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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
217/566

EP216 オロチ再臨


 レイヒムの《怨病呪血アヌビス》は強力な呪いを与えることが出来る。バッドステータス付与に特化した非常に強力な能力だが、制約としてレイヒム自身の血液を相手に取り込ませる必要があった。

 だが、実は《怨病呪血アヌビス》の本質は呪いではない。

 その本質は『血の契約』である。

 血を基点として対象と契約することで、呪いを与えることが出来るのである。血の契約は絶対の効力を持っているため、血を取り込んだ対象は抵抗することが出来ない。血を取り込んだ時点で契約が成立したとみなされるからだ。

 たとえ無理やり血を飲まされたのだとしても、知らずに取り込んでいたのだとしても、そんな事情は関係ない。等しく契約完了として扱われることになる。

 そして契約の能力は《召喚魔法》と相性が良い。

 「喚」「創造」「契約」の特性を持つこの魔法と《怨病呪血アヌビス》を組み合わせることで、自分よりも格上の存在と召喚契約を結べるのである。ジーロック、ポイズンコブラ、デッドスコーピオン、デザートエンペラーウルフ、デーモンロード、マンティコアの六体もそうして契約したという経緯を持っている。

 さらにそれは超越者であるオロチにまで及んでいた。



”シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!”



 【帝都】の中心で巨大な爆発が生じ、空気を震わせるような奇声が響いた。

 帝城があった場所は《終焉の神光コズミック・レイ》によって巨大な大穴と化しており、これ以上壊れるようなものは無かった。だがオロチ召喚によって激しい衝撃波が放たれ、周囲の建物は軒並み吹き飛ばされることになった。

 その中には逃げきれていなかった獣人たちも含まれている。



「うわあああああ!」

「な、なんだよアレ!?」

「逃げろ逃げろ。ヤバい気配だぞ」

「くそ。ふざけんな!」

「だー! 今日は何て日だ!」



 レイヒムは血の契約によってオロチを呼び出すことを可能としていた。

 だが血の契約がいくら強力だと言えど、超越者を完全に縛ることは出来ない。普通ならば、オロチ召喚は十二の龍頭を部分的に召喚するという不完全召喚であることに加えて、長期間のクールタイムが必要になるという条件があった。

 クウが以前にオロチと戦った際、オロチの胴が砂漠の下に埋まっていたのは部分召喚という背景があったからである。

 血の契約を結び、何十年というクールタイムを代償にしても部分召喚しかすることが出来ないということから超越者の凄まじさが理解できるだろう。

 しかし今回、レイヒムは自分のすべてを代償にした。

 その身体に流れる血も、呪いを付与するために蒔いていた血も等しく代償として差し出したのである。血の契約である《怨病呪血アヌビス》の効果で《召喚魔法》が何段階も強化され、オロチを完全に召喚することを可能としたのだった。

 まさに死を以て呼び出したのである。



”シュルル。愚かな蛇獣人ゴミの縛りが外れたようだな”



 完全召喚で出現したオロチは恐ろしいまでの威容を放っていた。

 漆黒の龍鱗に覆われたオロチの胴は三百メートルを超える。とぐろを巻いているため分かりにくいが、動くだけで都市を破壊できる大きさだと言えた。

 そして何より各属性を象徴する宝珠を額に付けた十二の龍頭がこれ以上に無い威圧感を放っている。特性として有している「邪眼」によって恐怖を振りまくオロチは直接見るだけでも腰が抜けるほどだ。多くの獣人がオロチを目の当たりにして恐怖に震えていたのだった。



「く……以前の比ではない威圧……」



 オロチ召喚によって生じた衝撃波に巻き込まれなかったのは予め避難していた非戦闘員だけだ。レイヒムが命を賭して行った召喚に立ち会った者たちは全員吹き飛ばされていたのである。

