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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
幽霊船編
245/566

EP244 出航準備 前編


 レプトの船を護衛することになった翌日。

 猫獣人の首長ヴァイスの城で一泊したクウたちは、客人をもてなすための食堂で朝食の時間を過ごしていた。宿泊した部屋は一人一部屋の豪華なもので、さすがは海外からも客人の多い【カーツェ】だと思わされたほどである。

 さらに出される食事も一級品ばかりだった。



「この魚のマリネは凄いな。脂がのっているのにサッパリしている」


わたくしも初めて食べましたね。【ヘルシア】で魚と言えば川の物でしたから。海の魚はとても美味しいです」



 港が隣接しているだけあって、やはり魚料理が発達している。元貴族であるリアが称賛しているのだから本当に美味しいのだと実感できた。クウも飽食の日本とも呼ばれる国で育ったのだ。味の良さは理解している。

 そういう意味ではミレイナとレーヴォルフが一番驚いていたかもしれない。



「魚か……初めて食べたけど、肉とはまた違うね」


「昨日の串焼きも良かったが、これはまた別格だな!」


「そう言えば君って昨日も食べてたね」



 砂漠では水が貴重であり、オアシスを形成している泉にも魚は居ない。

 ミレイナもレーヴォルフも魚を食べるのは初めてのことであり、とても喜んでいるように見えた。

 これを見たヘリオンも満足そうに口を開く。



「……気に入ってくれたのなら良かった」



 綺麗に空になっている皿を見れば『おもてなし』が成功したかどうかは判断できる。ヘリオンも【レム・クリフィト】から来る使者や重要な商人をもてなす機会が増えてきたため、こういったことも慣れたものだった。

 特に今回は相手が知り合いだ。

 それほど気を張らなくても良いため、いつもよりやりやすい。

 空になった皿を猫獣人メイドが回収しているのを見ながら、ヘリオンはクウに言葉を向けた。



「……今日はいつ頃に?」


「そうだな……昼前には港に行きたいし、朝食が終わったら少し休憩して出かけてもいいな」


「分かった。用意しておく」



 もはやクウ一行の中では、大体がクウの一存で決められることが多くなっている。リアはクウを頼っており、ミレイナは馬鹿で、レーヴォルフはミレイナの暴走を止める係だからだ。いつの間にかクウがリーダーになっていたのである。

 別にクウも構わないと思っているので気にしていないが、もう少し他のメンバーにも自己主張して欲しいと思うことは多々あったりする。

 ともかく朝食に関していえば、ミレイナが一人で五人前を食べたことを除いて問題もなく終わったのである。食後のお茶のひと時を楽しんでいたとき、不意にリアがクウに質問を投げかけた。



「そう言えば兄様?」


「なんだリア」


「例の海賊に出会ったらどうやって倒すつもりなのですか? かなりの大船団だと聞きましたが」


「パッと思いつくだけでも結構やり方はあるぞ。重力で海に沈める、幻術生物を生み出して海に引きずり込む、塵一つ残さず消滅させる、全部切り裂く、催眠で精神を乗っ取る、次元の果てに消し去る……とかかな?」


「物騒過ぎです」



 確かに物騒だが、今のクウにはそれが出来てしまう。

 特に《神象眼》を使えば幾らでも都合よく現実を書き換えることが出来るのだ。相手が一般人なら片手間以下で処理可能である。



「ま、心配はいらないさ。リアのことは俺がちゃんと守るよ」


「は、はい……」



 ハッキリ守ると言われて少し恥ずかしかったリアは、顔を紅くしつつ視線を落とす。これは嬉しさと自分の不甲斐なさが入り混じった感情であり、温かみのある家族として接して貰えていることを実感する一方、クウのために自分も役立たなくてはと決意を固めるのだった。

 ただ、リアの場合は能力が戦闘向きではない。

 心優しいリアは回復向きな能力であり、攻撃手段である《炎魔法 Lv7》も人に対して使えるかどうかは自分でも分かっていなかった。魔物を倒すことに問題は無いのだが、やはり人に殺傷力のある攻撃を向けるのは気が引けるのである。

