EP199 強襲作戦開始
その日はいつもと同じだった。
いつもと同じように朝が始まり、いつもと同じように仕事をする。
ある者は商売に励み、ある者は破壊迷宮へと挑む。兵士たちはいつものように警備を行い、多少のケンカを除けば平和が保たれていることに安堵していた。今夜はどこの酒場に行くのかの呑気な会話をして上司に怒られている者すらいる。
だが平和というものは突然崩れ去るものだ。
かつて【砂漠の帝国】でレイヒムの呪いが蔓延したように……
「敵襲ーっ!」
ズズン……
誰かの叫び声と同時に崩壊音が響き渡る。
時刻は日も沈もうとしていた夕刻であり、多くの獣人は自分たちの家に帰る途中だった。中には娼婦のようにこれから仕事の時間だという者もいたが、そういった者は少ない。
彼らが音のした方に目を向けると、その先には煙を上げている帝城があった。
「なんだなんだ!?」
「お城が……どうなっているの!」
「逃げろー! あの悪夢がまた来るぞーっ!」
「いやーっ」
「馬鹿野郎! それよりも加勢に行くぞ!」
「誰か様子を見てこい!」
「いや、自分で行けよ」
少し前に【帝都】に出現した巨大蛸は記憶に新しい。
八本の触手と物理攻撃も魔法攻撃も聞かない謎の魔物だった。その実はクウの幻術によって生み出された存在だったのだが、そんなことを住民が知るはずもない。
しかしそんな事件もあったからこそ、住民たちは慌てふためいていたのであった。
そして城の中ではより大きな混乱が巻き起こっていたのである。
「吹っ飛べ!」
「眠れ!」
ミレイナが《竜の壊放》で凄まじい波動を放ち、兵士を壁ごと吹き飛ばす。如何にミレイナの技量が低くとも地力が違えば圧倒出来る。それに《竜の壊放》は味方が少ないほど無差別にばら撒くことが出来るので今回のように少数で城を攻める場合にはうってつけだった。
そしてミレイナと共に兵士を倒しているのはレーヴォルフだった。彼はミレイナと異なり、最小の力で兵たちを眠らせ、無力化していた。
派手に暴れるミレイナの影に隠れながら技量の高い者たちを仕留めていたのである。
「ミレイナ、あまり城を壊さないようにね」
「知ったことか」
「いや、崩れたらどうするんだよ」
「……善処する」
ミレイナも今回の強襲作戦の概要は理解しており、レイヒムを手早く仕留める必要があると分かっているつもりだ。だからこそ城を壊して無駄な犠牲を出さないためにレーヴォルフのような戦い方の方が好まれるのだ。
それでも陽動としての効果はあるのだが……
そしてこの陽動の影でクウとエブリムとヘリオンは別行動をしていた。
「こっちだ急げ」
「わかっているクウ」
「……エブリムは足音が五月蠅い。もっと静かに」
「わ、わかっているヘリオン」
三人が向かっていたのは城の隣に併設されている収監所だ。
ここにはコソ泥から重罪人まで様々な獣人が捕まっており、この中に反レイヒム派のメンバーだった者たちも捕らわれている。クウが以前調べた内容によれば、ここに収監されている重罪人は奴隷首輪で戦争奴隷として扱うようにと指示されていた。
本当の重罪人は知らないが、反レイヒム派の者たちは早く解放しなくてはならない。
「《幻夜眼》起動……眠れ!」
幻術で収監所の番兵を眠らせ、三人は足を止めることなく中に突入する。
そしてわき目も降らずに地下へと急ぎ、捕らわれている味方を解放するために目的の扉を壊しまくっていたのだった。
「次はあっちの扉だ」
「心得た」
地下に降りる際に改めて奪い取っておいた名簿を片手に指示を出すのはクウ。獅子獣人のエブリムはその指示の通りに扉の鍵を破壊し、中の人物を助け出していたのである。
ガキリと嫌な音がして扉が開く。
エブリムは中にいた獅子獣人の姿を見て誰かを判断した。
「お前は……リッツか?」
「なんだ? ってエブリムじゃねーかよ。どういうことだ?」
「理由は後で説明する。今はここを出ることだけを考えろ」
リッツと呼ばれた獅子獣人の男は納得のいかなさそうな顔をしつつもエブリムの言うことに従う。何故ならエブリム、そしてヘリオンの後ろには既に助け出された仲間たちが既にいたからだった。
クウは新たに助けた反レイヒム派が後ろに加わったのを確認して次の扉を指示する。
