EP213 VS.デス・ユニバース④
「ふざけた魔法を発動しやがって……」
滑り込むようにしてギリギリ《終焉の神光》の範囲から逃れたクウ。無理やりミレイナとシュラムも引っ張ってきたのだが、クウの飛翔速度を以てしても二人を助けるだけで精一杯だった。シュラムに気絶させられていた兵士は残念ながら滅びの光によって身体を崩壊させられてしまったことだろう。帝城があった場所は地面ごと綺麗に消失しており、クウの《森羅万象》では残留放射線も観測している。
固体、液体、そして気体すらも原子崩壊させる破滅の魔法にはクウも命の危機を感じた。
あまりの光景にシュラムも茫然として口を開く。
「何という……クウ殿これは?」
「簡単に説明すれば、光によって物質を破壊する魔法だ。破壊した物質から新たに破壊の光を放出することで連鎖的に周囲を消滅させるようだな」
「よく分からないが……あの光に触れるなと言ったのはそれが理由なのだな?」
「ああ」
この炎水風土雷光闇複合魔法《終焉の神光》は原子核すらも破壊することの出来る。その際に発生する核エネルギーは全て光属性効果に統合されてガンマ線とエックス線を励起させ、光に触れた物質は核崩壊によって、よく分からない物質へと強制変化させられている。
帝城があった場所に残っているのは巨大な穴と、その穴の中に溜まった粉末状物質。
さらに粉末状物質は放射線を放っているため近づくことも難しい。
モルドを始末する前にこの放射線をどうにかしなくてはならないだろう。だが、放射線というものは非常に厄介であり、除去するのは実質不可能だ。自然に放射線が消えるのを待つとしても、無害化するまで数万年単位の時間が掛かったりする。
(まぁ、どうにかなるだろ)
しかしクウには放射線を除去する心当たりがあった。
それは《月魔法》の消滅効果である。先程の《終焉の神光》は物理現象的に物質を消滅させる魔法だが、《月魔法》は概念的に消滅させる。質量保存の法則など無視した効果なのである。
「消え去れ。『《滅亡赫星雨》』!」
クウはありったけの魔力を込めて紅色の球体を生成する。そしてミレイナとシュラムを置いたまま瞬間的に上空まで飛翔し、生成した消滅エネルギーを次々と分裂させた。
あとはそれを打ち下ろすだけである。
帝城があった場所全体に降り注ぐ広範囲殲滅魔法。
殺してはいけないレイヒムも範囲に入っているが、モルドが勝手に防いでくれるだろうという算段を付けた大胆な汚染除去である。汚物の消毒とはまさにこのことだろう。
クウとしても制御しきれないほどの消滅エネルギーであるため、半ば暴発させつつの発動だった。
小規模な消滅球の炸裂は放射線を発生させる謎物質を尽く消し去っていく。
「ちっ……せっかく回復させた魔力も消費しきったな」
クウは《森羅万象》による解析で放射性物質が消えたことを確認する。尤も、破壊された物質によっては気体として風に流されたものもあったのだが、クウのお陰で放射線濃度が激減したのは間違いない。
物質を完全に消滅させる無数の朱い光が消えるまでクウは魔力を再び回復させることにした。
だがそれはすぐに中断させられることになる。
「『《邪炎》』」
「っ!?」
隠し切れない膨大な魔力が突如としてクウの背後に出現し、それと同時に黒い炎が放たれる。転移魔法によってクウの背後に出現したモルドだった。
当たり前のように《滅亡赫星雨》の大規模殲滅を防いでいたことは予想していたことであり、クウは驚きつつも黒炎を回避する。炎属性と闇属性を融合させた滅びの黒炎は対象を燃やし尽くすまで消えることがない。その代わり光属性でも相殺できるようになるという欠点も存在するが、そんな欠点など気にならないぐらいの威力があった。
そしてモルドもクウが回避することは織り込み済みだったらしく、続けて魔法を放つ。
「『《理魔結界》』『《融雷神鳥》』『《時幻相転移》』」
クウは物理、魔法に対して有効な結界で囚われる。かなり巨大な結界だったため、簡単に囲まれてしまったのだ。そしてその中に出現したのは高密度のプラズマで構成された鳥である。おそらく近づいただけで身を焦がされるだろう熱量を放っている。
だが次いで発動された時空間属性の魔法が問題だった。
特定時間に起こった現象を魔力の限り連続再現する魔法によって《融雷神鳥》が急激に増殖され、結界内部を埋め尽くそうとしたのである。以前、時空間使いのリッチが発動させた《時位相跳躍》よりも高性能な魔法だった。
