EP212 VS.デス・ユニバース③
朱月 空。
多くの才能に恵まれた異世界人。
そしてクウが最も得意とすることは戦いではなかった。朱月流抜刀術を習得してはいるが、それはあくまでも家の事情によるものであり、武術に関する才能に限れば幼馴染こと朱月 優奈の方が優っていたとクウも自覚している。
ならばクウの得意とすることは何か?
それは物事や他人の本質を見抜くということだった。
何事にも注意深く観察を実行し、その本質たるものに気付く。それは数式、言語、自然法則、そして他者の心に至るまで全てだった。
それ故にクウは勉強で困ることはなかったし、多くの技能を習得することが出来た。だがその代償として友人に恵まれることはなかった。
それもそうだろう。普通、人間は友人に対しても一定の距離というものを取っている。適切な距離で相手を知っているという状況だからこそ仲良くできるものだ。しかし一方的に自分の内情を知られているとすればどう感じるだろうか? 出来れば関わりたくないと思ってしまうのである。
クウのこの観察眼は異世界にて《看破》というスキルへと変貌した。
自らを偽る心殻より《偽装》を生み出した。
そして種族進化によって最上位情報系スキル《森羅万象》へと至ったのである。
自分を知られずに相手を知るという能力に特化したこのスキルは間違いなく最強だ。世界の理にすら踏み込むことを可能とするスキルなのだから。
そしてクウは遂に《魔法反射》の性質と弱点を看破したのである。
(まずは俺の詠唱時間を確保しないとな)
土煙の晴れたところに悠然と立っているモルド・アルファイスを見下ろしながらクウはそう考える。
消滅の雨を降らせる《滅亡赫星雨》や、指定領域を殲滅する《月華狂乱》すらも完璧に防ぐことが出来る《魔法反射》は無敵であるように思える。
しかし普通は反射する魔法と同等のMPを消費しなければならず、絶対の無敵とは言えない。そこを加護から無限に供給されるエネルギーによって補完しているから厄介なのだ。
さらに【固有能力】の《無限再生》まで有している。
相手は物理的に倒すしかないが、余程のダメージすらも再生で無効化してしまうという倒しようのない化け物だと言えるのである。
これが高位能力者だ。
クウに関しても幻術を破るか、避けきれない範囲攻撃を放たない限りダメージを与えることは出来ない。全てを幻影で誤魔化すことの出来る能力であるため、あまり他人のことは言えないのである。
そして高位能力者同士の戦いでは相手の能力を理解した時点で勝負が決まる。
ステータス値が差にならない者たちの戦いでは如何に能力を上手く使い、相手の能力を破るかが鍵になるからだ。
「《幻夜眼》起動! 降り注ぐ千条の雷霆」
クウは魔眼に映る範囲全てを対象として幻術を発動させる。
具体的には先程の《滅亡赫星雨》によって崩壊した部分の範囲だ。落下したモルドとレイヒムは雷の精神攻撃に晒されることとなる。
「無駄dがっ!?」
即座に《魔法反射》スキルを発動させたモルドは激しい落雷に撃たれて痙攣する。アンデッドの身体ではあるが、その身は生前と同じ肉体を有している。つまり神経細胞が健在であるため、電流によって身体の自由を奪われるのだ。
肉体へと効果を還元してしまうほどの精神攻撃。
これが《幻夜眼》による意思干渉の力である。
当然ながらこの程度でモルドが死ぬことはないが、動きは簡単に止められた。
「な、何なのですか!? デス・ユニバース! 早く何とかしなさい!」
同じく無数の雷霆に晒されているレイヒムは悲鳴を上げながらモルドに命令する。この攻撃はレイヒムを精神から殺害する可能性があるので、クウはレイヒムに当たらないように調整している。その代わりに激しい雷轟の雨を間近で感じることになるのだ。その恐怖は計り知れない。
ガガガッ!
ズガンッゴガン!
バギズズン!
ピシャッ! ズウゥン……
「ひいぃっ!?」
まさか丁寧にも雷が当たらないように調整されているとは知らないレイヒムは蹲って悲鳴を上げる。元から戦闘タイプではないレイヒムに度胸を求めるのは酷なのだろうが、傲岸不遜に砂漠の帝王を名乗っていた者の姿としては首を傾げてしまうものがある。
対して三対六枚の翼を広げ、無数の雷霆を従えているクウの姿は神の如き神々しい姿にも見える。ミレイナとシュラムは唖然として天変地異のような攻撃に目を奪われていたのだった。
そしてクウはその間に魔力を回復する。
「《魔呼吸》……ふぅ」
【魂源能力】の連続使用だけでなく、魔力障壁による防御によってクウの残りMPはかなり少なかった。これから使いたい魔法を発動するためにも魔力の回復は絶対に必要だったのである。
クウは周囲の魔素を感知して体に取り込む。
そして魔素を魔力に変換し、さらに霊力へと戻して体内で蓄積する。
壊れスキルの一つである《魔力支配》によって大抵の魔力系操作技能はこなせるため、こういった魔力の高速回復もお手の物なのだ。
「さてと。いくぞ」
魔力を回復したクウは激しい雷に打たれて動きを止めているモルドに向けて右手を翳す。そして高速思考による魔法演算を開始するのだった。
(座標固定。モルドの位置を原点として三次元極座標空間を設定し、効果範囲を想定。原点の空間自由エネルギーを種として魔力による極大増幅と重力作―――拙っ!?)
