EP20 呪いの魔剣
「おじさん、その串焼き3本」
「おう、もうすぐ焼きたてが出来るから少し待ってろ!」
昨日と一昨日で上級迷宮と名高い虚空迷宮を14階層まで到達してしまったクウは、さすがに悪目立ちしすぎると考えて、休暇を兼ねて【ヘルシア】の街を散策しながら見て回ることにした。
「へいお待ち! 小銅貨6枚だよ!」
「はいはい6枚ね」
クウはアイテム袋から小銅貨を6枚取り出して串焼き屋のおじさんに渡す。引き換えに貰った串焼きは、昨日も倒したビッグボアのもも肉らしく、柔らかくてジューシーだ。味としては鶏と豚を足して2で割ったような初めての風味だった。
「せっかくだし武器屋でも行ってみようかな。木刀ムラサメのおかげで何気に今まで世話になったことないしなぁ。日本じゃなかなかお目にかかれないから一回入ってもいいかもな」
串焼きの肉を齧りながら、早速近くにあった武器屋へと足を踏み入れる。
白い布が敷かれた台の上には大量の鉄剣が並んでおり、壁には槍やハルバードなどの長物が立てかけられており、店の奥には弓やナイフなども備えられていた。
お得意の《看破Lv6》を使って鉄剣の性能を見ていると、奥で店番をしていた小太りな男がこちらへと寄って話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。私は店主のマウリと申します。お客様は剣をご所望ですか?」
「ああ、これでも冒険者でね。剣術スキルを持ってるから、何かいい剣はないかと思って」
「そうですか。失礼ですがランクは?」
「Eランクだよ」
「ということは迷宮ではなく依頼で稼いでいるのですね?」
「いや、俺は虚空迷宮に入っているよ」
「なんと! もしやヘルシア支部のギルドマスターを下したと噂になっているあの……?」
「噂が速いな……。確かにギルマスのブランを倒して特別に迷宮に立ち入る許可を貰ったのは俺だ」
クウの言葉にマウリは驚愕の表情を浮かべ、逆にクウは情報の速さにうんざりしたような顔をする。商人たちにとって情報とは早く手に入れて当然であり、これを怠る者は商人として半人前以下の扱いを受ける。そのため今更クウが自重しようとも、すでに時遅しなのであった。
「クウ殿ほどの腕ならば表にある鉄剣では満足いかぬでしょう? 少しお待ちください」
そう言ってマウリは豊かな腹をブルブルと愉快に揺らしながら奥へと小走りで駆けていく。しばらくして出てくると、その手に2振りの長剣を抱えていた。
1つは純白の鞘に納められた神々しい装飾付きの剣で、もう一つは黒い鞘に納められたシンプルな剣。ただし黒い方は何故か鎖で封印されてしまっている。
マウリはその2本をクウの前において説明をはじめた。
「ご覧ください。この純白の鞘に納められた剣はなんとミスリル製です。切れ味は抜群でありながら、刃こぼれも滅多にしないという高性能な一品。装飾品としての価値もあります」
続けて鎖でグルグル巻きにされた剣を抱えて話しだす。
「こちらは……その……所謂呪いの装備と言うやつでして……。とある商人仲間から譲り受けたのですが、呪い持ちということ以外《鑑定》してもいまいち効果が分からずですね……」
「呪い……ねぇ」
武具や防具に魔法効果や特殊効果が付与された魔法道具というものがある。錬金術師が付与したり迷宮内で発見されることによって手に入るのだが、その効果は必ずしもプラスに働くとは限らない。
ステータスダウンや状態異常の効果が付随している場合、それは呪いと呼ばれ、なかには装備を外すことが出来なくなるようなものまで存在する。ただし、強力な能力の代償として呪いを受け入れて装備をする猛者もいないことはないのだ。
(《鑑定》でダメなら《看破》で視えるかもな)
クウは2本の剣を《看破Lv6》で調べた。
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フォールホワイト
製作者 ゴリアス
ミスリルで出来た長剣。
素晴らしい彫刻が施されつつも実践を考慮
した扱いやすい逸品。
観るものを虜にすることからフォールと名
付けられた。
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魔剣ベリアル(呪・狂)
製作者 リグレット・セイレム
血を吸うことで修復する魔剣。
また、吸収した血に応じて切れ味が増していくが
、この剣を持つ者に《狂化》の状態異常を常に
与える。精神値が5,000以上あれば抵抗できる。
錬金術師リグレット・セイレムが吸血鬼の
能力を剣に付与したいと考えて制作した。
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(あれ? 俺ってこの魔剣装備できるんじゃね?)
切り伏せた敵の血を吸い取って能力が増していく強力すぎる能力の代償に、意識が混濁してところ構わず暴れまわる《狂化》の状態異常になってしまう魔剣だが、精神値が4,500のクウならばあと5レベル上げるだけで問題なく装備できてしまう。
(これは買うしかない!)
