EP18 バウンドとの出会い
「素材の買い取りをお願いしてもいいかな?」
「はい、分かりました。ギルドカードを提出してください」
迷宮から脱出したクウは素材買取をしてもらうためにギルドに戻ってきた。
この時間帯は低階層を縄張りにして日銭を稼ぐ冒険者が精算をする時間帯でかなり込み入っていたため、自分の番になるまでにかなり時間がかかった。
「はいはいカードね」
「はい、確認しま……え? クウさんって確か今日から迷宮に入ったんですよね?」
「ああ」
「もう9階層までたどり着いたんですか!? しかもソロでまだ昼過ぎなのに……」
「ま、ここのギルマスを倒す実力があるんだし当然だろ」
「そ、そうでした。でもあまり無茶な攻略をすると悪目立ちして目をつけられるので気を付けてくださいね?」
「ああ、お気遣いありがとう」
「いえ、それより素材の買い取りでしたね」
「ああ、これだ」
アイテム袋からゴブリンやコボルトからはぎ取った魔石、そしてゴブリンジェネラルの金属鎧を取り出して買取カウンターに並べる。ギルド嬢は並べた端から鑑定していき、値段を査定していった。
「そうですね……この金属鎧は鉄としての素材価値しかないので大銀貨1枚。ゴブリンジェネラルの魔石は小銀貨2枚。ゴブリンとコボルトの魔石は大銅貨5枚の価値ですね。ゴブリン、コボルトの魔石は合わせて12個ありますので総額にして大銀貨1枚と小銀貨8枚の1,800Lです」
1,800Lと言えば日本円にして18,000円ほどだ。一日の稼ぎとしては十分すぎる。迷宮の冒険者の稼ぎとはみんなこんなにいいのかとクウが聞いたところ
「普通は4人以上のパーティでこれぐらいの稼ぎです。山分けするのでコレの約4分の1の400~600Lが常人の稼ぎになります」
と呆れ顔で言われた。
クウもクウでチートだから仕方ない、と納得していたのだが。
「それより10階層のボスの情報をくれないか? 明日倒す予定だし」
迷宮では10階層ごとに大部屋が広がり、そこを守るボスとの戦闘になる。そのボスを倒すことで下の階層に降りる階段への扉が開かれ、次の10層を攻略することができるようになるのだ。
当然ボスと言うだけあって、出てくるモンスターは手強い。大抵の冒険者はこのボスで手詰まりになって攻略を諦めることが多いのだ。
「10階層のボスですね。その階層はゴブリンキングを中心としたゴブリン軍との集団戦になるのでソロで挑戦することはおススメできません。ゴブリンキングの他に、ゴブリンメイジ、ゴブリンジェネラル、ゴブリンが合わせて20体以上出現します。数やレベルはランダムらしいですが、少なくとも20体、20レベル以上らしいです」
「んー。まぁLv30ないなら問題ないかな。多分1人でも十分だ」
「そうですか……油断はしないでくださいね。それに通常は毎日迷宮に入ったりしませんので、体調には気を付けて無理しないようにしてください」
「ご忠告どうも」
爽やかな笑顔でお礼を言ってギルドを後にするクウ。
体格が恵まれているわけでもないにも関わらず、元Aランク冒険者のギルドマスターであるブランを下し、数時間で虚空迷宮の9階層まで到達する期待のルーキーとしてギルド嬢の中でも噂になり、それを聞いた他の冒険者から嫉妬の感情を向けられることになる。
翌日のギルドも掲示板の前はいつものように込み入っていた。
多くの冒険者たちが張り出されている素材買取の依頼表を見ながらパーティで話し合って今日の目標を決めている。その日によって素材の価格が変わることが多いので、これを怠ると努力に見合わない少ない報酬になくはめになる。
そこへ黒コートを着込んで左手に木刀ムラサメを携えたクウも入り込んだ。
「えーと、ゴブリン系魔石は価格が下がってるな。もしかして昨日狩りまくった俺のせいか? 剥ぎ取りしなかった分も他の冒険者が勝手に持って行ったのかもな。今日のボスはゴブリン系だし報酬は期待できなさそうだな。ボス戦が案外楽に終わったら11階層以降に挑戦するのもアリだな……」
「おい、そこの君」
「11階層から20階層は確か動物系の魔物だっけか? だったら皮の剥ぎ取りとかも練習できそうだし、お試しで行っておくか……」
「聞いてるのか!」
「ボア、ウルフ系の魔石は大銅貨7枚で皮は小銀貨1~2枚だな。昨日のゴブリンより稼ぎがよさそうだ」
「無視すんなてめぇ」
無造作に伸ばされた手がクウの左肩を掴んだ……と次の瞬間にクウはその手を掴んで背中へと捩じりあげてしまった。
「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ! 何しやがる!」
「それはこちらのセリフだ。いきなり肩なんか掴まれたから反撃したまでだ」
「さっきからずっと声かけてただろ! てめぇが無視してただけじゃねぇか!」