「ホント何でもアリかよ!?」
これは拙いと考えたクウはすかさず回復しかけの魔力を使用する。残りは三割程であるが、これぐらいの攻撃を防ぐだけならどうにか足りたのが幸いである。
「『《反転重力結界》』」
クウを中心に逆向きの重力場が発生する。
本来重力は質量を中心に引き寄せる力が働くのだが、それを「矛盾」の特性で反転させることで反重力を発生させるのだ。つまり全てを押しのける重力結界となるのである。埋め尽くすようなプラズマも熱量も重力によって押し返され、クウは耐えることに成功する。
しかしこれこそがモルドの狙いだった。
モルドが《時幻相転移》を使ってプラズマの不死鳥を連続生成したのには理由がある。普通ならば《融雷神鳥》を連続発動させるだけで良いのだが、あえて時空間属性で複製したのは、複製中に別術式を発動させるためである。《時幻相転移》は一度発動すれば、あとは自動で効果を発揮してくれるため、その間に術者は別の行動を取ることが出来る。
モルドはデス・ユニバースという魔物へと変じているが、その思考能力は健在だ。
初めからクウをこの程度の魔法で倒せるとは考えていなかったのである。
「『巡り巡る軌道の星屑
我が元へと集い給え
役目を失いし誇りある星々よ
我が再び使命を与えよう
其はこの世を蹂躙するべし
破壊せよ。破壊せよ
目に映る敵を滅ぼし尽くせ
終焉の開宴を示すがよい
今、降り注げ
地上を消し去る慈悲の雨よ
《暴嵐極星墜》』」
未だに増殖し続けていたプラズマの不死鳥にクウを抑えさせ、その間に本命の魔法を発動させる。それは無数の隕石を呼び出す《召喚魔法》の究極系だった。
そしてそれと同時にクウを捕えていた《理魔結界》を解除して天空から墜ちてくる隕石をを集中させていく。強襲作戦は夕刻に始まったため、今はもう日が沈む直前だ。暗くなりかけた空には明るく輝いて尾を描く隕石の雨がハッキリと見える。
広範囲攻撃にもかかわらず範囲を狭めて密度を上げた特製の《暴嵐極星墜》は、重力結界でどうにかプラズマを押しのけていたクウを殺すためだけに降り注ぐ。幻影ではない、間違いなく本物のクウは為す術もなく無数の隕石に飲み込まれて地上へと落ちたのだった。
そして偶然にも大量の隕石は地上で茫然としていたレイヒムの側で炸裂する。
「な――なので―――こ――は!」
力の限り状況説明を求める叫びをするが、プラズマを巻き込んで大爆発を起こした《暴嵐極星墜》に掻き消されてしまう。尤も、掻き消されなかったところで誰も答えてはくれないのだが……
《終焉の神光》によって目も開けられない程の光に包まれたかと思えば帝城が大地ごと消失して、さらに《滅亡赫星雨》が滅亡の朱い雨を降らせ、上空が《融雷神鳥》と《時幻相転移》によるプラズマで輝いたと思った瞬間に《暴嵐極星墜》が地上で炸裂したのである。
いかに時空間属性の空間遮断で守られているとはいえ、戦闘タイプではないレイヒムには何が何だか分からないと言った光景だろう。
「まったく……私の城が綺麗に消えてしまいましたね。だからデス・ユニバースだけは召喚したくなかったのですが……まぁ、クウとか言う奴のせいにしてしまいましょう。これで奴も死んだでしょうからね」
「ケホッ……そうでもないけどな」
「なっ! その声は!」
舞い上がる土煙の中から帰ってきた声にレイヒムは驚愕の声を上げる。自分をここまで追い詰めた忌々しい存在の声を間違うはずがない。
重力結界すらも破った《暴嵐極星墜》はクウを巻き込んで地上を蹂躙し尽くしたのだが、どうにかクウは生き残っていた。
「あんな魔法を躊躇いなく放つとは……やはり感情の抜けたアンデッドってことか? それにしては恨み辛みの感情が少ないけど。まぁ、この辺りが地面もろとも抉られていたお陰で周囲に被害が出なかったのは幸いってところだな」
「生きていたのですか? しぶといですね。さっさと死ねば良いものを」
「安全だからって余裕だなおい」
空間遮断によって完全防御がなされていたレイヒムに対し、クウはすっかりボロボロだ。デザートエンペラーウルフのレザーアーマーも一部が壊れかけている。
あの凄まじい隕石の暴虐からどのように逃れたかと言えば、単純に耐えきっただけだと言える。
《反転重力結界》で隕石の威力を弱めつつも《魔装甲》と《魔障壁》で防御力を固め、さらに天使の翼を身体に巻き付けて防御力を向上させた。魔力と意思の力で顕現させているこの天使翼は結構な防御力を持っているのである。
