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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
216/566

EP215 レイヒムの最期

「馬鹿な! 有り得ない!」



 半径五十メートルもあった球状の暗黒領域が潰れた瞬間にレイヒムは叫び声を上げた。制御できないとは言え召喚獣との繋がりはあったので、モルドが消し去られたことを理解したのだ。

 魔王オメガから貰った究極のアンデッドであり、気軽に召喚できないオロチと違ってレイヒムでも普通に召喚できるレベルだったため、切り札としてはそれなりに有効だった。ほぼ不死であり、大火力を期待できる魔法も全て反射できるという能力は反則に近い。レイヒムも負けることより制御不能なことを心配していたのだが、モルドはレイヒムの目の前で魔法によって潰された。

 スキルの本質に当たる性質を理解できていないレイヒムは《魔法反射》に弱点があるなど思いもしなかったのである。



「―――くっ。ぜぇ……はぁ……」



 小さな異世界を創るという常識はずれな魔法を放ったクウは荒い息を吐きながら膝を着き、鞘に収めた神刀・虚月を地面に突き立てて体を支える。

 戦いが始まってから幾度となく魔力の大規模消費と大回復を繰り返しており、すっかり魔力の器が摩耗していたのだった。

 《魔呼吸》による魔素吸収は非常に便利だが、これにもリスクは存在する。

 このスキルによって大回復を繰り返すと、魔力を練り上げて一時的に溜めておく仮想の器官――魔力の器――が摩耗して上手く魔力を練れなくなるのである。これは自然回復によって元に戻るのだが、しっかりとした休息を取る必要があるので戦闘中の回復は望めない。

 クウは息も絶え絶えに口を開いた。



「これで……げほっ! 終わりだな……レイヒム」


「死にそうなほど青い顔をした貴方が良く言いますね。これほど消耗しているなら私でも貴方を殺すのは簡単そうですよ」


「……そう思うか?」


「ふっ……貴方に魔力も体力も残っていないのは《魔力感知》と《熱感知》で分かっていますよ。私も魔力は有りませんが体力は余っていますからね。貴方を殺し、他の奴らはダリオンに殺させれば全て丸く収まります。馬鹿な住民共は再び私を皇帝に選ぶでしょう。

 愚かなるテロリスト共を滅ぼした英雄としてね。

 それにシュラムがテロの首謀者のようですし、これで竜人を完全に奴隷とする私の計画にも反対意見は出ないでしょう。若干予定が狂いましたが、最後に勝ったのは私だったということです」



 そう言ったレイヒムは護身用のナイフを抜いてクウの心臓を狙いつつ突き出す。戦いは苦手なレイヒムだが、神種として進化している以上はそれなりのステータス値を持っている。クウからすればそれ程でもないが、普通に見れば目にも留まらないような速度でナイフが閃いた。

 クウは消耗しきって力が抜ける体をどうにか動かしつつ地面に突き立てていた神刀・虚月の鞘でナイフによる突きを受け止める。技術のないレイヒムの攻撃を受け止める程度なら問題は無かったのだ。

 そしてクウは力を振り絞ってナイフを弾き飛ばし、口を開く。



「お前は既に皇帝として終わっている。今更どう足掻いても……俺やシュラムを殺したとしても絶対にお前は民に認められることがない」


「くっ!? 負け惜しみを!」


「ナイフを弾き飛ばされたくせに威勢はいいな。なら現実を見せてやる」



 クウはなけなしの魔力を使って天使の翼を展開した。灰色と銀色の中間のような美しい粒子が舞う幻想的な三対六枚の翼にレイヒムは警戒するが、雑魚でしかないレイヒムが警戒したところで意味はない。

 瞬間的に加速したクウはレイヒムの襟元を掴んで飛翔し、大量の獣人の気配がする場所へと向かった。突然のことでレイヒムは反応できず、されるがままに一瞬だけの空中移動を体験することになった。

 そして一瞬しか体験できなかったのはクウがレイヒムを地上に投げつけたからである。



「そらよ」


「なっ!?」



 パニックになったレイヒムは受け身も取れずに地面に叩き付けられることになった。一応は獣人であるため体は頑丈なのだが、流石に上空から地面に叩き付けられてはかなりのダメージを受けてしまうこと間違いない。

 それでもどうにかレイヒムは立ちあがって周囲を確認した。

 するとそこにいたのは縄で縛られた自分の兵士、戦闘が得意な一般民、そして忌々しい思いをさせられていた反レイヒム派のメンバーたち、さらに堕天使ダリオン、獅子獣人首長アシュロス、狼獣人首長エルディス、レーヴォルフなどだった。

