EP190 クウの仕込み
新しい小説を投稿しました。こちらは応募用ですので余程人気が出ない限りは優先順位低めです。
クウたちが本格的な行動を開始して二週間が経った頃。【帝都】の中には様々な噂が流れていた。それは何処からともなく耳に入り、一番初めの情報源はどこなのか分からない。だが【帝都】の住民の多くが知っている噂になるまで広まっていた。
『先日の化け物騒動は皇帝レイヒムの召喚獣の暴走らしい』
『【帝都】を守り切ったかのように演出していたが、全ては自作自演らしい』
『皇帝は民に大きな隠し事をしている』
『隠し事の内容は、実は皇帝に病を治す力はないということらしい』
『その証拠に重い病の者が皇帝を訪れても門前払いされる』
『七十年前の謎の病も実は皇帝レイヒムが仕組んだ』
『先代皇帝はレイヒムが私怨で殺した』
『毒殺を主張した竜人は正しかった』
『レイヒムは弱いくせに皇帝の座に就いている』
『英雄の名はやはり相応しくないのでは?』
『他の首長たちの弱みを握っている』
『汚い手を使う弱者だ』
『神獣オロチも本当はニセモノ』
『レイヒムは皇帝から引きずり下ろすべき』
……………………
…………
……
…
全くの事実無根から事実まで本当に多くの噂話が飛び交っていたのである。先日まではレイヒムは【砂漠の帝国】を救った英雄であり、竜人優遇の腐敗を正した皇帝だと言われていた。しかし【帝都】の住民は掌を返したかのようにそんな噂に耳を傾けていたのだ。
どうしてこうなったのかと言えば、クウが本気を出したからである。
《幻夜眼》は幻術を扱うことに長けているが、その本当の能力は意思に干渉して現実と虚構の狭間を操作することにある。つまり嘘を本当のように感じさせ、錯覚によって根も葉もない噂話を信じ込ませるなど造作もないのだ。
さらに適当な兵士にも《幻夜眼》を使い、視界に映る者がレイヒムに反逆を企んでいると信じさせる暗示を込めた。それを何人かに繰り返すうちに、直情型で後先を考えない性格の兵士が無理やり一般人の男を捕縛するという事件が起こったのだ。もちろん捕らわれた男は反逆など考えていないため、周囲の住民からは非難の目が向けられる。しかし兵士は正しいことをしたと思い込んでいるので違和感を感じないのだ。
そしてクウはさらに《幻夜眼》を使い、『理不尽に捕まえられた彼は例の噂を流した本人だったのでは? だから口封じをされたのでは?』という意識を擦り込ませる。この意識を擦り込ませたのは現場にいた数名だが、噂は噂を呼んで尾ひれ背びれを付けながら広まっていった。
さらに、ただの一兵士が勝手に捕まえただけの男が罪に問われるはずがない。罪状が作れないために三日と立たずに釈放される。これを見た住民は『都合が悪くなったから慌てて釈放したのだ』と解釈してしまう始末だった。
こうして対策も出来ない速さで不利な状況に追い込まれたレイヒムはまた自室の机を叩いていた。
「どうなっているのです!」
バンッと重い音が室内に響きレイヒムの苛ついた声が掻き消える。まるで情報操作でもされているかのように広まった噂は事実を含んでいる。しかも尤もらしい理由まで噂として広がっており、もはや明確な証拠が無くては噂を払拭できないまでに陥っていた。
【帝都】全体で見てみれば噂を信じている者と信じていない者の割合は半々ほど。だが拮抗が崩れるのも時間の問題だと思われた。噂を信じていない者は幼い時から教育を施している若者が多く、逆に七十年前から生きている獣人たちの中には本格的にレイヒムを疑う者まで出始めていたのだ。まだ声を大にしているわけではないが、不信の芽は順調に育っているように思える。
まさにクウが計画した仕込みとはこれのことだった。
「ここまで不信が育っている以上は【帝都】の軍を動かすわけにはいきませんね。手早く竜人を手に入れたかったのですが……」
「ならば獅子獣人と狼獣人を利用すればどうだ? 確か竜人の里とは近かっただろう?」
