EP224 天使の軍勢①
【帝都】上空の真っ白な次元門から無限を思わせる勢いで溢れ出る天使たち。その全てが一振りの剣を有しており、見た目には大した武装が無いように思える。だが、その剣が問題だった。
黄金を思わせる輝きを放っている剣は神輝聖金と呼ばれる神聖金属を鍛えたものであり、あらゆる物質を断ち切り、あらゆる性質を無効化する性能を有している。
「なにそのチート。ヤバいだろ」
”うむ。まさか術が完成するとは思わなかった。どう解析しても発動前にオロチは消滅するハズだったのだが……どうなっている?”
ファルバッサの「竜眼」と「理」による解析結果を聞いたクウたちは少しばかり頬を引き攣らせながら現実逃避気味に溜息を吐く。
天を覆いつくさんばかりの天使は今も増え続けており、神域化した大結界の内部を満たし続けている。そして各天使は超越者でこそないものの、凄まじいステータスを誇っていた。
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―― ―― 歳
種族 終末の天使レプリカ
Lv 100
HP:10,000/10,000
MP:10,000/10,000
力 :10,000
体力 :10,000
魔力 :10,000
精神 :10,000
俊敏 :10,000
器用 :10,000
運 :100
【固有能力】
《裁きと慈悲》
【通常能力】
《魔闘剣術 Lv10》
《光魔法 Lv10》
《回復魔法 Lv10》
《結界魔法 Lv10》
《魔力支配》
《気力支配》
【加護】
《全能神の加護・偽》
【称号】
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《裁きと慈悲》
終末の日に現れる天使が有する裁きのため
の能力。罪人かそうでないかを見分け、罪
人への攻撃力を極大化させる代わりに、罪
人でない者への攻撃は全て回復と癒しに転
じることになる。
罪人かそうでないかの判定は、天使軍の召
喚者に敵対するものであるかどうかで判別
される。
《全能神の加護・偽》
異界を統治する全能神ヤーウエの加護のレ
プリカ。レプリカであるため、本来付与さ
れている無敵の能力は消失している。
「一体一体のステータスはそれなりだけど、数がなぁ……それに《裁きと慈悲》のせいで攻撃力が予測できないし厄介だ」
「どういうことですクウ殿?」
ステータスを覗ける情報系スキルを持たないシュラムはクウにそう尋ねる。他の首長たちやミレイナを代表して質問しているらしく、彼らも興味深げにクウの答えを待っていた。
そんな彼らの様子を見たクウは、大量の天使たちから目を逸らさずに答える。
「単純なステータス値は俺たちが勝っている。天使たちは全ての値が10,000だからな。だけどスキル構成が拙いかもしれない。《魔闘剣術》を最高レベルで所持しているし、光属性と回復属性、結界属性の魔法も使えるから隙が無い。攻守ともに優れているな。何より《魔力支配》と《気力支配》っていう最高位のエクストラスキルも持っている」
「では《裁きと慈悲》とは?」
「罪人に対する攻撃力が極大上昇する。罪人でなければ攻撃は全て回復効果に転じる。言っておくが、罪人とは天使の召喚者に敵対する存在……つまりオロチの敵だ」
「平たく言えば私たちということだな?」
「シュラムの言っている認識で正しい」
周囲を覆いつくすばかりの天使が全て同レベルの能力を有しているとすれば、これほど絶望的な状況は無いだろう。数えるまでもなく一万体は超えているのだ。
余りの差に唸っている彼らへと追撃するかのようにファルバッサが捕捉する。
”天使の数は総勢で二億だ。これからも天上の白き次元門から増え続ける。それに天使はクウが言った天使級だけでなく天使将級、熾天使級の上位天使も存在している。天使将級はおよそ二万体で熾天使級は四体だな。
ちなみに天使将級は二対四枚の翼を有しているからよく観察することだ。熾天使級は三対六枚の翼を有している。まぁ、クウと同レベルの天使だから当然だな。レプリカとはいえ実力は本物と大して変わらん”
「あ、俺って熾天使級だったんだ。初めて知ったわ」
「クウ殿と同レベルですか……私たちには荷が重いようだ」
「シュラムの言う通りよのう。先の言を信じるなら儂らは天使級が精々だろうよ」
「そうだな。天使将級や熾天使級の強さは分からぬが、アシュロスの言う通り、我らの実力では及ばぬと見た」
シュラム、アシュロス、エルディスはそれぞれ自分の実力を鑑みて戦力分析をする。情報系スキルによる解析は無いが、それ以外にも感覚的に相手の強さを測る方法を身に付けているのだ。
だがここで黙っていたヴァイスが重要なことに気付く。
「民たちはどうする……?」
『あっ……』
ここにいる首長クラス、またミレイナのような準首長クラスの戦力でもギリギリだと思える天使が二億体も襲ってくるのだ。当然ながら被害は彼らだけに集中する訳ではなく、広大な神域大結界に囚われている全ての獣人たちにも適応されることになる。
となれば、レプリカとは言え天使たちを相手に一般的な獣人が敵うはずがない。大虐殺が行われるのは目に見えていた。
だが、ここで天使たちは目を疑うようなことをし始める。
大量に出現した天使は神輝聖金の神剣に光属性を宿し、それを一斉にオロチへと向かって振り下ろしたのである。
「……え?」
これには見ていた全員が固まり、ミレイナだけは気の抜けた声を上げる。だがそうしている間にも天使たちは次々と剣を振り下ろし、それに伴ってオロチが横たわっていた場所に幾つもの光の柱が立った。幾千幾万もの光の柱は重なり合い、一つとなってオロチの身体全体を包み込む。
