EP205 帝王の戦い
各地で爆発音が響き、それに混じって悲鳴が聞こえてくる。微かに呻き声も聞こえてくるが、この喧騒でそれに気づく者は少ない。
反レイヒム派による大規模反乱は【帝都】に凄まじい被害と混乱を与えていた。被害と言えば、クウが少し前に巨大蛸の幻術で引き起こした方もある。しかしすべては幻影の出来事であり、実質的な被害はかなり少なかった。巨大蛸が消えた瞬間に崩れた建物が元に戻り、怪我が消えていくのは不思議そのものだったが、今回に限っては全て本物だ。
折れた骨も、崩れた建物も全て現実なのである。
そしてレイヒムはそれを引き起こしたクウに強い憎しみの視線を向けていた。
「厄介な事をしてくれましたね。あなたの幻術能力は本当に厄介だ」
「ダリオンがコピーした能力から調べたか」
「ええ」
クウは『仮面』の四天王ダリオン・メルクと対峙した際、彼の【魂源能力】である《千変万化》によって能力をコピーされている。そして中途半端なコピーを行ったせいでダリオンは堕天使に転生してしまったのだが、そんなことよりもクウの能力が知られたことは問題だった。
「あの情報操作のような出来事も貴方のせいですよね?」
「だからどうした? お前だって似たようなことはしていただろ」
「ええ。私が六十年かけて為したことを数週間で崩されましたね!」
レイヒムの声からは明らかな苛立ちが見える。
だがそれも当然だろう。やっていることは間違いだが、レイヒムなりの努力で皇帝となったのだ。最後の詰めとして竜人を捕獲する作戦を実行したが、クウとファルバッサによって予定変更を強いられ、そしてそれが始まりとなって全ての計画が崩れ去った。
さらには切り札の一体である真怪鳥ジーロックすらもクウの魔法一発で肉塊となったのだ。理不尽が過ぎるというものである。
「レイヒムよ。私の里にかけた呪いを解いてもらうぞ」
「あとファルバッサの分もな」
シュラムとクウはそれぞれ槍と刀を構えつつレイヒムにそう詰め寄る。まだ五体の召喚獣に守られ、距離もそれなりに開いていたはずだが、レイヒムは大きく追い詰められているように錯覚した。
それは物質的な距離ではなく心理的な距離感。
余裕を繕っているレイヒムも、実はかなり焦っていたのである。
そしてレイヒムは自分の配下に命令を下した。
「二人を殺しなさい」
たった一言の命令だったが、五体の召喚獣は一斉に行動を開始する。ジーロックを殺され、さらに相手は二人に増えたのだが、残ったポイズンコブラ、デッドスコーピオン、デザートエンペラーウルフ、デーモンロード、マンティコアに恐れはない。
シュラムの方には防御力の高いデッドスコーピオンとデーモンロードが向かい、クウの方には素早さと一撃の重さを重視してポイズンコブラ、デザートエンペラーウルフ、マンティコアが向かう。
そしてジーロックを殺されたことで容量に余裕の出来たレイヒムは更に魔物を召喚することにした。
「『《眷属召喚》』」
レイヒムが召喚したのは強力な魔物ではない。だがその数は膨大だった。
デスホーネット。
強力な毒を操るのだが、その名と違って致死性は全くない。だが一撃でも喰らえば動けなくなるほどの強い麻痺毒を使用するのだ。デスホーネットは特殊な体液で砂漠の地中に巣を作り、女王蜂に獲物を奉げるべく飛び回る。そして見つけた獲物は集団で襲い掛かり、麻痺毒で生かしたまま巣へと持って帰るのだ。砂漠版のキラービーとも言えるだろう。ただ、その獰猛さはそれ以上だが……
レイヒムが召喚したデスホーネットは五十匹以上。一匹当たりの体長が五十センチほどもあるデスホーネットがレイヒムの背後を埋め尽くし、激しい羽音を鳴らしていた。
そしてレイヒムは勝ち誇ったように怪しい笑みを浮かべて声を張り上げる。
「この眷属たちはレベルこそ低いですが、毒性は本物です。いつまで耐えられるで―――」
「《幻夜眼》起動……死ね」