突然、音もなくレイヒムの部屋に侵入して声を掛けたのは堕天使となったダリオン・メルク。少しだけ尖った耳と黒い眼球が魔人であることを証明している。そして彼の正体は魔人の国である【アドラー】で『仮面』の四天王とも呼ばれている人物だ。クウのステータスを中途半端にコピーしたことで堕天使と化してしまったのである。クウに切断されたはずの黒い翼も《月魔法》で再生しており、三対六枚の黒い堕天使翼を生やした風貌に戻っていた。
声を掛けられたことで一瞬肩が飛び跳ねたレイヒムだが、すぐにダリオンだと気付いて向き直る。
「あなたですか。急に現れるのは止めてください」
「堂々とこの部屋に入っては拙いだろう? 気遣ってやったのに随分な言いぐさだな」
「……その点については感謝しましょう。今は余計な噂を増やしたくありませんからね。それで一体どのような用件ですか?」
「例の噂のカラクリについてだ」
そう口にするダリオンに対し、レイヒムは目を見開いて驚く。カラクリについて……ということから、噂はやはり人為的に流されたのだと想像できた。あからさまにレイヒムにとって不利な情報ばかりが流されたのだから、それについては驚きはない。
だがカラクリについて何か分かったらしいダリオンは、レイヒムにとっての朗報を齎してくれたと言って間違いないだろう。少しだけ興奮気味のレイヒムに対し、ダリオンは冷静な表情で言葉を続ける。
「恐らくは俺がコピーした【魂源能力】の《幻夜眼》による効果だ。どうやら幻術系の能力らしいからな。それを使って上手く噂を流したのだろう」
「そんな幻術如きで……?」
「【魂源能力】による幻術だ。十分に可能だろうよ」
「ならば能力をコピーしたアナタで対処できないのですか?」
「不可能だ。演算能力が違いすぎる。介入する隙が全く無い。あのクウという天使は俺が戦ったとしても五分と待たずに負けるだろう。防御や逃げに徹してもまず殺される」
首を振って無念そうな顔をするダリオンにレイヒムも眉を顰める。四天王であるダリオンにここまで言わせるクウの異常性に気付いたからだ。同じ能力を使うにしても、使用者の力量によって効果が変動するのはレイヒムも知っていることだ。付け込む隙すらなく圧倒的な差で能力行使がされているのだとすれば、噂を覆すことは不可能ということになる。
普通に襲撃されるよりも痛手だと言えた。
「噂がある以上、無闇に私の《怨病呪血》を使う訳にはいきませんね。こうなれば竜人を早急に確保して私の戦力を増やさなければ……。そして【アドラー】との関係を強固にし、再び私の皇帝としての地位を絶対的なモノにしなければならないでしょうね」
「俺たちも【レム・クリフィト】を落とすために竜人の戦力を期待して七十年以上も待っているのだ。何のために【魂源能力】を与えたと思っている?」
「分かっていますよ。魔王殿には感謝しています。まずは契約通り竜人を戦力として用意します」
大きく溜息を吐いてそう告げるレイヒム。最後の最後になって手から零れ落ちるように積み重ねてきた全てが消えていく。何十年という積み重ねを僅か一か月と立たずに崩されたのだ。レイヒムとしても溜息をつかずにはいられないのである。
「それでどうする? 竜人は思ったよりも呪いに罹っていないのだろう? 俺は先ほど言った通り、獅子獣人や狼獣人に命令して竜人を確保すればいいと思うぞ」
「ええ、それでいきましょう。私が手配しておきます」
獅子獣人の里【レーヴェ】と狼獣人の里【ヴォルフ】は【帝都】の南部にある。そして竜人の里【ドレッヒェ】はこの国の最南端の方にあるため、普通に【帝都】から進軍するよりも速く対処できる。さらに今は【帝都】の軍を動かすのは悪手であるため、竜人を確保するためにはそれ以外の戦力に頼る必要があるのだ。
狂い始めたレイヒムの計画も既に終盤。どうとでも修正可能だと考え、レイヒムは【レーヴェ】と【ヴォフル】に向けた手紙をしたためるのだった。
◆ ◆ ◆