満身創痍だったオロチへと天使がトドメを刺したかのように思えたが、クウは天使の持つ《裁きと慈悲》からそうでないことを知っていた。
「オロチに回復されるぞ。大丈夫なのか!?」
”ネメアの最強毒には対抗できると思えぬが……あの数の意思を束ねた効果ゆえに、オロチが自ら毒に抵抗すれば回復されるかもしれん”
「拙いだろ。どうにかできないのか?」
”あれは我よりもネメアに任せ方が良い。毒の効果を強めて時間稼ぎはしてくれるだろうよ。その間に我は獣人たちを護るために手を打つとしよう。天使たちがオロチの回復に集中している今が絶好の機会だ”
ファルバッサは自らの権能へと意識を落とし、自らの領域内を完全知覚する。天上の白い次元門から増え続けている天使のせいで情報処理しきれないところだが、それらの情報はカットすることで獣人たちを全て把握することが出来た。
”これを使っている間は防御しか出来ぬのだが仕方ない。《楽園の結界》”
ファルバッサは【理想郷】の「法則支配」と「理」を完全起動させ、「領域」の能力を獣人たちの身体に付与する。それによって獣人たちは一種の独立領域と化し、それが全てファルバッサの権能によって制御された。
全ての法則を断ち切る究極の防御結界。
概念攻撃……つまり情報攻撃すらも全て受けきることが出来る完全な盾を付与したのである。破るとすればファルバッサを超える法則系権能を用いるか、ファルバッサを大きく超える神レベルの霊力を以て無理やり破壊するしかないだろう。
”あらゆる攻撃を断つ結界を付与した。民たちは安全だろう。この結界が付与されている間は完全な防御力を得る代わりに、自分の攻撃力も結界に断たれてしまうのが欠点だがな。お前たちにはまだ付与しておらぬが、どうする?”
《楽園の結界》は法則を完全に断ち切ることでどんな現象すらも通さないことを目的としている。結界内部は全ての法則を含んでいるので、呼吸などには困らないが、自分からの攻撃すらも結界によって無効化されてしまうのである。
つまりファルバッサが聞いているのは、天使たちとの戦いに参加するかどうか、ということだ。《楽園の結界》を受け入れれば安全を保障されるものの、戦いにも参加できなくなる。獣人の首長としての矜持に配慮したファルバッサなりの気遣いである。
当然ながら彼らの答えは決まっていたが。
「ファルバッサ様。私は戦います」
「儂もシュラムと同じだ。共に戦わせていただきたい」
「私も。狼獣人を背負う者としてここで逃げる訳にはいかないので」
「投擲武器はまだ残っています。儂も戦力としては考慮して頂きたい」
「ふん。あんな羽虫は私が吹き飛ばしてやるさ」
シュラム、アシュロス、エルディス、ヴァイス、ミレイナが順に答える。
圧倒的な不利など戦いにおいてはスパイスに過ぎない。高位の能力者となって対等に戦える機会すら少なくなっていた首長たちは、久しぶりの血沸き肉躍る格上との戦いを前にして恐れることなどなかった。
ファルバッサも彼らの意思を尊重するつもりだったので、可能な限り死なないように配慮しようとは思いつつ、了承して《楽園の結界》は付与しなかった。
”ならばクウはどうする? 戦える力は殆ど残っていないだろう?”
「俺はどうするかな……」
クウは最強アンデッドだったモルド・アルファイスとの戦いで大きく消耗している。魔力の器を消耗してしまうほどに魔力回復と魔力消費を繰り返したせいで、しばらくは魔力を使えない。僅かに残ってはいるし、微量の回復もしているが、翼を展開すれば術などは使えないだろう。
戦うにしても刀だけで戦うことになるのである。
しかし、如何に消耗しているとはいえ、このメンバーのなかで自分だけが安全に待機しているというのは我慢できるものではなかった。
「俺も戦う。それとファルバッサ、俺には気を廻さなくてもいい。死なないから」
”ほう。自信ありげだな。まぁ、確かに我が助ける必要はなさそうだ”
ファルバッサは「竜眼」と「理」による解析で、クウが別に強がっているわけではないことが理解できていた。クウが切り札として所持しているモノが何かを分かっていたのである。
”では我らは可能な限り天使を殲滅する。天使将級、熾天使級の戦力を含めれば奴らの数は二億体だ。さらにオロチも奴らによって復活してくると考えておけ。それとクウ以外には空中戦用の法則を与えておく”
法則を支配する【理想郷】を使い、シュラム、アシュロス、エルディス、ヴァイス、ミレイナへと空気を踏み込める法則を与えた。これによって空中を自在に駆けることが出来るようになり、ファルバッサの背中に居らずとも天使に相対できるのである。
またファルバッサ自身も自在に飛行できるようになり、戦闘能力が格段に上昇することとなった。
そしてファルバッサたちの準備が終わると同時にオロチを包んでいた光の柱が弾ける。
”シャアアァァッァァッッァァッァアアァァァアッァアア!”
世界を震わせるかのような大絶叫と共に出現したのは十二の龍頭を有する多頭龍。天使軍による《裁きと慈悲》によって完全回復したオロチが、再びその威容を現したのである。
”こちらも行くぞ! ネメアの毒攻撃の範囲には注意するのだ!”
念のためネメアの能力への忠告を行いつつ、ファルバッサも戦闘モードへと入る。防御から完全に攻撃へと切り替えたファルバッサはオロチを抑え込むために能力を準備する。ネメアとクウたちで天使を撃破する間にオロチを抑える役目が必要だと分かっていたからだ。
天を覆うばかりのレプリカ天使軍と超越神種ヒュドラ。
戦いはクウたちに不利へと傾きつつも、第二戦目が開幕する。
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