 つまり陽動役として城の前で暴れていた者たちの所へと落とされたのである。

 そこにいた者たちはレイヒムが空から降ってきたことに驚いたようだったが、すぐに静まり返って厳しい視線を向け始めた。それは反レイヒム派のメンバーや二人の首長だけでなく、集まってきていた帝国の市民たちもである。さらには黒い堕天使翼を使って上空に浮いているダリオンさえもレイヒムを蔑むような視線を送っていたのだった。

 これにはレイヒムも戸惑う。



「一体……どういう……?」



 そしてそんな空気の中で近づいてきたのは猫獣人の首長ヴァイスと、エブリムとヘリオンが率いる残りの反レイヒム派メンバーたち。さらにモルドとの戦いでクウに置いてけぼりを喰らっていたミレイナとシュラムだった。

 ミレイナとシュラムは状況がよく分かっていない様子だったが、ダリオンを含めた他の者たちは蔑んだ目でレイヒムを見つめる。

 まるで罪人に判決を下す裁判のような光景。

 全ての者がレイヒムから一定の距離を取りつつ、円形に囲い込んでいたのだった。

 動揺してレイヒムも固まっている中、レイヒムの目の前にクウが降り立つ。



「これがお前の迂闊さが招いた結果だよ」


「私の……迂闊?」



 レイヒムは全く状況が掴めなかった。

 まず、反レイヒム派の者たちや各首長たちが蔑んだ目をしていることは理解できる。レイヒムも自分のしてきたことは分かっているので、彼らに恨まれていることはよく知っているのだ。

 だが野次のように集まってきていた民、そして協力者である『仮面』の四天王ダリオン・メルクまでも同様の視線を向けていたのである。

 状況が分からないのは当然だ。

 そこでクウは黒い笑みを浮かべつつ種明かしをする。



「俺はお前の召喚獣と戦う前から幻術を一帯に撒いておいた。この幻術はお前の能力を参考にした特別製になっていてな。幻術が仕掛けられた奴が接触した他人に次々と感染していくんだよ」


「幻術? それが一体何だというのです?」


「別に悪い効果はない。ただ、俺が見聞きしたことを幻術で見せるだけだ」


「それが何か……いや、まさかっ!?」



 レイヒムは愚かなことをしでかしたが、決して馬鹿なわけではない。クウが言っている意味を理解するのに必要とした時間はそれほど多くは無かった。

 クウは反レイヒム派のメンバーを地下牢から解放したのち、彼らに感染幻術をかけておいた。さらにシュラムと合流する前にも【帝都】を飛び回って非戦闘民に感染幻術を撒いていた。意思干渉によって精神介入するためのウイルスのような概念的なものを埋め込んだのである。これを通すことでクウが見聞きしたことを幻術として見せることが出来るのである。以前に虚空迷宮で、正常な景色を幻術で見せるという使い方をしたことがあるが、これはその応用だった。幻術を発動している時は演算力を要するが、非発動状態ならば特に負担もないので戦闘にも支障はない。

 そしてクウは戦闘の合間にレイヒムとの会話を試みていた。


『私が能力を手に入れたのは魔王殿のおかげですよ。【アドラー】を治める最強の魔王オメガ殿です』


『ええ。帝国の要職についている者になり替わって評判を落としたり、内部情報を集めるためにも非常に役立ちました。私の行った工作は彼が多くを担ってくれていますよ』


『あとは私の《怨病呪血アヌビス》で国を混乱に落とせばあっと言う間です。国の弱い部分も強い部分も分かっており、さらに有能なものが消えていたのですからね。私が呪いを国中に撒き、それを私自身で直せば簡単に地位も得ることが出来ましたからね。

 相手の土台を弱くし、一気に片を付けることが出来ました。馬鹿な民衆は愚かにも私の掌で踊っていたということですよ』


『ええ。ですが貴方さえ殺すことが得出来れば問題ありません。帝城の破壊も全てあなたの責任にしてしまえば私は英雄なのですから。何も知らぬ馬鹿な国民共は再び私を崇め称えるのですよ!』


『構いません。国民など幾らか死んだところですぐに増えますよ。それに今頃は部下のクリークが竜人共を捕獲しているハズです。そして竜人を使って【アドラー】の魔王殿と共に【レム・クリフィト】を滅ぼし、私の皇帝の地位は魔王オメガ殿の下に保障されるというわけですよ。ククク……』


