EP22 VSインフェルノ・ボア
本日3つめでござる
軽い気持ちでボス部屋の扉を開いたクウ。
現れたボスの予想外のステータスを見て驚愕の表情を浮かべる。
このインフェルノ・ボアは元からの防御力が高いうえに《身体強化Lv4》と《硬化Lv5》を所持しているらしい。並みの攻撃ではダメージが通らないだろう。その上魔法まで使うようだ。レベルも今までと格段に違うことも考えると間違いなく強敵である。
そもそも迷宮攻略はパーティで行うものなので、例え10レベル以上の差があったとしても勝つことはできるものだ。それに虚空迷宮では迷宮効果の幻覚から逃れるために、ひたすらレベルアップした状態でボスに挑むことが多く、冒険者たちの中の認識では迷宮効果に苦しむ分ボス戦は苦労しないというものだった。
まさか幻覚無効がこんなところで仇になるとは思わなかったクウは若干頬を引き攣らせる。
「ブモォォォォォォオオオオ!」
インフェルノ・ボアはそんなクウにお構いなく先制で突進を繰り出した。レベルが違うだけあって今までに会ったボア系魔物とはまるで異なる突進速度だったが、俊敏値はクウの方が上なので難なく避ける。
だが体格も威力も桁違いな突進はクウの後方の入り口扉へと激突し、凄まじい衝撃を生み出した。その揺れと衝撃に煽られて若干態勢を崩して反撃の機会を失ってしまう。
「てかあの突進を喰らっても無傷の扉に素直な称賛を送りたい!」
喰らえば一撃で体中の骨が折れるだろうと思われるあの攻撃を受けても、壊れず曲がらず傷つかずのフロア入り口の扉に驚きつつも次にするべき行動の選択を開始する。
「おそらくこいつの攻撃は喰らえば即アウトだ。ソロでやってる以上助けなんてない。炎魔法を使うみたいだから木刀ムラサメは燃やされる可能性があるな。かなり防御力が高いみたいだし魔剣ベリアルに頼るとするか。ならあとはいつも通り幻覚で残像を見せて翻弄すればいい!」
既にこちらに向きなおっているインフェルノ・ボアと目を合わせてすぐに横へと避ける。インフェルノ・ボアは《虚の瞳》で見せられた残像のクウに向かって先ほどと同じ突進を繰り出した。
「ヴォォォォォオオ!」
ドガンッ!!
幻覚のクウをすり抜けてインフェルノ・ボアは再び壁へと激突する。地面が揺れるが、その隙にクウは魔剣ベリアルを振りかぶって全力で切り付けた。
「はぁぁぁぁぁあっ!」
「ブオッ!?」
多くの血を吸った魔剣ベリアルでさえも抵抗を感じるインフェルノ・ボアの巨体を切り裂くと、少し遅れて鮮血が飛び散った。
首をもたげてクウを睨みつけ、体を反転させようとするがインフェルノ・ボアの視線の先にあるのはクウの幻覚。再び目を合わせたことで《虚の瞳》を発動させることができたクウは回り込んで反対から剣を突き刺した。
「ヴォオオオォォォォオオオォォォオォォオオ!」
激痛に叫ぶインフェルノ・ボア。
だがその身体に突き刺さった魔剣ベリアルは、血管のような赤い模様を脈打つように点滅させながら容赦なく血を吸い取っていく。
「ヴォアァァァァァァァァァァッ!」
「っ!」
耳をつんざく様な咆哮と共に急激な熱を感じて咄嗟に飛びのく。
その一瞬の判断がクウの命を救った。
ゴウッ!!
