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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
221/566

EP220 ネメア顕現

タイトルが思い浮かばない……

 クウは速度を殺さずに破壊迷宮のエントランスへと飛び込んだ。上空からピラミッド型の巨大建造物へと続く銀色の奇跡が夜空に消えていく。

 周囲が暗く、オロチの感知能力が低く、さらにオロチが自爆によって大きく負傷していたこともあり、クウは問題なく破壊迷宮の中へと入ることが出来たのである。



「ぐおっ! 痛っ!」



 だが速度を殺さずに飛び込むということは非常に危険な行為だ。クウは破壊迷宮のエントランスに入ることが出来たものの、慣性力のままにエントランスの床を激しく転がることになった。そして最終的に転移用の巨大クリスタルにぶつかって停止する。



「くぅ……痛ぇ……! マジ痛いって」



 天人として進化しても痛覚は変わらない。確かに多少は頑丈な身体になっているが、それとこれとは話が別なのだ。さらに今のクウには魔法が使えるほどの魔力も残っていない。《魔呼吸》で魔力回復したいところだが、この戦いで多用しすぎて魔力の器を消耗しすぎている。自然回復に任せるしかない。つまり、クウは自力で回復の魔法も使えないのだ。



「くっそ……レイヒムの野郎。余計な奴を召喚しやがって……」



 クウがこれほどまでに消耗していたのはレイヒムが悪足掻きで召喚したデス・ユニバースが原因だ。クウも見たことがないアンデッドであり、モルド・アルファイスという名持ちネームドだった。さらに《英霊の祝福》という厄介な加護のせいでクウは苦戦することになったのである。

 だが厄介なモルドもクウはどうにか倒すことが出来た。

 一番の問題はレイヒムが命すらも奉げてオロチを召喚したことである。これさえなければクウもこれほど慌てることがなかったし、消耗していても問題は無かった。

 二重の意味でレイヒムは余計なことをしたのである。



「はぁ……とりあえず九十階層に跳ぶか」



 今更文句を言っても仕方ないので、クウは巨大クリスタルを支えに立ち上がりつつ呟く。クウは既に九十階層まで到達しているので、転移クリスタルですぐに移動できるのだ。

 時間は無限ではなく、むしろ一刻を争う状況ですらある。クウは痛みを我慢しつつ転移を実行した。



「転移。九十階層に」



 そしてクウは青白い粒子と共にエントランスから消え去り、逆に九十階層の転移クリスタルの小部屋に粒子が集まってクウの姿となる。相変わらず《森羅万象》ですら理解できないシステムだが、これも神の創ったシステムなのだから当然だろう。

 クウも今更気にすることではない。

 真なる神ならばこれぐらい当然。

 こういった意識が無くてはやってられないのである。



「あとは階段を降りないと……」



 クウは小部屋から出て長い階段を一歩ずつ下っていく。体を動かすたびに激痛が走り、底を突いた魔力のせいで意識もハッキリしていない。クウにとって、これほどダメージを受けたのは初めてになる。気を抜けば足を踏み外して階段を転がり落ちそうになる程だった。



「早く……しないと」



 今も地上ではファルバッサ、そして各首長とミレイナがオロチと戦っている。超越者のファルバッサはともかく、首長たちやミレイナ、また避難している獣人たちはオロチの攻撃に耐えられないだろう。犠牲を出来るだけ少なくするためには、同じく超越者のネメアの助けを借りなければならない。

 クウは焦らず急いで階段を降り切り、巨大な扉の前に立った。

 九尾の狐の姿が描かれた荘厳な扉であり、値段を付けるとすれば白金貨が必要になるだろう。尤も、魔族領では人族領とは通貨が異なっているのだが……

 それはともかく、クウは二度目となる扉の前に立って両手を突き、力を込める。

 キィィィ……

 少しだけ金属が擦れる音がして扉は開かれる。それと同時に扉の奥から穏やかな風が花の香りと共に漂い、鮮やかな花弁がクウの右頬を撫でた。

 開けた視界の中央にいたのは大きな岩に腰を掛けた和服美女……人化した天九狐あまつここのえきつねネメアである。



「あら? あんたは確か虚空神様の天使やったねぇ。どうしたん? ボロボロやけど」


「……地上のことに気付いていないのか?」


「地上? なんかあったん?」



 迷宮は階層ごとに次元断層によって区切られており、九十階層から地上の様子を窺うことは出来ない。だからこそ暇を持て余したファルバッサは地上に出ていた時期があったのである。

 クウは仕方なく説明を始めた。



「地上の【帝都】で超越者が暴れている。倒すのに協力してくれ」


「超越者? ウチら神の使いやないの?」


「ファルバッサが言うには違うらしいけど……」


「そうなん……もしかしたら――あの時の生き残り――?」


「あの時?」


「いや、何でもあらへんよ。それよりも急いだほうが良さそうやね」



 少し気になることを言っていたネメアだが、今はそれよりも時間の方が大切だ。クウは追及することなく早く地上に戻ることを優先する。



「じゃあ。いこうか。ファルだけやと危ないかも知れへんしなぁ。ファルの能力は防御向きやし」


「ああ頼む」



 ネメアはヒラリと岩から飛び降りて花畑の中に降り立つ。それと同時に背後から黄金の毛に包まれた九本の尻尾が現れ、気配が濃厚になった。手加減していたミレイナとの戦いとは異なり、超越者同士の戦いは本気で挑まなければならない。

