EP1 蘇る記憶
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「……なんだったん……だ……? ぐっ!」
突然頭痛がしてクウの頭に何かが流れ込んできた。
忘れていた感情、記憶……。
(なんだ?……なんで俺はこれを……この記憶を忘れていたんだ?)
それは忘れてはいけないハズの記憶だった……
◆◆◆
10年以上前、クウは隣に住んでいた幼馴染とよく遊んでいた。
幼馴染の家は朱月流抜刀術という武道の道場で、そこの主であり幼馴染の父親である人物が人間国宝指定だった。
ある日、クウが幼馴染の家に遊びに行って道場を見せてもらったときに、はじめて刀を振らせてもらった。とは言っても、木刀だったのだが……
「上手だ」と褒められ、家が隣ってこともあってそこの道場で習うことになったのだった。
そして事件が起きたのは8年前。
当時小学生だったクウは毎日学校帰りに修練に行ってから夜遅くに帰ってた。その日家に帰ったところ、珍しく電気が消えておりクウは父親も母親も出かけてるのかと思った。だが夜も遅く、それも8時頃に出かけるなんておかしいなと思いながらリビングに行くと、血だらけの両親が倒れていたのだ。
「う……うわあああああああ!」
その瞬間に叫び声をあげてクウは気を失った。
次にクウが気づいた時は病院のベッドだった。
そのあと警察の人が来て事情説明を受けた。
家に刑務所から脱獄した脱獄犯が入って両親を殺してお金や車などを奪っていったという事件だった。この時点で既に犯人は捕まっていたのだが、囚人を逃がしてしまったことで刑務所の所長が謝罪に来た。
クウの家に侵入した理由は特になく、たまたまだったそうだ。
当時のクウは頭が真っ白になった。厳しかったが、一人っ子のクウを可愛がってくれるいい親と言えた。だが、ある日突然それを失った。
それで天涯孤独のクウは親戚に引き取ってもらうことになるのだが、生憎クウの一家は親戚が少なかった。数少ない……というよりも、たった一家族の父方の叔父の家族はドイツで暮らしているだけだったのだ。
そこで孤児院行きが確定しかけていたところを幼馴染が「一緒に暮らそう」と言った。
普通そういうのは認められないのだが、隣同士で家族ぐるみで仲が良かったというご近所の住民の証言から、養子という形で引き取られることになった。クウの幼馴染は喜んでいたのだが、当人であるクウはそれどころではなかった。
親を失ったショックで一時期学校も行かなくなったほどに……
だがそんなクウに幼馴染だけは毎日話しかけて来た。
初めは「うるさい!」「どっかいけ!」と拒絶の言葉ばかりで顔も見なかったほどに心を閉ざしていた。
毎日のように遊んでいて、ずっと仲が良かったのに全く顔も合わせなくなった。せっかく養子として引き取って貰ったにも拘らず、幼馴染の両親にも多大な心配をかけていた。
その後いろいろあってクウは立ち直った。全ては幼馴染のお陰だとクウは考えている。そしてそれ以来、クウは朱月 空になった。
だが、幼馴染は高校1年の夏に突然いなくなる。
行方不明などという陳腐なものではない。
クウの記憶、幼馴染の両親の記憶、学校のクラスメイトなどの記憶から幼馴染の存在そのものが抜け落ちてる。
まるで初めから存在しないことが自然だったみたいに。
ここ最近ずっと歯がゆい気持ちだった正体。
クウが朱月の家の一人息子になってたり、学校から1人消えても気づかなかったことも、本能では違和感を感じていたのだ。
(なんであいつを……朱月 優奈を忘れてたんだろうな)
◆◆◆
頭痛が止んで少し落ち着いたクウ。
未だにクラクラするが少しずつ感覚が明瞭になっていく。
(そうだ、すぐに優奈を探さないと……)
ゆっくりと目を開いた。
目の前に広がる光景は蝋燭の火に囲まれた薄暗い部屋。足元は学校の屋上で最後に見た幾何学模様の……魔法陣と思しき紋様。そしてドレスを着た外人風の少女と10以上の甲冑を着込んだ者たちだった。
(…………)
クウは混乱する。
記憶の復元とも言える現象に衝撃を受けて忘れていたが、学校の屋上で光に包まれたと思った瞬間の出来事なのだ。
クウは周囲を見渡しつつ状況を整理し始める。
(落ち着け。さっき俺は何してた? 屋上で弁当を食べた。食べ終わって教室に帰ろうとした。足元が光って目の前が真っ白な光に包まれた。いろいろ思い出した。気づいたらここにいた)
状況が飛び過ぎて説明がつかない。
そのような状況が今のクウの目の前にあった。
(なるほどな。全く状況が理解できないということは分かった)
それでも状況が分からないなりに周囲を観察し始める。
まず目の前にいるのはシンプルだが美しい青のドレスを纏った金髪の美少女の姿。そして甲冑姿の騎士らしき者たちに囲まれている。足元には魔法陣のような不思議な紋様が描かれており、隣を見ると清二たち3人組もいた。
清二も青山も城崎もオロオロして……
(いや、青山と城崎はチャンスとばかりに清二の腕にくっついてニヤけているだけだな。不安を装っているがアレは本心じゃないな。女子って怖い)
清二も「大丈夫」「安心して」と言って2人の少女を安心させようとしているが、2人の思う壺だった。
だがそこで事態が変化する。
「はぁ……はぁ……」
突然ドレスの少女が倒れたのだ。
『姫様っ!』
騎士風の甲冑たちが一斉に駆け寄って抱き起す。
騎士に支えられながら立ち上がる少女は気丈にも声を絞り出した。
「大丈夫です……辛いのは私だけではないでしょう。あなたがたも魔力を使い切ったのですから」
「いえっ! ほとんど姫様がご負担になられたおかげで我々はほとんど……」
「そうですか。ですが私にはまだすべきことが……戸惑っている彼らに説明が必要でしょう?」
そう言いながらクウたちの方へと向きなおる少女。クウを含め、清二たちもその通りだとでも言うかのように深く頷く。
クウは口を開こうかと一瞬思案したが、その隙に清二が先を越した。
「あ……あのぉ……ここってどこですか? というか言葉通じます? あーゆーすぴーく いんぐりっしゅ?」
両手に花の清二が姫と呼ばれたドレス少女に声をかける。緊張しているのか声が震えているが、それ以前の問題があった。
(清二……英語の文法間違ってるぞ。Are youではなくCan youだ。いくら緊張しているからって中学生の内容を間違うのはどうかと思うぞ……?)
