EP201 シュラムとレイヒム
レイヒムのいる部屋の前まで来たシュラムは愛用している槍をギュッと握りしめる。無意識のうちに歯を喰いしばっていらしく、ギリギリと歯軋りする音が聞こえていた。
シュラムも気づかない内に力を込めすぎていたことに気付き、一度落ち着いて深呼吸をする。レイヒム程度の相手に負けるなどとは思わないが、彼は《召喚魔法 Lv7》を使って味方を呼び出すことが出来る。油断をするわけにはいかなかった。
(いくぞ……)
心を落ち着けたシュラムは槍を持っていない方の手……つまり左手で扉を押す。砂漠では貴重な木を使った扉であり、滅多なことでは見られないのだがシュラムにとっては関係ない。その向こう側にいるレイヒムを倒し、父親の仇を取ることが出来れば十分だった。
(いや、それだけではダメか)
恨みの感情が湧き上がってきたことでシュラムは自分に言い聞かせる。
確かにレイヒムに対する恨みは深いが、私怨だけで全てを終わらせて良いはずがない。レイヒムは呪いの力で【砂漠の帝国】を混乱に陥れ、多くの犠牲者を出した。さらに今でもその力を利用して国を裏で好きなように操り、戦争すらも引き起こそうとしている。
今は獣人と竜人全ての代表としてレイヒムに臨まなくてはならないのだ。
扉が開かれる間にそんな思考をしていたシュラム。開かれた先にはターゲットであるレイヒムが隠れることもせずに正面から待ち構えていた。
「良く来ましたね反逆者シュラム」
「本当の反逆者が誰なのかは貴様が一番分かっていることだろう?」
「はて? 私にはさっぱり分かりませんな」
不敵な笑みを浮かべるレイヒムにシュラムは苛立ちを募らせる。だがすぐに冷静に戻ってレイヒムに対する殺気を強めた。
「私がわざわざ貴様の所に来た理由は分かっているな?」
「ええ、そんなに殺気を放たれなくとも分かりますよ」
「そうか。では最期の言葉はそれでよいのだな? ……と言いたいところだが、生憎クウ殿はお前を殺してはダメだと言ったのでな。手足の二、三本を吹き飛ばす程度で我慢してやろう」
「おやおや物騒ですね。それにクウ殿でしたか? 確か私の邪魔をしてくれた天使でしたね。ダリオンからの報告を受けているので知っていますよ。赤の他人に力を借りた挙句に、彼の言いなりになるとは竜人の長も落ちたモノですねぇ。ククク」
「ふん。貴様ほどではないさ」
まさに一触即発。
近接戦闘ではシュラムの足元にも及ばないハズのレイヒムがシュラムを挑発するような言葉を発していることは異常だったが、そのことで何か裏があるのではないかとシュラムは疑っていた。
しかしシュラムはこういった駆け引きが得意ではない。
竜人全体で言えることだが、変に裏をかくような戦いをするよりも正面からぶつかることを好むのだ。こういった駆け引きを戦いに持ち込むのはシュラムの妻であったパルティナぐらいである。今はその教えを受け継いでいるレーヴォルフがそういった戦い方をする程度だ。
だからシュラムは先手必勝とばかりにレイヒムに向かって槍を突き出す。
「まずは逃げられぬように足を貰う!」
シュラムは《槍術 Lv8》を所持しており、相当な腕前で槍を扱うことが出来る。突き出された槍も、レイヒム程度なら強化系のスキルを使わずとも一瞬で仕留められるような鋭さを持っていた。
だがその一撃は甲高い音を立てて弾かれる。
「甘いですよ。私の《魔障壁》を破れるとは思わないことです」
レイヒムは《魔障壁 Lv8》のスキルを所持している。もはや《結界魔法》にも及ぶほどの防御力を備えたレイヒムの障壁を破るには、シュラムの攻撃は弱すぎた。
だがシュラムも少し前にレイヒムの《魔障壁 Lv8》を見たところだ。何も考えずにレイヒムへと攻撃を繰り出したわけではない。
「《気纏》《剛力》!」
自らの身体能力を解放し、強力な耐性を得る《気纏 Lv7》のお陰でシュラムは赤色の気に包まれていく。この真っ赤なオーラは獣人や竜人の中では非常に有名であり、この色を見ればまず初めにシュラムのことを思い浮かべるほどだった。
さらに腕力や脚力を増大させるスキル《剛力 Lv8》も有しており、この対極のスキルである《硬化》に対して破砕ダメージを与えることが出来る。つまり障壁系の能力に対しても有効なのである。
これらの《魔障壁》対策は全てクウに教わったモノだった。
「はっ!」
「なっ……! どういうことです!」
再び加えられた一撃はレイヒムの《魔障壁》にヒビを入れてしまった。以前は三将軍でもあるザント、フィルマと共に攻撃しても傷一つ与えられなかったはずだが、今回はシュラムだけでヒビを入れたのだ。レイヒムが驚くのも無理はない。
だがそれと同時にシュラムもこのことで驚いていた。
(まさか《剛力》スキルだけでこれほど変わるとは……)
《剛力》スキルをただ力を上げるだけのスキルだと考えていたシュラムは、まさか破砕効果を攻撃に付与することが出来るスキルだったとは思わなかった。パッシブ状態では力を上昇させるスキルなのだが、MPを消費してアクティブ化すると破砕効果を得るのである。
