EP217 ファルバッサの超越化
夜の砂漠に銀色の魔法陣が輝き、一体の竜が姿を現す。その近くには同じ色の粒子を振りまきながら三対六枚の翼を広げている人物の姿。
当然ながら天竜ファルバッサと天使クウである。
「悪いファルバッサ。目を離した隙に召喚された。召喚には厳しい条件があるはずだからとオロチを考慮しなかった俺のミスだな」
”仕方なかろう。だが我の呪いを解除するという目的は達している。今は封印解除の途中だが、超越者に戻ることが出来ればオロチにも対抗できよう”
上空から見れば十二の龍頭を持つオロチの姿が良く見える。
全長は凡そ三百メートルであり、首の一本だけで百メートル近い。以前のオロチは砂漠から首だけが出ているという部分召喚であったため、こうして全容を見てみるとヒュドラという生物の凄まじさが理解できるというものだ。
オロチはまだ上空にいるクウとファルバッサに気付いていないらしく、【帝都】で震え怯えている獣人たちに威圧を放っているだけだった。
「とにかくファルバッサは奴に勝てるか?」
”難しいだろう。我が超越者に戻れたとして、そもそも超越者どうしの戦いは決着がつきにくいのだ。我だけでは相打ちになることも考えられる”
「……そんなに?」
”超越者とは膨大な霊力が意思を為している意思生命体だ。その意思によって魂から無限の霊力が引き出され、心を折らぬ限り倒せない。まぁ、無限の霊力と言っても一度に使える量は決まっているがな”
「井戸から水を汲んで使うようなものか? 汲むのに使った桶の大きさが一度に扱える霊力の最大量という風に考えればいいのかな?」
”ふむ。そんなところだ”
超越者の肉体は霊力で構成されている。つまり、いくら攻撃を当てて欠損させたとしても、魂から湧き出る霊力によって修復されることになる。一度に扱える霊力量に限りがあるとはいえ、ステータスと魔力に縛られた身からすれば勝てる相手とは言えない。
「ならどうすれば超越者は殺せる?」
”なに、簡単なことよ。要は井戸から水を汲む力を失くせばよいのだ。意志力を折ってしまえば超越者は魂からエネルギーを引き出すことが出来ず、自然消滅する”
「……具体的には?」
”ひたすら攻めたてるのが一般的だろう。力を見せつけ、相手に敵わないと思わせることが出来れば勝利することが出来る。そのためのツールが権能だ”
「それって難しくないか? あれの心を折るとか出来る気がしないんだけど」
”だから言っている。超越者どうしの戦いは勝負がつきにくいと”
クウも一応は納得したが、超越者どうしの戦いはリスクが大きい。また、モルドとの戦いでクウは魔力も体力も消費しきっており、戦力としてファルバッサに協力するのは難しそうだと判断していた。
しかしファルバッサだけでオロチの相手をするのが難しいことも確かである。
だがここでクウは名案を思い付いた。
「ネメアの力を借りられないか?」
”ネメアだと? 天九狐ネメアか?”
「ああ、オロチの側に四角錐の建造物が見えるか? あれ破壊迷宮なんだけど」
”そうか……ふむ、ありかもしれぬな。オロチは多頭龍ゆえに手数が多い。我だけでは相手にするのが難しいかもしれぬ。いや、我は問題ないが、周囲への被害が問題だろう。まだ獣人も避難できておらぬようだからな”
「頼む。俺が破壊迷宮にいって交渉してみるから、ファルバッサは出来るだけ獣人たちを護りつつ時間を稼いでおいてくれるか? 多分だけど俺は戦力にならないし」
”それが良かろう。お主がなぜ消耗しているのかは知らぬが……どちらにせよ超越者の戦いに手出しするのは止めるべきだ”
クウとファルバッサは手早く戦略を練って方針を決めた。オロチはあらゆる魔術を行使することが出来る能力だと分かっている。そして十二の龍頭を考慮すれば手数の多さに目が行くのは自明だった。
封印解除され、超越化したファルバッサならば問題なく相手に出来るのだろうが、ここには多くの獣人が残っている。シュラム、ミレイナ、レーヴォルフも当然ながら残っているので、下手をすればオロチの攻撃に巻き込まれるだろう。
特に前回見た《神罰:終末の第三》の毒隕石のように、広範囲に渡って死を振りまくような魔術を発動されては終わりである。
だからこそ同じ超越者であるネメアに協力を求めることが必要だと感じたのである。
”む……ようやく我の封印が解除完了したようだ”
そしてファルバッサは超越化する。
意志力、潜在力が再解放されたファルバッサの周囲に大量の文字列が浮かび、それが球状になってファルバッサの巨体を包み込む。
これにはクウも驚いて離れた。
「おい、ファルバッサ」
”問題ない。我という存在が世界から切り離され、独立した存在として再構築されているのだ。この物理世界を構築している意思次元と情報次元が我という単一存在に帰着し、我は一種の独立世界として生まれ変わる”
「お、おう?」
”意思次元とはお主の意思干渉で操れる領域のことだ。あらゆる生命に存在しており、自身を決定付ける意思の表出領域になる。これはもとより独立した個人の次元領域だ。この世界自体にも『世界の意思力』が運命という形で存在している。
そして情報次元とはこの世界を構築するコード。あらゆる生命・物質は情報として存在しており、本来は『世界の情報』として組み込まれている。意志次元と違い、こちらは世界に組み込まれているということだ。お主の《森羅万象》で開示されるのはこの情報次元のものだな。
だが超越者となることで情報次元も意思次元と同様に世界から切り離され、我だけの情報次元を構成することになる。つまり今の我は小さな一つの世界なのだ。我の周囲に現れているコードの塊は我を再構築しているに過ぎない”
