EP242 船長との対面
結局断り切れなかったクウはソファに腰かけたまま呟く。
「面倒なことになったな」
大船団から成る海賊を面倒で済ませるクウの考えは異常なのだが、超越者になった以上は逆に当然のことだと思える。だが、幼馴染の探し人ユナの居場所に関する情報を対価として天使になったクウは、一応役目を果たさなければならないと考えている。つまり、無闇に干渉して世を引っ掻き回すのは良くないとも考えているのだ。
(ゼノネイアに文句言われないだろうな……)
たとえ海賊であったとしても、世界から見れば等しく同じ生命だ。悪意ある行為も人の営みであり、善意だけで世界は回っているわけではない。超越者はそう言った視点で世界を視なければならないのだ。
しかし引き受けてしまったものは仕方がない。
クウはお茶と共に出されたお菓子を口に放り込みつつ、レーヴォルフへと質問した。
「なぁ、レーヴォルフ。海賊って結構出るのか?」
「さぁね。僕は長くレイヒムに捕まえられていたし、最近のことは分からないよ」
「それもそうか」
クウはチラリとミレイナの方も見るが、彼女に関しては期待するだけ無駄だろうと判断して、同じ質問をすることは諦める。【レム・クリフィト】から輸入した珍しいお菓子を頬張るミレイナは、少なくともクウの質問に答えられるとは思えない。
同様にミレイナを見ながら呆れたような表情をしていたレーヴォルフは、クウへと向き直って思い出したかのように話し始めた。
「……そう言えば、僕がミレイナぐらいの時に大海賊がいたって話は聞いたことあるね」
「というと百年ぐらい前か」
「そうだね。大海賊オリオンって呼ばれていた。悪い子はオリオンの海に放り投げるって躾が流行ったほど恐れられていたみたいだよ。ちなみに彼は魔人族だったらしいね」
「魔人なら寿命で死んでいるな。子孫って線はありそうだけど」
「いや、それもないよ。オリオンは【レム・クリフィト】の魔王が直々に捕縛したらしいからね。捕らえて斬首刑にしたらしいよ。まぁ、僕が小さい頃の噂だから、本当かどうかは知らないけどね」
「……そうなのか?」
クウの記憶が正しければ、魔王は魔法神アルファウの天使だ。ゼノネイアがそう言っていたので、間違いないだろう。前例があるのなら、クウが海賊を退治しても問題ないのではないかと、クウは思い始める。
別に気が乗ったわけではないが、クウはオリオンという海賊に興味を示す。
「魔王が出て来たってことは、オリオンも強かったのか?」
「どうだろうね? でも、海を支配する、怪物を使役する、なんて言われていたから《水魔法》と《召喚魔法》を持ってたんじゃないかな。あと、剣の達人だったって話もあるね」
「それが本当なら普通に強いな。なんで海賊なんかやってたんだろ?」
「そこまでは知らないよ」
「まぁ、そうだろうな。百年も前だし、【ドレッヒェ】は南部に位置しているし」
寧ろ百年前の話を覚えていたレーヴォルフが凄いのだろう。いや、もしくは大海賊と呼ばれたオリオンが印象的過ぎたのかもしれない。より詳しく知りたいなら、ちゃんとした資料を読むしかないとクウは考えた。
(いや、別にいいか。どうせ昔の話だ)
クウはそう思い直してお茶を飲む。
このお茶も【レム・クリフィト】から輸入したものらしく、ほうじ茶に近い風味だった。恐らく紅茶のように発酵させるのではなく、焙煎しているのだろう。
茶葉を名産としていた迷宮都市【ヘルシア】出身のリアは興味深そうに味わっている。先程から会話に入らないと思えば、どうやらお茶に集中していたらしい。優雅に香りを楽しむ姿は、やはり元貴族らしいと思えるものだった。
隣にいる暴走竜少女とは大違いである。
「ん? どうかしたのかクウ?」
「いや別に」
何かを感じたのか、ミレイナはお菓子を頬張るのを止めてクウの方に目を向ける。こういった勘の良さはミレイナが群を抜いているのだが、やはり馬鹿なのか、しれっと流したクウを疑う様子も見せない。
すぐにお菓子へと意識を戻していった。
レーヴォルフも今日何度目か分からない呆れ顔をしていたが、すぐにピクリと反応した。今いる客間へ近づいてくる気配を感じたのである。もちろん、クウも気づいていた。
