EP219 ファルバッサVSオロチ 後編
天竜ファルバッサと多頭龍オロチ。
二体の超越者はほとんど同時に権能を発動させた。
オロチの権能は【深奥魔導禁書】というものであり、情報次元の魔術や秘術に関するものへアクセスすることで術式を引き出し、禁書の「演算代行」にて自動発動させる能力。あらゆる世界の情報次元へとアクセスできるため、オロチに発動できない術は霊力量の関係で発動できない神の秘術ぐらいである。
漆黒の巨大な書物が一冊現れ、パラパラと捲れて起動準備を始める。
”余が求めるは『暴風の書』『破滅の書』”
オロチの側で浮かぶ禁書から魔法陣が広がり、その内から二冊の書物が出て来てパラパラと捲れる。さらにその二冊からも魔法陣が広がり、融合して複雑な幾何学模様となった。
だがファルバッサも黙って見ているだけではない。権能【理想郷】によって即座に対抗してみせた。
”滅びよ駄竜! 《不条理なる神風》”
オロチの放った滅びの風。
破滅の因子を含んだ概念攻撃であり、触れるだけで細胞が自壊する効果を持っている。神風と銘打ってはいるが、実際は一般的な暴風の範疇であり、風自体には大きな破壊力はない。だが広範囲に渡って細胞を有する生物だけを破壊するという死の魔法だと言えた。
超越化する前のファルバッサならば《幻想世界》で緊急回避するしかなかっただろう。しかし今ならば正面から太刀打ちできる。
”無駄だ。我に魔法は通用せぬ”
オロチを中心として広範囲に広がろうとしていた死滅の風は、不自然な挙動で広がりを止めて逆にオロチへと纏わりつく。概念攻撃とは情報攻撃と同義であり、超越者であるオロチにも有効な効果を発揮することになった。
”シャアアアアアアッ!?”
オロチは絶叫を上げた。
ファルバッサが展開している領域型の能力【理想郷】。ファルバッサを中心として半径五キロが権能の支配領域となっている。
「理」にてファルバッサの内包している情報次元を「領域」で展開し、「法則支配」で完全に掌握する。つまり【理想郷】を展開した空間ではファルバッサが支配者となるのだ。《幻想世界》のように半幻術・半現実の空間に捕えるのではなく、現実世界に支配領域を広げるという能力なのである。
魔術に関する法則を弄り、発動した魔術が発動者へと返っていくように変化させる程度は容易い。情報次元を支配する高位法則系の権能【理想郷】に対して、魔術に特化した【深奥魔導禁書】は非常に相性が悪い。
情報次元での戦いで負けている以上、オロチが魔法を発動させるためには意思次元で勝ることで権能を発動させる以外にないのだ。
つまりここからは意思と意思との戦いになる。
”【深奥魔導禁書】! 覆すのだ!”
”天災よ来たれ! 奴を滅ぼし尽くせ【理想郷】!”
オロチは「並列思考」の特性を利用して権能を多重展開する。情報次元から権能が封じられているため、意思力による強引な突破をしようとしたのだ。超越者の解放された意志力は法則すらも打ち破る可能性を秘めている。ファルバッサもそれを分かっているので、権能に頼り切らずに同じく意志力にて抵抗を試みていた。
ファルバッサは領域内の自然法則を弄り、《魔術力場反転》《術式中和》《術式崩壊》《演算妨害音波》《幻影乱霧》《熱撹乱》《電磁錯乱》を発動させてオロチの邪魔をする。
五感を乱して意志力を妨害するだけでなく、法則として魔術が発動できないように領域内を整えていく。そしてオロチを妨害している間に決定打となる一撃を準備していた。
”落ちよ。《天雷》”
”キシャァァァァ!?”
