EP206 足を引っ張るミレイナ
イライラするのは今回まで
次週からは楽しくなっていきます
四天王と呼ばれる魔人族ダリオン。『仮面』の二つ名を持ち、これまでは本当の顔すらも知られていなかったとも言われている。だが堕天使となった彼は既に顔を隠していない。
そのダリオンが六枚の漆黒の翼で浮遊しつつミレイナ、レーヴォルフ、そして反レイヒム派の者たちを見下ろしていたのである。
驚愕で動きを止める中、一度だけダリオンの姿を見たミレイナだけが声を上げた。
「お前は! あの時の!」
「貴様はレイヒムが捕まえていた竜人の小娘か。相変わらず威勢だけは良いな」
「なんだと!?」
ダリオンはレーヴォルフに変化して【ドレッヒェ】に潜り込んでいた。そしてその際にミレイナの師匠として武術を教えていたのだ。ダリオンは本物のレーヴォルフ以上にミレイナの性格をよく知っているのである。
そしてミレイナもダリオンがずっと騙していたことを知っている。
だからこそ単純なミレイナはすぐに攻撃を仕掛けた。
「吹き飛べ!」
馬鹿の一つ覚えで《竜の壊放》を放つ。
牽制や様子見という言葉を知らないのではないかとも思えるミレイナの所業だが、これまではそんなことをしなくても対象を倒せたことも事実だ。砂漠の甲殻系魔物も一撃で破砕する無差別破壊スキルを持っていたからこその自信と無知であった。
そして今回はそのツケが回ってきたということになる。
破壊の波動は空中に浮くダリオンに全く効果を示さなかった。
「何故だ!?」
「ミレイナ! そいつは幻影だよ!」
ミレイナより少しだけ遅れて動いたレーヴォルフはミレイナのすぐ側へと糸……正確にはレーヴォルフの髪から作った糸を放った。他の者たちは『どうしてそんな場所に?』と思ったが、その理由はすぐに判明することになる。
「むっ、見破られたか」
ミレイナのすぐ側で空間が歪んだように見えた。そして少しだけ残念そうな声が聞こえ、上空にいたはずのダリオンの姿が現れる。それと同時に上空に浮かんでいたダリオンは霞となって消えた。
「幻術だね。クウが言っていた通りだ」
「そういえばそんなことを聞いた気もするな」
クウはダリオンのことを説明するために自らの幻術能力について軽く説明している。ミレイナは忘れていたようだが、レーヴォルフはしっかりと覚えていた。だからこそダリオンが現れた時点で《気配察知 Lv10》を全開で発動させ、本当の居場所を感知していたのである。
さすがに《虚空神の呪い》で精神値が一割まで減少しているダリオンに気配すら欺く意思干渉が使えるとは考えにくく、どうにか幻術にも対処できるのである。これもクウが予測していたことだ。
レーヴォルフは状況を理解できていない反レイヒム派のメンバーに説明すること、そして改めてミレイナに説明するために口を開いた。
「アイツは恐らくダリオン・メルク。この国をおかしくさせるためにレイヒムの裏から手を引いていた【アドラー】の魔人だよ。クウの言葉が正しいなら『仮面』の四天王って呼ばれている。触れるだけで姿と能力をコピーする、強力な幻術を使う、そして回復や精神汚染、対象を消滅させる魔法を使うはずだよ」
「滅茶苦茶ね」
「とんでもねぇな」
レーヴォルフの言葉に反応したのはリッカとハッカである。この双子の姉弟はそっくりな表情をしながらそれぞれ呟いた。元から【魂源能力】を所持しているだけでなく、クウの能力をコピーしたことで《幻夜眼》と《月魔法》までも手に入れているのだ。
クウ程には使えずとも脅威になることは違いない。
だがミレイナはあまりレーヴォルフの話を聞いていないようだった。
「そっちか! 《竜の壊放》!」
再び破壊の衝撃を放ち、目で見えているダリオンを攻撃するミレイナ。しかしダリオンは既に幻術で居場所を誤魔化しており、ミレイナの破壊の波動は意味を為さない。ダリオンはその隙に堕天使の翼で飛翔してミレイナの背後を取ろうとしていた。
しかしレーヴォルフはそれを許さない。
「はっ!」
器用に糸を操作して網状に展開し、ミレイナの背中を守るようにする。ダリオンもレーヴォルフが幻術で隠れているハズの自分に気が付いたことには驚いたが、展開された糸に構うことなく剣を抜いてミレイナへと振り下ろした。
クウの能力をコピーすることで得た圧倒的ステータスを使い、目にも留まらぬ速さで切り裂く。
だが《虚空神の呪い》のせいで通常のスキルは全て消去されたため、ダリオンの振るう剣はステータス任せのものだ。そのためダリオンの一撃はレーヴォルフの糸で容易く阻まれた。
「なんだと!?」
「甘いね」
ダリオンの一撃を受け止めたと同時に糸を操作して剣を絡めとり、そしてそのままダリオンも捕らえようとする。だが寸前のところで剣を手放し、ダリオンはどうにか空へと逃れた。クウに切り裂かれた堕天使の翼は既に《月魔法》で回復させているので、問題なく飛ぶことが出来るのである。
逃したことを察したレーヴォルフはせめて武器だけでも処理しようと糸を操作し、絡めとった鋼の剣を糸でバラバラに引き裂いた。剣だった欠片がカラカラと地面に落ちる音が耳に入ってくる。
