EP214 VS.デス・ユニバース⑤
演算を終え、一気に魔力を練り上げたクウは詠唱を開始する。
「『始まりの闇。蠢く虚無の波紋
世界は膨張し、夜を創る
光もなく、音もなく、全てを飲み込む闇
それが世を満たすだろう
終わりの力。夜を支える波紋
原始の世界を満たす根源たる法則
それは一つに収束せんと動き出す
滅亡へと向かう絶対の力―――』」
クウは指定座標へと莫大な魔力を圧縮して、空間エネルギーを極大励起状態へと移行させる。「矛盾」の性質によって許容量を無視したエネルギー量が蓄えられ、やがて臨界状態すらも超えて空間が悲鳴を上げる。
もはや「矛盾」の性質を以てしても耐えきれなくなった空間は、時空を引き裂いてしまうほどの大爆発を引き起こすことになるだろう。
しかしクウはそれをきっちりと制御してみせる。
「『―――
平衡へと至り、遂には破滅へ転じる
破滅の道は抗うこと能わず
囚われし者は共に滅びるのみ
断絶の異界へと葬り去らん
始まりと終わりの特異点よ、弾けろ―――』」
原子核よりも小さな一点へと収縮された魔力は崩壊寸前となりながらも「夜王」と「重力」の性質を取り込んでいく。このエネルギーが弾けて空間が引き裂かれたとしても安定するようにと込められたものだ。
モルドもようやく何かの魔法が発動使用していることに気付いたが、《魔法反射》を持っているという自信から動くことなく観察を始める。あわよくば解析して魔法をコピーしようとしているのだ。
アンデッドになっても賢者としての記憶を忘れてないのは驚きだが、今回ばかりは悪手だった。
クウは魔法銘を言い放つ。
「『―――
《虚無創世》』!」
弾けるエネルギーは膨張して「夜王」によって制御され、一種の異空間を生成する。そして空間自体は「重力」の力で支えているのだ。原子核よりも遥かに小さな一点より始まった暗黒の空間は時空を引き裂きながらも瞬間的に膨張して上空のモルドを飲み込んだ。
そして膨張しきったとき、半径五十メートルほどの巨大な球状にまでなった暗黒空間は「矛盾」によって境界面を定義され、この世界から切り離されるのである。
物質も光もない、濃密な闇だけが支配する異空間。
「夜王」の性質が最大限に機能する専用空間が出来上がるのである。
本来ならば臨界状態を越えて限界突破していたエネルギーの暴発によって時空が裂け、一種のブラックホールとなって周囲を破壊し尽くしたことだろう。しかし崩壊しようとしていた時空は「重力」によって膨張とは逆方向、つまり圧縮の向きへと力を加えられ、釣り合うことで異空間として安定したのである。謂わば、膨らみ続けていた風船を破裂する前に外部からの大気圧を高めて抑えるようなものだ。厳密には少し違うのだが、イメージとしては似たようなものである。そしてあとは裂かれた時空の自然修復によって消滅するはず異空間を「矛盾」で保護するだけで良い。
「矛盾」によって法則すら打ち消され、もはや時空間属性をもってしても侵入も脱出も許されない領域へと変貌したのである。
「あれは……一体……」
理解の範疇を超える魔法だと悟ったレイヒムは言葉を続けられずに空を見上げるだけだ。
まるで世界から切り取られたかのような……いや、切り取られた漆黒の球状空間が生成され、もうじき夜になろうとしている薄暗い空の中でも特に際立っていたのである。
見た目にしてたった半径五十メートルの宇宙。
光も星もない原始の異空間であるなどと理解できるはずがない。
それは内部で囚われているモルドも同様だった。
「ここは?」
暗黒の中、平坦な声で呟くモルド。
周囲は光子一つすらない完全な闇であり、当然ながら空気も存在しない。元が原子核以下の極小の領域内で圧縮されたエネルギー塊による疑似的ビックバンから生じた世界なのだ。しかし神ではないクウの魔法は、ただ異空間が生じさせるだけで限界であり、物質までは生まれなかった。
とは言っても魔法としては十分すぎる効果である。
モルドは人間ではなくデス・ユニバースというアンデッドの魔物だからこそ空気がなくとも身体が崩壊せずに済んでいるのは事実であり、普通ならばこの空間に囚われた時点で死亡だ。モルドもアンデッドでなければこれで死んでいたことだろう。これに関しては《魔法反射》で防ぐとかの次元の話ではないので、これだけで《虚無創世》の恐ろしさが理解できる。
だがモルドは死ななかった。
これが事実だ。
「光よ……」
モルドは魔法銘を言うことなく光球を発生させる。
アンデッドは光が苦手なハズなのだが、日中でも問題なく活動できるデス・ユニバースにはあまり効果がない。もちろん「浄化」の特性を込めた浄化魔法は有効だが、普通に光を浴びた程度なら無効化してしまうのである。つまり《魔法反射》を使うまでもなく明かりの魔法を使うことが出来た。
「何も見えぬか」
光によって照らされたのはモルド自身の身体。自分の顔は自分では確認できないが、服装も腰の短杖もしっかりと見える。
しかし魔法の光では周囲の様子を観察することすら出来なかった。
小さな明かりなど容易く飲み込んでしまう絶対の闇。究極の夜。
「夜王」によって支配された完全な闇を照らすにはまるで足りていなかった。
そこでモルドは別の手段を取ることにする。
「『我が身を移せ
《転移》』」
つまり転移魔法である。
