EP198 決戦前日
「……んっ」
ミレイナが次に目を覚ましたのは見覚えのある洞窟だった。
いや、正確には洞窟風のフィールドフロアと言うべきか。
「ここは……迷宮か? どうなったのだ?」
身体を起こしたミレイナは必死に何かを思い出そうとする。そして寝起きでまわらない頭をどうにか回転させて記憶を浮き上がらせた。
迷宮の攻略。
九尾の狐ネメア。
試練。
そしてクウとネメアの戦い。
ミレイナは全てを思い出して悔しそうな表情を浮かべた。
(私は……遊ばれただけだった……)
無差別破壊スキル《竜の壊放》を手にしたにもかかわらず、まるで子供をあしらうかのようにミレイナを一蹴したネメア。衝撃を体術で受け流すという離れ業を持って対処してみせた。
それはつまり、ミレイナ相手では特殊な能力を使うまでもないということ。
事実、最後にネメアに向かって放った不意打ちの一撃は権能の一部である「粒子操作」を使って掻き消していた。如何に技術が拙いミレイナでも極限まで手加減されていたことぐらいは理解できる。
だからこそ悔しくてたまらなかったのである。
「どうしたら……強くなれるのだ……?」
ミレイナはポツリと虚空に尋ねる。
しかし返事など返ってくるはずがない。
もちろんミレイナ自身も何か答えが出てくることを期待した訳ではないが、この上ない虚しさと悔しさが更に増したように感じられた。
周囲にはシュラムもレーヴォルフもおらず、クウもエブリムもヘリオンもいない。
ネメアに眠らされた後にニ十一階層まで連れ戻されたのは理解しているが、彼らは何をしているのか気になった。
「ジジイとレ―ヴはどこにいったのだ? 別に寂しくなったとかじゃないけど、仕方ないから探そう」
誰に言い訳しているのかは不明だが、ミレイナはそう言って気配を探ろうとする。
すると一つだけ大きな気配が近くに感じ取ることが出来た。
(これは……たしかクウとかいう奴だったか?)
ミレイナはクウと出会って日が浅いが、その印象は非常に強い。
奴隷首輪をつけられてレイヒムにいい様に扱われていたところから救い出し、圧倒的な能力で迷宮のニ十一階層まで突破、そして極めつけはネメアとの高レベル過ぎる戦いを見せたのだ。極限の強さを求める本能が疼いてしまっても仕方ないだろう。
ミレイナはクウに一種の尊敬のようなものを懐いていた。
「こっちか……」
スッと立ち上がったミレイナは気配が漂っている方へと歩みを進める。足取りはしっかりしているハズなのに、どこか危なげに見えるのはミレイナの精神がポッキリと折られているからだろう。
それでも導かれるように気配を辿っていくと、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「……なんだこれは」
そこは洞窟風のこのフロアには珍しくもない泉だった。
青白く光るこの泉は貴重な光源であり、この光によってフロアが薄っすらと照らされている。中にはグランスライムが擬態していることもあるので注意は必要だが、ミレイナにとっては大した存在ではない。
だがその泉は、いや、泉だった場所はボロボロに荒れていた。
グランスライムの残骸であるスライム液が飛び散り、岩も穴だらけになって崩れている。地面すらも抉れている光景を見せられてはそう言うしかなかった。
そしてそのグランスライムが擬態しているトラップ泉だった場所の中心クウが居た。
クウはミレイナが近づいてきたことに気付いて振り向き、声を掛ける。
「起きたのかミレイナ」
「ああ、それよりも何をしていたんだ?」
「何って、魔法の練習だが?」
「練習って……」
迷宮の地形を破壊する程の魔法の練習と言われてミレイナは絶句する。むしろ強敵と遭遇して一戦交えたと言われた方がしっくりくる程の破壊具合だからだ。
ちょっと信じられないような目をしているミレイナを見て、クウは実際に目の前でやってみせることにした。
「こんな感じだ《月華狂乱》」
クウは神刀・虚月を使うことなく、右手を翳して魔法を発動させる。
するとクウが指定した空間中の光が一点に収束し、闇に包まれてしまった。そして闇の中では「矛盾」の性質によって光の収束と拡散が同時に行われ、結果として高圧レーザー光線が乱舞することになる。
その結果として岩は崩れ、大地は抉れてしまったのだ。当然ながらグランスライムの残骸も《月華狂乱》によるものである。
しかし闇に包まれた中身の様子はミレイナには分からない。
彼女には闇が出現したと思ったら、跡には災害の通り道のような光景が出現したように見えたのである。
驚くのも無理はない。
「この魔法は俺の《魔法抜刀術》から偶然作り出された技だった。それを改めて魔法として形成し直したんだよ。改めて能力工夫に精が出た」
クウのステータスに新しく現れていた《魔法抜刀術 Lv9》のスキルから生み出された《月華狂乱》。この技はクウの本能的なセンスに世界からのアシストが掛かって偶然生み出されたものに過ぎなかった。
【魂源能力】である《月魔法》もステータスとして現れている内は世界からのアシストを多少は受けていることに変わりない。そのため意図せずとも《月華狂乱》が発動してしまったのであった。
セイジの使う《魔法剣術:雷》なども同じ仕組みでセイジの無意識と世界からのアシストで形成されているのである。今回はクウの月という属性が無意識的に発動したに過ぎない。
そしてクウはその偶然生み出された《月華狂乱》に新たな可能性を見出していた。
「俺も魔法に関しては工夫が足りなかったと痛感せざるを得なかったな。もっとスキルを理解して使いこなせなくては意味がない」