だがクウはデスホーネットの大軍に向けて幻術を使用し、その精神に死を植え付ける。もとから精神値がそれほど高くない虫系の魔物がクウの本気の幻術に耐えられるはずもなく、死の幻術は現実へと昇華した。
今にも突撃しようとしていたデスホーネットの大軍は何もさせて貰えずに床に落ちる。
「一体どうなって……!?」
「今の俺はLv50以下の奴なら見ただけで殺せる。Lv40前後のデスホーネットぐらい簡単だ」
「馬鹿な……」
《幻夜眼》の能力は現実と幻術の境界を操作することにある。意思干渉によって対象へと介入し、精神を攻撃することで現実へと還元する。精神値の差があれば、見るだけで相手の心臓を止めることすら可能なのである。精神と現実は密接につながっており、意志力さえあれば世界の意思すらも覆すことがあるのだ。
表面的に幻術能力だとしか認識していないレイヒムにとっては衝撃的な出来事だろう。
そしてクウはデスホーネットに幻術を使用したが、それはレイヒムに仕向けられた三体の召喚獣を同時に相手にしながらのことである。そして今も攻撃にさらされているのだが、クウは涼しい顔でその攻撃を捌ききっていた。これにもレイヒムは驚きを隠せない。
「これ程とは……オロチとも戦えるわけですね」
「そりゃな。こいつらはLv150前後ってところか。それを六体同時に相手にして生き残ったシュラムも結構凄いけど」
「クウ殿が言うと嫌味にしか聞こえん」
「俺を性格悪いみたいに言うな。褒めたんだから素直に受け取れ」
クウが参戦したことでシュラムにもかなりの余裕が出来た。こうして戦いの合間に会話することが出来る程度には楽になったのである。
だがシュラムも元はレイヒムの召喚獣を六体同時に相手に出来るほど強かったのだ。たった二体相手にするぐらいなら問題ないのも当然だろう。
シュラムはデーモンロードの重い一撃を弾き返し、噴射されたデッドスコーピオンの毒を回避して今度は攻勢にでる。鋭く突き出されたシュラムの槍は確かにデーモンロードの脇腹を貫き、血を流させた。赤いシュラムの《気纏》がさらに傷口を抉り、デーモンロードは苦痛の表情を浮かべる。そのまま槍を貫通させるのかと思いきや、シュラムは一度その場を飛びのいた。そして一秒と立たずにシュラムが居た場所でデッドスコーピオンの鋏が閉じられる。少しでも遅れていれば《気纏》を使用したシュラムでも傷を負わされていたことだろう。
しかしシュラムは冷や汗一つ流さずに攻撃を続ける。
「はぁっ!」
スキル《剛力》をアクティブにして槍の柄を振るい、デッドスコーピオンの鋏に叩き付けた。すると鋏は甲高い音を立てるかと思いきや鈍い音を響かせる。見れば攻撃された鋏には蜘蛛の巣状にヒビが広がっており、《剛力》の破砕効果が発動したのだと理解できた。
「ギチギチギチッ!?」
「遅いぞ」
シュラムはデッドスコーピオンが驚いて動きを止めた隙を逃さない。もう一度《剛力》をアクティブにして同じ場所に攻撃し、デッドスコーピオンの左の鋏を破壊することに成功した。
怒ったデッドスコーピオンが無差別に毒を噴射するが、シュラムはそれを冷静に回避する。触れるだけで侵される強烈な毒であるため、細心の注意が必要なのだ。気化しないことが唯一の救いだが、こうして無闇に毒を撒かれると立つ場所すらも無くなってくる。
既に壁や天井がぶち抜かれてそれなりに広い戦場へと変貌しているが、フィールドは無限ではないのだ。ただでさえ室内戦闘なのだから、こうして足場を奪われるだけでもシュラムは追い詰められることになる。
(《気纏》でどこまで耐えられるかは不明だ。無駄に喰らうことはないだろう)
ミレイナならば能力で吹き飛ばすことで広範囲に毒をばら撒くか、《気纏》を過信して毒を受けることになっていただろう。戦闘経験の差というのはこういったところで顕著になる。
(レーヴは上手く手綱を握れているだろうか?)