ファルバッサは地面と天空の電位差を強制的に増大させ、極大の落雷を発生させた。魔法ではなく自然現象としての落雷であり、魔術妨害に引っかかることはない。自然現象でありながら自然現象を超越した莫大な電圧を誇る落雷は、オロチの龍鱗を絶縁破壊して貫通し、内部にまでダメージを与えていた。
だがあくまでもダメージを与えたのは龍頭の一本のみであり、他の十一本は健在である。
”貴様! 死ね《時空崩壊龍息吹》”
時空間属性の透明宝玉龍頭が属性変化させた魔素を圧縮し、圧縮し、破壊の意思を込める。次元の壁を破る程に高密度となった時空属性魔素は【深奥魔導禁書】の特性「全属性」によって齎されたモノであり、術式とは無関係なので妨害も効かない。
透明宝玉龍頭の口元では時空属性魔素によって空間に亀裂が生じ、光すらも飲み込まれて完全なる闇へと変貌している。【深奥魔導禁書】の影響すら受けて概念化した時空破壊攻撃を見たファルバッサは流石に慌てた。
”拙いか……空間よ曲がれ!”
”カアァァァァァアアアアッ!”
オロチは敢えて《時空崩壊龍息吹》を一直線に放たず、下から上へと薙ぎ払うようにして息吹を放った。
《時空崩壊龍息吹》は情報次元すら巻き込んで息吹が触れた対象を次元の果てに葬り去る攻撃であり、例え空間を遮断しようが曲げようが関係なく滅ぼすことを可能としている。クウの《虚無創世》に似ているが、こちらの方が範囲は凄まじい。
下から上へと、地面を抉りながら天を裂くように放射された《時空崩壊龍息吹》によってファルバッサの【理想郷】の領域も引き裂かれ、巻き込まれたファルバッサは半身を次元の果てに飲み込まれる。
幸いなのは射線上に獣人たちがいなかったことだろう。
”ぐっ……”
””生きておったか駄竜め。だがこれで終わりよ! 《次元共鳴・時空崩壊龍息吹》””
半身を消し飛ばされたファルバッサだが、オロチは油断なく更に強力な攻撃を発動させる。超越者は魂から湧き出る霊力が意思力によって具現化した存在であり、精神を砕かぬ限りは殺せない。体を半分ほど消し飛ばした程度では問題なく回復されてしまうのだ。だからこそオロチは付与属性の紫苑宝玉龍頭と時空間属性の透明宝玉龍頭の合わせ技である《次元共鳴・時空崩壊龍息吹》を発動させたのだ。
オロチの付与属性は、効果を付与させるというよりも昇華と言うべきものになっている。情報次元ごと時空の彼方へ葬り去る息吹は次元共鳴によって効果範囲を増大させ、辺り一帯を消し飛ばすほどの威力へと変貌していた。
これにはファルバッサも焦りの感情を覚える。
もちろん、この程度の攻撃ではファルバッサを倒すことは出来ないのだが、効果範囲に含まれている獣人たちは確実に殺されることになるのだ。
やはりオロチは手数が多く、ファルバッサだけでは被害を出さずに対処するというのが非常に難しいものとなっている。クウも上空で隙を窺っているままなので、天九狐ネメアの手助けも望めない。
ファルバッサは仕方なくオロチにトドメを刺すために取ってきたかった切り札を使用することにした……のだが、その必要が無くなることに気付く。
「エルディス、ミレイナ! 奴の下顎を狙え! 『獅子王覇塵牙』」
「切り刻め『神速狼風刃』」
「吹き飛べ! 《竜の壊放》!」
獅子獣人の首長アシュロス、狼獣人の首長エルディス、そしてミレイナが一斉に透明宝玉龍頭の下顎を狙って最大威力の攻撃を放った。アシュロスの戟から黒い波動が衝撃となって襲い掛かり、エルディスの風刃が無数に飛んでいく。さらにダメ押しとばかりにミレイナが最大威力の《竜の壊放》を使って破壊の衝撃波を捻じ込んだ。
