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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
201/566

EP200 表裏一体の陽動


 ミレイナとレーヴォルフが陽動、そしてクウとエブリムとヘリオンが救出をしていた時、竜人の長であるシュラムは気配を消しながら一つの場所へと向かっていた。

 およそ六十年ぶりの帝城は補修や改築で変化しており、シュラムでも知らない場所を歩いているような気分になる。若干の面影は残っているが、それもあまり意味がない。

 しかしシュラムがその程度のことで迷ったりするはずがない。何故なら長年に渡って戦い続けてきた怨敵の気配を忘れたりはしないからだ。シュラムはレイヒムの気配を辿って目的地を目指す。

 だがシュラムはレイヒムだけに気を取られるわけにはいかない。



「赤髪の竜人!? シュラムだ!」


「くそっ。もうこんなところまで!」



 シュラムは隠れながら移動しているわけではないのだ。一応気配を消しているが、それでも実際に目で見れば分かるし、音も匂いもある。感覚が鋭敏な獣人を出し抜くのは非常に難しい。

 しかし兵士に見つかったにもかかわらず、シュラムは落ち着いた様子で対処してみせた。



「疾っ!」



 短く息を吐きだすようにして力を込め、縮地のような移動で二人に近づき、一撃で無力化する。魔族は全体的に戦闘力が高いが、竜人の長を務めているシュラムはその中でも規格外な存在なのだ。この程度の事は鼻歌交じりでも出来る。

 獣人の兵士は二人とも小さく呻いて倒れ、気絶した。シュラムはそんな二人を通路の端に避けてから先に進むべく気配に集中する。

 レイヒムは移動することなく部屋で留まっているらしく、目的地は変わっていなかった。



「さすがに全ての兵士が陽動で引き付けられることはないか……まぁ、この程度なら問題は無かろう」



 強襲作戦は如何に素早くレイヒムを抑えるかが重要になってくる。竜人の里【ドレッヒェ】ではレイヒムの呪いによって今も苦しんでいる者がいるため、手早くレイヒムを捕らえて能力を解除させなくてはならないのだ。

 その際に心配なのが【帝都】や他の里に住む民たちの心象である。

 一応は疫病から国を救った英雄として崇められている以上、クーデターのような形で【帝都】に争いを引き起こすのはイメージとして悪い。本来の義はシュラムにあるのだが、そのことを知っているのは本当に一部の者たちだけなのだ。

 しかしそちらの方面はクウが対処している。情報操作で【帝都】にレイヒム不利な噂をばら撒いたり、各里に赴いて獣人の首長たちと話をつけたのもその一環だった。

 だからこそシュラムは後のことも心配することなく強襲作戦を実行できるのである。



「っと……」



 不意に城が揺れてシュラムは足を止める。

 どうやら相当激しく陽動を行っているらしく、シュラムの近くの壁もパラパラと土が崩れていた。こうして陽動してくれているおかげで簡単に潜入も出来ているのだが、こうも派手にされるとシュラム自身も動きにくくなる。やはり経験が少なめのミレイナは暴れることしか考えられないのだろう。



「この様子ではミレイナに参戦させた意味がないかもしれないな……」



 元はと言えばミレイナに力押しだけでは通用しないという現実を教えるために強襲作戦へと加えた。だがこの様子ならば余裕で対処していると見ていないシュラムにも分かる。

 戦場における全体を把握した動き、そして先を見据えた戦い方は訓練しなければ身に付かない。才能よりも慣れが必要な分野だと言える。ただ一対一で戦うならば目の前の敵を見ればよいのだが、一刻ごとに変化するフィールドでは目の前ばかりに気を取られてはいけない。ミレイナにはそのことを学んでほしいとシュラムは願っているのである。

 すると願いが通じたのか、不意に揺れが止まった。



「ミレイナも気づいたか……? いや、レ―ヴが止めただけだろうな」



 全くもって正解を言い当てているあたり、やはり父親なのだろう。

 レーヴォルフに関しても殆ど偽物と接してきたのだが、化けていた堕天使ダリオンもレーヴォルフの記憶から性格を模倣していたので問題なく行動が読める。



「まぁよかろう。今頃はクウ殿も細工をしてるはずだ。私もしっかりと仕事をこなしてみせよう」



 強襲作戦は少人数で実行されている。

 考え事に耽っている暇など無いのだ。

 シュラムは再び気を引き締め、帝城の中を進んで行ったのだった。









 ◆ ◆ ◆







 そして陽動役であるミレイナとレーヴォルフは城の兵士を相手に無双を繰り広げ、圧倒的な力の差を見せつけることで役割を果たしていた。



「はっ!」


「ごは!?」



 ミレイナは重たい一撃で兵士の一人から意識を奪い取る。殴られた狼獣人の兵士は甲殻鎧の上から攻撃を受けたにも拘らず地面に倒れたのだった。

 これにはミレイナへと飛びかかろうとしていた他の兵士も足を止める。

 だが、腕に自信のある者は怯むことなくミレイナの前に飛び出してきた。



「凄まじい破壊力。さすがは竜人だぜ」


「次はお前が相手なのか? さっさとかかってくるのだ」


「へっ。言われなくとも!」



 しかしミレイナのステータスに任せた動きは雑だが確かに凄まじい。地力の差であっという間に勝負はついてしまう。



「がっ……」



 その兵士も鳩尾に一撃を喰らって、後ろにいた兵士たちを巻き込んで吹き飛ばされていた。

 元からレベルの高かったミレイナは破壊迷宮の攻略でさらにレベルアップしている。そのため普通では有り得ない高ステータスを手にしているのだ。試練に失敗したため【魂源能力】は手に入らなかったが、それでも他を寄せ付けない強さを誇っている。