「少し前の私と同じだと思うなよ!」
「厄介ですね……」
シュラムは《剛力 Lv8》を発動させつつレイヒムを攻撃していく。レイヒムは一撃ごとにヒビを入れられていく障壁を修復しながらも、形成を逆転する手順を考えていた。
普通の戦闘能力が低いレイヒムがまともにシュラムと戦って勝てるはずがない。神種に進化しているのでステータス面は高い方だが、そんなものはスキルや戦い方の工夫で簡単に覆るものである。戦いのエキスパートであるシュラムに勝つためにはレイヒムもそれなりの手段を取らなくてはならない。
「私だけを見ていてもいいのですか? ほら、左ですよ」
「なんだと?」
不意に言われたレイヒムの言葉通りに左側へと目を向けるが何もいない。だがシュラムは《気配察知 Lv7》で右側から何か迫っている気配を感じ取り、反射的に大きく頭を下げて回避した。
ヒュンッ、と風を切る音がしてシュラムの頭があった場所を何かが通過する。そしてその何かはそのまま部屋の壁にぶつかって大きな音を立てたのだった。
見れば壁にはエリマキトカゲのような生物が張り付いていた。風属性を纏って周囲を切り裂きながら体当たりを繰り出すアサシンリザードだ。気配を消して行動する砂漠の魔物の一種である。シュラムほどの実力が無ければ今の一撃で首を切り裂かれていたことだろう。
「おや失礼。あなたから見れば右でしたねぇ」
「貴様……」
騙し討ちをしようとしたことに悪びれもなくそう語るレイヒム。今のアサシンリザードも当然ながらレイヒムの召喚獣の一匹であり、シュラムが来る前に召喚して仕込んでおいたのだ。
だがレイヒムはこの程度の不意打ちでシュラムを倒せるなどとは思っていない。今の攻撃も単に隙を作る行為に過ぎなかった。
壁に張り付いたアサシンリザードから目を離してレイヒムへと向き直ったシュラムの目の前にビー玉サイズの球体が三つ投げられる。
「何っ!?」
三つの球体は突然激しく発光し、シュラムは咄嗟に目を瞑るが間に合わずに視力を奪われる。ベタな手ではあるが、こういった場合には非常に効果的だった。
目潰しを喰らったシュラムは思わず後ろに後ずさり、レイヒムへの攻撃は一時止まる。
そしてレイヒムはその隙に手早く詠唱を完了させた。
「『我と契約せし眷属たちよ
この地に呼び出そう
我が盟約に基づき顕現せよ
全地に示せ
汝らの力、叡智、勇気を!
《眷属召喚》』」
莫大な魔力を消費して呼び出したのはレイヒムの切り札とも呼べる六体の召喚獣たち。少し前に【帝都】を襲ったクウの巨大蛸を撃退しようとした時にも呼び出した強力な魔物だった。
真怪鳥ジーロック
大毒蛇ポイズンコブラ
死毒蠍デッドスコーピオン
帝砂狼デザートエンペラーウルフ
悪魔将デーモンロード
混合獣マンティコア
六体の魔獣は小さなレイヒムの部屋を吹き飛ばしてこの場に顕現したのだった。天井も崩れて雲一つない青空が露わとなる。
「くっ!」
視界が回復していないシュラムは気配を頼りに六体の魔獣の位置を把握する。レイヒムは脅威とは言えないが、これほどの魔物はシュラムでも相手にするのは難しい。一体ならば問題なく倒せる自信があるが、六体同時ともなれば逃げるだけでも難しいだろうというのがシュラムの判断だった。
「キイィィィィィッ!」
ジーロックが飛び上がり、シュラムはその際の大風に煽られて踏ん張る。今の召喚で壊れた城の一部も更に破壊され、それを見ていた【帝都】の住民は目を見開いて驚いていた。だがその上空に出現したジーロックの姿を見てレイヒムが戦っているのだと瞬時に理解する。そのことで城の騒ぎに気付いていなかった者たちも、ようやく異変を察知し始めたのだった。
そしてようやく薄っすらと目が見え始めてきたシュラムは目の前の状況に苦々しい表情を浮かべていた。
「これは……」
シュラムの目の前にいたのは巨大な体躯を持った悪魔将デーモンロード。両脇には毒を操るポイズンコブラとデッドスコーピオンが睨みを聞かせており、背後ではマンティコアが道を塞いでいる。さらに上空に控えているジーロックが目を光らせており、逃げ道は少しもない。ならばと召喚主のレイヒムを狙おうと思えばデザートエンペラーウルフがしっかりと目を光らせて守っている。
デザートエンペラーウルフの影に隠れたレイヒムは不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「反逆者には過ぎた処刑ですが……これで終わりですよ」
圧倒的に不利な状況。
油断をしているつもりはなかったが、レイヒムのことを舐めていたと自覚せざるを得ない状況だった。ミレイナのこと言えないなと思いつつ、シュラムは《気纏》を纏い、槍を構えるのだった。
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