EP197 ミレイナの欠点
感想についても全てを返してはいませんが、時間のある時に拝見させていただいています。肯定的な感想も多く、励みとなっています。
またストーリーのアウトラインを完成させました。概算すると五百話ぐらいになるかもですね。
これからもよろしくお願いします。
完全に魔力を使い切ったクウは膝を着いて荒い息を吐く。
魔力の枯渇は肉体に溜め置ける霊力の枯渇だ。要するにひどい精神疲労を患っているようなものなのである。
魔法を纏いし抜刀術《月華狂乱》。
光を切り裂き、夜を創りだし、その内を無数の流星が乱舞する。
咄嗟に放った《月魔法》の纏いはクウに多大な負担をかけたことに間違いなかった。スキルの同時使用に慣れているクウでも融合使用は難しい。結果としてロスが生まれ、必要以上に魔力を消費してしまったのである。
「これで倒せたらいいんだけどな……」
弱々しい声でそう呟くクウだが、ネメアを倒せてはいないことぐらい分かっている。
何故なら《気配察知 Lv8》が闇が包み込む空間内にネメアの気配を感知しているからだ。魔力ではなく霊力を直接扱うネメアに《魔力支配》での感知は通じないが、巨大な気配だけはハッキリと感じ取れるのだ。
「……まぁ、俺の負けだな」
「ふふふ。攻撃するだけしといて逃げるなんてずるいで?」
「っ!」
独り言のつもりだったがクウは闇の中から聞こえてきたネメアの声に驚く。それに、ピンピンしていることは気配を探ることで分かっていたが、こうして何事もなかったかのように声を掛けられてはそう反応してしまっても仕方ないだろう。
「なかなかの技や。ウチじゃなかったら死んでたなぁ」
《月華狂乱》の魔力が尽き、闇が晴れてネメアの姿が現れる。
白地に桜が染め抜かれた美しい振袖はボロボロになり、血の赤色で汚れていた。しかしネメア自身には傷一つ見当たらない。
「初めに幾らか喰らってしもうたけど……あの程度では倒せへんよ?」
同じくボロボロになった扇子を捨て、懐から新しいものを取り出す。その際にはだけた胸元から豊満な胸が零れそうになっていたが、ネメア自身は余り気にしていないようだった。
クウもさすがに目を逸らすが、それをネメアは面白そうに見つめつつ口を開いた。
「ふふ。そんな風に目を逸らされたら自信なくすなぁ」
「……ならどうしろと?」
「冗談や。あんなに激しいことされたし、ちょっとした仕返しや」
「いやいや。あの攻撃受けても傷一つないだろ」
「そうでもないで?」
実際にネメアは体に傷一つないが、服装はボロボロだ。
これは闇の中で乱舞する光に貫かれていたことを意味している。超越者の体は莫大な霊力が意思の力で形を成しているもの。つまり霊力と意思さえあれば無限に再生できるのだ。それに実質、一般人から見れば霊力は無限のようなものだ。相手の意思を折らない限りは再生を止めることは出来ない。
光速の攻撃はさすがに初見では避けられなかったネメアは、幾らか《月華狂乱》の光線の乱舞を受けていたのである。その際に服は穴だらけとなって破れ、ネメアの血で赤く染められたのだ。
クウもネメアの説明に納得する。
「超越者も血は出るんだな。そういえばオロチも出血してたし……」
「当たり前や。超越者も肉体は以前の体をそのまま再現しているんやで? 脳も心臓も血肉も骨もそのまま形成されるんや。まぁ、以前と違って急所を攻撃されても死なへんけどな」
「ちなみにどうやって耐えたんだ? 全部の光攻撃を食らってたらグチャグチャになってるだろうし、どうにかして防いだんだろ?」
「簡単な事や。アレが光を収束した攻撃やって分かればウチの能力で周囲の空気を改変して、光を反射するように設定できるからなぁ」
ネメアの権能である【殺生石】には「粒子操作」と「性質改変」がある。これを利用して周囲の空気を操り、光を反射する性質に変えれば簡単に対処できるのだ。
毒を生成する能力かと思えば、意外な使い方をしてきたことに驚きつつも納得するクウ。要は特性を上手に使った工夫であり、ただスキルレベルが高いだけでは成し得ない能力の使い方だと感心していた。
たしかに権能【殺生石】は無限の種類の毒を生成するのが本来の能力であることには間違いないのだが、特性をよく理解して工夫した運用をすることで、さまざまな状況にも対応できるのだ。
クウが《幻夜眼》を幻術能力だと考えていたら、意思干渉など思いつかなかっただろうことも同じである。
「ともかくこの戦いは俺の負けでいいか? もう戦える気力も魔力も無いんだが」
「そうやねぇ……」
ネメアはバッと扇子を折り畳んで考え込んでいるような素振りを見せる。
そもそもクウとネメアは模擬戦のつもりで戦っていたので、無理に決着をつける必要はない。片方が降参だと言えば戦いは止められるのだ。
尤も、それが主張できるほど能力は拮抗していないのだが、生憎クウとネメアは敵同士ではない。ネメアは頷きながら答えを返した。
「ええよ。十分楽しめたし、ウチも着替えたいしな」
「そ、そうか。なんか悪いな」
「ええって。服ぐらい幾らでもあるから大丈夫や」
ネメアの振袖はクウのせいでボロボロになっているのであり、クウは少し気まずそうにする。日本では振袖と言えば相当高価なものだったと記憶しているため、見る影もないほどに無残な状態となってしまったことに罪悪感を覚えていたのだ。
だがここはファルバッサの住まう虚空迷宮九十階層と同じ効果を持っている。破壊迷宮九十階層にも物資を自在に手に入れる機構が備わっていたのだ。
ネメアは機嫌良さそうに九本の尻尾を振りながら近くの岩陰に入っていったのだった。
そしてその一方で観戦モードだった竜人たちは感想を言い合う。
「ほとんど理解できない戦いだったな」
「そうですね。僕も《気配察知》スキルでどうにか戦いの流れが理解できた程度ですね」
「それにクウ殿の本気も見られた。戦いの前に確認できたことは僥倖だった」
「確認できたところでどうにもならない強さですけどね……」
レーヴォルフの発言はクウを疑ってのことではない。
純粋にクウの強さを褒めているのだ。確かにクウは魔族ですらなく、どこから来たかも分からない怪しい人物だが、神獣と崇めているファルバッサと共に現れた天使なのだ。疑う余地などない。
そして感心している二人に対して、ミレイナは茫然としていた。
(何なのだあの戦いは……。何なのだあの攻撃は!?)