 転移クリスタルで地上に行くため今は人型を保っているが、戦闘になれば本来の九尾の狐の姿に戻って戦うつもりだった。



(久しぶりに本気で戦えそうやね)



 危機感を覚える一方で、ネメアはワクワクとした感情も持っていたのだった。






 ◆ ◆ ◆





 一方、地上ではファルバッサとオロチが拮抗した戦いを繰り広げていた。

 ファルバッサの高位法則系権能【理想郷アルカディア】はオロチの【深奥魔導禁書グリモワール】に対して相性が良い。しかしオロチは十二の龍頭を持つ存在であり、単純な並列思考能力はファルバッサよりも上になる。「並列思考」があれば、その分だけ意志力を多重に発揮できる。

 権能の性能で勝てない分、オロチは意思力で無理やり【深奥魔導禁書グリモワール】を発動させようとしていたのである。



”開け【深奥魔導禁書グリモワール】。余が欲するは『苦痛の書』『召喚の書』”



 オロチは龍頭の一つで術式を発動し、残りの龍頭でファルバッサたちを迎撃する。ファルバッサは意思力を強めて【理想郷アルカディア】の影響を高め、その効果を底上げするが、オロチが放つ多種多様な息吹ブレスに対処するだけで精一杯だった。



”くっ。《力場操作ベクトル・コントロール》”



 ファルバッサは物理的運動量をベクトル操作で操ってブレスを反転させるが、オロチは権能を発動している以外の十一の龍頭で次々と攻撃を仕掛ける。そのため、ファルバッサは【深奥魔導禁書グリモワール】へと対処することが出来ない。

 そしてその間に禁書から飛び出ている魔法陣が完成する。



”蟲毒を制する苦しみの虫よ。顕現せよ《神罰:終末の第五アバドン》”



 オロチは魔法陣を完成させた瞬間、龍頭の側で開いていた魔法陣が弾けて消える。そしてそれと同時にオロチを中心とした地面に直径五メートルほどの魔法陣が無数に出現し、そこから異形の生物が姿を現した。

 ファルバッサの【理想郷アルカディア】を打ち破って、遂に魔法を発動させたのである。



「キシェェエエエッ!」

「キチキチキチキチ……」

「ギギ? ギャシャァァ!」

「キイィィイ」

「クギィ……ギギッ」

「フィギィィイイ!?」



 その異形の生物はイナゴのような形だった。だがその大きさは三メートルから四メートルほどであり、まるで強靭な馬のように興奮している様子だった。また頭は人の顔のようであり、女性のように美しい髪が生えている。しかし口元に見える歯は非常に鋭く、肉食獣に近い。

 さらに背には大きな翼があり、全身には鎧のような生体装甲を纏っていた。尾は蠍のような形で、先にある鋭い針からは毒が滴り落ちている。毒は地面に触れた瞬間にコポコポと怪しい音を立てて吸い込まれる。触れれば無事では済まないだろう。

 終焉に現れると言われている苦痛を齎す虫、アバドン。

 毒には生物を死に至らしめる効果はなく、ただ対象を苦しめることだけに特化している。例え超越者であったとしてもアバドンの苦痛から逃れることは出来ない。

 そんな生物……とも疑わしい存在が凡そ三百体。オロチを囲むようにして地上を埋め尽くしていた。



”全員下がるのだ! 我が一掃する”



 下がれと言いつつ、ファルバッサは空間法則を操作して各首長たち、ミレイナを自らの背中へ再び強制転移させる

 ファルバッサは「竜眼」によってアバドンの性質を理解した。そしてその危険性を同時に理解したのだ。アバドンは苦痛の毒を有するだけでなく、運動能力も非常に高い。分かりやすく表現すれば、SSSランクの中でも二番目に危険な天災級と呼ばれる魔物と同等の能力を有していたのだ。

 さらに人の頭を有している影響か、考えることは狡猾だ。より生物を苦しめることを第一にして行動するという厄介な性質も持っている。

 これを相手にするのがファルバッサだけならば回避しつつ順に潰すことも出来ただろう。オロチに邪魔をされるだろうが、自身の領域である【理想郷アルカディア】の内部ならば不可能ではない。

 しかし今は周辺に避難民が散らばっており、今も遠くへと離れるべく走ってるのがファルバッサには感知できている。だがアバドンの運動能力からすれば数キロ離れている程度で安全とは言い難い。翼も所持していることから空も飛ぶのだろう。

 だからこそファルバッサは密集している内に一掃しなければならないと考えていた。



”切り札にしたかったのだが仕方ない。法則よ、我の―――”


「邪魔や。《吸命殺生ソウルイーター》」



 だがファルバッサが切り札を放つ前にアバドンの群れの中央部から凛とした声が響く。ファルバッサは展開している【理想郷アルカディア】の領域内を強力な意志力が侵食していくのを感じ取り、一瞬だけ身構えた……のだが、その意志力はファルバッサにとっても懐かしい気配を感じさせるものだった。

 そして発動された術の恐ろしさも同時に思い出した。



”無茶をする!”