「マウリさん、ちなみにそれぞれの値段は?」
「このミスリル剣フォールホワイトは性能のみならず装飾品としての価値もありますので26万L、つまり大金貨2枚と小金貨6枚です。こちらの魔剣は呪い持ちということ以外は銘も能力も分からないので、5万Lでどうでしょうか?」
つまりフォールホワイトは大体260万円で魔剣ベリアルは50万円だ。
「さすがに26万Lは持ってないな。そうだな……この魔剣の能力を知りたくないか?」
「ほうほう。と言いますと?」
「俺は少し強力な鑑定系能力を持っていてね。この魔剣の能力が見えるんだよ。なんなら証拠に俺のステータスを一部見せてもいい。それでものは相談なんだが……この魔剣の能力を教える代わりに魔剣を2万Lで売ってくれないか?」
「ふふふ……。それは魅力的ですね。どうせタダで譲り受けたものですし、後学のためにも勉強させていただきましょう」
「よし! 契約成立だな」
クウはステータスをスキル部分の《看破Lv6》以外を隠した状態でマウリに見せた。ステータスを他人にみせる許可をするときに、任意の欄を隠したいと念じればそこを隠すことができるのだが、召喚当初はこれを知らなかったので慌てふためくことになったのはクウにとっては今やいい思い出だ。
「《看破Lv6》ですか。噂には聞いたことありますが初めて見ましたよ」
「俺も、俺以外には見たことがないな」
「それで一体この魔剣の能力はどういったものなのですか?」
「銘は魔剣ベリアル。血を吸い取ることで剣が修復する上に切れ味が増していくという壊れ性能な武器だ。ただし、装備者に《狂化》の状態異常を常に与えるらしい。抵抗するには精神値が5,000必要だそうだぞ」
「なっ!?」
「精神値5,000なんてLv100ぐらいないと普通は到達しない域だから、使いこなせる奴はほとんどいないだろうな。俺は使えるが」
「クウ殿のレベルは一体……」
「おっとそれは秘密だな」
「そうですな。失礼しました」
「じゃあ、お代の2万Lだ」
クウはアイテム袋から小金貨や大銀貨を大量に出して2万L分をマウリに渡す。昨日の段階で稼げるだけ稼いだ分をほぼすべて使い果たしてしまったので、また今日も迷宮に潜らなければお金がない。
「はい確かに。これからもどうぞご贔屓に!」
マウリはお金を受け取り、少し引き攣った笑みを浮かべながら鎖に巻かれた魔剣ベリアルを差し出した。クウはそれを受け取ってアイテム袋へと収納する。アイテム袋を見たマウリは再び驚愕の表情を浮かべたがクウは無視してその場を立ち去った。
「ふんふ~ん♪ いい買い物したな」
鼻歌交じりにムラサメをアイテム袋から取り出して左手に装備する。もちろん魔剣ベリアルを買った分のお金を取り戻すためと、レベルを上げて精神値を5,000にして魔剣を装備できるようにするためだ。
今日も続きの15階層から始めるのでとれる素材は牙や毛皮や肉だ。魔石も含めれば総合的には結構いい稼ぎになるのは昨日分かっている。
念のためギルドに寄って素材の買取値を確認してから虚空迷宮へと向かった。
「へぇ、さすがに時間帯がずれると空いてるんだな」
いつもなら長蛇の列に並ぶことになる迷宮の転移クリスタルも、ピークの時間帯を2時間ほど過ぎている今ならば誰もいない。待ち時間なしに転移クリスタルを使用できる。
クウは上機嫌で転移クリスタルへと触れ、15階層へ跳んだ。
「はっ、『閃』!」
正面から居合いの一撃でグレイウルフの首を落とす。
居合後の硬直を狙って両サイドから別のグレイウルフが同時に牙を剥くが、クウは身体を捻って一体を躱すと同時にもう一体に鞘での打撃である『撃』を使って首を折る。避けたもう一体が着地する瞬間を狙って振り落ろしの『断』で仕留めた。
残りのもう2体が同時に飛びかかって来るが、すでに木刀ムラサメは鞘に納められており、再び放たれた『閃』で一刀両断された。
「ふぅ」
血を振り落として納刀。
ステータスを確認する。
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クウ・アカツキ 16歳
種族 人 ♂
Lv45
HP:1,420/1,420
MP:1,340/1,340
力 :1,224
体力 :1,218
魔力 :1,261
精神 :5,000
俊敏 :1,372
器用 :1,452
運 :40
【固有能力】
《虚の瞳》
【通常能力】
《剣術Lv2》
《抜刀術 Lv7》
《偽装Lv7》 Lv1UP
《看破Lv7》 Lv1UP
《魔纏Lv4》 classUP
【加護】
《虚神の加護》
【称号】
《異世界人》《虚神の使徒》《精神を砕く者》
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《魔纏Lv4》
《魔力操作》の上位互換スキル。
魔力を武具や防具に纏わせることで強度や切れ味などを上げる。
「ようやくLv45になったな。このあたりの魔物はLv30あるかないかぐらいだから時間がかかった」
レベル以外にも《偽装》《看破》はLv7になった上に、スキル《魔力操作》は《魔纏》に進化してより使いやすく変わっていた。ちなみに魔力を身体に捲らせるようにできると、スキル《身体強化》に変化するのだが、クウはそのことを知らない。
結局18階層まで攻略してその日はそのまま宿へと帰った。