 【ドレッヒェ】にレイヒムの軍が攻めて来たときも、リアは攻撃魔法ではなく幻術系の《夢幻葬昇華グリゴレイ・ファンタズマ》を使って相手の心を折ることを優先した。

 無数の白いドラゴンが舞う光景とファルバッサの姿を見せつけ、攻めて来た蛇獣人クリークたちの戦意を圧し折ったのだ。

 クウもリアのことはよく分かっているので、無理をさせるつもりはない。



「リアには回復能力がある。別に戦うことだけが全てじゃない。むしろ人を癒す力は戦う能力よりも価値があるからな。自信を持てよ」


「分かりました兄様」



 クウは年齢の割に精神が発達している方だが、リアに関していえば年相応だ。彼女もまだ十五歳であり、謂わば思春期真っ盛りなのである。自分のアイデンティティについて悩む時期であるため、クウの役に立てないことをコンプレックスに思っていても仕方がない部分はある。

 ちなみにお子様なミレイナは特に考慮する必要は無いだろう。

 保護者で苦労人なレーヴォルフに任せておけば問題は無いハズである。



(まぁ、レーヴォルフって有能だから大丈夫だろ)



 クウもミレイナに関していえば、鍛練を除いて完全にレーヴォルフ任せでいる。元々シュラムもそのつもりでミレイナを同行させているので問題は無いのだが、レーヴォルフの苦労には報いてあげた方がいいだろう。



(ストレスが発散できるように身体を動かす機会を作るか……)



 これから海に出る以上、魔物と遭遇する機会は少なくなっていく。勿論、海の中にも魔物は存在しているのだが、遭遇率は格段に下がるのだ。基本的に海の魔物たちは数が少なく、その代わりに強力な個体が多いということが分かっている。一度の航海で三匹も遭遇すれば多い方だとされる程だ。

 そのため、レーヴォルフが体を動かす機会としては不十分。

 ならばとクウは別の方法を考えた。



(ファルバッサが使っていた《幻想世界ファンタジア》みたいに幻術世界を構築して、レーヴォルフの意識をその中に飛ばすか。となれば正確な精神世界を作る必要があるから、『世界の意思プログラム』に干渉して『世界の情報レコード』から情報を借り受ける……それで空間設定とレーヴォルフの能力値を再現して、あとは俺の幻術で好きな魔物を沸かせればいけそうだな)



 クウが思い描いたのは仮想現実ヴァーチャルリアリティ

 レーヴォルフの精神世界に侵入し、『世界の情報レコード』から各種設定をコピーして世界を再現するのだ。あとはクウが精神世界内部に魔物を出現させることで、好きに訓練できる専用空間が作成できる。

 完全に能力の無駄遣いだが、権能【魔幻朧月夜アルテミス】は応用性の高い能力なので、他にも出来そうなことは多い。



(船に乗ったら試してみるか)



 クウも自分の能力については把握しているが、どこまで応用できるかはまだ分かっていない。権能は自己の魂から表出した能力であるため、その真髄を理解することは容易いのだが、どう使うのかは発現した人に依存するのだ。

 ダイナマイトは武器にもなれば、土木工事にも使える。

 核エネルギーは爆弾にもなれば、発電にも使える。

 権能も使い手次第なのである。

 そんなことを考えていたクウは、残っているお茶を一気に飲み干し、口を開いた。



「少ししたら出よう。やることもないし、早めに行った方が向こうも安心だろうからな」


「そうですね」


「分かった」


「僕も構わないよ」



 クウに続いて全員が残りのお茶を飲み切り、返事を返す。

 その後少しして四人はヴァイスの城を出たのだった。








 ◆ ◆ ◆







 港近くの市場を歩いていると、朝市を片付けている人が目立っていた。早朝に水揚げされた魚介類を売り捌く朝市はクウたちが朝食を食べるよりも早く終了しており、今は一般売り出しのための準備をしているところでもある。