インフェルノ・ボアを取り囲むように炎の壁が現れ、フロア内の気温を一気に上昇させる。凄まじい熱波がクウを襲い、思わず目をつぶり左腕で顔を庇う。
だがその一瞬目を離したがために、炎の壁を突き破って突進してくるインフェルノ・ボアへの対処が遅れてしまった。
「くっ! しまった!」
咄嗟に右に跳ぶが少し遅かった。
身体に灼熱の炎を纏った突進自体は回避できたものの、纏った炎を一部左手に受けてしまい火傷とダメージを受けてしまう。
インフェルノ・ボアも間髪入れずにもう一度こちらに突進しようと反転し来たため、《虚の瞳》で再びクウの虚像をみせて退避し、アイテム袋から回復ポーションを取り出して左手にかける。するとあっという間に痛みが引いていき火傷もほとんど治った。
それなりに高価なポーションであったため、痛手ではあるが出し惜しみしている余裕はない。炎を纏って簡単には近づけなくなったインフェルノ・ボアをどう切り伏せようかと必死に頭を回転させていた。
(くそっ、近づいただけで火傷させられるとかどんなムリゲーだよ。魔法が使えたら遠距離攻撃も出来ただろうけど、ないものねだりしても仕方ない。《虚の瞳》の全力で使うか? いや、それは最終手段だ。何か他にいい方法が……)
幻覚のクウを追いかけまわして突進を繰り替えすインフェルノ・ボアを眺めながら作戦を考える。魔力切れを起こすまで耐えるのが一番現実的ではあるが、インフェルノ・ボアのMPは1,000を切ったばかりで、あと10分間はこのままだろう。
また、炎を纏ったインフェルノ・ボアの進んだ道には炎が残っており、このままでは徐々に逃げ場を失ってしまうのは確実だろう。
「ああ、もう仕方ない」
クウはアイテム袋からポーションの瓶を2本取り出し、蓋を開けて頭からそれを被る。ポーションを被ったことで薬品臭がするが気にしていられない。
魔剣ベリアルを握り直して幻覚を追いかけるインフェルノ・ボアの背後から一気に迫り、飛び上がった。そのまま魔剣を構えて重力に任せてインフェルノ・ボアの背中へと突き立てる。纏った炎の熱で干上がりそうだが、あらかじめ全身にかけておいたポーションのおかげで衣服や髪が燃え上がることはない。
ポーションが蒸発してしまう前に魔剣から手を離してその場から離れた。
「ブモオオオオオオオォォォォ」
インフェルノ・ボアが絶叫を上げてその場で暴れまわるが、既にそこにクウはいない。そしてドタドタと地面を揺らしている今も背中に刺さった魔剣ベリアルはインフェルノ・ボアの血を吸い尽くしていく。
クウの手を離れて身体に突き刺さった魔剣ベリアルに容赦などなく、どれだけ暴れようとも炎をばら撒こうとも血を吸うことを止めない。魔剣もインフェルノ・ボアの炎で損傷を受けるが、修復能力ですぐさま直してしまう。
あとはインフェルノ・ボアが倒れるまで眺めているだけの簡単な作業だった。
「ブオッ、ブモオオォォォ!」
ドクン、ドクン……
「ヴォッ、ヴォオオオオ!」
ドクン、ドクン、ドクン……
「ブモッ……ヴォォォォォ……」
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……
「…………ブフォォ……」
ズゥゥゥゥン
ついに致死量の血液を吸い尽くされて倒れた。
魔剣ベリアルはそれでも尚、残された血を完全に吸おうとして脈動を打っているが、クウは近づいて魔剣を引き抜いた。
インフェルノ・ボアが死ぬと同時に、魔法の炎も姿を消して赤く照らされていたフロア内が一気に暗くなった。未だに目がチカチカするクウであったが、倒したインフェルノ・ボアを解体するためにナイフを取り出して作業を開始する。
巨大な体躯をもつインフェルノ・ボアの表面は未だに熱を持っており、触れると火傷はしないまでもかなり熱い思いをすることになるだろう。そう考えたクウは先に牙を採取する。
全長8mはあるインフェルノ・ボアの牙は、普通のボア系魔物と比べて頑丈で長い。歯茎部分にナイフで切り込みを入れて何とか引き抜くことができた。左右の下顎にある2本の牙を抜き取ってアイテム袋にしまう。
次に、牙に四苦八苦しているうちに冷えた身体にナイフを入れて毛皮を剥ぎ取っていく。当然ながら採取できる量も膨大で、一人で作業するとかなり時間がかかった。仕上げに、アイテム袋に入るように適度なサイズにカットして収納した。