 その一人であるシュラムは前回見たオロチと比べて、その威圧感がまるで違うことを感じ取っていた。もはや三度目ともなるオロチとの邂逅だが、やはり動けなくなるほどの恐怖を感じる。



”余を呼び出したレイヒムは……ふむ、死んだか。まぁよい。此度は召喚制限が無いと見た。奴がいなくとも問題なかろう。シュルル”



 シュラムだけでなく、六十年前の戦争を知る者はオロチの存在を知っている。そして各首長を初めとした古株の獣人たちは今の状況がどれほど拙いか理解していた。

 レイヒムの最後の言葉……『それにこの最期の魔法をもって【砂漠の帝国】も【アドラー】も【レム・クリフィト】も滅ぼしてみせます』が思い出される。



”シャアアアアアアアアッ! シュルルルル!”



 大地をも震わす咆哮が放たれ、崩れかけの建物が倒壊する。【帝都】の外周に避難していた非戦闘民も恐怖で叫び声を上げ、周辺の砂漠に潜んでいた魔物も我先にと逃げ出した。

 一国が滅びる程度では生ぬるい。

 大陸を危機に陥れる神にも等しい存在が暴れ出した。








 ◆ ◆ ◆







 砂漠の上空―――

 【帝都】から少し離れた場所では天使と堕天使が激しい空中戦を繰り広げていた。

 お互いに魔力を使い果たしており、戦い方は基本的に近接戦闘になる。だがレーヴォルフによって剣を破壊され、《虚空神の呪い》によって全てのスキルを剥奪された堕天使ダリオンは圧倒的に不利な戦いを強いられていた。



「ぐっ!?」


「はぁっ!」



 クウは居合の『閃』でダリオンを仕留めようとするが、クウのステータスをコピーしたダリオンは身体能力に任せて回避する。それでも徐々に傷を増やすことには成功しており、漆黒の堕天使翼も二枚切り裂くことができていた。

 天使の翼は物理力で飛行しているわけではないため、二枚ほど翼を切り裂かれたところで支障はない。それに関してはダリオンも内心で感謝していた。



(拙い。やはりスキルが失われたことは痛いか……)



 高位能力者の戦いは能力スキルの使い方が勝負を左右すると言っても過言ではない。ステータスに差がない……いや、クウに関してはモルドとの戦いでレベルが上がっているため、むしろダリオンのステータスを凌駕してしまっている。

 どう考えてもダリオンに勝ち目はなく、逃げる隙すら与えられていなかった。



「お前の能力は厄介そうだからな。ここで始末させてもらう」


「ちっ」



 クウは神刀・虚月を振るってダリオンを追い詰める。魔力が使えず体力的にも限界だが、それはレーヴォルフたちと戦っていたダリオンも同じだ。いや、ダリオンの方が体力も魔力も少しだけ余裕があるからこそクウから逃げることに成功しているというべきか。

 だがそれでも追い詰められていることには変わりない。

 さすがに《幻夜眼ニュクス・マティ》を発動できるほど魔力は残っていないし、同様に《月魔法》も使えない。《千変万化ジョーカー》に関してはこの場で意味を為さないだろう。

 完全に詰みかと思われたが、ここで自体はダリオンに有利な方向へ傾く。

 そう、血の契約によるオロチ召喚が始まったのだ。



「これは!」


「む……」



 凄まじい魔力と気配を感じ取って二人は動きを止める。

 そして【帝都】の方へと目を向けると、深紅の流星が夜を背景に輝きながら帝城のあった付近に集まっているのが見えた。そしてそこでは何かの魔法陣が展開されているらしく、上空からはその様子がはっきりと見える。

 そして目を凝らせば、その中心に居たのはレイヒム。

 クウは何が起ころうとしているのかすぐに理解できた。



「この魔力……まさかオロチを!? あれは召喚に大きな代償かクールタイムが必要なハズじゃ……」



 クウのその予想は確かに正しく、普通はオロチを召喚することなど出来ない。如何に《怨病呪血アヌビス》による血の契約があっても超越者を軽々しく召喚できるようなことはあり得ないのだ。