そんなことを思いつつデッドスコーピオンとデーモンロードの相手を続けるのだった。
◆ ◆ ◆
そしてそんな心配をされていたミレイナは既に城内の兵士を殆ど無力化していた。元から【ドレッヒェ】への進軍のために数が少なくなっており、クウがエブリム、ヘリオンと共に解放した反レイヒム派のメンバーたちの活躍によって案外早く収束したのである。
まだ残っている者もいるようだが、それも時間の問題だろうと思われた。
「大方片付いたねミレイナ」
「ああ。そういえばレ―ヴが戦っているところを見かけなかったけど何していたのだ?」
「……やっぱり気付いていなかったんだね」
「何をだ?」
首を傾げるミレイナにレーヴォルフは溜息を吐く。
大技を放つばかりで隙だらけのミレイナはかなりの頻度で背後などから狙われていた。魔法、槍、ナイフなど様々なモノが飛ばされてきていたのだが、それに対処していたのは全てレーヴォルフであった。戦場全体を見て戦うという能力が欠如しているため、レーヴォルフがいなければ今頃ミレイナは死んでいただろう。
「まぁいいや。取りあえず僕が縛っておくから周囲の警戒を頼むね」
「もちろんだ。任せろ」
自信たっぷりにそう語るミレイナだが、感知が苦手なのは既に分かっていることだ。勘は良いみたいだが普段からの警戒が余りにも杜撰なのである。期待しないでおこうとレーヴォルフは思いつつ、クウから借りているアイテム袋からロープを取り出した。
そしてそうしている間に共に城内で戦っていた狼獣人の首長の娘であるリッカが近づいてきた。
「こちらも終わったわ。もうすぐしたらハッカも来るはずよ」
「今更だけど君は?」
「私は現狼獣人の首長であるエルディスの娘リッカよ。レイヒムの屑野郎を地上から永久に消滅させるために活動している者の一人。よろしく」
「そうかい。じゃあ兵士たちを縛るのを手伝ってくれるかな?」
「もちろんよ。ウチのメンバーにも手伝わせるわ」
そういってリッカは反レイヒム派の仲間を呼び集め、レーヴォルフから縄を受け取って倒した兵士たちを縛り始めた。少ないと言っても百人以上はいるので、全員を縛るには時間が掛かる。こうして手伝ってもらえるのは非常にありがたかった。
さらにそうしているうちにリッカの双子の弟であるハッカが戻ってきた。彼はリッカとは別にメンバーを連れて兵士を無力化していたのだが、その無力化した兵士を抱えてきたのである。縛らなければならない数も増えたが、縛る側の人員も増えたことでさらに作業は早くなる。すぐに全員を縛り終えたのだった。
「これで全部だね」
「ようやく終わったのかレ―ヴ?」
「うん。あとはシュラム様の方に加勢に行かないと。クウも行っていると思うけど、僕たちも急ごう」
ミレイナとレーヴォルフがそう話していたところにリッカとハッカも加わる。
「私たちも行って構わないかしら?」
「ダメだって言われても行くけどな」
「もちろん頼むよ。多分、クウが全ての細工を終わらせているハズだから、僕たちはレイヒムを追い詰めないといけないしね。人数は多い方がいい」
クウの名を聞いて首を傾げていたハッカだが、姉のリッカに耳打ちされて思い出す。自分たちを牢から助け出した謎の人物がクウという名前だったことに気付いたのだ。詳しい作戦は聞いていないので、レーヴォルフの言った細工のことは分かっていなかったが、今は一刻も早くレイヒムを追い詰めていく方が先決だろう。
そう判断してリッカとハッカは頷き、それに続くようにして他のメンバーも頷く。
だがここでそれを遮るかのように低い声が響いてきた。
「悪いが貴様らはここで殺させて貰おう。俺も奴を加勢せねばならんのでな」
突然聞こえてきた声に驚きつつも反射的に上を見上げる。
見えたのは三対六枚の漆黒の翼、黒い眼球、そして紅い瞳、尖った耳。
堕天使と化した四天王ダリオン・メルクがそこにいたのだった。
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