最後の肉の解体はナイフでは心もとないので、切断力が自慢の魔剣ベリアルを抜く。血を吸い取る効果があるので解体に向いていたのはクウにとっても意外だった。
首を落とし、横腹を裂いて内臓を取り出し、端っこから徐々にバラバラにしていく。心臓部にある巨大な魔石はナイフで丁寧に取り出してアイテム袋に収納する。ブロック状にした肉は収納途中でアイテム袋がいっぱいになってしまい、泣く泣く少しばかり捨てることになった。
「くあぁ……疲れた。さすがに一人でこれを解体とかイジメだろ……。これでドラゴンなんかが出て来た日には肉ぐらいなら無視してもいいよな」
時計を見ると既に夕方の6時前だった。
クウはげんなりした表情を浮かべながら20階層と21階層の間にある転移クリスタルに手を触れて、虚空迷宮のエントランスへとワープした。
「素材の買い取りお願い」
「クウさん、顔色が悪いですが何かあったのですか?」
「ソロの地獄を味わったよ……」
「? 取りあえずはギルドカードをお願いします」
「はいこれね」
「……え? えぇぇぇぇぇぇぇ!? 20階層!?」
「ちょっ! 声が大きい!」
首を傾げていた受付嬢はクウが取り出したギルドカードの迷宮到達階層の部分を見て、思わず叫び声を上げた。それを聞いて他の受付嬢やギルド内に残っていた冒険者たちがクウへと注目する。
「クウさんと言えば4日前に迷宮攻略始めたばかりよね?」
「確かギルマスと決闘したんだよね?」
「もう20階層……? 信じられないわ……」
「おい……あいつって……」
「ああ、あの"クウ"だ」
「マジかよ……ありえねぇだろ」
「はっ! クウさんすみません!」
「はぁ、なんかもうどうでもいい……」
完全に諦めたクウは面倒になって買取カウンターにインフェルノ・ボアの素材を次々と置いていく。2本の牙に巨大な魔石、毛皮と肉の一部……と順番に取り出す。
「あと毛皮と肉はまだまだあるから取りあえずこれだけ」
「あ、はい。ラージレッド・ボアの素材ですね? すぐに査定を……」
「待て待て! こいつはインフェルノ・ボアの素材なんだが?」
「何言っているんですか? 20階層のボスはラージレッド・ボアですよ?」
「え?」
「え?」
二人の間に沈黙が流れる。
「俺が鑑定したらインフェルノ・ボアって出たんだが?」
「クウさん《鑑定》持ちだったんですね……じゃなくて、ホントのホントにインフェルノ・ボアだったんですか!? 見間違いですよね? だってインフェルノ・ボアと言えば危険度Aランク強の魔物ですよ。迷宮の地下20階層で出てくるような魔物じゃありません!」
「マジで? じゃあちょっとその素材を誰か《鑑定》してくれよ」
「はい分かりました。……ちょっとマリー、こっち来て《鑑定》してくれない?」
2つ隣のマリーと呼ばれた受付嬢が見ていた書類から目を離してこちらへやって来る。桜色の髪とタレ目が特徴的なおっとりした雰囲気だが、その顔からは今日一日の疲れが滲み出ていた。
「どうかしたのリザ? 私の《鑑定》が必要だなんて」
「うん。ちょっとね。ここに並べてある素材を《鑑定》してくれないかしら?」
「いいわよ。……ふぅ、《鑑定》!」
買取カウンターに並べられたボア系魔物と思われる素材の数々。マリーは一つ一つ《鑑定》していくたびに段々と顔が青くなっていった。何度も何度も見直して「嘘でしょ……」と呟くマリーにリザも半ば確信する。
「《鑑定》結果を言うとね……これ、インフェルノ・ボアの素材よ」
「あはは……私、初めて見ましたよ」
「それは私もよ。一体どこで狩ったのかしら」
「迷宮の20階層のボスだったらしいですよ」
「あれ? 20階層ってラージレッド・ボアじゃなかったっけ?」
「恐らくその時だけのユニークボスというやつでしょう。他の迷宮では何度か確認されていますが虚空迷宮では初めて聞きましたね」
「ところでいつになったら査定してくれるんだ? すごく疲れてるから早く寝たいんだけど?」
「は、はい。恐らく時間がかかると思いますので今日は素材だけ置いて帰られたらいかがでしょうか?査定結果と報酬は明日受け取ることが出来るようにしておきますので」
受付嬢が2人で盛り上がり始めていたところにクウが不機嫌そうな声をかけたため、マリーはクウを先に帰らせることにした。クウは「分かった」とだけ言って、残りの素材を全て置いてさっさとギルドを出て行ってしまった。
その日は深夜までギルド職員総出で査定をしたという。