EP227 天使の軍勢④
竜の本質を表出させる竜人の種族特性『竜化』。
獣人に『獣化』があるように、竜人にも似たような特性が存在している。凄まじい肉体性能、圧倒的な耐性を手に入れることが出来るのだが、強靭な肉体と精神が無くては強化に耐え切れずに暴走してしまうこともある。
しかしシュラムは完成された竜人の首長だ。
暴走など有り得ない。
「ふうぅぅ……」
大きくゆっくりと息を吐きだし、シュラムは久しぶりの竜化の高揚感を抑える。全身が深紅の竜鱗に覆われるだけでなく、首筋から頬にかけても同じく竜鱗が出現していた。爬虫類のような獲物を射抜く鋭い眼光が一層強く輝き、頭部に生えている竜角も少しだけ伸びる。全身の筋肉は一瞬だけ膨張して引き締まり、見た目には分からないが筋肉密度が急上昇していた。そして何よりも目立つのが背中に現れた赤い竜翼である。大きく広げられたシュラムの翼はドラゴンのものと同種であり、魔力を消費することで飛行することが出来るのだ。
「行くぞ!」
腹から響くような思い声でそう告げ、シュラムは自慢の槍を構える。
より一層濃い赤となったシュラムの気は槍に纏わり付き、周囲を染めた。
「貫け! 『真紅竜崩牙』」
シュラムがイメージしたのは猛々しく牙を剥く竜の姿。全てを貫き、仕留める最強の牙。
突き出されたシュラムの槍からは白と黄金が埋め尽くす神域大結界の中で、一際目立った深紅の一撃が放たれた。一直線に伸びるこの『真紅竜崩牙』は音速すらも超えて終末の天使レプリカを貫く。
「『《理魔結界》』……がっ!?」
貫かれた終末の天使レプリカの背後にいた別のもう一体は防御結界を張ったのだが、シュラムの意思力はそれを上回った。《結界魔法 Lv10》による結界すらも貫通して十数体の終末の天使レプリカが粒子となって消えた。
だがこの程度で竜化したシュラムは止まらない。
「すうぅぅ……」
目で見てわかるほどに大きく息を吸い込んだシュラムの口元に魔力が集まっていく。膨大な魔素を圧縮して放つドラゴンの息吹にも似た竜化竜人にのみ使える奥義。残っている魔力の殆どを消費しきってしまう大技であり、このような戦いの初期に使うものではない。しかし、相手は二億もの天使軍であり、シュラムは出し惜しみしている暇はないと判断したのである。
またシュラム自身に魔力を使う攻撃は《風魔法》ぐらいしかないという理由もあった。
「《爆竜息吹》!」
それはまるで超新星の爆発だった。
魔力量の差から本来は竜種の息吹に及ばないはずだが、シュラムの《爆竜息吹》は一般的なドラゴンの息吹など軽く凌駕しているように見えた。さすがに超越化したファルバッサには及ばないが、魔物として有名な真竜の《竜息吹》よりも遥かに威力が高い。
その理由はシュラムの気の力が込められたからである。
竜化によってドラゴンの本能と力が表出したシュラムは普段とは比べ物にならない《気纏》を発動させており、それが織り込まれた《爆竜息吹》は圧縮との相乗効果によって十倍近い底上げをされていたのである。
シュラムの意思力の影響を受けて深紅に染まった竜人の息吹は終末の天使レプリカを広範囲に消し飛ばす。
「はぁ……はぁ……私の切り札でもこれが限界か……」
シュラムの《爆竜息吹》は結界や気による防御すらも貫いて終末の天使レプリカを百体近く葬ったが、神域大結界の中に召喚されている六千万体以上の天使たちから見れば微々たるものでしかない。
これはシュラムが弱いのではなく、天使たちの圧倒的な数の暴力によるものだった。逆にあの強さの天使を百体近く葬れる時点でシュラムを竜人最強たらしめる切り札の強さを語っていると言えるだろう。
現にこのシュラムの切り札を見て、他の者たちも触発された。
