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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
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EP189 レーヴォルフとの手合わせ


「いくよ」


「ああ、来い」



 迷宮の地下二十一階層で対峙するクウとレーヴォルフ。暗い洞窟風のフィールドフロアでは湖だけが青く光っており、唯一の光源と化している。そんな薄暗い場所で十メートルほど離れ、クウとレーヴォルフが戦闘準備を整えていた。

 そして無言の状態で数秒ほど睨みあい、レーヴォルフが先に動き出す。



「ふっ!」



 身体を低くしてクウの懐に潜り込み、身体の捻りを加えた掌底を鳩尾に叩き込もうとした。だがクウがそれを見切れないはずがない。問題なく身をずらして回避する。レーヴォルフも避けられることは分かっていたのか、特に動揺することもなく次の攻撃へと移行した。



「こんなものか?」


「まさか?」



 一方的に攻撃を続けているレーヴォルフだが、クウには掠ることもない。だが二人とも顔に浮かんでいる表情は余裕であり、まだ本気でないことを示していた。そしてレーヴォルフはここで《気配遮断 Lv10》を上手く発動させる。

 クウやレーヴォルフのようなレベルともなると、近接戦闘は視覚だけでなく聴覚や気配などにも頼るのが当然となる。その多角的な情報よって瞬時に攻撃を予測し、より有利な状況へと導いていくのだ。だがレーヴォルフは上手く気配を消すことでクウの得ることが出来る情報を減らしていた。



「ちっ!」


「そこだよ!」



 レーヴォルフの右手を受け止めている隙に迫っていた蹴りを回避してクウは飛びのく。レーヴォルフは単純に気配を消すだけでなく、《気配遮断 Lv10》のオンオフを上手いタイミングで行うことで、クウの意識を翻弄していたのである。

 それによって囮となる気配の付いた攻撃と、本命である気配の消えた攻撃が入り混じり、非常に戦いにくくなっていた。

 クウは仕切り直しのために一度深呼吸をしてレーヴォルフを見つめる。



「さすがに《体術》スキル持ちを相手にするのはキツイな」



 今回の手合わせに関して、クウはハンデとしてスキルを使わないという制約を付けていた。レーヴォルフの衰弱はすっかり回復しているのだが、それでもクウとのステータス差は圧倒的。しかしスキルがあれば大きなステータス差も埋めることが出来るのである。運動部に所属している人と、異常に運動神経が高い帰宅部が体育の授業で対等に争えるのと同じだ。



(《魔力支配》が使えたら動きを予測できるんだけどな……)



 スキルを使わないように制限している以上、クウは持ち前の技術だけで戦う必要がある。圧倒的なステータスを所持していても、その肉体を十分に操るためにはスキルが必要だ。体を武器とする《体術》スキルは、そういう意味で有用だと言えた。

 そしてレーヴォルフは様子見は終わりとばかりにスキルを発動させていく。



「《気纏オーラ》《気配遮断》《思考加速》……」



 意志力が肉体強化と耐性強化に変換され、レーヴォルフの体を白いオーラが包んでいく。そして意思力の表出によって高まった気配を《気配遮断》で消し、《思考加速》を使って肉体能力が思考能力に劣らないようにしていた。

 まさに近接戦闘のためのスキル構成である。これは拙いと考えたクウは気を引き締めつつも力を抜いてレーヴォルフの出方を待った。



「ふっ!」



 短く息を吐くような掛け声と共にレーヴォルフの姿が掻き消え、クウの真横に出現する。しかしクウもステータス値によるゴリ押しで無理やり反応し、振り払うように右手を動かした。目では負えないほどの速度で振るわれたクウの右手は、確かにレーヴォルフの顎を捕らえようとしていた。