「な、なるほど? 害はないんだな」
ファルバッサの説明はクウにとっても難しかったが、地球では高度な情報社会の中を生きていた元日本人として理解はできた。
つまり、この世界はオンラインゲームのように例えることが出来るのだ。
オンラインゲームはインターネット回線を通じることであらゆる人たちと画面の中で繋がり、構築されたゲームの世界を楽しむことが出来る娯楽の一種である。
そして情報次元とはゲームを構築しているプログラム、及び裏で動いている演算コードだ。プレイしている者には見えない部分で動いている高度な演算のお陰で世界は構築されている。
さらに意思次元とはプレイしている人物そのもの。プレイヤーは特定のコマンドを自分の意思のままに打ち込むことでゲーム内部を動かすことが出来る。
プレイヤーがコマンドすることでゲーム内部のプログラムが作動し、画面に結果が現れることで現象を認識することが出来る。
この画面として見えている部分こそが今を生きている物理世界と考えればよいのだ。
言い換えれば、人が意思次元から意思を発し、情報次元にコードされている能力を起動させることで、物理世界に現象が生じる……となるわけである。
(つまり情報次元によるコードこそがステータスにも影響しているってことか)
ゲーム内では構成されたプログラムコードに沿って能力も動きもエフェクトも決定される。これがいわゆる『ステータスとは制限』ということの意味なのだが、超越者になるとこの制限からも解放される。意志力によって自在に情報次元すらも支配してみせることが出来るのが超越者なのだ。
魂から供給される霊力さえあれば意志力を作用させてイメージのままの動きをすることが出来るようになる。自身が内在する一つの世界としてコードを操れるようになるのだ。
先程の例えを使えば、ゲームプレイヤーからゲームマスターにクラスチェンジするということである。さすがにゲームプログラマーほどの自由度はないが、世界から独立した情報次元として自分自身を制御できるようになるとも言える。
世界の物理法則に支配されることも無くなり、あらゆる制約から解き放たれるのだ。
例えば宇宙空間でも生きていられるようになる……など、完全に生物としての限界を超える。
(まぁとりあえずこれぐらいでいいか。今はゆっくり考えている暇はないし)
クウは考えることを中断してやるべきことに集中する。
そしてファルバッサの方も、球状に展開していた情報次元再構築コードが収束し、縮んで体の中へと収まっていくように見えた。
そしてその瞬間にファルバッサの身体が大きくなり、全長二十メートルほどになる。さらに竜鱗の輝きも増して神々しいオーラを放つようになった。
”完了したようだ。我の権能も戻ったようだな”
「そうか。ちょっと覗いてもいいか?」
”……まぁ、お主なら構わんだろう”
ファルバッサの権能が気になったクウは《森羅万象》で能力を覗いても良いか聞いてみた。基本的に高位能力者の戦いは能力の使い方や本質を如何に理解するかが重要であるため、身内でも勝手に解析するのはマナー違反のようなものだ。
だがファルバッサは少しだけ思案してクウに許可を出した。
そしてクウは《森羅万象》を発動する。
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ファルバッサ 1744歳
種族 超越天竜
「意思生命体」「神獣」「魔素支配」
「竜眼」「竜鱗」
権能 【理想郷】
「領域」「法則支配」「理」
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「やっぱり《森羅万象》では解析しきれないか……」
”まぁ、気にするな。我の権能はすぐに見ることが出来よう”
「それもそうか。とにかくオロチの気を引いてくれ。俺がどうにかして破壊迷宮に入って、ネメアに協力要請するから」
”ふむ。では行こうか”
ファルバッサは大きく翼を広げて急降下していく。権能【理想郷】による「法則支配」で重力や空気抵抗から解き放たれ、自在な空中機動が可能になったファルバッサは目で追うことすら難しい動きになっている。
(綺麗だな……)
クウは輝く竜鱗が夜を背景に軌跡を描いているのを眺めつつ、そんなことを考えていた。クウはファルバッサがオロチの気を引いた瞬間を狙って破壊迷宮へと侵入する。オロチが破壊迷宮の側にいなければ気を遣わずに破壊迷宮へと飛翔していったのだが、これに関しては仕方ない。
「ファルバッサに任せるしかないか」
超越者は超越者にしか止められない。
一度オロチと戦ったことでこのことを実感したクウは大人しく待つことにする。魔力も体力も底を突いているクウにはどちらにせよ出来ることがないのだが、こうして待つだけというのはやはり歯がゆいものがあった。
(リアもこんな気持ちなのかな?)
何かとクウに付いてきたがるリアも同様に歯痒い気持ちになっていることは多い。特にリアはクウに頼られることを望んでいる。気持ちの問題ならば今のクウ以上かもしれない。
だがそれはともかく、クウの目の前では神にも等しい領域に辿り着いた者たちの戦いが始まろうとしていたのだ。目を離している余裕などない。
竜と龍
ファルバッサとオロチ。
二体の超越者による戦いが始まったのだった。
次回から再び土日投稿に戻ります
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