EP208 シュラムの槍技
Merry Christmas!
今日はカップルがイチャイチャする日ではありません。
イエス・キリストの誕生を祝う日です。
まったく、最近の若者は勘違いしている人が多いですね。やれやれですよ。
帝城の上階、レイヒムの部屋があった場所では壁や屋根が崩壊してかなり開けた状態となっていた。レイヒムが召喚した従魔が暴れまわり、クウとシュラムが対抗することで常に揺れている。いつ帝城が崩れてもおかしくないのではないかと思わされるほどだった。
シュラムに気絶させられた者を除けば、すでに城の内部にいた者たちが避難を終えていたのが唯一の幸いだろう。
だがレイヒムにとっては最悪の状況と言えた。
「はっ!」
シュラムは《剛力 Lv8》をアクティブにして破砕効果を発動させる。その状態でデッドスコーピオンの右の鋏を攻撃し、甲殻を破壊する。防具にすればかなり丈夫なものが出来るデッドスコーピオンの甲殻だが、シュラムの能力ならば問題なく破砕できた。
「ギイイィィィィイッ!?」
これで両方の鋏が破壊されてしまったデッドスコーピオンは金切り声を上げて大きく仰け反る。そして毒を噴射する蠍の尾を大きく振り回して暴れた。
シュラムは追撃せずに一旦距離をとり、今度はデーモンロードの方を相手にする。こちらは《気纏》でガードしていなければHPとMPを吸い尽くされてしまうため、気を抜くとあっと言う間に敗北してもらう。また、そうでなくとも凄まじい身体能力を有しているため、《気纏》を使っていたとしても油断することは出来ない。《気纏》はあくまでも《HP吸収》と《MP吸収》への対抗策だと思っていた方がいいだろう。
「グオオォォォォォオオオ!」
「む……」
叩き付けられたデーモンロードの腕を槍で受け止めるが、そのあまりのパワーにシュラムは顔を顰める。悪魔系の魔物は吸収スキルで相手を弱体化させ、吸い取ったエネルギーを利用していつまでも暴れ続ける魔物だ。そして上位種のデーモンロードともなれば、その継続戦闘能力から一体で都市を崩壊させることも可能となる。
普通は一人で相手をする魔物ではない。
だがシュラムは真っ赤な《気纏》で吸収スキル対策を取り、またそれと同時に強化された肉体でデーモンロードに対抗していた。
さらにシュラムの手札は槍だけではない
「『流れる天風よ
ここに集いて凝縮せよ
岩をも砕く衝撃
砂をも散らす波動
見えぬ一撃を齎したまえ
《風波砲撃》』」
「ゴオオッ!?」
槍でデーモンロードを受け止めている間に魔法を詠唱し、風の砲撃を鳩尾に直撃させる。基本的な抵抗力が高いデーモンロードだが、さすがにこの至近距離で浴びせられた魔法には耐えきれないようだった。吹き飛ばされるといったことはなかったが、よろめいて後ずさることになる。
そしてその隙を見逃すシュラムではない。
シュラムはデーモンロードの左胸の鋭い一撃を放った。
「ガアアアアアアアアアア!」
「くっ……さすがに貫けないか」
だがシュラムの槍はデーモンロードの胸に浅く刺さった程度であり、簡単に押し返された。シュラムの使用している槍は強力な専用装備ではあるのだが、さすがにデーモンロードほどの上位種が相手では難しいのである。
これ以上は無理だと悟ったシュラムは素直に槍を引く。
そして背後から殺気を感じて横に転がった。
「ギチギチギイイィ!」
「ガァ……」
鋏を破砕したデッドスコーピオンは毒の尾を使って的確にシュラムを狙う。シュラムも《気配察知 Lv7》を持っていなければ避けることは難しかっただろう。非常に可動域の広い攻撃であるため、どの位置ならば安全であるというものがないからだ。
六体を同時に相手にしていた時よりは押しているが、やはりこのクラスの魔物を相手にして簡単に決着が付くというのは有り得なかった。
(今のままでは私の攻撃も通りにくいか……クウ殿はどうしている?)
