EP231 天使の軍勢⑧
クウはいつも通り、目の前に現れた熾天使を《森羅万象》で解析する。とは言っても、最強の情報系スキルである《森羅万象》にかかれば大した労苦は無い。望みのままに、クウの視界の端でステータス画面が映されたのだった。
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ミカエル・コピー ―― 歳
種族 終末の熾天使レプリカ
Lv 200
HP:40,000/40,000
MP:40,000/40,000
力 :40,000
体力 :40,000
魔力 :40,000
精神 :40,000
俊敏 :40,000
器用 :40,000
運 :100
【固有能力】
《裁きと慈悲》
【通常能力】
《魔闘剣術 Lv10》
《炎魔法 Lv10》
《光魔法 Lv10》
《回復魔法 Lv10》
《結界魔法 Lv10》
《付与魔法 Lv10》
《魔力支配》
《気力支配》
【加護】
《全能神の加護・偽》
【称号】
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「ああ……うん。凄いね」
「Yas uoy did tahw?」
(何か言ったか?)
「いや、気にするな」
クウはため息を吐きたくなるのを抑えつつ、もう一度だけステータス画面に目を向ける。
そこにあるのはクウにも並ぶステータス値に、圧倒的なスキル構成。《魔力支配》と《気力支配》があることを考えれば、クウよりも強いことは明らかだ。それに《裁きと慈悲》は敵対者に対するダメージを増加させるので、下手をすれば今のクウを一撃で殺すことすら出来るだろう。
(それにしてもミカエル・コピーか……)
欧州の宗教には詳しくないクウでも、この有名な熾天使の名は知っている。キリスト教などで見られる高位天使でもあるため、ゲームではよく目にするからだ。尤も、本来の原理的なキリスト教では天使が誰などとは気にせず、神だけを見るそうだが、別段クウが気にすることではない。
「まぁ、やるしかないな。時間もなさそうだし」
クウは神魔剣ベリアルと神剣イノセンティアを虚空リングに収納し、使い慣れた神刀・虚月を取り出す。しっくりと手に馴染む感触から意識をミカエル・コピーに移しつつ、クウは自分の残りMP量を調べた。
実は天使翼は展開中に微量の魔力を消費するため、今までのように《魔力支配》で魔力を回収してない場合には、魔力切れで飛べなくなることもあり得るのだ。今回の空中戦で飛行能力を失うことは非常に痛く、それまでに決着を付けなくてはならない。
「残りMPは20だけ……すぐに仕留める!」
クウは神刀・虚月を抜刀し、先手必勝とばかりにミカエル・コピーに向けて神速の居合切りを放った。クウのステータスでかつ、スキル補正効果で剣速と攻撃力が13.5倍になっているため、もはや《魔力支配》と《気力支配》で強化したミカエル・コピーにすら知覚することは出来ない。
だがミカエル・コピーはクウから漏れ出た僅かな殺気を感じ取り、それをもとにして反応していた。すなわち、神刀・虚月の軌道から逸れるために回避を行っていたのである。
(対象はバランスを崩している。このまま回転運動エネルギーを鞘の打撃に込めて吹き飛ばすか)
クウは《思考加速》スキルによるスローな環境でそう考えつつ、左手に持った神刀の鞘でミカエル・コピーの顔を狙った。流れるような連撃はクウの動きをさらに加速させ、緊急回避してすぐだったミカエル・コピーは避けきれず、吹き飛ばされる。