 だがレイヒムはクウの予想を超える行動に出た。

 もはや終わりだと自棄になったレイヒムは自分の全てを代償として召喚を実行したのである。

 このことは《森羅万象》の解析ですぐに判明した。



「くっ! 最後の最後で面倒な」


「なるほど……奴も少しは役に立ったということか」



 忌々しそうな表情になるクウと対照的に、ダリオンはオロチの召喚陣を見て余裕を取り戻す。

 そしてすぐに逃亡するべく、【アドラー】のある北へ飛翔しようとした。

 クウはそれに気付いて追いかけようとする。



「待て!」


「ふん。あれを放っておいても良いのか? 恐らく今回は部分召喚ではなく完全召喚のオロチだ。獣人や竜人共は皆殺しになるだろう」


「完全召喚だと?」



 クウはダリオンの言葉を聞いて以前に見たオロチを思い出す。

 正直に言えば、まるで勝てる気がしない。

 そしてダリオンの言葉が正しければ、あれでも部分召喚なのだという。クウには有り得ないとしか思えないかった。



「戯言を!」


「嘘かどうかは見れば分かるだろうよ。俺は逃げさせて貰うがな」


「ちっ、待て!」


「良いのか? あそこには【加護】保持者ミレイナがいるのだろう?」



 クウはダリオンにそう言われて言葉に詰まる。

 ミレイナは【固有能力】を有していたが、【加護】は秘匿されていた。つまりダリオンは【固有能力】と【加護】の関係性について知っているということになる。

 それについても気になったが、確かにオロチがミレイナを殺すのは拙い気がする。クウはそのように考えた。同じ天使になる可能性がある者であり、恐らく殺させるわけにはいかないだろうと察したのだ。



「では精々命を賭してミレイナを助けてみるがいい」



 ダリオンはそう言い残して飛び去って行く。

 どうするべきか迷っていたクウはあっという間にダリオンを見失ってしまったのだった。さすがに亜音速域で飛翔している対象を捕捉し続けるのはクウの感知力では無理があるのだ。クウが追いかけようかと思ったときには感知圏外になっていたのである。



「仕方ない。ファルバッサを呼ぶか」



 完全にミスだったが、過ぎたことを悔いても仕方ない。

 激しい衝撃と共にオロチが召喚されたのを目の当たりにしつつ、クウは右手の魔法陣に意識を込めた。



(これは本格的に拙いかもな)



 神の如き威容を誇る完全召喚オロチを眺めつつ、そんなことを思うのだった。





 ◆ ◆ ◆







”む? クウの方で進展があったようだな”


「そうなのですか? ファルバッサ様」



 【帝都】より南方へと遠く離れた【ドレッヒェ】ではリアが呪いに侵された竜人たちに対して浄化の魔法をかけ続けていた。一人で出来ることには限度があるものの、何もしないよりはマシである。

 レイヒムに仕向けられた軍を退けた後はこうして治療に徹していたのである。

 そんな時にふと呟いたのが天竜ファルバッサだった。



”うむ。どうやら呪いの解除に成功したようだ。我の呪いが解け、順に封印が解放されている。恐らく十分程度で元に戻るだろう”


「そうですか! では?」


”竜人たちの呪いもじきに解けるだろうな”



 ファルバッサがそう口にしたと同時に寝かされている竜人たちの身体が光り始める。呪いの効果によって苦しんでいた者たちも途端に悶えることを止めて安らいだ表情に変化した。