シュラムはデッドスコーピオンとデーモンロードに効果的なダメージを与えることが出来ていないことに焦っていた。スキルを上手く使うことで優位性を保ってはいるが、根本的な身体能力や耐性が桁違いに高いので、決定的な一撃を繰り出すことが出来ない。
シュラムは自分よりもさらにもう一体多く相手にしているクウの方を見て参考にしようとした。
だが見た瞬間に参考にならないと悟ることになる。
「こんなものか……」
夥しいほどの血の海の中心に佇む黒い天使。左手には鞘に収められた神刀・虚月が握られており、その姿からは余裕が垣間見えた。
「まさかそんな! なんという……」
人族基準ではSランクを超える魔獣たち。
ポイズンコブラ、デザートエンペラーウルフ、マンティコアは一体出現するだけでも都市が滅びるような魔物ばかりだったはずだ。だがクウは一人で国を滅亡させることが出来る存在だ。たとえ三体同時だったとしても相手になるはずがないのである。
やったことは簡単だ。
三体の猛攻に対してしばらく回避に専念しながら魔力を練り上げ、意思干渉のために演算を開始する。さすがに三体同時では時間が掛かったが、それでも問題なく幻術で動きを止めることが出来た。
クウが発動したのは意思干渉による本物のような幻術。
虚空に出現した大量の剣によって三体は地面に縫い付けられ、再現された痛覚によって動きを止められることになる。普通ならば鋼の剣など跳ね返す体表を持っていたはずだが、この大量の剣はあくまでも幻術であり、物質的な防御力など無視して突き刺さる。
結果として、動きを止められた隙にクウが神刀・虚月でトドメを刺したのである。
「これで終わりか?」
「くっ! 『《眷属召喚》』」
レイヒムには戦闘能力が皆無といっても過言ではない。基本的に召喚獣に戦わせてきたレイヒムは自分自身で戦うための技術やスキルを身に付けていないのだ。どうにかするにしてもレイヒムには契約魔獣を召喚するしかない。
強力な魔物を葬り去られてしまったレイヒムが召喚したのはゴブリンだった。単体の強さこそ最弱級ではあるが、魔法や武器を扱い、集団で戦うことで真価を発揮する。レイヒムは上位種を含めて三十体以上のゴブリンを召喚してみせた。
「あの化け物を倒しなさい!」
『ギッ!』
使役されることで統率されたゴブリンが一斉に返事をする。剣や槍などの武器の他に、魔法を発動するための杖を所持しているゴブリンまでいた。防具も丈夫な鉄製であり、野生のゴブリンが装備できるようなものではない。レイヒムが用意したのだと理解できる。
さらにすべてがLv60を超えているので、こんなゴブリンが人族領で出現すれば冒険者ギルドで高ランクパーティに指名依頼が入ることになるだろう。
また一度に召喚できる数に限界があるのか、レイヒムはさらにゴブリンを召喚して数を増やす。
「どこでこんなに契約したんだよ……一人でちょっとしたスタンピードでも起こせそうだな」
とても所詮ゴブリンだと侮れない状況なハズなのだが、クウの顔には焦りなどない。《森羅万象》でステータスを確認しているため、この程度なら問題ないと確信できるからだ。
数の暴力と言う言葉は確かに存在しているが、圧倒的な力の差がある状態では意味を為さない。それが今のクウとゴブリンたちの状況だった。
波のように迫ってくるゴブリンに対し、クウは魔法で対処する。
「久しぶりに使うか。
『闇の瘴気
吹き抜ける病魔
弱者は尽く感染する
その身よ、朽ち果てろ
《不死感染病風》』」
クウから黒い風が流れ、ゴブリンたちを覆っていく。
するとゴブリンたちは急に苦しみだし、血を吐き出して悶えた。
この黒い風は「滅び」と「汚染」の効果が込められた闇系統の魔法であり、対象を滅ぼしてアンデッドにするという効果を秘めている。抵抗力が低い相手にしか通用しないが、ゴブリンのような相手ならば効果的だった。
以前に虚空迷宮で使用したのだが、その時に共に潜っていた騎士ステラに禁術クラスの魔法だと言われて自重していたものである。
「なっ……。契約が!?」
アンデッドにされ、召喚契約が破棄されたことに驚くレイヒム。同じ魔法でもより強力な魔法を使った方が優先されるのは当然のことなので、レイヒムの《召喚魔法》はクウの《月魔法》によって破られたのだ。
さらにクウはアンデッド・ゴブリンを消すために別の魔法も使用する。
「『清浄なる大地よ
万の悪意を消し去り給え
顕れしは神聖の領域
支配するは神の真意
神気を以て打ち払う
不浄なるものよ
この地を立ち去れ
《聖域》』」
クウを中心として光の領域が広がり、アンデッド・ゴブリンたちは為す術もなく塵となって消えていく。クウの魔力で発動された《聖域》は非常に範囲が広く、全てのアンデッド・ゴブリンを一度で浄化することが出来た。