自分のいる場所が分からないならば、分かる場所へと移動してしまえばよいのだ。自分のいる座標が分からないために短い詠唱が必要だったが、それでも元賢者であるモルドには容易いことだった。
モルドは《時空間魔法》によって空間遮断の防御をかけてきたレイヒムを目指し転移する―――
「―――どうなっている?」
だがモルドが転移した先は光一つない闇の空間だった。モルドはクウが生成した異空間から脱出することが出来なかったのである。これにはモルドも困惑を禁じ得ない。
検証のために何度か転移したり時空を切り裂いたりもしたが、これらの時空間属性魔法を使用しても一向に元の場所へと戻れる気配はなかった。
「これは……」
相変わらず冷静な声のトーンを保っているが、モルドは内心で焦っていた。魔法はどうせ反射できるからと不用意に喰らったのは間違いだったのではないかと思い始めていたのだ。
そしてそこに気付いた時にはもう遅い。
高位能力者の戦いはステータス差よりも相手の能力を理解することが重要だ。
能力は絶対ではなく、必ず何かの法則が存在している。
《魔法反射》というスキルはあくまでも『魔力によって引き起こされた事象の物理ベクトルを反転させる』というものに過ぎない。つまり魔法の無効化ではないのだ。さらに反射できる魔法は自らの身体に触れた魔法だけであるという制約もある。
どういうことかと言えば、普通に結界などで封印した場合は《魔法反射》では無効化できないので閉じ込められたままになるということである。
さらに物理ベクトルを反転させるという点も重要なことだ。つまり明確に反射させることの出来る魔法は、ある程度の運動量を持っている放射系の魔法だけということであり、領域系の魔法は明確に反射することが出来ないのだ。例えば魔法でマグマの海を生成して沈めた場合、確かに《魔法反射》によって魔法の影響を受けずに済むのだが、マグマの海をその術者へと跳ね返すことは出来ない。逆に火球を飛ばすような魔法なら反射し放題だ。
そしてこれらの性質を考慮した場合、《虚無創世》という魔法は《魔法反射》スキルが意味をなさない効果を持っていると言える。
小宇宙を領域展開させる魔法ゆえに明確な反射は出来ず、魔法を無効化することも出来ないので飲み込まれるしかない。さらにこの魔法はある意味で異世界を発生させる魔法とも言える。エヴァンという世界を基点として発生させているにもかかわらず不完全な異空間でしかないのだが、定義としては異世界だ。どういうことかと言えば、ここから脱出するには異世界間を移動しなければならないということである。
神の秘術の一種である異世界間転移など、いくら賢者と呼ばれていたモルドでも実行できるはずがないのだ。異世界を渡るには特定の法則が必要であり、時空間属性が使えるからと言って実行できるものではないのである。
端的に言えばモルドは封印されてしまったのである。
能力を先に解析できたクウの完全勝利だった。
「『《転移》』『《時跳躍》』『《空間破壊》』『《時空融壊》』」
モルドは転移や時空間破壊を試みるが、まるで効果を為さない。自分で亜空間を生成してその内側から転移魔法を発動させることも試したが、やはり《虚無創世》の小規模異世界から脱出することは出来なかった。
そして《虚無創世》の効果によって更なる効果が起動する。
それは世界の崩壊。
クウが考え出した《月魔法》の究極系とも言える《虚無創世》は原子核よりも小さな点からビックバンのように小宇宙を発生させ、さらに終わらせることまで含んでいる。莫大なエネルギーの臨界崩壊によって極大膨張した世界は同時に空間を支える重力によって膨張速度を減衰させていく。重力は異空間に満ちているエネルギーを奪い取って徐々に強くなっていくため、いずれは膨張力よりも重力による収縮力が上回ることになるのだ。
つまりこの異空間は一定時間が経つと重力で押しつぶされる。
いわゆる閉じた宇宙の終焉だ。
エネルギーは全て重力に変換され、始まりだった原子核以下の小さな点へと回帰する。内部に取り込まれた全てを巻き込んで時空の果てへと消滅するのだ。「矛盾」の特性で世界の境界がある以上、極大重力による大爆発は発生しない。エネルギーごと全てを異次元の彼方へと葬り去る、虚無を創造する究極魔法にして無差別大規模破壊魔法《特異消失点》の完成形。
それが《虚無創世》。
重力によって押しつぶされていく夜の小世界の中で、異界の元賢者モルドは出来る魔法を発動し続ける。世界を越えても加護の力は届くため、MPやHPに関しては心配する必要がない。だがそんな無限のエネルギーなど関係ないとばかりに異空間は増幅し続ける重力で収縮する。内部にいるモルドは《魔法反射》の影響で極大重力には抵抗しているものの、滅びる小宇宙を止めることは出来ない。
「『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』『《転移》』!」
何度も転移魔法を発動させるが、「矛盾」によって作られた異世界の壁を超えることは不可能だ。異世界の壁を越えられないモルドは、終わりゆく世界と共に為す術もなく次元の果てへと葬り去られるのだった。
モルドを構成していた粒子一つすらも残さずに……
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