EP239 邪神の呪い
強い日差しが照り付け、微かな風が頬を撫でる。
ハンモックを吊るして横になっていたクウはその中で静かに寝息を立てていた。
だが、そこへドタバタと走りながら誰かが近づいてくる。
「おーい、クウ! 模擬戦をするぞ!」
クウは片方だけ目を開き、声のした方へと向けてみる。すると竜人ミレイナが走ってきているのが見えたのだった。父親譲りの赤髪が揺れ、それに合わせるかのように激しく手を振っているのも確認できる。
そこでクウは仕方ないとばかりに起き上がった。
「今日もか? レーヴォルフはどうした?」
「既にレ―ヴには負けたのだ! だから次はクウと模擬戦だぞ!」
「何を自慢げに言っているんだ」
少し溜息を吐きつつも、クウはハンモックから飛び降りる。
固まった背を伸ばすと、パキパキと気持ちのいい音がしたのだった。
(普段の生活は超越者になっても変わらないな……)
クウはあの夜の戦いを思い出しつつ、少しだけ感慨に耽る。
既にオロチを討伐してから一か月ほど経っており、獣人と竜人の関係も落ち着き始めた。元はと言えばレイヒムが仕組んだことだったため、誤解さえ解けば一気に解決したのである。特にあの日【帝都】にいた獣人たちはクウの幻術によってレイヒムの自白を耳にしている。彼らが主な証人となったため、今では獣人と竜人が共に復興へと協力し合っているのだ。
現在、【帝都】はオロチが暴れたせいで完全に廃墟となっている。頑丈な破壊迷宮は残っているのだが、オアシスは荒らされ、全ての建造物が軒並み潰れているのだ。今は魔法使いを中心として後始末に追われている最中である。
猫獣人の首長ヴァイスが【レム・クリフィト】から専用の魔道具を仕入れると言っていたため、それが揃えば復興も進むことだろう。
そして戦いを終えたクウは竜人の里【ドレッヒェ】に戻り、リアと合流していた。現在は休息や、その他いろいろなことのために【ドレッヒェ】に留まっているというわけである。
「それでミレイナ。今日の模擬戦は何回負けるつもりだ?」
「ご、五回だ!」
「ほう……成長したな。昨日は三十六回も負けたのに」
「だ、大丈夫だ。問題ないぞ!」
クウとミレイナは模擬戦をする際に、一時間ほど連続して戦い続けることにしている。そして明らかに致命傷になり得ると判断できる攻撃が当たれば(もしくは寸止め)一回勝ちと判断しているのだ。
昨日は一時間で、ミレイナが三十六回も転ばされ、手刀を首筋に当てられることになった。
だから今日はそれを五回に抑えると言っているのである。
以前のミレイナなら、五回も負けるつもりだとは口が裂けても言わなかっただろう。勝つまで続けるなどと言っても不思議ではなかった。だが、あの夜の戦いを見てから何かが変わったらしく、少し謙虚さを覚え始めたのである。
少しだけ成長したミレイナだった。
「なら行くぞ。場所はいつもの訓練所だな?」
「うむ。クウの妹も待っているぞ」
「リアが? ふーん。珍しいな」
「模擬戦が終わったら魔法を教わりたいと言っていたな」
「ああ、なるほど。今度練習に付き合うって約束してたからだな」
「そうか。でも私が先だぞ?」
「分かっている」
クウは「理」と「魔眼」にて《真理の瞳》を発動させ、ミレイナのステータスを見た。
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ミレイナ・ハーヴェ 16歳
種族 竜人 ♀
Lv156
HP:10,321/11,439
MP:5,832/8,386
力 :17,100
体力 :10,822
魔力 :7,548
精神 :7,975
俊敏 :10,243
器用 :8,538
運 :35
【固有能力】
《竜の壊放》
【通常能力】
《体術 Lv6》
《操糸術 Lv4》
《風魔法 Lv1》
《闇魔法 Lv1》