 しかしレーヴォルフはそれを見切って紙一重て上体を逸らし回避する。さらに《操糸術》のスキルを使ってクウの右腕を絡めとったのだ。



「糸っ!?」


「残念。正解は僕の髪だよ」



 ずっと囚われていたレーヴォルフが糸を所持しているはずがない。ならば何を使って《操糸術》を使っているかと言えば、六十年間で伸びた髪を利用していたのだ。レーヴォルフが腕に巻き付けていたのは自分の髪をより合わせて造った特別製の糸のようなモノ。《操糸術》は裁縫などの糸を扱う技術も含まれているため、牢に入っていながらも地道に髪を縒り合わせて糸を制作していたのである。



「凄い力だね……」


「単純な力で負けるかよ」


「ふふっ……残念。本命はこっちさ」


「なっ!」



 右手を糸で捕らわれていたクウだが、ステータス上は力で負ける要素はない。レーヴォルフが《気纏オーラ》で強化していてもクウの方がまだ上なのだ。

 しかしそれは伏線であり囮。本命は《操糸術》で操られて背後から迫っていた糸だった。

 複雑に網のように展開された糸がクウの背後から迫っており、右手を塞がれている上に捕まっているクウには為す術がない。いつもなら剣や刀で切断することも出来るが、今回はスキルを封印しているため、《剣術》や《抜刀術》スキルを使う訳にもいかない。

 ならばとクウは右腕に体重をかけながら下へと引っ張り、糸で繋がっているレーヴォルフのバランスを崩す。そしてそのまま右手を地面に付き、勢いのままにハンドスプリングの要領で飛び上がってレーヴォルフの頭上を飛び越えた。バランスを崩されて膝を着きそうになっていたレーヴォルフを飛び越える程度なら容易く、クウはレーヴォルフを盾にする形で迫っていた糸の群を回避する。

 さすがのレーヴォルフも自爆しそうになっていることに気付いて《操糸術》を使い、慌てて糸を制御しているのだった。だがその隙を逃すクウではない。



「そこだな」



 クウは背中を晒したレーヴォルフの服を掴み、背負い投げの要領で力いっぱい投げ飛ばす。未だに糸が右手を捕らえていたため、遠くではなく地面に叩き付けようとしたのだが、レーヴォルフは《思考加速 Lv5》で冷静に判断し、右手を縛っていた糸を外してクウの首元に伸ばした。

 さすがに急所である首は拙いと判断し、クウはレーヴォルフの服から手を離して大きく回避する。その隙にレーヴォルフは空中で態勢を整え、投げられた勢いを利用してクウから離れた場所に着地したのだった。



「危なかったよ」


「それはこっちのセリフだ」



 そして二人の姿は消え、かと思えば別の場所で激突する。

 そんな高レベル過ぎる戦闘を見ていたミレイナは呟いた。



「何が起きているのか全く分からん」


「それはお前が【固有能力】に頼り過ぎていたからだ。本来はあのように技と技をぶつけ合い、常に相手の一歩先を考えながら戦うのだ。お前の広範囲無差別攻撃は有用だが、それに頼り過ぎると単調で対処しやすい動きになる」


「むっ……」



 シュラムに諭されてミレイナは不満そうな声を上げる。

 ミレイナは元から強すぎる故に戦闘技術を磨くという行為をしてこなかった。単純に力で潰した方が早かったからだ。一応は母親であるパルティナの戦い方を継承しているが、天才であるレーヴォルフの技術には遠く及ばない。

 しかもレーヴォルフは上手く気配を隠したり隠さなかったりすることで相手を翻弄している。スキルレベルだけでなく、スキルの使い方も天才性が滲み出ていた。如何にクウがスキルの使用を封印しているとはいえ、天使と対等に戦えるレーヴォルフは異常なのだ。



「アイツは天才だった。パルティナに師事を仰ぎ、瞬く間に技術を継承して三将軍候補までなった。そして先代の三将軍がオロチに殺され、正式に三将軍に任命されても努力を怠らなかったからな。尤も、レ―ヴが捕まったと思われる時期から少し性格が変化したように感じていた。今まで気づかなかったのは不甲斐ないがな」