《幻夜眼》の本質が意思干渉であるように、《月魔法》にも本質が存在する。
その本質とは『月』。
まったくそのままではあるが、月という性質こそが《月魔法》の性質なのである。
内に含まれる「矛盾」や「夜王」、そして「重力」を単体で利用しても意味がないのだ。
これまでにクウが創った《月魔法》の多くは「矛盾」に含まれている「消滅」の特性を利用したものが多かったと言わざるを得ない。《月蝕赫閃光》《赫月滅光砲》《滅亡赫星雨》の三つがその代表例だ。
他にも三つの特性の内の二つだけを利用した魔法、もしくは一つだけを利用した魔法ばかりであり、全ての特性を理解して形成されたものは無かったのである。
《月魔法》の本質は月。
三つの特性を全て利用してこそ本当の力が見えてくるのだ。
偶然にも、《魔法抜刀術》スキルでは月という属性を纏うことによってそれが完成した。ネメアとの一戦で改めて技量の大切さを思い知ったクウは修行のやり直しをしていたのである。
「俺は能力を使いこなしているとは言えないからな。こういうのは毎日地道に積み重ねる他ないし、時間がある内に少しでもやっておくのが一番だ」
「…………」
当たり前のようにそう語るクウに、ミレイナは何かを察したような顔をする。
自分の能力を理解すること。
能力を使いこなすこと。
そのための努力をすること。
これらはミレイナにないものだったからだ。
如何にミレイナが馬鹿でも、この程度のことは自覚できる。現実から逃げない程度には柔軟性が残っているつもりだった。クウにあって自分にはない強さとは、もしやここから来ていたのではないかと考え始めたのである。
が、その思考もすぐに中断させられることになる。
「帰ってきたな」
「む? 誰がだ?」
「シュラムたちだよ。外の様子を探りに行っていた」
クウに言われたことで少し気配を探ってみると、確かに見知った気配が四つ感じられた。その内の二つの気配は知り合い程度ではあるが、一度感じたことのある気配である。
つまりシュラム、レーヴォルフ、エブリム、ヘリオンの四人だった。
四つの気配は迷いなくクウとミレイナの方へ近づいていき、すぐに視界にも捉えられる距離になる。シュラムはミレイナが目を覚ましていることで少し安堵した顔を浮かべていたが、すぐに厳しい顔つきになってクウへと目を向ける。
するとクウは頷いて先に口を開いた。
「街の様子はどうだった?」
「クウ殿の予想通りだった。やはりレイヒムは……」
「ということは?」
「ああ―――」
深く頷いたシュラムは一度言葉を止めて周囲を見渡す。
ミレイナだけは理解していないが、他のメンバーは緊張した面持ちでそれぞれが頷いた。それを見たシュラムは続きの言葉を言い放つ。
「明日の夕刻に作戦開始だ」
一か月近くかけて準備を進めてきたレイヒム強襲作戦。
シュラムはその開始を決定したのだった。
◆ ◆ ◆
【砂漠の帝国】の中心にあるオアシス都市。通称【帝都】にある城の執務室ではレイヒムがある人物と会話をしていた。
「明日には竜人を確保する予定です。私の用意した軍はすでに【ドレッヒェ】の近くにまで到達しているでしょうからね。獅子獣人の長アシュロスと狼獣人の長エルディスにも協力を要請したのですが断られました。後で自分たちがどんな立場なのか知らしめる必要性がありそうですね。そのせいで私の軍を動かす羽目になったのは不本意ですが、もう一週間の内には竜人を完全に奴隷化できますよ。竜人さえ手に入れてしまえば、例の噂などどうとでも出来ますから。ククク……」
「ふん。当然だ。それに俺もわざわざ【アドラー】に奴隷化首輪を急ぐように連絡したのだから。通信の魔道具もこの距離ではコストがかかるのだぞ?」
「もちろん感謝していますよジョーカー。いえ、『仮面』の四天王ダリオンさん」
「ふん」
レイヒムと執務机を挟んで立っていたのは四天王と呼ばれる魔人の国【アドラー】の幹部。【魂源能力】である《千変万化》でクウの能力をコピーし、その際のバグで堕天使と変化してしまった魔人だ。
だが今のダリオンの姿は堕天使ではない。
見た目は普通の蛇獣人に見える。
今も適当な獣人の姿を借りて変化しているのだ。
「【レム・クリフィト】は我が国の動きには気づいていない。当然【砂漠の帝国】の変化もだ。情報戦に疎い奴らを出し抜くの簡単だが、それでもすべてが終わるまでは油断するつもりなどない。貴様も慎重に事を進めることだレイヒムよ」
「わかっていますよ。それに捕えていたレーヴォルフが消え去り、ミレイナもあの天使に連れ去られてしまいました。恐らく直に仕掛けてくるでしょう。油断などしませんよ。……それとあまり関係ないですが、その姿に化けている間は私に敬意をもって接しているふりをしてください。誰が聞いているか分からないのですから」
「そうだな……コホン。これでよろしいでしょうか皇帝陛下?」
「ええ、お願いしますね」
無駄に恭しく礼をするダリオンに苦笑いしつつもそう返す。
クウの細工によって【帝都】全体にレイヒムに対する疑惑が浮上している以上は手早く事態を解決する他ない。レイヒムへの疑惑も都市伝説的なものではあるが、それでも獣人たちの興味を引き付けていることは確かなのだ。
早く竜人を確保し、【アドラー】へと奴隷戦士として差し出して同盟を締結する。
そうすることで魔王の名の下にレイヒムの皇帝としての地位を強固なモノにするのだ。
二つの思惑が交錯する中、決戦の時は一刻一刻と迫っていたのだった。
次回、ようやく決戦が始まります。
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