 レイヒムが語ったこれらは全て、クウが幻術の種を仕掛けた者たちに中継されていたのである。レイヒムを英雄帝だと思っていた民衆を初め、同じくクウの幻術に感染していたダリオンもレイヒムが魔王オメガと繋がっていることを宣言している瞬間を見ていた。魔王オメガとレイヒムとの繋がりは一部の間だけで知られている極秘事項であるため、こうして大々的に宣言するのは非常に拙いのである。さらに七十年前からの仕込みや、レイヒム自身の【魂源能力】である《怨病呪血アヌビス》についても明かしてしまった。もはや言い逃れは出来ないだろう。

 ちなみにクウの《幻夜眼ニュクス・マティ》をコピーしているダリオンは本来は幻術が効かないのだが、意思干渉による直接的精神攻撃は通用するのである。

 ダリオンは少しボロボロになった翼で空を浮きつつレイヒムを見下してこう言い放った。



「貴様との協力関係もここまでのようだな。貴様の愚かさのせいで計画が破綻した以上、俺は逃げさせてもらう。俺もそこの天使クウには勝てんからな」


「待ちなさいダリオン。まだ私は―――」


「くどいぞ。貴様は無様に死ね」



 余りにも冷徹でハッキリとしたもの言い。

 それはレイヒムに対する失望と呆れと怒りが混じりあったものだった。

 何故ならダリオンは七十年に渡ってレイヒムに協力している。魔王の命令とはいえ、それほどの長い期間を今回の計画のために費やしてきたのだ。【アドラー】の宿敵とも言える【レム・クリフィト】を滅ぼすために立てた長期計画は綿密に……それはもう綿密に組み立てられたもの。大量の時間とお金と労力をかけたものであり、その中心人物であるレイヒムの不注意はこれらを完膚なきまでに崩壊させてしまった。

 レイヒムが余計なことを言わなければ、もしくはクウが反則級チート能力を発動させなければ、ダリオンもまだ見捨てることなく戦っていたかもしれない。獣人の首長やレーヴォルフといった高位能力者が相手ではあったが、ダリオンにはどうにか出来るだろうという算段があった。



(最悪は残りの四天王に転移で駆けつけて貰うつもりだったが……潮時だ)



 秘密を国民に知られてしまった以上は計画も凍結するしかない。【アドラー】の狙いはあくまでも【レム・クリフィト】であり、【砂漠の帝国】は利用価値が無くなれば滅ぼすまでもなく見捨てるという決断だった。

 ダリオンはかなりの魔力を消費してしまっているが、逃げるぐらいは出来る。即座に六枚の堕天使翼を大きく広げて夜空を去って行こうとした。

 しかしクウはそれを見逃さない。



「レイヒムは殺させるなよ。俺は奴を追う!」



 クウはシュラムに向かってそう叫びつつ灰銀の天使翼を広げた。

 もはや体力も魔力もギリギリだが、それでもダリオンを追って仕留める程度なら可能だと判断したのである。【魂源能力】こそ使えないが、【通常能力】だけでも問題ないと考えたのだ。



「チィ」


「待て!」



 堕天使と天使の鬼ごっこが始まる。それは目で追うことも難しい亜音速の領域であり、余程の高位能力者でなければ見えなかっただろう。

 また見えたところで今は気にすることではない。

 今、最も重要な問題はレイヒムなのだ。

 ダリオンに見捨てられたことで茫然としていたレイヒムに視線が集まる。もはやこの中に……いや、クウの感染幻術を受けていた【帝都】全ての獣人たちの中にはレイヒムの味方は存在しない。レイヒムは時間稼ぎのつもりでペラペラと真実を語ってしまったが、結果としてその不用意な行為が自らの首を絞めることになった。完全に詰みである。

 そんな誰もが黙ってレイヒムを見つめる中、初めに口を開いたのは竜人の首長シュラムだった。



「言い逃れはあるか簒奪者レイヒムよ―――」


「う……」



 いつもならシュラムを反逆者だと言い返していたレイヒムも、今は黙ることしか出来ない。そしてその行為がシュラムの正当性を証明しているように思えた。

 クウの幻術によってレイヒムが真実を吐いている光景を見せられたものの、全ての者がこの光景を鵜呑みにしていたわけではない。強襲作戦が始まる前から広がっていたレイヒムに関する噂話と統合して大きな疑惑を向けつつも、本当のことなのかと戸惑っていた。余りにも話のスケールが大きすぎたために、理解しきれなかったという部分もある。