 シュラムはしみじみと語っているが、ミレイナはまたその話かと嫌そうな顔をする。【固有能力】の力に驕り、戦いにおいて重要なことが欠如しているミレイナにずっと聞かせてきた話だからだ。

 だが自分のスキルを理解し、存分に活用して油断なく戦闘を行うことは当然のことだ。それは【加護】を解放されて本来のステータスに戻ったミレイナでも変わらない。だが未熟なミレイナにはそれを理解しようとする考えはなかった。



(強くなるには迷宮を攻略して力を手に入れるしかない。クウも今より強くなれると言っていた。だったら一刻も早く迷宮をクリアしてやるさ。ジジイの言葉なんて知るか)



 生まれながらにして最強の道を歩き続けていたミレイナはレイヒムに捕まって利用されるという屈辱的な出来事から何一つ学んでいなかった。油断、慢心は強さを求める者にとっての最大ともいえる敵だ。だがミレイナはその敵を突破できずにいたのである。

 強くなるにはどうするべきか? そのためにもっと大きな力を持たなくてはならない。そうすれば必ず強くなれると勘違いしていたのである。もちろん間違いではないが、本当の意味で強くなるには足りない。

 シュラムはそんな娘の様子を感じ取って内心に不安を抱えていた。



(力に飲まれる者は本当の意味で強くはなれない。それは体も心もだ。クウ殿やレ―ヴのように強くなりたいならば自らの力を飲み干してみせなければならない。果たしてミレイナにそれができるのか……)



 そんな思いを込めてミレイナを見るが、当のミレイナは野心に燃えるかのような目でクウとレーヴォルフの手合わせを眺めている。ミレイナには何が起きているのか見えていないが、それでも途方もない戦闘が繰り広げられているのだと理解していたからだ。

 シュラムは溜息を吐いて視線を二人の先頭へと戻すと、ちょうど戦いを終えたらしい。クウとレーヴォルフは動きを止めて数秒ほど対峙し、そして空気を緩めたのだった。



「よし、大体感覚も戻ったんじゃないか?」


「そうだね。クウのお陰だよ」


「スキル無しだと俺も結構ヤバかったからな。流石は天才ってところか?」


「はは、やめてくれよ。昔の話さ」



 そんな会話をしつつ二人はシュラムとミレイナの元に戻ってくる。すると別の場所からは荷物を持ったヘリオンとエブリムも近づいてきたのだった。クウは全員が揃っているのを見て口を開く。



「よし、予定通り今日から動き出す。ミレイナ、シュラム、レーヴォルフは破壊迷宮を攻略して貰いたいと思っている。食料は俺のアイテム袋に入れておいたから使え。食料調達にはエブリムとヘリオンにも協力してもらったからお礼を言っておけよ?」


「と言っても俺たちは食べられる植物を集めたりしただけだしな」


「……足りなかったら魔物を狩って食べるといい。火起こしの道具とナイフも入っている。それはクウが持っていた私物だけど」


「そういう訳だ。三週間以内を目標にしてくれ。ただし安全第一でな。回復用のポーションも幾らか入れてあるけど、数に限りがある。無茶をすると死ぬぞ」



 その言葉に深く頷くミレイナ、シュラム、レーヴォルフ。そしてシュラムはヘリオンとエブリムにも目配せで礼を言っていた。礼を受け取ったエブリムとヘリオンは頷いて気にするなと口にする。

 その様子を一通り見たクウは再び口を開いた。



「そして迷宮以外のメンバー……俺とエブリムとヘリオンは強襲に向けての仕込みだ。こちらの完全な勝利のために色々とやることがある。そのための準備をしておく。では行くぞ」



 クウの言葉に頷く他の五人。

 迷宮攻略をするミレイナ、シュラム、レーヴォルフは二十一階層の奥へ。そして強襲のための仕込みをするクウ、エブリム、ヘリオンは外に出るために二十一階層の転移クリスタルの小部屋へと足を向けた。

 七十年以上にも及ぶレイヒムの思惑、そしてそれを止めるクウたち。

 本格的な戦いが始まろうとしていた。






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