《身体強化 Lv7》
《気纏 Lv7》
【加護】
《壊神の加護》
《邪神の呪い(完全秘匿)》
【称号】
《壊神の使徒》《到達者》《竜人の期待》
《文明より嫌われた民(完全秘匿)》
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《邪神の呪い(完全秘匿)》
邪神カグラの呪い。
これを付与されている者は、科学の発展の面で
極大マイナス補正を与えられる。
虚空神ゼノネイアによって完全秘匿がされてい
るため、普通は見ることが出来ない。
《文明より嫌われた民(完全秘匿)》
邪神カグラの呪いによって文明の発達を極端に
遅れさせられている者に与えられる称号。
虚空神ゼノネイアによって完全秘匿がされてい
るため、普通は見ることが出来ない。
破壊迷宮を突破したからか、ミレイナのレベルはかなり上がっている。だが、それよりも気になったのは、《真理の瞳》を使えるようになってから見え始めた《邪神の呪い》だった。完全秘匿されているため今までは気付かなかったが、よく観察すればミレイナだけでなく全ての人にこの呪いが付与されている。
当然ながらリアにも付いていた。
以前、クウは魔法の発達に比べて科学技術の発展が極端に遅れていると感じたことがある。そしてそれはこの呪いが原因だったのだと気付かされたのだった。
最上位情報系スキル《森羅万象》すらも弾き返す虚空神ゼノネイアの完全秘匿がされていたことから、かなり厄介な問題なのだと理解できる。
さらに新たに出来てた邪神カグラという存在。
クウの頭を悩ませるには十分だった。
(神界でゼノネイアに再会したら絶対に問いただしてやる……)
どちらにせよ今は何も分からないのだから悩んでも仕方がない。
クウはハンモックから飛び降りて音もなく着地する。
そしてミレイナと共に訓練所へと向かったのだった。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
クウはシュラムの執務室へと来ていた。
【ドレッヒェ】にある城は、帝城よりも少し小さい。それでも首長が暮らす場所であるため、それなりに備品は揃っていた。現に執務室には業物と思われる武器や、その他美術品なども飾られている。
別段、シュラムの趣味というわけではないのだが、他の部屋と差別するという意味で、それなりに飾られているのだ。
そしてこの執務室にいたのはクウの他にもう一人。
部屋の主人であるシュラムだった。
「クウ殿。今日はどうしたのだ?」
「いや、大した用事じゃない。ただ、そろそろ俺たちは【ドレッヒェ】を出ようと思っている」
「そうか……」
シュラムは少しだけ残念そうな顔をする。
というのも、クウが居なくなれば神獣ファルバッサも共に居なくなると理解していたからだ。勿論、シュラムはクウにも恩を感じている。だが、やはり信仰の対象であるファルバッサが一番の優先順位であることは譲れなかった。
クウとしても別段気にしていないので、そのまま話を続ける。
「取りあえず、俺たちが【砂漠の帝国】でしなければならないことは終わった。それに俺たちに出来る後始末もしたし、復興に関してはお前たちの仕事だ」
クウは幼馴染であるユナ・アカツキを探すために【レム・クリフィト】を目指している。まだユナが【レム・クリフィト】にいるかは不明だが、まず間違いないとクウは確信していた。
そんな中で、一か月も【砂漠の帝国】に留まっていたのには理由があるのだ。
何かといえば、オロチとの戦いの後始末である。
空間や時間を操ったり、瘴気や毒を発したりと滅茶苦茶な戦いをしたのだ。余波が残らないように後処理をするため、一か月も滞在していたというわけである。主にファルバッサが権能【理想郷】で情報次元を整え、クウが権能【魔幻朧月夜】で瘴気などの残滓を消していた。