 一般用は加工品が多く、クウも幾らか購入しようか迷ったものもある。

 特に切り身の魚は焼きにも煮物にも使える上、虚空リングに入れておけば腐らないので結構な量を購入することにしたのだった。



「結構お金を使いましたね」


「食料類は虚空リングのお陰で腐らないように保存できるからな。それならお金よりも物品の方が価値がある」


「それもそうですね。水も補給できましたから、またしばらくは大丈夫そうですか?」


「いや、穀類が不足している。この辺は小麦も米も少ないし高いから」



 砂漠では穀物を輸入に頼っている。

 基本的に【砂漠の帝国】で並んでいる穀類は全て【レム・クリフィト】からの輸入品だ。砂漠特有の魔物から取れる素材や、乾燥地域でのみ見れる希少な薬草などを対価として仕入れているのである。しかし、これらの穀類は貴重であるため、一度上層部が集めてから各家庭に配給し、余った分が高値で市場に流れているのだ。

 シュラムからある程度の資金を貰っているのは確かだが、それは大金というほどではない。穀類を大量に買うことが出来る訳ではなかった。



「今は暴食少女が増えたからな……今回の旅は大丈夫だけど、いずれはお金を稼ぐ手段を見つけた方が良いかもしれない」


「何か方法はありますか?」


「正直言うと、治癒院を開いたら俺とリアで幾らでも稼げるな」


「確かにそうですね……」



 クウは超越者であるし、リアも《治癒の光》という治癒特化な【固有能力】を有しているのだ。大抵の怪我は治せるし、クウに関しては病気も完治させることが出来る。反則級な治癒院が生まれることは間違いないだろう。

 しかし、それは一つの手段に過ぎない。

 まず、クウとしては目的であるユナ・アカツキと再会することが最優先なのだ。腰を落ち着けて何かをするにしても、取りあえずユナと再会するまでは旅を続けるつもりである。そこでクウは虚空リングに収納してあるものを幾らか売ることにした。



「確か魔石とか魔物素材は結構溜まってたよな。あっても使わないし、適当に売って資金にするか」


「そういえばそうでした。【ヘルシア】から出て売る機会が無かったですからね」



 SSSランク冒険者レインのせいで追われる身となったクウだが、それ以降も魔物を倒すたびに魔石や魔物素材は虚空リングに保存してきた。人族領で倒した魔物であるため、大した価値は無いのだが、量が多いので資金稼ぎにはなるだろう。

 クウは早速とばかりに近くの商人らしき人物に声を掛けた……とはいっても、クウは《真理の瞳》による情報解析で魔物の素材を扱う商人であることを知っていたのだが。

 相変わらず能力の無駄遣いが激しいクウである。



「ちょっといいか?」



 クウは気軽な態度で声を掛ける。

 すると声を掛けられた商人は丁寧に言葉を返した。



「何でしょう? 人族のお客様とは珍しいですね」



 眼球が黒く、瞳が赤いという魔人族の特徴を持った商人は少し驚いたような口調をしていた。この【カーツェ】にも『人』は幾らか滞在しているのだが、その数は非常に少ない。彼が珍しいと言ったのも当然のことだった。

 クウはその商人が店を開いているエリアに入っていき、空いている机に虚空リングから魔石の一部を出していく。



「これを買い取って欲しいんだけど」


「なるほど……」



 商人は懐からメガネのような魔道具を取り出し、それを装着する。どうやら物質を鑑定するためのものらしく、魔石の価値を判断するために観察しているらしかった。

 一通り眺めた商人はクウへと向き直り、彼の判断を告げる。



「魔石自体の価値は低いですが……買い取ることは可能ですね。ただ、二束三文とは言わずとも、かなり安値になりますよ?」


「別にいい。大量にあるけど、全部買い取ってくれたりするか?」


「これだけではないのですか? それなら使い道もありますし、少し色を付けても構いませんよ」


「わかった。どこに出せばいい?」


「こちらです」



 クウは彼が嘘をついて買い叩こうとしているわけではないと分かっていたため、彼に付いていく。他の三人はその辺りで待たせておき、買い取り交渉はつつがなく終わったのだった。







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