しかし演算に集中していたクウは背後に気配を感じて咄嗟に回避を実行した。
そしてその行動がクウ自身を救う。
「『《空間断絶》』」
クウのいた場所に一条の光が走り、空間ごと切り裂く。そして自然状態から逸脱して切り裂かれた時空は即座に修復して元に戻った。
僅かに避けきれなかったクウは一枚の翼を半分ほど切り落とされる。意思と魔力によって構成されている翼であるためすぐに修復はしたのだが、クウは背後に現れた存在に驚きを隠せなかった。
「モルド……あの状態から転移魔法を発動させたのか?」
「避けたか。やりおるな」
表情一つ変えず、機械的なトーンで言葉を発したのはモルドだった。クウの幻雷によって動きを封じられてはいたが、アンデッド故に痛みは感じない。封じられていたのはあくまでも肉体を持つが故の特性に過ぎなかった。つまり、無理やり魔法を発動させることも可能だったのである。
何とかしろと命令されたモルドは無理矢理《時空間魔法》を発動し、クウの背後へと転移して攻撃を繰り出したのだ。
そしてクウは驚きの余り《幻夜眼》を解除してしまう。
(ちっ……流石にスキルを並列起動させ過ぎた。まさか幻術を無理やり抜けてくるとは想定外だ)
スキルの融合使用に比べれば、並列使用はまだ楽な方だ。《幻夜眼》に並行して、魔力を体に廻らせる《身体強化》、飛翔に使用している魔力を回収する《魔呼吸》、演算に使用していた《思考加速》などを同時に使用していたのだが、流石にやり過ぎだった。
一応《幻夜眼》と《月魔法》の並列使用は出来ないので、演算が終わり次第切り替えて発動する予定だったのだが、予想を反して強制的に幻術を止めさせられることになる。まだ魔法演算が収束していないため、そちらの方も驚きと共に霧散してしまったのが悔やまれた。
しかし相手は悔やむ時間すらも待ってはくれない。
「『世を創りし根源たる元素よ
我が願いに応えよ。
火は力、根源を照らす浄化
水は恵み、根源を保つ癒し
風は守り、根源を包む囁き
土は命、根源を育む揺り籠―――』」
突如として詠唱を始めるモルドにクウは一瞬動きを止めた。
今まで全ての魔法を無詠唱で放ってきたモルドが敢えて詠唱を行っている意味を考えれば、それは詠唱しなくては使えない程の大魔法を行使しようとしてるとすぐに分かる。
クウは即座に抜刀した。
「『閃空魔斬』!」
攻撃の素早さを優先した飛翔する斬撃。
鞘の内で魔力を纏わせ、抜刀の勢いを乗せた斬撃を飛ばす技だ。岩ぐらいならば簡単に真っ二つになる鋭さであるため、アンデッドの人体など軽く切断できるはずだった。しかし音速で飛翔する魔力斬撃はモルドの身体に当たった瞬間に霧散する。
モルドは物理攻撃に対する結界を張っていたのだ。
余程の自信があるのか、アンデッド故に恐怖がないのか、モルドは全く声がぶれる様子もなく淡々と詠唱を続ける。
「『―――
全ては神なる秩序の中にあり
我は望む。裁きの光を!
偽りの世界は神の怒りに沈む
終焉が待ち望む暗黒の光
遥か果てより来たれり
崩壊の因子よ。我が放とう―――』」
「これならどうだ?」
それならばとクウは防御不可能な攻撃を選択する。神刀・虚月の事象切断能力で結界ごとモルドを切り裂くことにしたのだ。動くことなく詠唱するモルドへと翼を羽ばたかせて近づき、神刀・虚月に魔力を通してから縦に切り裂いた―――と同時に納刀する。
肉体を構成している情報を切り裂かれ、そしてその情報は納刀することで物理世界へと還元された。物理結界など意味を為さずにモルドは左右真っ二つになったのである。
しかし抵抗もなく真っ二つに切り裂かれたことで、それがクウの油断となってしまった。
「『―――
残るものは虚無なる世界、滅亡の果て
神に代わりて降し給わん
解き放て!