「来たみたいだね。気配は四人分かな?」
「そうだな。ヘリオンと護衛する船の船長、あともう二人分の気配だな……一人はヴァイスか。四人目は誰だ?」
クウが覚えている気配は一度会ったヘリオンとヴァイスだけだ。ヘリオンが、明日出向してくれる船の船長と合わせると言っていたため、残り二人の内の一人は船長なのだろう。
そうなると、最後の一人が謎である。
しかしレーヴォルフが最後の一人を予想した。
「副船長とかじゃないかな? もしくは例の海賊団に襲われて生き残った船に乗っていた人とか」
「ああ、なるほどね。そうかもしれない」
例の海賊団を倒すことになったのだ。船長に伴って猫獣人の首長ヴァイスが説明に来るのは不思議ではない。そして残り一人は船長に付き添っている関係者……恐らく副船長、もしくは、生き残って海賊のことを知らせてくれた商船の船員という予測が妥当となる。
レーヴォルフの言葉はクウを充分に納得させた。
軽いノックの後、客間の扉が開く。
「久しぶりだなクウ殿。待たせたか?」
そう言いつつ初めに入ってきたのは首長ヴァイス・ベルハルト。左目は縦に入った傷によって失明しているようだが、逆に右目は一層ギラギラとしている。まるで獲物を狙っているかのような瞳だった。
しかし、別に睨んでいるわけではないとクウも知っているので、特に気負うこともなく返す。
「一か月ぶりだな。それほど待ってはいないから大丈夫だ」
「ならよかった。それと―――入ってくれ」
ヴァイスは扉の方へと目を向け、クウたちと引き合わせるために連れて来た人物を招き入れる。
一人は短く揃えた茶髪の魔人であり、かなり体格がいい男性だ。体のラインが出やすい薄着であることも原因なのだろうが、筋肉が自己主張しているように見えた。髭をそっているからか、非常に若々しく見える。
(いや、実際に若いんだっけ? ヘリオンが若いけど優秀って言ってたし)
その男はクウの方へチラリと目を向け、さらにリア、ミレイナ、レーヴォルフと順に観察していく。それぞれ一秒にも満たない観察だったが、男は何かに納得したかのような頷きを見せ、中へと入ってきた。
そして次に姿を見せたのは女性である。
少し尖った耳と黒い眼球が魔人であることを示しているが、先の男と違って体格は普通だ。男と同じく体のラインが出やすい服であるためか、胸部がやけに目立っている。ただ、男と違ってクウたちを見た瞬間に眉を顰めたのをクウは見逃さなかった。
そして最後にヘリオンが部屋に入り扉を閉める。
「今回の件に関わる全員が揃ったな。ではレプト殿とミランダ殿も座ってくれ。ヘリオンは二人にお茶を用意しろ」
「……分かった」
レプト、ミランダと呼ばれた二人の魔人はヴァイスに促されるまま、クウたちとは対面する位置のソファに座る。それを確認したヴァイスは、クウたちから見れば右手のソファへと腰を下ろしたのだった。
ヘリオンはテキパキとした様子でお茶を淹れ、レプトとミランダ、そしてヴァイスと自分の分を中央の机に置く。一通り仕事を終えたヘリオンはそのままヴァイスの隣へと移動して、そこで腰を下ろしたのだった。
全員が席に座ったのを見計らってヴァイスが口を開く。
「では早速話をしよう。まずは紹介だ。先に座っていた四人が、今回の護衛として働いてくれるクウ殿とその仲間だ。そしてクウ殿、こちらは明日出航してくれる船の船長レプト殿と、副船長のミランダ殿になる。それと海賊という危機があるなか船を出してくれるレプト殿には感謝する」
「構わない。まぁ、今でも気が乗っているわけではないがね。どちらかと言えば、今回の件で出航を主張したのはミランダだ。感謝するなら彼女にしてくれ」
「そうか。ではミランダ殿。レプト殿と言葉もあるし、まずは貴女に感謝しよう」
「感謝なんていいさ。他の腑抜け共は海賊なんかを怖がって船を出さないから、アタシが出て来てやっただけだからね。それに今までだって航海するたびに襲われてたわけじゃない。今更怖がったって一緒だってのよ!」