「儂らも出し惜しみは無しだ! 全力で行くぞ!」
「ふむ。当然だな」
「あれを見せられては本気を出さぬわけにはいかんだろう。分かっているとも」
天使を相手に攻撃が通じず、苦戦を強いられていたアシュロス、エルディス、ヴァイスは一斉に『獣化』を発動させて秘められた獣の本質を引きずり出す。首から頬にかけてまで獣毛が生えて目つきも鋭くなり、現に纏っている気が一層濃くなった。
「なら私もだ!」
そしてミレイナも竜化を実行する。
シュラムと同じく深紅の《気纏》がより輝き、深紅の翼が出現して全身を竜鱗が覆い始めた。こうして竜人の切り札である竜化を発動できる時点でミレイナも弱くはないと判断できる。実際に肉体も精神も竜化に耐えきれるだけの強靭さは持ち合わせているのだ。
尤も、精神面は【加護】である《壊神の加護》に助けられている部分もあるのだが……
「はああああああっ!」
ミレイナはその状態で《竜の壊放》を放ち、今度こそ終末の天使レプリカたちを吹き飛ばした。《結界魔法 Lv10》や《気力支配》による防御も貫くことができたのは竜化による強化が関係している。
ステータスの力値によって威力が上昇する《竜の壊放》の性質のお陰であり、単純な力押しだ。
竜化によって一時的にステータス強化がなされているため、威力がこれ以上に無いほど上昇していたのである。
この獣人、竜人の種族特性のお陰でシュラムたちも天使軍に対抗し始めたのだった。
そしてそれを見たクウも感心しつつ更にやる気を出す。
「あれが首長レベルの獣化と竜化ってやつか。俺も負けてられないな」
そう言いつつ神速の居合を放ち、強烈な衝撃波と共に終末の天使レプリカを吹き飛ばす。天使たちの防御能力の高さ故にこの程度の衝撃波ではダメージすら追わないが、居合いの一撃によって切り裂かれた天使は粒子となって消えた。
「ちっ! 一体ずつ葬ってもキリがない!」
神輝聖金の神剣は全てを切り裂き、あらゆる性質を無効化する。そのため適当な防御では無残にも切り裂かれてしまうことだろう。神輝聖金の神剣には触れないように気を遣いつつ戦うのは非常に心労が溜まる。
クウは神刀・虚月という破壊不能武器があるので多少は問題ないが、相手がこの数では気を抜くこともできない。いや、確かに戦いの最中で気を抜くのは良くないが、常に張りつめているとすぐに疲れてしまう。長期戦が予想されるため、すぐに疲れるのは拙いだろう。
「っと危ない……」
《気力支配》で気配を消して背後から終末の天使レプリカの一体が切りかかっていたが、クウは魔力を感知することで対応した。振り下ろされた神輝聖金の神剣を神刀の鞘で受け止め、魔力を流した神刀・虚月で薙ぐ。
そして力任せに鞘で終末の天使レプリカを押し返し、すぐに神刀・虚月を鞘に収めて事象切断を発動させた。
情報次元を切り裂かれた天使は物理世界に切り裂かれたという情報が反映され、そのまま上下に真っ二つとなって戦場から消え去る。
しかし天使たちは数の有利を生かして絶えずクウに押し寄せた。
「《幻夜眼》も《月魔法》も使えないのは辛いな」
クウもMPさえ万全ならば終末の天使レプリカの千体や二千体を葬ることは難しくないと考えている。確かに天使たちの持つ【固有能力】の《裁きと慈悲》は厄介だが、クウの【魂源能力】なら容易く葬れるだろう。
それほどクウの能力は強力なのだ。
「……っ!」
そして奮闘して大量の天使を仕留めているクウは危険だと判断されたのか、クウは言葉を発する余裕が無くなる程に追い詰められつつあった。
《光魔法 Lv10》によって光の乱舞がクウに襲いかかり、《魔闘剣術 Lv10》による魔法と気を纏った激しい剣技がクウを追い詰める。