しかしクウはレイヒムとダリオンの考えの更に上を行く。レイヒムが丁度ダリオンと会話していた頃、クウは獅子獣人の里【レーヴェ】にある城の一室で座っていた。
白を基調とした街並みは竜人の里とも変わらず、クウとしては特に違いは見いだせない。だが街を歩くのは獅子の獣人ばかりであり、その誰もが屈強な体格を有していた。竜人に続いて二番目の戦闘能力を誇る民族だけはあると言えるだろう。
それはともかく、この部屋にはクウと机を挟んで対面に座っている獅子獣人が二人いた。一人はエブリムであり、クウとは既に知り合い同士だ。だがその隣に座っているもう一人は初めて会う人物である。
その名はアシュロス・グランツェ。獅子獣人の首長であり、エブリムの父親でもある。アシュロスは額に皺を寄せ、目を閉じながら口を開いた。
「そうか……ようやく時が来たか」
「ああ、これまでの仕込みは万全だ。もう一つだけ仕掛けをして、シュラムたちが戻り次第レイヒムを落とす」
「よかろう。儂も協力してやる。これで死んだ……いや、殺されたヴァルディも浮かばれようぞ」
懐かしむように目を開きながらそう語るアシュロス。彼の言ったヴァルディとはシュラムの父でもある先代皇帝のことであり、シュラムがエブリムと友人同士であるように、アシュロスとヴァルディも友として肩を並べながら戦った仲だったのだ。
レイヒムからは獅子獣人の民を呪いで人質にされ、今までは言われるがままに従う他なかった。だが、こうして今回クウが協力することでその憂いも消え去ったのである。
「約束通り【レーヴェ】に散らばっている呪いの因子は潰した。体に取り込んでいる奴もいたが、呪いが発動する前なら俺でも取り除けるからな」
「本当に済まない。儂は戦うしか能がないのでな」
「構わない。エブリムにも心置きなく協力してもらいたいからな。それに【レーヴェ】にはレイヒムから竜人の里を攻めるように要請が来るはずだ。それを断って欲しい」
「うむ。本当に呪いは発動しないのだな?」
「それは保証する。【帝都】や【ドレッヒェ】に比べたら大した汚染量でもなかったからな。俺が見た限りでは里に十人もいなかった。それにレイヒムの呪いには奴の血が必要だから、無限にばら撒けるわけじゃない。どこかにハッタリもあるんだろうさ。アンタが従わなければその十人の呪いを発動させ、『これが最後通告だ』とでも言って命令を聞かせるんだろう」
レイヒムの呪いは有用だが、血を相手に取り込ませる必要がある。食料や水に混ぜることで血を取り込ませるのは簡単に出来る。しかしレイヒムも血が無ければ生きていけないため、湯水のようにばら撒いてしまう訳にはいかない。ある程度は妥協するのが当然だった。今まではレイヒムの呪いの発動条件が不明だっためにどこまで呪いが飛んでくるのか分からず、従う以外の選択肢が取れなかったのである。
「ともかく獅子獣人と狼獣人には戦力要請を断って貰い、レイヒムの意表を突く。そうしている間に他の里にも赴いて事情を説明していくつもりだ。レイヒムが焦れて【帝都】の軍を動かしてくれたら大成功ってところだな。そういうことだし、この後はエブリムを連れて【ヴォルフ】にも行く予定だ。念のために紹介状を書いてくれるか? 出来るだけスムーズに事を進めたいからな」
「ふん。もう用意してある。これとエブリムがいれば狼の首長も話を信じてくれるはずだ」
そう言いながらアシュロスは懐から手紙を取り出し、机に置いてクウの方へとずらしていく。歳柄にもなく悪戯っ子のような笑みを浮かべたアシュロスから手紙を受け取ったクウは、それを虚空リングに収納しながら口を開いた。
「随分と準備が良いことだ」
「何……息子が帰って来た時から予想していたまでよ。レイヒムを探るために放っていた密偵が役に立ったものでな」
「食えない爺さんだ」
「ふははっ! 儂もまだ現役だ」
クウは立ちあがり、白いマントを被って最後にアシュロスへと向けて告げた。
「期待している」
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