「次に行くぞ」
「おうっ!」
「……ああ」
助け出した者たちへの説明は後回しであり、何となくの雰囲気で全てを察してもらっている。語らずとも反レイヒム派のメンバーばかりを助け出している時点で気付いているだろうが、詳しい話は分からずともエブリムとヘリオンを見た時点で助け出してくれたのだと理解できる。
だがその中に一人だけ見たことのないものがいた。
黒髪黒目で黒コートという黒ばかりの見た目であり、そもそも獣人でも竜人でもない。フード付きの白マントを外して姿を晒しているクウは非常に目立っていた。
『てかお前誰だよ!?』
今更ながら一斉に質問が飛ぶ。
他の反レイヒム派の獣人たちも言葉端は異なっていながらも、ニュアンスは同じような質問を叫んだのだった。
「ん?」
指をさされて注目されているクウは首を傾げながら振り返った。
クウとしては手早く残りのメンバーを救出して堕天使ダリオンと皇帝レイヒムの所へと行きたいため、かなり面倒臭そうな表情になっていた。
そんなクウにイラッときたのか、メンバーの一人が強い口調で質問する。
「さっきから平然と混じってたけどあんた誰だよ!?」
「協力者だが?」
サラッと答えるクウに対してヒソヒソと近くに居る者同士で話し出す。
「魔人……か?」
「いや、目は普通だし耳も長くない。違うだろう」
「だったら何者だ?」
「知るかよ」
「結構な達人のようだ。歩き方に隙が無い」
「エブリムたちが傭兵でも雇ったのか?」
「そうは見えないな。寧ろエブリムとヘリオンが従っているように見える」
やはり詳しい説明なしでは納得できないのだろう。
だからと言ってクウにそうする義理は無いのだが、余計な時間を取るのは避けたかった。仕方ないとばかりにクウは魔力を練り上げ、能力を発動させる。
「《幻夜眼》起動」
『なっ!?』
クウは意思干渉を以て自身の記憶の一部を反レイヒム派のメンバーに捻じ込む。精神時間を操作して僅か数秒にまで情報を圧縮し、これまでの経緯と予定を見せたのだった。もちろん機密にしておきたい部分はぼかしているが、これで概要は掴めるはずである。
幻術時間すらも操作してここ数週間の内容を見せつける行為は術者よりも、術を掛けられた側の方に負担が大きい。そのため、幻術が解除された後には膝を着く者が続出したのだった。
「おいクウ! 何をしたんだよ!」
「何って……これまでのあらすじを軽く幻術で見せてやっただけだ。俺が一体何者なのか知りたそうにしていたからな」
「おいおい……」
エブリムは突然のことで抗議をするが、クウの返事を聞いて引き下がる。
しかし、だからと言って精神疲労をしたままのメンバーを連れまわすわけにもいかず、エブリムとヘリオンは頭を抱えて大きな溜息を吐いた。
だがクウも無責任に幻術を発動させたわけではない。
しっかりと対応策も立てていた。
クウは再び魔力を練り上げて魔法を発動する。
「《精神蘇生》」
精神回復に重点を置いた魔法で治療する。
本来は闇属性の特性である「汚染」を逆利用して悪い感情などを抽出するのが目的だが、《月魔法》となった今は精神を回復するという効果になっていた。月の満ち欠けが人の精神に影響を与えるなどと言う都市伝説があったように、《月魔法》にも精神系の効果が含まれている。
月属性という本質を見極めるにあたって改良した魔法の一つだった。
「これで問題ない」
悪い感情や意思を分離して消し去り、癒しの力でリラックスさせる。
心が軽くなったように感じた反レイヒム派のメンバーは、収監所の中で燻っていた感情も抑制され、冷静になることも出来たことは怪我の功名と言えるだろう。
クウは彼らに向かって一言だけ言い放った。
「俺は協力者だ。いいな?」
この時のクウは有無を言わさないという目をしていたらしい。
全員がカクカクと首を縦に振って頷いていたのだった。
エブリムとヘリオンは呆れた顔をしていたが、下手に時間をかける必要がなくなったことは喜ぶべきことなのだ。文句も言えずに再び仲間を救出する作業へと戻っていったのだった。
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