 だがミレイナは気を緩めて油断していた。



「……死ね」



 誰にも聞こえないような呟きと共に、ミレイナの死角からナイフが迫る。隠密行動や暗殺的な動きを得意としている猫獣人の兵士が放った投げナイフは、ぶれることなくミレイナの頭部に飛来してきた。

 如何に丈夫さが自慢の竜人でも、頭部を攻撃されては死んでしまう。偶然にも頭部の角に当たらない限りは必殺となることだろう。

 しかし兵士として訓練された猫獣人が動きを止めて油断しているミレイナに対してそのような初歩的ミスを犯すはずがない。ナイフはしっかりと後頭部に向かっていた。

 だが……



「おっと危ない」



 ナイフに気付いていたレーヴォルフが少しだけ指を動かすと、ナイフは弾かれて回転しつつあらぬ方向へと飛んでいく。ナイフを投げた猫獣人が驚いてよく見ると、白いオーラが細い線のようにミレイナの背後を守っているのが見えた。

 そしてそれに気付くと同時に背後で気配がする。

 慌てて地面に転がろうとしたが、足元が何かに縫い付けられたように動かなかった。そしてそのまま首の後ろに衝撃が走り、視界が暗転する。

 彼が倒れた背後には黒髪の長髪を靡かせた青年の竜人が立っていただけだった。



「ミレイナも油断しすぎだね」



 こういったイレギュラーな攻撃に気を付けなければならないのが戦場だ。ミレイナは殺されそうになっていたことに気付いた様子もなく嗤いながら兵士を吹き飛ばしている。無駄に《竜の壊放》を使わなくなったのは褒められる点だが、慢心して背後が疎かになっているのは頂けない。

 今もレーヴォルフが《気纏オーラ》で強化した糸を張っていなければ死んでいただろう。



「おっとまただね」



 こうして防いだかと思えば、また不意打ちの一撃がミレイナに迫っていた。拘束の魔法を使おうとしていた蛇獣人の魔法使いの首元に《操糸術 Lv7》で糸を巻き付け、詠唱を失敗させる。

 先程からこのような尻拭いばかりになっているため、ミレイナが一人で暴れまわっている状態となっていた。一度痛い目に遭えば良いのかもしれないが、下手なことをして取り返しのつかない怪我をされても困るので、レーヴォルフも仕方なくこの役に甘んじているのだった。



「その程度では私は倒せないぞーっ!」


(いやいや。君、既に十八回は死んでいるから)



 レーヴォルフは冷静にツッコミながらも十九回目の防衛をする。

 全く周囲への注意が出来ていないミレイナには溜息しか出ない。普通ならば気配で分かるハズなのだが、ミレイナは分からないらしい。



(もしかして《気配察知》のスキルを持っていないのかな?)



 ミレイナの詳しいスキル構成を知らないレーヴォルフはまさかと思いつつそんな想像をする。【砂漠の帝国】においては隠密に長けた毒性魔物が多いため、《気配察知》は必須スキルだ。また戦いの上でも非常に有効であるため、戦士を名乗る者は必ず持っていると言ってもいい。

 習得が面倒だが、これがなくては一流にはなれないのだ。

 だがミレイナは習得を面倒臭がった数少ない人物だった。

 天性の勘と圧倒的な【固有能力】の力で強くなったミレイナは感知系のスキルを身に付けようとはしてこなかったのである。



(よくよく考えればミレイナは感覚のままに戦っていたね。妙に筋はいいから気にしてなかったけど、こうして一対多の戦闘になるとボロが出る。いつもは《竜の壊放》で全包囲攻撃をしていたから必要なかったんだろうね)



 そんな答えに行きついて密かに溜息を吐きつつも二十回目の不意打ちを防ぐレーヴォルフ。相手の兵士も不意打ちならばミレイナに通じる可能性があると気付いているらしく、不意打ちの頻度が明らかに増え、正面戦闘をしている兵士とも連携してるように感じられる。

 レーヴォルフは《気配遮断 Lv10》と特殊な立ち回りを利用して常に相手に姿を捕らえさせず、影からミレイナを守ることに専念していた。天才的な技量を持つレーヴォルフだからこそ出来ることである。

 兵士たちはミレイナがレーヴォルフに守られていることには気付いているが、肝心のレーヴォルフを捉えることが出来ずに苦戦していた。僅かに敵意を感じ取れる《気配察知》と異なり、《熱感知》も《魔力感知》も混戦状態では役に立たないからだ。



(ま、パルティナ師匠の忘れ形見なんだ。僕がしっかり守らないとね)



 レーヴォルフの師匠である竜人パルティナの面影を重ねつつ二十一回目の不意打ちを防いだ。続けて飛んできた槍は叩き落し、魔法を発動しようとしている蛇獣人の足に糸を絡めて転ばせ、気配を消してミレイナの背後に迫っていた者は首の後ろを手刀で打って気絶させる。

 彼の髪を編んで作られた即席の糸が空間を飛び回り、手の届かない兵士すらも倒してしまう。

 そのようにしてミレイナが表、レーヴォルフが裏の活躍をしていたころ、シュラムは遂にレイヒムのいる部屋の前まで到着していたのだった。







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