 そして彼らの身体から何かが飛び出し、紅い軌跡を描いて空に消えていく。



「これは……」

「どうなった? 何が起こっている?」

「油断するなよ。早く調べろ!」

「……何を調べるんだ?」

「何って……とにかく調べろ!」

「無茶苦茶な……」

「空を見てみろよ。すげぇ」

「綺麗ねぇ」



 【ドレッヒェ】でもすでに日が沈んで周囲は暗くなっている。

 そんな中で地上から空へと延びる紅色の流星は幻想的な光景だと言えた。それにザントやフィルマのような三将軍を除けば、謎の病魔の原因がレイヒムの呪いであることを知らない。だからこそ呪いで苦しんでいる者たちから赤い何かが飛び出て夜空に消えていく光景は奇妙なものに映っていた。

 これにはリアも感嘆の声を上げる。



「とても綺麗です」


”見た目はな。その実は呪いの因子だが……確かに綺麗だ”


「そういえば兄様の方から連絡はありましたか?」


”まだないな……いや、丁度連絡が来たようだ”



 ファルバッサはクウと魔法陣による念話で繋がったことを知覚する。どんなに距離が離れていても魔力の消費無しに通話が可能という壊れ性能な魔法陣なのだが、神がクウに与えたものなので納得できる性能だ。



”クウよ。そちらは上手くいったようだな”


『はぁ? 馬鹿言うなよ。レイヒムの野郎……自分の全てを生贄にしてオロチを召喚しやがったぞ。早くこっちに来てくれ死ぬ』


”なんだと? どういうことだ!”


『たぶん特別な召喚なんだろう。仕組みまでは分からないけど、前回見たオロチとは比べ物にならないレベルの圧迫感だ。俺とファルバッサでも対処できるか……』


”いや、大丈夫だ。我を呼び出すがよい。お主は今、レイヒムが自分の全てを生贄にしたと言ったな? おそらく発動状態の呪いの因子も生贄として利用したのだろう。我の呪いも解除されている。今は潜在力の封印が解放中だ。Lv187まで戻っている”


『……そいつは怪我の功名と言うべきかな? レイヒムが死んじまったからどうやって呪いを解除しようかって思ってたけど大丈夫そうだな。すぐに呼ぶ』


”うむ”



 そこで念話が途切れ、それと同時にファルバッサの下に巨大魔法陣が展開される。天竜ファルバッサを召喚するための専用魔法陣であり、クウの方からのみ発動できる特別製だ。

 それに驚いたリアがファルバッサに話しかける。



「ファルバッサ様! 一体これは?」


”リアよ。心配することはない。クウの方で問題があったらしいのでな。我も加勢に行く”


「ではわたくしも!」


”いや、止めておけ。どうやら以前に戦ったヒュドラが……オロチが出現したらしいのだ。恐らくお主が行っても邪魔にしかならぬだろう。それにこの召喚陣は我専用だ”


「そうですか……」



 シュンとして落ち込むリアを見るとファルバッサに甘やかしたくなる気持ちが湧いてくる。だが今回に限ってはそんなことを言っている場合ではないのだ。残念ではあるが、リアを連れて行くわけにはいかないし、召喚陣で共に跳ぶことも出来ない。

 仕方なくファルバッサは優しく語り掛ける。



”リアは【ドレッヒェ】で竜人たちの介抱を続けるが良い。それにリアは戦うことよりもその方が得意なのだろう?”


「そう……ですね。分かりました」



 リアも戦闘が得意でないことは自覚している。本来は貴族令嬢であり、優しい性格もあって戦うことを余り望まないのだ。もちろん必要になればその覚悟はある。しかし自ら進んで戦いに身を投じるようなことを好まないのも確かだ。



「では兄様をお願いします」


”うむ。任せよ”



 ファルバッサは最後にそう言い残して魔法陣と共に消える。

 周囲でその光景を見ていた竜人たちは驚いて騒ぎ立てていたが、すぐに呪いから解放された同胞たちの介抱へと作業を移行していった。



わたくしも手伝わなければなりませんね)



 リアは予備の短杖を取り出して近くに横たわっている竜人に近寄る。

 そして体力を回復させる魔法を使いつつ、自分の仕事を始めるのだった。







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