そして時間経過による様子見を含めて、ようやく大丈夫と判断できた、というわけである。
「……あれから一か月か。まだまだ復興は遠い。新しい皇帝も決まっていないのだからな」
「それはお前たちの仕事だ。そこまで責任は持てないぞ。それに、新しい皇帝を巡って争いが始まったとしても、俺たちは介入しない。今回レイヒムを倒したのは、オロチって言う特殊な奴が絡んでいたことが主な原因だ。他にも呪いとかの理由はあったけど、基本的に俺たちは国のことに関わらない」
「分かっているさクウ殿。まず、皇帝以前に【帝都】が綺麗に消えたのだ。新しい皇帝を決定したところで、象徴となる場所が無い。復興は数十年単位で計画することになるだろう」
「まぁ、当然だな」
クウはそう言いながら故郷である日本を思い出す。
災害が多く、特に大地震や津波による被災地というのは、よくテレビでも見ていた。現在の【帝都】はまさにその状態であり、まずは瓦礫の撤去などから始めなくてはならない。そしてそこから完全に元の状態に戻るまでは数十年ほどかかることだろう。
ただ、竜人は三百年ほどの寿命を持っている種族だ。数十年単位の時間でも、人とは少し感覚が違う。そのためか、シュラムもあまり気にしていないように感じられた。
「まぁ、【帝都】については頑張ってくれ。それで……他の都市は問題なく機能しているんだよな? 特に【レム・クリフィト】と海路で繋がっている【カーツェ】は大丈夫だよな?」
「もちろんだ。むしろ【カーツェ】は活動が活発になっているぐらいだろう。【レム・クリフィト】から仕入れなければならない物資が結構あるのだから」
「なら問題ないか。まぁ、最悪はファルバッサに乗って海を渡れるし」
「……あまり神獣様を乗り物扱いして欲しくはないのだが」
「そうか? ファルバッサって結構世話好きだし、頼めば何でもしてくれるぞ」
「それはそれで少し微妙な気分だ」
超越者へと戻ったファルバッサは、確かに神と同等の領域に立っている。霊力量などの格は劣っているが、神にも等しい存在となっているのは間違いないのだ。
それに竜人、獣人は神獣を信仰の対象として崇めているため、実情を知らされれば微妙な気分になってしまうのも仕方が無いことだろう。
少しだけ変な空気になってしまったため、クウは話題を変えることにする。
「……ああ、そうだ。レーヴォルフを連れて行ってもいいか?」
「レーヴを? ふむ……なるほど。助かるな」
唐突な引き抜きだったが、意外にもシュラムは反対の意思を見せない。寧ろ、ありがたいという思いが垣間見えていた。三将軍としての実力をもっているレーヴォルフの引き抜きなど、普通はシュラムも許可できないだろう。だが、今回だけは少しだけ事情が違っていたのだ。
「やはり竜人たちの間では裏切者と呼ばれているようだ。変化を使う魔人のせいだと説明はしたのだが……やはり直接見ていないと信じられないらしい」
「そうだろうさ。姿、能力、記憶までコピーできるなんて信じられる方が可笑しい。そういう意味では正常な判断だから、無理には……な」
「ああ、ザントとフィルマはギリギリ納得したようだが……」
『仮面』の四天王ダリオン・メルクがレーヴォルフに変化して六十年以上も【ドレッヒェ】に居たという事実は、実に荒唐無稽だ。とてもではないが、信じられるものではない。
実際に見たシュラムやミレイナは問題ないが、やはり他の竜人の中には未だにレーヴォルフを疑っている者も少なくない。むしろ、半分以上がそういった者たちだ。
だからこそ、レーヴォルフのためにもクウとリアの旅に同行するのは助かるのである。
また、シュラム自身にも、部下であるレーヴォルフが偽物であることに気付けなかった負い目もあった。
それで、再び部下として扱うことにも若干の躊躇いを感じていたのである。
