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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
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EP192 究極の体術


 絶世とも言える美貌と思わず目を逸らしそうになる妖艶さを併せ持った『傾国姫』ネメア。距離は離れているハズだが、それでも女性特有の香りが漂っているような気さえした。もしも精神が惰弱ならば一瞬にして我を失い、欲情してネメアへと襲いかかっていることだろう。

 だがミレイナは同性であり、シュラムとレーヴォルフは鍛えられた強い精神こころを有していた。それゆえに彼女の蟲惑的な雰囲気に惑わされることが無かったのだ。とは言っても平静でいられたわけではなく、彼女の質問に答えるほどの余裕があったわけではない。

 そんな様子の三人を見てネメアは微笑みながら口を開く。



「ふふ。ウチも遊びが過ぎたみたいやねぇ。このままやとウチの質問に答えられへんみたいやし、あんた達を試すのもここまでにしてあげるわ」



 独特のイントネーションでそう言いながらネメアはサッと扇子を振る。すると三人の頭の中でモヤモヤとしていた何かが消え去り、視界がスッと鮮明になった。まるで霧がかかっていたかのようにハッキリしなかった思考が元に戻り、ようやく三人にも余裕が出来たのだった。



「何だ今のは……」


魅了チャームのような術でしょうか? 発動の兆候すら見えなかったのは驚きですが」



 シュラムとレーヴォルフは冷静に戻って改めてネメアを見てみる。すると先程のような引き込まれる妖艶さが消えているように思えた。このことからレーヴォルフの言う通り魅了系の能力を使われていたということだろう。

 またネメア自身が『遊びが過ぎた』と言っていることからも予測できる。

 一方のミレイナは同性であったことから効果が薄く、何が起こっていたのか理解していないが。



「それで……ウチの試練を受けるのはそこの小娘でええんよねぇ?」


「そうだ。私が試練を受けに来た! 扉に書いていった狐はお前のことなのか?」


「そうや。ウチの本当の姿があの絵なんよ。今はウチの能力で人の姿に化けてるだけや」



 いわゆる九尾の狐である天九狐あまつここのえきつねネメアはどう見ても人であり、背後で存在感を放っている九本の尻尾を除けば扉の絵とは大きくかけ離れている。しかしその九本の狐の尾こそが天九狐あまつここのえきつねであることを語っていた。

 美しい金色の尻尾は艶やかな光沢を放っており、狐獣人とは比べ物にならない程の威厳も持っている。狐獣人も尻尾を大切にする種族だが、それでもネメアの尻尾には及ばないだろう。現に狐獣人が神獣として崇めているのが天九狐あまつここのえきつねなのだから当然なのかもしれないが。

 しかし当然ながらミレイナはネメアが神獣と崇められている一人であることを知らずに話を続ける。



「早く試練を始めてくれ。私はいつでもいいぞ」


「うふふ。何を急いではるのかは知らへんけど……ウチの試練は甘くあらへんよぉ?」


「そうだぞミレイナ。一度落ち着け。どうみてもコイツは格上だ」


「何を言っているだジジ……父上は? どうみても強者の気配なんかしないぞ」



 相変わらず猫を被りきれていないミレイナだが、今回に関してはシュラムも気にしている余裕はない。確かに目の前のネメアからは強者特有の気配はなく、寧ろ何も感じないほどだ。普通はちょっとした仕草や歩き方、話し方などからでも強さを測ることは出来るのだが、このネメアに関しては全くそれが感じられないのである。

 つまりこれは、ネメアの実力がシュラムでは測りきれない別次元のものであるということを指している。圧倒的な格上だからこそ強さの片鱗すらも読むことが出来ない。ミレイナにはそのことが理解できていなかったのだ。

 シュラムと同じくネメアの異常性に気付いていたレーヴォルフもミレイナに注意を促す。



「シュラム様の言う通りだよミレイナ。正直言ってクウよりも強いと思う。彼も相当な実力者だったけど、強さが感じ取れないほどの実力差じゃなかったからね。でもこのひとは違う。僕たち全員でかかっても数秒で返り討ちに合うだろうね」


「そんなはずない! だってこんな弱そうな気配しかしないんだぞ!」


「ミレイナ! 相手を甘く見るな」


「うるさい!」



 シュラムとレーヴォルフの必死の注意を無視するミレイナ。そのやり取りを見ていたネメアはミレイナへと向けて怪しい笑みを向けていた。口元を扇子で隠してはいるが、それでも目が何かを含んでいるように細められていたのだった。

 それを舐められていると勘違いしたミレイナは眉に皺を寄せながら叫ぶ。



「お前を倒して私は強くなってやる!」


「ふふ……ウチを倒す?」


「何が可笑しい」



 やはり扇子で口元を隠したまま笑うネメアにミレイナは不満そうな声を上げる。気合を入れいているミレイナとは対象に、まるで自然なままのネメアが気に入らなかったのだ。高潔な戦いを良しとする竜人として、戦いの準備を整えていない隙だらけの相手に不意打ちを仕掛けるようなことはしない。だからミレイナは早く戦いを始めたくて、戦闘準備をしようともしないネメアに苛立ちを覚えていたのだ。

 しかしネメアはそんなミレイナの苛立ちなど気にした様子もなく口を開く。



「試練の内容はウチを倒す事やあらへんよ。何やら焦ってはるみたいやけど、こういうときこそ余裕をもって話をよく聞くんやで?」


「私は余裕だ! それにお前を倒すのが試練じゃないのなら、早く内容を言え!」


「ふふ。まぁ、ええよ。試練の内容は『ウチに傷をつけること』や。制限時間はないから好きなだけ攻撃してみたらええよ」


「なっ!?」



 どう考えても舐めているとしか思えない発言。しかしネメアの表情は陰り一つない笑みであり、これが強がりでもブラフでもないことを示している。つまり『お前では傷つけることも難しい』と語っていることと同義なのだ。ミレイナは苛立ちを募らせる。

 だが一方でシュラムとレーヴォルフは妥当な内容だと判断していた。この二人から見たネメアの実力は桁違いであり、寧ろ傷を付けることすらも不可能なのではないかと思えたのだ。さらにペースを奪われて冷静な判断力を失っているミレイナでは攻撃を当てることも出来ないかもしれない。嫌な方向に先が見えてしまった二人は顔を見合わせて思いを共有していた。



(やはり力ずくにでもミレイナに言い聞かせるべきか?)