呆れるクウだが、そのことに気付いているのは1人だけだった。
隣にいる理子と絵梨香も清二の間違いには気づくことなく同様に緊張している。先ほどの演技と異なり、本当に不安に感じていたのだった。
「はぁ……はぁ、はい……少しお待ちになってください……すぐに答えますので……」
「は、はい」
姫と呼ばれた少女は息も絶え絶えだ。
大丈夫だろうか、と心配しつつ眺めていると、甲冑の一人が青っぽい薬を飲ませようとしていた。
(青って言ったら銅イオン水溶液だぞ? 毒物だぞ?)
クウの内心の驚きをよそに渡された青い薬を一気に飲み干す金髪の少女。日本人の感覚だと遠慮したい色の液体を飲んだ瞬間、少女の顔色が良くなっていく。
薬ってこんなに即効性のあるもんだったか? と疑問が湧いたクウだが、それよりも聞きたいことはたくさんあるため、グッと飲み込む。
少女もようやく落ち着きだしたのか、スッとクウたちの方へと目を向けて口を開いた。
「ふぅ……落ち着きましたので説明します。まずはこちらへついて来てください」
姫と呼ばれた金髪の少女はクウたち4人の背後にあった大扉の方へ向かう。ここでようやく扉の存在に気付く4人。いろいろと不可思議な現象がありすぎたせいで気づかなかったという部分が大きい。
剣を腰に下げた10人を超える甲冑も少女に続いていく。クウたちも顔を見合わせながらも付いて行った。
……この訳の分からない状況を説明してもらわなければ何もできない、というのが正しかったのだが。
金髪の少女を先頭に長い廊下を進んでいく。
薄暗い石造りの廊下は中世の城の地下を彷彿させる。
(というか窓が全くないから恐らく地下であることは間違いないな)
真っすぐの廊下を突き当りまで行くと昇り階段が見え始めた。
少女と甲冑たちが昇っていくのでそれに付いて4人も上っていく。螺旋階段のようにグルグルと回りながら上る方式で、昇っていくうちに方向感覚が失われていった。
階段を昇りきると、先ほどよりも2倍は幅がありそうな通路にでた。真っ赤な絨毯に、壁の装飾や高そうな絵画に壺、像。ここの家主は相当な金持ちらしく、内装だけでもいくらかかっているのか想像もできないほどであった。
清二たち3人も「うわぁ」「ほあぁ」と言って驚いている。
一方でクウは周囲を観察しつつも冷めた顔をしていた。
(まぁ、これで状況は読めてきたな。中世に近い装飾や地下室。それに姫さんと甲冑たち。最後に謎の幾何学模様。これらを統合して考えると結論は1つ。転移だ。下手すればタイムスリップもありえる)
何かの組織の秘密実験に巻き込まれたとか、未来人が何かやらかして偶然に被害が出たというSF小説のようなことでも起きてなければ説明できない。そんな思いだった。
(ここで謎なのが言語が通じることだよな。他にも睡眠薬を使った壮大なドッキリ番組だという線もありだが、わざわざ学校の屋上でするのはおかしい)
そうしてクウが思考の海に浸かっている間に一行は荘厳な大扉の前に着いた。
両脇には装飾を施された甲冑にハルバードと呼ばれる槍と斧を組み合わせた武器を携えた2人が立っている。その場所で少女を先頭にしてクウたちは整列させられた。
「これから謁見する方はとても高貴であられるので失礼のないようにしてください」
甲冑の一人が言った言葉に、首を傾げつつも頷くクウ、清二、理子、絵梨香の4人。そもそも武器を持っている相手に歯向かうという選択肢はなかった。
整列したクウたちを確認して少女が大扉の両脇にいる甲冑に合図を出す。すると甲冑2人が頷いて扉に手をかけた。
「「姫様ならびに召喚者様ご一行、入場します!」」
は? 召喚者?
そう思考をさせる間もなくギギギと開かれた扉。
開けた空間には煌びやかな服を着た男たちが両脇に立ち並び、その奥には赤い上着を纏った壮年の男が座っていた。その椅子は玉座と呼ぶに相応しい豪華な造りで、その時点でこの人物が王であることがクウの中で確定していた。
「父上、この方々が今回召喚された者たちです」
「そうか。ご苦労だったアリスよ」
「いえ、それよりも召喚者様方に説明をすべきでしょう。彼らも戸惑っているでしょうし」
「そうであるな……」
国王はクウたちの方へと目を向けゆっくりと口を開いた。
「私の名はルクセント・レイシア・ルメリオス、ルメリオス王国の国王だ。まずは歓迎しよう。我らが呼び出した勇者たちよ!」
国王ルクセントの言葉にピキリと固まる4人。
クウも思わず頭を抱えそうになりつつ小さく呟いた。
「……そうきたか」