 しかし反論せずに茫然自失といった状態のレイヒムに目を向ければ……真実は自ずと見えてくる。



「まさか本当に……?」

「そうみたいだな」

「ってことは先代皇帝陛下を殺したのがレイヒム様……いや、レイヒムだってこともマジなのか」

「竜人を執拗に追い詰めていたのもそんな理由だったなんてね」

「戦争も無駄だったのか? 俺の兄貴が死んだってのに……」

「魔王と手を組んだって本当なのか」

「どうやら西の国【アドラー】と取引していたみたいだね」

「魔王に皇帝の地位を補償してもらうなんて……軟弱な奴め!」

「あの疫病も貴様の呪いだったとはな!」

「死ね! 俺の母はお前の呪いで殺された!」

「消えろ!」

「失せろ」

「蛇獣人の恥さらしが!」

「貴様など同族と思わぬ」

「私の息子を返して!」



 クウの意思干渉による精神割込みは非常に優秀だ。

 レイヒムの言葉を一字一句すら逃さずに幻術として見せていた。事前にクウが【帝都】でレイヒムに関する悪い噂の種を蒔いておいたことでより効果的な幻術になっていたのである。

 住民たちが怒るのも当然だろう。七十年前の疫病騒ぎで親族が死んだ者、竜人との戦争に送り出されたことで子が死んだ者、さらにレイヒムと同じ蛇獣人の者たちも恨みの声を上げていたのである。

 獣人という種族は裏切り、義理に反することを赦さない。今にも全員でレイヒムへと襲いかかろうとしているのを見たシュラムは『レイヒムは殺させるなよ』というクウの言葉を思い出し、少し慌てつつ一足先にレイヒムの前へと進む。

 レイヒムを取り囲むようにしていた状態から飛び出してきた赤毛の竜人。その圧倒的な気配と強者の風貌は言わずと知れた竜人の首長シュラムである。そしてレイヒムによって最も被害を受けているのも竜人という種族だった。

 レイヒムを殺そうと騒ぎ立てていた者たちは一斉に黙る。

 義理を重んじるという観点から見れば、ここはシュラムにレイヒムを始末させるのが適任だろうと誰もが認めたのだ。



「ふむ。シュラムなら適任だろう。のう、エルディスにヴァイスよ」


「私も意義はない」


「ああ、同意だ。竜人こそが最も煮え湯を飲まされた一族だ。先代皇帝ヴァルディも浮かばれることだろうさ」



 アシュロス、エルディス、ヴァイスの首長たちはシュラムがレイヒムの前に出てきたことで静観することを決める。彼らの友人であり、仕えるべき最強の皇帝だったヴァルディはレイヒムによって毒殺されてしまった。そしてその恨みを晴らすのは息子であるシュラムだ。

 因果応報……と言うべきか。レイヒムは自らの行いが全て返ってきたということである。



(これで終わらせる。まずは呪いを解かなければな)



 シュラムは強く槍を握りつつレイヒムの前に立つ。

 レイヒムはシュラムの強烈な気にあてられたのか、ヒッと小さく悲鳴を漏らしてその場で崩れた。全ての計画が崩され、協力者であったダリオンからも見限られた。もはやレイヒムには何も残っておらず、戦うことも出来ないレイヒムはシュラムの前で震えるだけだった。

 そしてシュラムもクウから殺すなとは言われているが、それは絶対にレイヒムを殺してはならないという意味ではなく、『殺す前に呪いを解かせろ』という意味であることを理解している。まずは【ドレッヒェ】で呪いによって苦しんでいる竜人たちを解放し、そのあと殺すつもりだった。

 シュラムは強い口調でレイヒムに語り掛ける。



「レイヒムよ。私の里の民たちにかけた呪いを解いて貰おうか」


「……」



 崩れ落ちたまま動かぬレイヒムは何かをブツブツと呟きながら地面に視線を落としている。シュラムとしては力づくでもレイヒムに言うことを聞かせたいところだが、こればかりは難しい。《怨病呪血アヌビス》の呪いはレイヒムにしか解くことが出来ず、あまり積極的な手段を取ることは出来ない。