(無理でしょう。少なくとも僕には出来る自信がありません)



 無言でアイコンタクトのみを交わしているハズだが、二人の思いは通じ合っていた。加護の解放によって急激に強くなり、迷宮では無双を繰り返し、どうにもならない自信過剰を身に付けてしまった今のミレイナには言葉が通用するとは思えないのである。

 むしろ尽く捻じ伏せられて体で自覚させるしかないのではないかと思えた。

 そんな二人の心配は見事に的中し、ミレイナは感情のままに攻撃を始める。



「一撃で終わらせてやるっ!」



 牽制もなく、動きに緩急もない単純な移動による間合いの詰め寄り。だが一般的な獣人竜人から見れば縮地を思わせる動きだった。ミレイナは言葉通りに一撃に全てを込めてネメアへと殴りかかる。《気纏オーラ》《身体強化》《体術》《竜の壊放》を全て使った最大級の攻撃である。

 しかしネメアは一歩たりとも動かない。いや、それ以前にネメアは岩の上に腰かけたままなのだ。動く動かない以前に動く気すらないのである。

 しかもそれはミレイナの動きに付いて行けないからではなく、余りに単調で工夫のないミレイナに呆れながら待っていただけなのだ。そんなことを露と知らないミレイナは全力の一撃をネメアへと叩き込む。



「《竜の壊放》!」



 ズガッ! ズゴオオオォォォォオオオッ!

 耳を塞ぎたくなるような破壊音と共に土煙が舞い、ネメアが座っていた岩が弾け飛ぶ。さらに衝撃波で周囲の花畑も被害を受け、終わりの桜のように花弁を散らしていた。ドラゴン系の魔物でも一撃で沈めることが出来るだろう威力である。

 だがミレイナは目を見開いて声を出すことも出来なかった。



「この程度なん? 期待外れ過ぎて罵倒の言葉も出えへんよ?」



 ネメアは背後で揺らいでいる九本の尻尾の内、一本を使ってミレイナの攻撃を受け流していた。受け流した威力で周囲は弾け飛んだが、ネメア自身には微量のダメージも与えることが出来ていない。



「くそっ!」



 ミレイナはすぐに次の攻撃を繰り出すが、ネメアは軽々とそれを受け流し、受け流された先が爆ぜる。ミレイナの《竜の壊放》は無差別破壊スキルであるにもかかわらず、ネメアはその衝撃すらも受け流して方向性を変えることが出来たのだった。

 これまでにない状況にミレイナは驚く。



「何かのっ、スキル、なのか?」


「そう思う? でもそんな大層なもんやあらへんよ」


「なら何で《竜の壊放》を受け流せる!」



 ミレイナは《竜の壊放》を防御不可能な最強スキルだと誤認している。確かに広範囲に渡って激しい振動と衝撃波を撒き散らすため、普通では防御も回避も難しい。《竜撃の衝破》だったころは威力が限定されていたため、《気纏オーラ》を使用すれば十分に耐えることも出来た。しかし力のステータス値によって威力が飛躍的に増大するようになった《竜の壊放》は普通では防ぐことは不可能なのである。

 現に道中で大量に倒したウォールゴーレムは一撃だった。迷宮攻略中にレベルも上昇したおかげで威力の増大は止まらず、十階層ごとのボスですら苦労しないことが多かったのだ。しかし九十階層のボスである天九狐あまつここのえきつねネメアは汗一つ流さずに防いで見せている。どういうことかと叫びたくなるミレイナの気持ちも分からなくはなかった。

 現にシュラムやレーヴォルフすらもどうやってネメアが衝撃を受け流しているのか理解していない。ネメアとしても明かして問題ないと判断していたので、そんな三人の説明を求める目線に応えるように回答を示した。



「ウチは単純に体術を使っているだけや。本当の意味で体術を極めるとはこういうことなんよ?」


「そんなはずあるか!」


「そうやねぇ……あんた達で言う《体術》スキルを本当に極めた先には《魔闘体術》があるんよ。魔力系スキルと気力系スキルが合わさった究極武術の一つや。ウチにはそれと同等の技術があるだけやで?」



 例えば魔法能力を併せ持った《魔法剣術》というスキルが存在するのだが、それと対を為すようにオーラの力を併せ持った《気闘剣術》も存在する。さらにこれらが合わさった武術の究極系が《魔闘剣術》となるのだ。

 ネメアが語ったのはその《体術》バージョンの話である。

 そして当然ながら神の使いである天九狐あまつここのえきつねネメアは超越者だ。スキルを持っているわけではないため、これに関しては本当に技術ということになる。

 ミレイナは嘘だと叫びたくなったが、攻撃を全て尻尾一つで捌き切るネメアの技量が本当の話だと物語っているように思えた。そして同様に彼女の話を聞いていたシュラムとレーヴォルフは再び心を一つにして思う。



((ミレイナは一生かかっても傷一つ与えられない))







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