「では頼む。おそらくレーヴも嫌とは言わぬだろうさ。レーヴ自身も里での自分の扱いは理解しているだろうからな」
「よし。じゃあ、貰っていくぞ」
「うむ。それは構わないが、その代わりに一つだけ頼みを聞いてくれ。一応は三将軍を引き抜かれるのだ。それぐらいは良いだろう?」
「まぁ、内容にもよるけど」
超越化したクウならば、大抵の願いは叶えることが出来る。権能【魔幻朧月夜】は幻想すらも現実に変えることが出来るため、その気になれば【帝都】を元通りにすることも可能なのだ。これに関してはシュラムに秘密だが……
だがシュラムの頼みはそういうことではなかった。
「ミレイナの奴も同行させてやってくれ」
「……いや、いいのか? 娘なんだし、次期首長とかじゃないのか?」
「構わん。それに首長とは強者のなるべき地位だ。娘だからと言って次期首長に決まっているわけではないのだよ。まぁ、最有力候補であることは確かだが」
シュラムはそう言って窓の外を眺める。
夜となり、城から見える里の風景は中々のものだ。家々の窓や隙間から漏れ出る明かりが微かに【ドレッヒェ】全体を彩り、夜空に見える星を邪魔することなく煌々としている。
地上の明かり、夜空の星。
それらが互いを引き立てつつ輝いていた。
シュラムはそんな光景に目を向けつつ再び口を開く。
「ミレイナにはレーヴが必要だろう。まだあの娘は発展途上だ。レーヴがクウ殿について行くなら、ミレイナを同行させるべきだろう。それにミレイナ自身もクウ殿に懐いているようだからな。今日も稽古を付けてくれたのだろう?」
「まぁな。ミレイナは戦い方さえ覚えれば、竜人の中で誰よりも強くなれる。半分は勘……というか本能で戦っている部分がある気がするけど、そのセンスは圧倒的だな。【加護】を貰うだけの才能はある」
「そういうわけだ。任せても良いか?」
「勿論だ。俺としても都合がいいしな」
クウは後半部分だけシュラムには聞こえない程度に呟く。
天使として覚醒する可能性があるミレイナは手元に置いておくのが安全だ。四天王ダリオンのようにミレイナを直接狙いに来る可能性も捨てきれないからである。となれば、リアと同様にクウとファルバッサという超越者の守りがある場所にいた方がいいだろう。
「じゃあ、レーヴォルフとミレイナにも伝えてくれ。俺とリアは一週間後に出る」
「分かった。伝えよう」
二人はその後も少しだけ話し、その日は眠りに就いたのだった。
今回で『砂漠の帝国編』は終了です。
100話を超える長い章になってしまいました。
それに新しい要素も沢山出てきましたね。
特に目新しいのは潜在力、意思力、超越者、各種次元、そして邪神カグラでしょうか? 今後の物語でも深く関わってくる用語になる予定です。
さて、感想欄でも書きましたが、長くなった理由説明をしますね。
まず、小説連載当初は
『砂漠の帝国編』→『破壊の迷宮編』→『超越者編』とする予定でした。本来は三部構成で砂漠での話を書く予定だったので、非常に長くなったのです。
それで、『逃亡生活編』を書いている時に『砂漠の帝国編』と『破壊の迷宮編』を統合することにしたので、この時点で『砂漠の帝国編』→『超越者編』となります。
そしてさらに『人魔の境界編』を書いている時にこれも統合して『砂漠の帝国編』一つにしました。まぁ、全部の話が砂漠での出来事ですからね。登場人物も変わらないので、纏めた方が良いと判断したのですよ。
結果として長くなり過ぎたのは申し訳ないです。
世界設定の解説を挿入するか箇所も調整したので、作者としても非常に負担が大きな章でした。計画性が無いとこうなるんですよね……
それはともかく、明日から新章に入ります。
舞台は海。
レム・クリフィトまでの旅路を書きます。
ですが、当然ながらほのぼのとした旅なハズがありません。
『幽霊船編』
お楽しみに!