スキルの性能としては《剣術》よりも《抜刀術》の方が格上となっているのだが、こうして大軍に囲まれた上に最高位の武術を以て攻められればクウでも対抗するのは難しい。そして遂に、ある終末の天使レプリカの光を纏った一撃がクウの背中を切り裂いた。
「ぐっ……」
神輝聖金の神剣による無効化能力でクウの天使翼が破壊され、飛行能力を消失してバランスを崩される。逆に翼が盾となって背中に受けた傷はそれほど深くはなかったが、一時でも飛行能力を失った隙は大きい。
『《聖気霊斬滅》』
そしてその隙に放たれたのは黄金の光を放ちながら飛翔する斬撃。
天使たちは油断なく、クウの刀技を警戒して遠距離攻撃を仕掛けたのだった。光属性と黄金の気を混ぜ合わせた《魔闘剣術 Lv10》の奥義の一つであり、数十体もの終末の天使レプリカたちが一斉に放つ。
当然ながら回避する余裕はない。
辛うじて出来るのは天使翼を再生させて身体に巻き付け、防御に専念するぐらいである。
「あぐっ……があああああああああああっ!」
光エネルギーがクウの身体を焼き、黄金の気がクウの体内を蹂躙する。魔力があれば《魔力支配》による防御も出来ただろうし、《幻夜眼》で認識をずらせば攻撃自体が当たらなかったことだろう。
しかしモルド・アルファイスとの戦いで魔力を使い切ったクウには耐えきるという選択肢しか残されていなかった。本当に耐えきれるかどうかは完全に賭けであり、下手をすれば命を失うことは間違いない。
だがクウはこの賭けに勝ったのだった。
「はぁ……ごほっ……」
クウが身に付けていたデザートエンペラーウルフのレザーアーマーは完全に破壊され、黒コートもボロボロになり、クウ自身も全身が血だらけとなってはいたが、どうにか生き残ったのである。残りのHPは1,000を切っており、最大量を考えれば瀕死だと言えるだろう。だが、クウは確かに耐えきったのだった。
モルドとの戦いでレベルアップしていなければ確実に死んでいた。
「ポーションの残りは十個と少しか……リアに殆ど渡していたのが悔やまれるな」
どうせ自分は魔法で回復できると考えて、クウはHP回復ポーションを殆どをリアに渡していた。竜人の呪いの件もあったので、その方が良いと判断したのである。まさか魔力の器が消耗する程に魔力を使うことになるとはクウも予想していなかったのだ。
これは完全に慢心だっただろう。
残りの数が心許ないHP回復ポーションを虚空リングから取り出し、素早く飲み干す。効果はすぐに現れるので大きな傷は塞がったのだが、それでもクウの全身を走る痛みは消えない。
そんな満身創痍なクウをさらに追い詰める……いや、まるでトドメを刺すかのように絶望が襲い掛かってきたのだった。
「おいおい……このタイミングでかよ」
クウを取り囲んでいた終末の天使レプリカが道を空けるかのように移動していき、そこへ一体の天使がゆっくりと舞い降りた。
右手に持った神輝聖金の神剣と、身に纏っている黄金の気は他の天使たちと全く同じものだが、一点だけ異なる部分がある。。
それは背中で存在感を放っている白い天使の翼。
終末の天使レプリカが二枚の天使翼を持っているのに対し、その特別な天使は二対四枚の天使翼を持っていたのである。
「ファルバッサの言っていた天使将級ってやつか?」
「その通り」
クウは答えを期待して質問した訳ではなかったが、意外にも天使将は口を開いて回答した。無機質な他の天使とは異なり、普通に会話できることにクウは驚く。
しかしこれも当然のことだ。
二対四枚の天使翼を持つのは一万の天使を率い、指揮する個体。
終末の天使将レプリカなのだから。
粒子となって消えた天使は四万九千二百八十八体。
ここでようやくクウの前に天使将が出現したのである。