身体能力の上では避けられたはずの攻撃だったのだが、クウは《抜刀術》スキルで加速された直後の慣性力の残滓を利用していたため、ミカエル・コピーは回避が間に合わなかったのである。エネルギーをできるだけ殺さずに利用し続ける朱月流抜刀術の真骨頂だった。
しかし破格のステータスとスキルを有する熾天使級にとって、この程度の打撃攻撃は決定打に程遠い。ミカエル・コピーは簡単に体勢を立て直してクウへと反撃を仕掛けた。
「ちっ。早い」
クウは《森羅万象》と《魔力支配》を併用した攻撃予測でミカエル・コピーの動きを読み、能力の差を埋めていく。またミカエル・コピーはスキルこそ最高位だったが、それを扱うための技量はそれほど高くなかったために、今のクウでも対応することが出来たのである。
この技量の無さはレプリカゆえの欠点であり、この《神罰:終末の第六》の本来の力で召喚される本物の天使たちは確かな技量すらも備えている。真なる神と同じ次元に立つオロチではあるが、神と同格ではない。そのことだけは救いだった。
「Emalf eht……」
(炎よ……)
「甘い!」
ミカエル・コピーは《炎魔法 Lv10》を発動させて火炎を放つが、《魔力支配》によって魔力の高まりを感知したクウは一足先に射線から逃れる。音速の二倍で深紅の炎が放射され、僅か少し前までクウが居た場所を焼き尽くした。
クウは既にミカエル・コピーの後ろへと回り込んでおり、神速の居合を放つ。《魔力支配》と《気力支配》でそれを感じ取っていたミカエル・コピーは即座に《結界魔法 Lv10》による防壁を構築し、防ごうとする。クウの抜刀速度を一度見ているため、回避よりも防御が確実だと考えたのだ。
しかしそれは完全なる悪手。
情報次元を切断し、それを物理世界へとフィードバックすることを可能とする神刀・虚月の能力の前に《結界魔法 Lv10》など壁にならない。クウは防御結界ごとミカエル・コピーの背中を切り裂き、離れつつ鞘へと納刀した。
「Deneppah si tahw!?」
(どうなっている!?)
神刀・虚月の刀身の長さの関係で、ミカエル・コピーの背中に付けた傷は浅い。しかしその代わりに純白の翼を根元から三枚も切断し、動揺させることが出来た。
クウはその隙をも逃さない。
「飲み込め! 神魔剣ベリアル!」
左手に持っていた神刀の鞘を虚空リングに収納していた神魔剣ベリアルと入れ替え、即座に死の瘴気を纏わせて薙ぎ払う。黒い瘴気の津波はミカエル・コピーに回避させる隙間を与えず、呆気ないほど簡単に飲み込んでしまった。
一瞬だけ、《結界魔法 Lv10》と《付与魔法 Lv10》で防御しようとしているのが見えたが、神剣の領域へと踏み込んだ神魔剣ベリアルの瘴気を防ぐことは出来ないだろう。多少の抵抗は出来るかもしれないが、いずれは侵食されて死に至るはずだ。
留まる瘴気が【通常能力】で防ぐことは出来ないと《森羅万象》で知ったクウは勝利を確信する。しかし、次の瞬間に聞こえてきた声にクウは目を見開いた。
「Laes esaeler. Nigiro emalf eht」
(封印解放。神剣・原初の炎)
突如として発生した赤い炎が死の瘴気を内側より喰いつくす。まるで浄化でもされているかのように炎が瘴気を飲み込んでいき、そして内側より強烈な気配が滲み出て来た。
神剣にまで成長した神魔剣ベリアルの瘴気を喰らい尽すという現象に、クウは驚く。しかし瘴気の内側から聞こえて来たミカエル・コピーの言葉を思い出して気を引き締めた。
(神剣・原初の炎……?)