「これで武器も無くなったね」
「む……糸に《気纏》を纏わせていたか」
「正解だよ」
レーヴォルフはそう言いつつダリオンへとさらに糸を伸ばす。
だが、それはミレイナが同時に放った《竜の壊放》で吹き飛ばされた。
「え?」
「ちっ!」
想定外の方向から攻撃を邪魔されたことでレーヴォルフはマヌケな声を上げ、同じく予想外な場所から攻撃を受けたダリオンは舌打ちをしつつ回避する。凄まじいステータス値があってこそ回避が出来たのだが、普通ならばまともに喰らっていたタイミングである。堕天使であるため能力が落とされてはいるが、やはりそのスペックは侮れないだろう。
「ちょっとミレイナ! 攻撃するなら僕の攻撃に合わせてよ」
「レ―ヴが私に合わせろ」
「いや、君の攻撃って他人に合わせるつもりがないよね?」
冷静なレーヴォルフのツッコミにリッカとハッカ、そして他の反レイヒム派のメンバーたちも同意して頷く。
ミレイナの無差別攻撃は無駄に範囲が広く、一度で相手を片付けることしか考えられていない。もちろんその気になれば範囲を絞ることぐらい出来るのだが、ミレイナにそのつもりはなかった。つまり、ミレイナが攻撃を放つと相手がどこに回避するか予測できないのだ。普通は相手を誘導する形で回避させ、そこを味方に攻撃させることで一歩速い攻撃を繰り出すことを合わせると言うのだが、ミレイナはやはりそのことが理解できていなかったようだった。
リッカやハッカなどはそれを理解していたので隙が生まれるまで待っていたのである。
「ふん。仲間割れか?
『闇を恐れよ
根源よ、湧き上がれ
侵食する暗黒の矢
《恐慌滅心矢×50》』」
ミレイナ達が言い合っている隙にダリオンは詠唱を完成させ、周囲に大量の黒い矢を浮かべる。相手の精神に侵食して恐怖を湧き上がらせる闇系統の魔法だ。かつてクウが自作した魔法なのだが、能力を記憶ごとコピーすることで使用可能となったのである。
魔力量に任せて浮かべている《恐慌滅心矢》は五十本。
範囲から逃れることは不可能である。
「拙いわ! 全員《気纏》を全開にして!」
慌てたリッカがそう叫びつつ《気纏》を発動し、それに続いて他の者たちも《気纏》を発動させた。耐性を高めることが出来るので、回避ではなく耐えることを選択したのだ。流石のレーヴォルフも逃げる範囲が無ければ回避は不可能であり、彼らに倣って白い《気纏》を発動させる。
そしてミレイナも特有の赤い《気纏》を使うのかと思いきや、彼女は反射的に【固有能力】を発動させる。
「はぁっ!」
「ちょっとミレイナ!」
《恐慌滅心矢》は全方位から囲むようにして発動されている。そしてそれを弾くために無制限で放たれた《竜の壊放》も全方位へ衝撃を撃ちだした。
そうなると精神汚染の矢だけでなく味方にも被害が及ぶことになる。
「くっ」
「きゃあっ!?」
「おわぁっ!」
『ぐはっ!?』
範囲にいた全員の声が重なり、ミレイナを中心として吹き飛ばされる。《恐慌滅心矢》も消し飛ばされたが、それ以上に味方への被害が酷かった。
堕天使の翼で空中に飛んでいたダリオンだけが無事である。
そしてミレイナ以外が吹き飛ばされた隙を逃すダリオンではない。
ダリオンは一人になったミレイナ……ではなく《竜の壊放》をまともに喰らってすぐには動けないレーヴォルフたちに狙いを定める。
「まずは厄介そうな貴様だ」
ダリオンが最初に目を付けたのは当然ながらレーヴォルフである。少し前までは自分が擬態していただけあってレーヴォルフの天才的な立ち回りは理解している。それこそ【固有能力】を持っているミレイナよりも遥かに厄介だと考えていた。
そもそも【魂源能力】を有しているダリオンにとってミレイナは敵ではない。まともに能力を使いこなせないミレイナよりも、全ての能力を完璧以上に使いこなすレーヴォルフの方が遥かに厄介な障害となるのは間違いないのだ。
「『再生を司る聖なる光
滅びを晒す邪悪な闇
融和せよ、拒絶せよ
朱き月は遂には滅びる
甦ること能わざるなり
今、この世界に滅亡の閃光を!
《月蝕赫閃光》』」
ダリオンは素早く詠唱し、魔力が大量に消費されることを厭わずに無理やり消滅の概念を生成する。クウならば演算で消費魔力を減らして効率的に放つことが出来るのだが、ダリオンにクウ程の演算能力は無い。
しかし魔力を大量に注ぎ込むことで世界に魔法生成を助けさせることが出来るのだ。
お陰でダリオンのMPは半分以下となってしまったが、これで厄介なレーヴォルフが倒せるならば安いものだという判断である。
右手を空中でバランスを崩しているレーヴォルフへと向けるダリオン。赫い雷を纏った消滅のエネルギーが凝縮し、それが球状へと形成された。あとはこれを放つだけである。
「死ねいっ!」
《竜の壊放》を使用したばかりのミレイナは見ている事しか出来なかった。
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