 ファルバッサは急いで転回し、オロチが飛ばしてくる《属性弾エレメンタルバレット》も可能な限り無視して離れる。背に乗っていたアシュロス、エルディス、ヴァイス、シュラム、ミレイナは驚いて咄嗟にファルバッサの背中にしがみ付いた。

 かなり気を遣った戦い方をしているファルバッサにしては珍しいほど荒い飛行だったが、これほどまで焦ってこの場を離れたことは正解だったと悟ることになる。

 ファルバッサの意思力は跳ね除けて【理想郷アルカディア】内部で発動された術の効果範囲に入っていたアバドンが急に苦しみ始めたのだ。そして三百体を越えるアバドンから青白い粒子のようなエネルギー物質が立ち昇り、青白い粒子は一点に集まっていくのが見える。夜空を背景にした青白い粒子の流れは普通に見るだけならば幻想的だが、発動されていた術の効果はかなりえげつない。

 それは効果範囲内の生物が有する霊力(MP)を強制的に魔力へと転じさせ、奪い取るというもの。まともに喰らえば超越者ですら霊力を奪い取られることになる。そして奪い取られた魔力が集まっている地点は破壊迷宮の入り口付近であり、そこにいたのは九本の尾を生やした和服姿のネメアだった。



「雑魚の魔力なら幾ら集まってもこんなもんやねぇ。あの多頭龍ヒュドラからは美味しい魔力の味がするんやけどなぁ」


「おいこら。息するなって言われたから咄嗟に呼吸を止めたけど……下手したら俺も死んでたぞ」


「生きてたからええやん」


「こいつ……」



 ネメアが発動させた《吸命殺生ソウルイーター》は意志の込められた粒子を広範囲に撒き、それを吸い込んだ存在を毒のように侵食して霊力を魔力に強制転換させるというものだ。強制変化させられた魔力はネメアの放った粒子に吸着し、ネメアがそれを回収することで魔力を奪い取っている。

 破壊迷宮から出た瞬間に周囲を蠢いていたアバドンに気を悪くしたネメアが考えなしに放った術であるため、下手をすればファルバッサも巻き込まれていただろう。クウにだけは息を止めるように言ったので、ネメアも一応は気を遣ったつもりだったのだが……

 だが《吸命殺生ソウルイーター》のおかげでアバドンは全滅だ。

 いかに天災級SSSランクだったとしても、超越者の攻撃には耐えられない。無限の霊力を生み出す魂の潜在力が封印されているため、限界以上に魔力を奪われて死に至るのだ。



「じゃあ、ウチも本気出すわ」



 苦痛を与える終焉の虫アバドンを一掃したネメアはそう口にする。

 そして「変身」の特性を解除し、本来の姿へと戻った。

 ネメアの身体が巨大化し、その姿が九尾の狐へと変じる。金毛に黄金のオーラが重なって夜を背景に美しく輝き、見る者を思わず跪かせるような神聖さを見せつけていた。

 天九狐あまつここのえきつねネメア。

 三体目となる超越者が真なる姿を顕したのである。





《神罰:終末の第五アバドン》 


 第五の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、私は一つの星が天から地上に落ちるのを見た。その星には底知れぬ穴を開くかぎが与えられた。

 その星が、底知れぬ穴を開くと、穴から大きな炉の煙のような煙が立ち上り、太陽も空も、この穴の煙によって暗くなった。

 その煙の中から、いなごが地上に出て来た。彼らには、地のさそりの持つような力が与えられた。

 そして彼らには、地の草やすべての青草や、すべての木には害を加えないで、ただ、額に神の印を押されていない人間にだけ害を加えるように言い渡された。

 しかし人間を殺すことは許されず、ただ、五か月の間苦しめることだけが許された。その与えらた苦痛はさそりが人を刺したときのような苦痛であった。

 その期間には、人々は死を求めるが、どうしても見いだせず、死を願うが、死が彼らから逃げていくのである。

 そのいなごの形は、出陣の用意の整った馬に似ていた。頭には金の冠のようなものを着け、顔は人間の顔のようであった。

 また女の髪のような毛があり、歯は、獅子の歯のようであった。

 また、鉄の胸当てのような胸当てを着け、その翼の音は多くの馬に引かれた戦車が、戦いに馳せつけるときの響きのようであった。

 そのうえ彼らは、さそりのような尾と針とを持っており、尾には、五か月間人間に害を加える力があった。

 彼らには、底知れぬ所の御使いを王にいただいている。彼の名はヘブル語でアバドンといい、ギリシャ語でアポリュオンという。



 ヨハネの黙示録9:1~11



終末の災いシリーズですね。

まだまだ出す予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] どこかの感想で見たけど一定の意思力を消費する事で術式を起動した場合 全力は出せないけどその術式はずっと起動出来るの? 例えばファルバッサの《楽園の結界》を付与していたから意思力がそれに取ら…
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