それでも大ダメージを受けて全身傷だらけなのだ。
一応は体力回復ポーションと魔力回復ポーションを飲んで、さらに《自己再生》で回復しているのだが、それは骨折などの大きな怪我を治すだけで終わっている。
モルドもこの究極召喚魔術でクウを仕留めたと判断したのか、追撃してこなかったのが唯一の幸運だったと言えるだろう。
そして少しだけ余裕の出来たクウはレイヒムへと話しかける。
「あの化け物を召喚してどういうつもりだ? 制御できていないんだろう?」
「ええ。ですが貴方さえ殺すことが出来れば問題ありません。帝城の破壊も全てあなたの責任にしてしまえば私は英雄なのですから。何も知らぬ馬鹿な国民共は再び私を崇め称えるのですよ!」
「あいつが暴れたら死ぬ奴が出てくるぞ」
「構いません。国民など幾らか死んだところですぐに増えますよ。それに今頃は部下のクリークが竜人共を捕獲しているハズです。そして竜人を使って【アドラー】の魔王殿と共に【レム・クリフィト】を滅ぼし、私の皇帝の地位は魔王オメガ殿の下に保障されるというわけですよ。ククク……」
デス・ユニバース……つまり異世界の元賢者モルド・アルファイスがクウを殺すことはレイヒムの中では確定している事らしい。レイヒムは自信ありげにこれからのことを語る。魔王オメガという強大な存在に皇帝の地位を保証してもらうという何とも矜持のない計画だが、レイヒムは気にすることなく余裕の表情でそれを語っていたのだった。
だがクウはそんなレイヒムを鼻で笑って冷たい眼差しを向けつつ口を開く。
「悪いがその計画は既に破綻している」
「何ですって?」
クウの口調と言葉にレイヒムは不機嫌そうに返した。
空間遮断によって完全防御がなされ(といってもクウに攻撃の意思はないが)ている上にモルドの圧倒的な能力によってクウは押されている。無限とも言えるMPが供給され続けているモルドの魔法ならば、如何に天人であるクウであっても厳しいのは既に証明されているのだ。レイヒムの自信も、不機嫌そうな声も当然であるかのように思える。
しかしクウはそんなレイヒムに対して冷たく宣告した。
「既に竜人の里は防衛に成功している。お前の派遣した軍は降伏したそうだ」
「馬鹿な! 確かにアシュロスとエルディスには断られましたが、私もかなりの軍を派遣しました。呪いでまともに戦えない竜人に負けるとは思えません。苦戦はするでしょうが、負けるなど有り得ない!」
「残念だったな。あっちでは神獣ファルバッサが守っている。たかが一軍如きではどうにもならないさ」
「……くっ。あなたが生きていたのですから奴も生きていると予想してしかるべきでしたね。私としたことが見落としていました。
ですが問題など有りません。それならばこの場をモルドの力で収め、私の呪いの力でアシュロスやエルディスの言うことを聞かせて進軍させればよいのですよ。忌々しいトカゲは貴方と同じようにモルドで始末させてやりますよ」
もはや形振り構うつもりのないレイヒムは冷酷な頭脳で計画を修正する。
レイヒムも【ドレッヒェ】での戦いで敗北しているというのは恐らく本当のことだろうと考えている。ここでレイヒムの動揺を誘ったところでモルドは止まらないので、そういう意味で嘘をついても効果が無いからだ。
しかしクウはレイヒムから目を離し、天へと視線を上げつつ静かに告げた。
「だったらお前の計画は一つずつ俺が潰してやる。アシュロス、エルディス、ヴァイスそしてシュラムとも約束しているからな」
クウは蛇獣人を除いた各種族の首長たちと約束を交わしている。
必ずレイヒムを倒してみせると言っているのだ。その代わりとして強襲作戦が終わるまでレイヒムの命令を無視するようにと契約を交わしている。狐獣人の首長ローリアだけは静観することになっているものの、それ以外のアシュロス、エルディス、ヴァイスはすでに【帝都】に入って思う存分暴れていた。
尤も、このことはクウもまだ知らないことではあるが。
しかし今は関係の無いことだ。
クウは土煙が晴れてきたその上空にモルドを視認して魔法演算を開始する。
「もうすぐ日が落ちる。その前に魔法の夜を咲かせてやろう―――」
砂漠の風が土煙を吹き飛ばし、真っ赤な夕陽が《終焉の神光》と《暴嵐極星墜》によって出来た破壊の跡地を照らす。
薄っすらと暗い空を背景にしたモルドに右手を翳し、クウは莫大な魔力を練り上げた。
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