そしてクウが想定していなかったもう一つの効果が現れる。
「ギイイィ!?」
「グガアァァァァァッ!?」
《聖域》の範囲に巻き込まれたデッドスコーピオンとデーモンロードまでもが苦しみ始めたのだ。この《聖域》という魔法はアンデッドに対して特効である他に、普通の魔物に対しても効果を発揮する。
また悪魔系の魔物であるデーモンロードは光属性に弱く、《聖域》によって凄まじいダメージを与えることになった。
相対していたシュラムは思わずポカンとしてしまうが、いつまでも呆けているほど愚かではない。戦いに水を差されたという複雑な気分はあるが、隙を逃すことなく一撃を叩き込むことにした。
(デッドスコーピオンは《剛力》でどうにかなるかもしれないが、今の私の攻撃ではデーモンロードには通用しない。さらに強力な攻撃方法が必要だ。迷宮でネメアと名乗ったあの女性がやっていたように、気の力を攻撃に使う……)
《気纏》を体や武器に宿らせるというのは普通のことであり、特に意識せずとも発動できる。だがそれを攻撃の力として転用するにはスキルの融合という技術が必要だった。本来ならば非常に時間のかかる修行の末に可能となる技だったが、長年に渡って修行を続けていたシュラムなら問題は無い。
攻撃に《気纏》を使えるという発想さえ得ることが出来れば、あとはコツの問題だった。シュラムは貫くという意思を槍に込めて赤い《気纏》を纏わせる。
「穿てェッ!」
苦しそうによろめくデーモンロードの心臓へ向けて再び槍を放ち、今度こそ仕留めてみせるという意思を込める。この瞬間にシュラムの《槍術 Lv8》は《気闘槍術 Lv8》へと進化し、一歩先の技へと到達したのだった。獣人、竜人の中でも首長クラスのごく一部しか習得していない気闘武術の一種を手にしたのである。
そして一度目は浅く傷つけることしか出来なかったデーモンロードの左胸をあっさりと貫いた。
「ガアァァァァァッ!」
「まだだ!」
叫ぶデーモンロードに対して、シュラムは槍を引き抜いて器用に振り回し、その穂先でデーモンロードの首元を撫でる。《気闘槍術》となって先程とは比べ物にならないほどの切れ味となった槍はデーモンロードの動脈を容易く切り裂いた。
激しく血が噴き出てデーモンロードは膝を着く。
そしてその間にシュラムは《剛力》をアクティブにしてデッドスコーピオンの方へと踏み込んだ。両側の鋏を既に破壊されているデッドスコーピオンは素早く反撃することが出来ず、シュラムを懐へと居れてしまう。咄嗟に毒の尾で突き刺そうとしたが、それよりも早くシュラムが槍を振るった。
「はああぁぁっ!」
下から真上まで弧を描いて振るわれた槍から激しい紅のオーラが放出される。真上へと突き上げるような赤い衝撃がシュラムから真っすぐ伸びていき、デッドスコーピオンの底部に膨大なダメージを入れながらもなお進み続ける。
だがシュラムの攻撃はこれで終わりではない。
今度は同じ攻撃を槍を振り下ろして行った。
「噛み砕け! 『竜牙紅気咬』!」
上下から牙が閉じられるかのようにオーラの衝撃が咬み合い、デッドスコーピオンを真っ二つにする。上下どちらかだけならばデッドスコーピオンの甲殻で耐えきれたのだろうが、こうして噛み砕くように上下から挟むことで威力が何倍にも増大する。
シュラムが使用した『竜牙紅気咬』は直線状の対象を上下から破砕する竜の牙そのもの。
槍に《気纏》を纏わせることと、《気闘槍術》として扱うことの差を思い知らせる強烈な一撃だと言えた。
「オオ……グゥ……」
ズズン……と音が聞こえ、少し遅れてデーモンロードも地に伏す。心臓を貫かれ、首の動脈を切り裂かれたのだから当然だろう。如何に魔物が高い生命力を有していると言っても限界がある。
「…………」
一体で都市を滅ぼせるような魔物が六体。
それを全て倒されてしまったことでレイヒムは言葉を失う。レイヒムの切り札であり、最高の戦力であった六体の魔物を倒されてしまった以上はクウとシュラムに対抗する手段もなく、出来るとすれば《魔障壁》で意味のない時間稼ぎをすることぐらいだ。
そして状況はさらにレイヒムを追い込んでいく。
「おい。クウに父上。私もこっちに来たぞ!」
堕天使ダリオンとの戦いを抜けてきたミレイナがこのタイミングで到達したのだ。
いい具合にレイヒムを追い込むことが出来たことにクウは笑みを浮かべる。ほぼ計画通りに事が運ばれており、あとはレイヒムに情報を吐かせてから呪いを解かせるだけになったからだ。
(自殺だけされないように気を付けないとな)
クウは一歩だけレイヒムへと近づき、口を開いた。
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