感知能力が意外に低いオロチは、三人の攻撃の予兆にも気づかなかったのである。
カパリと大きく口を開けて《次元共鳴・時空崩壊龍息吹》を溜めていた透明宝玉龍頭は強制的に口を閉じさせられ、さらに大きく上向きに仰け反る。
「儂らはもう一つの方を狙うぞシュラムよ。『崩覇雨刃』」
「分かっておりますヴァイス殿。『竜牙紅気咬』!」
猫獣人の首長ヴァイスは【レム・クリフィト】謹製のアイテム袋から次々とナイフを取り出して《気纏》を纏わせつつ投擲する。一つ一つに破砕効果が付いた強烈なナイフの雨は付与属性を司る紫苑宝玉龍頭へと降り注いだのだった。
そしてシュラムも続いて習得したばかりの《気闘槍術 Lv8》を使い、深紅のオーラが紫苑宝玉龍頭を噛み砕くようにして二方向より閉じられた。
紫苑宝玉龍頭は漆黒の龍鱗に守られているため無傷だったが、反撃する機会を失う。
”む。拙い”
予想外の支援で《次元共鳴・時空崩壊龍息吹》の放射を防げたのは幸運だったが、ファルバッサは別の危機が迫っていることに気付く。
息吹を溜めていた透明宝玉龍頭の口が閉じられたことでエネルギーが逃げ場を失い、《次元共鳴・時空崩壊龍息吹》がその場で暴発しようとしていたのである。
つまり、このままではアシュロスたちが巻き込まれて次元の果てへと飛ばされることになる。ファルバッサは急いで対処した。
”法則操作……《次元門》”
情報次元から空間法則を操ることで遠く離れた空間を繋げ、重力に従って落下していく彼らを回収し、ファルバッサ自身の背中へと呼び戻したのだった。すでにファルバッサの半身は回復済みなので、五人とも乗せることが出来る。
そしてそれと同時に《次元共鳴・時空崩壊龍息吹》が暴発する。時空崩壊エネルギーは周囲の情報次元を巻き込みながら膨張し、オロチの身体ごと周囲の物質を異空間へと葬り去る。
マヌケな言い方をすれば自爆だ。
だがその規模と効果は笑い事では済まないレベルである。
「むぅ……ここは? 儂らは落ちている最中だったハズ」
「アシュロスよ。どうやら竜の神獣様の背中のようだ。恐らく儂らを回収してくださったということだろうよ」
「なんと! これは恐れ多い!」
”気にすることはない。それよりも今のは助かったぞ”
驚くアシュロスにファルバッサは軽く言うが、獣人たちにとって神獣とは神にも等しい存在だ。首長であるとは言え、恐れ多く感じてしまうのも当然である。
空間を飛び越えて転送されたおかげで一命を取り留めたことは事実であるため、彼らにとっては神の奇跡によって救われたことと同義なのだ。
”まぁ、今はそれどころではない。奴もすぐに回復するだろうよ。油断するでないぞ”
オロチは《次元共鳴・時空崩壊龍息吹》の暴発によって半分以上の龍頭が消し飛ばされている。大量の質量を喰らい尽した時空崩壊エネルギーはようやく終息して、跡には巨大な球状の傷跡が見える。下手に付与属性で強化したのが裏目に出た形だが、逆に言えば、まだ半分近い龍頭は行動できるのだ。油断をしていれば簡単に逆転される。
しかし勝利のための鍵は大きく負傷したオロチの隙を狙って行動を開始した。
「気付いてくれるなよ……」
上空で待機していたクウはこの瞬間を突いて一気にトップスピードまでギアを上げる。限界ギリギリまで飛翔速度を高めたクウは銀色の流星となり、一直線に破壊迷宮へと向かっていた。
オロチを確実に倒すためにはネメアの力が必要になる。
クウはネメアを呼び出すため、再び破壊迷宮へと飛び込んだのだった。
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