発音は全くの不明だが、意味だけは理解できる熾天使級の言葉。それを信用するならば神剣の効果なのだと予想できる。
さらにミカエル・コピーは封印解放という言葉を口にしたのだ。初めに感じた神剣イノセンティアへの違和感の正体は、この封印のことだったのではないかと気づかされたのである。
そして深紅の炎は消え去り、内側よりミカエル・コピーが現れる。
どうやら《回復魔法 Lv10》も使用したらしく、背中の天使翼は完全に元の状態へと戻っていた。
「Yortsed dna yfirup ot emalf si siht. Em ot evitceffe ton si ti!」
(これは浄化と破壊の炎。そんな瘴気は私に効かない)
「流石に熾天使級は量産型の神剣じゃなかったってことか!」
ミカエル・コピーの右手にあるのは黄金に輝く神剣イノセンティアとは異なり、柄から刀身までの全てが深紅に染まっていた。刀身の近くは熱気によって揺らめいており、クウにまで熱さが伝わってくる。恐らく、剣を打ち合うだけで熱気によるダメージを受けることになるだろうと思われた。
当然ながら、クウは即座に《森羅万象》で解析する。
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神剣・原初の炎
制作者 全能神ヤーウエ
神輝聖金を鍛えて造られた神装であり
あらゆる性質を無効化する。
浄化と破壊を司る炎の性質が込められてお
り、あらゆる物質を燃やし尽くすことが出
来る。これを所持している間は炎と熱に対
する絶対耐性を得る。
普段は神剣イノセンティアに偽装している
が、封印を解放することで本来の能力を取
り戻す。
ミカエル専用の装備なため、それ以外の人
物は使用不可能となっている。
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「なるほど。俺の神刀・虚月みたいな専用装備か」
神刀・虚月も虚空神ゼノネイアが権能を込めて制作したものであり、クウだけが装備できるようになっている。ミカエル・コピーも最高位の天使であるため、専用の装備品を与えられていても不思議ではなかった。
「Niur!」
(滅びよ!)
「っと、考えている暇はないか」
ミカエル・コピーは神剣・原初の炎を振るい、莫大な熱量と共に深紅の炎を生み出す。まるで神魔剣ベリアルによる瘴気の仕返しと言わんばかりの炎の津波が押し寄せていた。回避する隙間など有るはずもなく、クウは咄嗟に神魔剣ベリアルの瘴気で相殺させようとする。
再び深紅の爆炎と漆黒の瘴気がぶつかり合い、拮抗した。
これによってお互いがダメージを負うことはなかったが、クウだけは表情を歪める。
「……っ! 忘れてた。神魔剣ベリアルは生命力侵食があるんだっけか」
神剣にまで到達したが、それに伴って元からあった呪い効果も増幅している。もはやクウの意思ですら抵抗が難しいレベルの呪いであり、神魔剣ベリアルを使用するたびに所持者も生命力が削られる。神剣イノセンティアによる無効化を使用せずに二度も瘴気を放ったため、クウへの侵食も進んでいたのだ。クウは急いで右手の神刀・虚月を神剣イノセンティアに入れ替える。
「無駄にHPを削っちまったな。ミスったか」
クウは神魔剣ベリアルを持っていた左手が爛れたようになっているのを目にしつつ反省する。黒コートを着ているので見えないが、恐らくは腕の部分まで同様になっているのだろう。若干の痛みがある。
回復したいところだが、魔力が無いのでそれも不可能だ。
やはりMPが切れかけているのは厄介である。
(俺の《双剣術》スキルは取得したばかり。攻撃予測で耐えきるしかないか)
神魔剣ベリアルと神剣イノセンティアによる豪華な二刀流。
これによってクウは先程《双剣術 Lv4》を習得したばかりだ。スキルレベルを考えればミカエル・コピーに勝てるはずもないし、クウには二刀流としての技術を習得していない。神魔剣ベリアルと神剣イノセンティアの能力を考慮したとしても、ミカエル・コピーが所持している神剣・原初の炎も対等以上の能力があるのだ。
慢心は出来ない。
(まぁ、安全に戦うって考え方が悪いのかな。殺し合いなんだから甘いことは言ってられないか……)
クウも覚悟を決めて神魔剣ベリアルに瘴気を纏わせる。
ミカエル・コピーもそれに対抗するかのようにして周囲に炎を発生させる。
神域大結界の一角で、漆黒と深紅の殺し合いが始まったのだった。
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