亜音速戦闘にクウの身のこなし、抜刀術、そして《月華狂乱》。どれもミレイナには殆ど見えない高度な戦いだったが、非常に洗練された技術と技術のぶつかり合いだったとは認識している。
(あれ程の力が……私も……)
しかしミレイナは自分の欠点には気づかなかった。
あのような世界の頂点に座する者たちの戦いを見ても自分がスキルによるゴリ押しの拙い技術しか持っていないという発想に思い至らなかったのである。
クウがネメアに傷を付けることが出来たのは力があったから。
自分がネメアに手も足も出なかったのは力が無かったから。
そう思い込んでいたのである。
だが実際はクウからしてもネメアは手も足も出ない相手だ。意思干渉という反則のような能力があったにしても、傷を付けられたのは偶然に近い。ギリギリでこれまた反則のような新技を思いついたからこそ出来たことなのである。
それにネメアが初めから本気だったなら一瞬でクウの負けだっただろう。今回はネメアも楽しむつもりだったために初手から全力は出さなかったのだ。
「私もレベルを上げればアレぐらいできるはず……!」
「いや、アンタはレベル上げてもウチに傷を付けることなんか出来へんで?」
「なっ! お前!」
ブツブツと呟いていたミレイナの側に突如として出現したのは着替え終わったネメア。今度は先程とは一風変わって藤色の振袖だった。
音も気配もなく現れたネメアにミレイナは思わず飛びのく。
そんな反応を見せたミレイナに対し、ネメアは微笑みを浮かべながら口を開いた。
「アンタの試練は失敗や。何度でも機会はあげるし出直してき」
「なんだと!?」
「待てミレイナ。ネメアの言う通りだ」
二人の会話に口を挟んだのはクウだった。
そしてそれに続くようにしてシュラムとレーヴォルフも口を開く。
「お前は戦いが雑すぎる。もっと学べ」
「そうだよミレイナ。君は戦い方というものをまるで分かっていない」
誰も自分を肯定しない状況に黙り込むミレイナ。
これまでは【固有能力】という圧倒的なアドバンテージがあり、そのお陰で砂漠の魔物も容易に屠ることが出来た。竜人の中でも強かったし、そのことで強さを否定されたことはなかった。
もちろん経験も技術も最高クラスであるシュラムや三将軍には敵わないが、それでも正規軍の中にミレイナを倒せる者などいなかったのである。命の危機を感じるような強力な魔物が相手でも【固有能力】で乗り越えることが出来たし、父親という最高の訓練相手もいた。あっという間にレベルも上がり、十六歳にしてそれ程の戦闘力を身に付けたのである。
順風満帆が過ぎたからこそ自らの絶対的な欠点に気付かない。
圧倒的な技量を持つ本当の高位存在との戦いを知らない。
だからこそ彼らの言っていることも理解できないのである。
「うるさいっ! 私はまだ負けていない!」
そう叫んでミレイナは《竜の壊放》を放つ。
もちろん対象は目の前にいるネメアだ。飛びのいたと言ってもそれなりの近距離であり、かなり不意打ちに近い一撃だった。
しかしネメアは虫でも払うかのように右手で衝撃を打ち払う。
「空気中でその技を放つと振動は空気を伝わってくるんや。ウチの「粒子操作」があれば簡単に消せる程度でしかない。自分の能力ぐらい分析した方がええで? 出直してき。《眠りの毒》」
「あ……くっ……」
ミレイナはネメアが生成した毒を浴びて意識が落ちる。
そして倒れようとしていたミレイナをシュラムが支えた。
「お言葉通り出直させる」
「鍛え直すん?」
「それもいいが、ミレイナはその程度で学習しないだろう―――」
シュラムは自分の腕の中で眠りこける娘を見つめて思いを巡らせる。
生意気で言うことを聞かない娘だが、それでも彼女を信じたい。
だからこそシュラムは重々しく続きを言い放った。
「ミレイナには本当の戦いというものを教える……本当の戦争をな」
評価、感想をお待ちしています。
 