《終焉の神光》』」
見た目こそ豪華なローブを纏った老人だが、その中身はデス・ユニバースというアンデッド系の魔物だ。魔石を潰すか、肉体を完全に破壊するまで死ぬことはなく、さらに【固有能力】の《無限再生》によって魔石も肉体も再生が可能である。
つまり縦真っ二つに身体が分かれた程度では動きは止まらないのである。
これまでアンデッドは光系魔法を使い浄化してきたクウは、その事実をすっかり忘れていた。
左右に切り裂かれた唇は狂いなく詠唱を完遂させ、魔法は発動してしまったのである。
その瞬間、天から一条の白い光が降り注ぐ。
それは嫌な予感がして咄嗟に回避したクウが避けきれる程度の細い光の筋。
しかしクウは魔法効果を解析して即座にミレイナとシュラムの元へと飛翔した。
「二人とも全力で逃げるぞ!」
「なん―――うわっ!?」
「―――クウ殿?」
クウは問答無用で二人の腕を捕まえ、そのまま飛翔して光の筋から離れる。
あの程度の攻撃で何を大袈裟な……と疑問に感じていたミレイナとシュラムは、次の瞬間に驚愕の表情に包まれることになった。
細い一本の光が天と地を結んでいるだけだった。
だが突如として光の柱が膨張し、一瞬にして周囲を白く染め始めたのである。僅かに見えたのは膨張する光柱が触れた瞬間に崩壊して塵と化す瓦礫だけだった。
炎水風土雷光闇複合魔法《終焉の神光》。
広範囲に渡って物質を崩壊させる終焉の光だ。
「何なのだアレは!?」
「絶対にあの光に触れるなよ。少しでも触れたらその部分は自分で切り落とせ。さもないと死ぬ」
「クウ殿、あれには腐蝕効果でもあるのか?」
「少し違うが似たようなものだ」
ミレイナとシュラム手を引いて高速飛行するクウは短くそう答える。光柱の膨張速度はそれ程早くはないのだが、帝城の内部を走って逃げることが出来るほど甘くはない。飛翔して一直線に逃れる必要があると判断した程度には。
「俺の解析した限りでは帝城の建物が完全に消失するレベルだ。外にいるレーヴォルフたちは大丈夫だろうけど、城内部に残っている奴は諦めるしかない」
「くっ……」
クウの言葉にシュラムは悔しそうな顔をする。
シュラムはレイヒムの元へと辿り着くまで何人もの兵士を昏倒させており、そういった者たちはまだ帝城の廊下で眠っていたままだった。そうでないものもいるかもしれないが、膨張して迫ってくるあの光柱から逃げられるとは思えない。
つまり滅亡の光を浴びて身体を崩壊させられることになるのだ。
レイヒムが何とかしろと言ってしまったために、モルドは周囲一帯を滅ぼし尽くす魔法を発動してしまったのである。
仕組みとしてはかなり複雑な魔法だ。
まず光属性によって光を集め、炎属性と組み合わせることによって高濃度のガンマ線へと変える。恒星が有害なガンマ線を放射するのと同じ概念で、光エネルギーを極大増幅させるのだ。ガンマ線は非常に有害な放射線のことであり、これだけで分子構造を破壊することが出来る。さらにこのガンマ光線にはある概念が組み込まれている。
それは原子崩壊。
水、風、土属性は液体、気体、固体の性質を司り、闇属性によって各状態相の分子が「滅び」と「汚染」によって浸食されることになる。これだけでは崩壊しないが、その一歩手前になるのだ。加えて雷属性による電子干渉によるエックス線放射で崩壊因子はこれ以上ないものになる。
つまりこれらの性質によってあらゆる物質の原子を崩壊させ、さらに崩壊原子から新たなガンマ線やエックス線を発生させて連鎖的に広範囲を破壊し尽くす魔法なのである。少しでも光が体に触れれば、その端から細胞、遺伝子、いや原子ごと順に破壊されていく。生き残りたいならば崩壊しきる前にその部分を切り落とすしか方法はない。
この魔法の範囲に入ってしまった領域は崩壊原子によって多量の放射線が留まる地帯となり、環境にも悪影響を与えることとなる。クウが逃げを選択したのも当然だった。
また効果は徐々に減衰していくため、初めに込められた魔力によって範囲が変わってくる。
だがモルドが込めた魔力はMP換算にして数十万。
帝城を破壊するには十分だった。
神の裁きとも思える白い光柱が消えたとき。
帝城があった場所に残っていたのは地中深くまでポッカリと空いた大穴と、《時空間魔法》によって完全防御がなされていたレイヒム、そして《終焉の神光》の発動者であるモルドだけだった。
全属性を融合させた消滅魔法はテンプレですよね。
物理学的に説明したら多分こんな感じなのではないでしょうか? ぶっちゃけて言うとこの程度の被害では済まなさそうな効果ですけどね。
ちなみに原子核の崩壊によって生じるのがガンマ線、電子のエネルギー変位によって生じるのがエックス線です。α崩壊とかの話ですので、この魔法の原理は全て高校物理の内容で理解できるのではないでしょうかね。
評価、感想をお待ちしています。