 シュラムは仕方ないとばかりに《気纏オーラ》を使って脅しをかけてみようかと思い始めたとき、レイヒムの様子が突然変化した。



「ふふふ……はは……アハハハハハハハハハハッ!」



 まるで気が狂ったかのように笑い声をあげるレイヒム。シュラムだけでなく周囲を取り囲んでいた全員が思わず構えたが、その多くは困惑していた。

 シュラムも警戒を解くことなく口を開く。



「何が可笑しい?」


「ハハハハハハ……はぁ。もういいでしょう。全て終わりました」



 レイヒムはシュラムの問いに答えることなくフラリと立ち上がる。シュラムはそれに合わせて槍を向け続けていたが、レイヒムは全く気にしていないようだった。

 何かにとり憑かれたかのような狂気を含んだ目。

 終わったと言いつつも何かをしでかすような雰囲気に全員が気を引き締める。そしてその予感は正しかった。レイヒムはボロボロになった服の懐から儀式用の装飾付きナイフを取り出し、自分・・の左手に突き立てる。



「ぐっ……!」


「レイヒム貴様! 一体何を―――」


「私の思い通りにならないなら全て消えればいい! 私を蔑んだ竜人も! 私に従わない獣人も! そして私を認めないこの国も! 私を裏切った魔人共も! 全て滅びてしまえ!」



 シュラムの言葉など気に留めることなく左手に突き立てたナイフを引き抜いた。もはや痛みすらも感じない程に興奮しきったレイヒムは止まることがない。

 左手からは大量の血液が流れて地面へと滴り落ち、すぐに大きな血溜りとなる。そして驚くべきことに、その血は意思を持っているかのように流れて図形を描き、巨大な魔法陣のようになろうとしていた。

 シュラムは拙いと考え、すぐにでもレイヒムを殺そうかと思ったが、《怨病呪血アヌビス》の呪いのことを考えて躊躇ってしまう。

 それに本能が訴えていたのだ。

 今すぐここから離れるべきだ……と。

 巨大な血の魔法陣はこの世のものとは思えない気配と魔力を帯びており、すぐに逃げなければならないと本能が感じ取っていた。

 そしてそれをいち早く言葉にしたのは獅子獣人の首長アシュロスだった。



「総員退避しろ! 脚を止めずにこの場から走れ!」



 慌てていたのか、少し軍人のような口調になるアシュロス。しかしそれだけに他の者たちも魔法陣から感じられる危険性に気付いた。

 もはや誰にもにも止められない。

 発動者であるレイヒムの手からも離れた血の魔法陣は深紅に輝く始める。アシュロスの叫び声を聞きとめた獣人たちは全力でこの場を離れるべく走り始め、それに倣ってレーヴォルフも逃げ始める。その際にミレイナを回収することは忘れない。案の定、怪しい魔法陣に攻撃を仕掛けようとしていたミレイナはレーヴォルフのお陰で未遂となったのだ。

 発動しかけの魔法陣に手を出すと、どんな反応を起こすか分からないので非常に危険だ。レーヴォルフの行動は正しかったのだと言える。

 シュラムも狂気の笑い声を挙げるレイヒムを仕留めるべきかと迷ったが、結局は手を出すことなく魔法陣から離れることに決めた。呪いの解除がまだなので、レイヒムを殺すべきでないと判断したのである。

 そして一人残されたレイヒムは自分の全ての魔力……いや、生命力すらも魔法陣に注ぎ込んで、最後にこう叫んだ。



「呪いを解きたいのなら解いて見せましょう。もはや私には必要がないものだ。それにこの最期の魔法をもって【砂漠の帝国】も【アドラー】も【レム・クリフィト】も滅ぼしてみせます。

 『我が全てを奉げる

  血の代償を支払おう

  顕現せよ

 《神獣降臨ヘブンズゲート》』」



 レイヒムはその血を代償にして召喚魔術を起動させる。

 ナイフを突き立てた左手からは勢いよく血が流れ、その全てが深紅の魔法陣へと吸い込まれた。いや、それだけでなく、紅い軌跡が南方の空から飛来して、それも魔法陣に注がれる。

 代償として奉げた血は呪いの発動に使用していたものすらも含まれるのだ。

 その後も様々な方角から流星のように紅い軌跡が閃き、魔法陣へと吸い込まれていく。

 そして遂に魔法は発動する。

 レイヒムが自らの呪いと体を全て奉げた……自分の死を以て呼び出した最悪の召喚獣。

 超越神種ヒュドラ:オロチが顕現したのだった。





100万文字達成!


やっぱりラスボスはオロチでした。

というわけでクウの超越化はまだ先です。

次回から最終戦が始まります。


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