろう。ちなみにクウは前者のタイプだった。
「海だな」
「これが海ですか」
「これが全部水なのか!? 凄いな!」
「でも塩辛くて飲めないんだよね」
感想はそれぞれだが、一応は四人とも感動しているようだ。
船着き場には多くの船が停泊しており、波に揺れているのが見て取れる。小さな漁船では船を掃除している漁師たちもいるが、それよりも目立つのは積み荷を運び込んでいる大きな商船だった。
クウたちはあれがレプトの船なのだと即座に理解する。
「あれだな。取りあえず挨拶には行こう」
初めての海に興奮気味な三人を諭すようにしてクウが言葉を出す。それを聞いたリア、ミレイナ、レーヴォルフは我に返り、クウに続いてレプトの船へと近づいていったのだった。
そんな中でリアはクウの隣まで小走りし、小さな声で訪ねる。
「レプト様はいますか?」
「いる。今は見えないけど、あそこの積み荷の奥だ」
クウは右手を挙げて指を差し、高く積み上げられている荷物を示した。リアは《気配察知》スキルを所持していないため、こういったことは出来ないのである。《魔力感知》スキルでも存在は探知できるのだが、個人特定は《気配察知》でなくては無理なのだ。
尤も、《気配察知》スキルがあったとしても、それなりに高レベルでなくては個人特定をするのは難しいのではあるが……
クウは三人を引き連れ、荷物の裏側に回ってレプトへと声を掛けた。
「よう。来たぞ」
「これはそっちへ―――ん? ああ、クウさんかい。思ったよりは早かったな」
声をかけられたレプトは振り向き、クウたちの姿を認める。どうやら積み荷を船の中へと運んでいたところらしく、レプトの周りには体格のいい水夫たちがキビキビと働いていた。殆どが魔人族だが、中には獣人族や人族までも混じっている。
特に人族の水夫たちはクウとリアの姿を見て親近感のある視線を送ってきていた。
中には珍しい竜人の姿を見て驚く者たちもいたが、クウたちは気にしないようにしてレプトの話を聞く。
「クウさんたちは暇なら船に乗って待っててくれ。俺たちは予定通り昼過ぎには出航できるように準備を続けるさ」
「手伝わなくてもいいか?」
「問題ないね。これが俺たちの仕事なんだから」
なるほど、とクウも納得する。
クウの虚空リングがあれば一瞬で仕事が終わるのだろうが、そうなれば彼らの仕事を奪ってしまうことにもなるだろう。彼らには彼らなりの矜持を以て仕事をしているのだ。安易な手伝いは無粋というものである。
「なら先に乗船しておく。どこにいればいい?」
「中にはミランダがいる。彼女がアンタたちの船室を案内してくれるから探してくれ」
「分かった」
クウだけでなくリア、ミレイナ、レーヴォルフも同時に頷き、四人は船へと向かう。乗船口を見張っていた水夫も、クウたちとレプトとのやり取りを見ていたのか、簡単に中へと入れてくれたのだった。
その後ミランダを見つけるのには少し苦労したが、四人は無事に船室へと案内されることになる。男女で二部屋に分けられたあと、四人は男子部屋の方へと集まって、出航まで歓談の時を過ごすのだった。
評価、感想をおまちしております。