落ち着いた雰囲気を放っているレプトに対し、ミランダは炎のような女性だった。力強い瞳と勝気な態度からそんな例えがクウの頭に浮かぶ。
話しの流れから、ミランダが強く推したからこそレプトも出航を決意したのだと思わされた。
「うむ、分かった。だがこの状況で感謝しているのは間違いないとだけ覚えてくれ。では本題に入ることにしよう。その前にクウ殿に聞きたい」
「何だ?」
「今回の件はどの辺りまで把握している?」
「そうだな……ヘリオンに聞いたのは海賊が出たってこと、その海賊が結構な規模だってこと、あとは俺が海賊駆逐を手伝う話もだな。それと向こうの港町【ネイロン】の市長に協力を仰ぐために、手紙を届けるんだっけ?」
ヴァイスはクウの答えに深く頷いて返した。
「その通りだ。話が早くて助かる。クウ殿はレプト殿の船に搭乗して貰い、護衛を兼ねて【ネイロン】へと行ってもらいたい。手紙にはクウ殿を戦力として期待してよいと儂の名で記してあるから、何か仕事を振られることになるだろう。報酬も出るはずだ。向こうについてからは向こうの指示に従ってくれ」
「それでいい。もしも航海の途中で海賊に出くわし、全滅させた場合はどうなる?」
「……まぁ、クウ殿なら有り得るか。その場合は【ネイロン】の市長に報告してくれ。何か討伐の証拠があると良いかもしれぬな」
「分かった」
正直、今のクウならば海賊どころか一大陸でも軽く滅ぼせる。その気になれば星を消滅させることも可能だろう。そもそも超越者が一般人の中に混じっていること自体が反則なのだ。普段は圧倒的な保有潜在力を抑え込んでいるが、その気になればエネルギーの解放だけで周囲の生物を発狂させることが出来る。海賊如きが相手にならないのは当然のことだった。
しかし、逆に隠しているからこそクウの実力が理解できない者がいるのも、また当然である。
「ちょっと待ちな。まさかヘリオンさんが言っていた最強の護衛って……まさかそこの黒髪人族のことじゃないだろうね? そっちの竜人ならまだしもね」
ミランダが嫌な顔を隠そうともしないでそう口にする。【レム・クリフィト】では人族も暮らしているため、明確に魔族との実力差を測ることが可能だ。つまり、人族は魔族に比べれば能力面で劣っていることをよく知っているのである。
もちろん、全ての人族が弱いわけではない。
人は努力をする生き物だ。圧倒的な能力と実力を有する人族がいることもミランダは知っている。だが、クウからはそういった強者特有の雰囲気が無い。彼女も、まさかクウが隠しているから感じ取れないのだとは思いもしなかったのだ。
このミランダの発言に対して、ヘリオンは一瞬遅れて答える。
「……大丈夫。クウは凄く強い」
「どこがよ? どう見ても普通の人じゃない?」
そう言ってミランダは強くクウを睨みつける。一方のクウは非常に面倒臭そうな表情をしていたのだが、それが余計にミランダを怒らせた。
「何よ! アンタ生意気よ!」
「なんでそうなるんだよ……」
「【レム・クリフィト】じゃ最強の人族ってのはただ一人のことなのさ! それはアンタなんかじゃないってことよ!」
興奮気味のミランダを諫めるようにしてレプト船長が手で制するが、それでもミランダは止まらない。何かが爆発したかのように言葉を捲し立てた。
「アンタなんかユナ・アカツキ様の足元にも及ばないんだからねっ!」
「……ユナ?」
その言葉を聞いたクウは思わず抑えていた霊力を少しだけ漏らしてしまう。それに伴って強烈な気配が客間を支配したのだが、クウは気にする様子もなくミランダに尋ねた。
「ユナは……ユナ・アカツキはどこで何をしている? 今すぐ言え!」
急に気配が変化したことにミランダは付いて行けない。
まるで蛇に睨まれた蛙のように固まった彼女は……いや、彼女だけでなく何故かレプトも頷くことしか出来なかった。クウが無意識に《神象眼》を発動させ、二人の意思を誘導していたのである。
催眠によって意志を乗っ取られたミランダは大人しくユナ・アカツキについて語り始めた。
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