「ん? そうなのか? 考え事をしてたもんで気づかなかった」
「誤解だって分かっただろ! 早く離してくれ!」
「ああ、悪い」
クウはスッと手を離して肩を掴んできた男の正面に立つ。レザープレートに要所のみ金属装甲で覆った防具を身に着け、背には弓と矢筒を背負っている。クウに捩じられた腕を痛そうに擦りながら若干涙目でクウを睨みつけた。
「そう睨むな。反射的に攻撃して悪かったから」
「あんな速度で絞め技を使ってくる奴なんて初めて見たぜ。確かに俺も強めにお前さんの肩を掴んだがそこまですることないだろうよ……」
「はぁ……で? 何か俺に用があるのか?」
「おう、そうだった。お前さん、Eランクにも関わらずここのギルドマスター倒して迷宮の入場権利を勝ち取ったっていうあのクウだよな?」
「ああ、確かに俺がクウだ」
「んで、昨日のたった一日で迷宮の9階層までクリアしたってのも本当か?」
「噂が回るのが速いな……。本当だ」
予想外に噂の進行速度が速いことに嫌な顔をするクウ。自分の攻略速度が悪目立ちすると昨日ギルド嬢に言われたばかりなのを思い出して思わず目頭を押さえる。
逆に男は嬉しそうな顔をして話を続ける。
「なぁ、俺とパーティ組む気はないか? 俺はソロで5階層あたりを狩場にしているんだが、あんたと一緒なら前衛後衛が揃って攻略も楽になると思うんだが……」
「待て。その前にお前は誰だ。名乗りもせずに勝手に話を進めるな」
「おっと悪い。つい興奮しちまって礼儀も忘れてたぜ。俺はバウンド、19歳だ。見ての通り弓と魔法で戦う後衛タイプだが罠の発見や解除もできるぜ! お前さん11階層からはトラップが出てくるの知ってるよな? 俺を連れていくと便利だと思うぜ!」
バウンドの言う通り、1~10階層まではトラップは全くないのだが、11階層から下になると落とし穴を始めとして、ボウトラップや落石、転移、モンスターハウスなどの凶悪な罠が待ち構えている。少なくとも罠を発見するスキルがなければ避けることすらできない。
だが、クウに関してはそれは全く問題ではなかった。何故なら《看破》には罠を見破る能力があるのだから簡単に見つけることができる。
「俺はあくまでもソロでやる。それと俺も罠感知ぐらいはできるから問題ないぞ。遠距離攻撃もあるしな。何より俺のスキルを見せたくない」
「万能型かよ! まぁ、無理にとは言わねぇよ。ダメ元で頼んでみただけだしな」
「悪いな。だが罠感知が出来るバウンドなら他のパーティからも引く手数多だろ?」
「いや、俺実はレベルが低くてな。幻覚に引っかかっちまうからあまり下の階層に行けないんだよ。5階層なんて攻略目指してるやつがほとんどいないし、罠のない1~10階層では俺の特技も役に立たねぇからな」
「なるほどな……」
「まぁ、断られちまったものは仕方ねぇ。ボス戦なんだろ? 頑張れよ」
「ああ……というかお前もどうせ迷宮行くんだろ? 一緒に行こう」
「……それもそうだな」
なんだかんだでバウンドと打ち解け、身の上話を聞きながら迷宮へと向かった。
彼の話によるとバウンドは【ヘルシア】出身で、小さい頃から迷宮を探索する冒険者に憧れていたらしいのだが、どうにも剣で獲物を切り裂き、突き刺す感覚が嫌で弓と魔法を使っているらしい。ここ最近まで街中の雑用系依頼や街の外の討伐依頼をこなすEランク冒険者だったため、Dランクになって迷宮に入り始めたのは1か月前なのだそうだ。
身長はそれなりだが、痩せ形でそんなに強そうに見えないこともあって、というか実際に弱いのでどこのパーティにも受け入れてもらえないまま今に至るという。
「なるほど。苦労してるんだな」
「分かってくれるか! ならば俺とパーティを……」
「それとこれとは話が別だ」
「……だよな」
気を落とすバウンドだが、手を締め上げたお詫びに道中の屋台で串焼きを奢ってあげると簡単に機嫌を直したのだった。
「あ~。クウ君じゃないの~!」
白亜の神殿を思わせる迷宮が見えてきたころ、突然声をかけてくるものがいた。聞き覚えのある声とイントネーションだと思って振り返ると、そこにいたのは【ヘルシア】までの王国馬車で同乗したBランクパーティ『風の剣』のキャシーだった。もちろんエリスとテオとガントもいる。
「キャシーか。数日ぶりだな」
「クウ君もね~。聞いたわよ~。昨日だけでもう9階層まで行ったんだって~?」
「まぁな。お前たちはどうなんだ?」
「私たちは昨日はお試しで潜っただけだからまだ3階層までなの」
「それにキャシーが迷宮道具が欲しいとか言って横道に逸れていったからな」
「うむ。半分ぐらいはキャシーのせいだな」
「え~。そうかな~?」
「「「そうだ(なの)!」」」
相変わらずコントが絶えないパーティだが、ここでクウはふとあることを思いついた。
「なぁ、キャシー。罠感知と解除ができる後衛とか欲しくないか?」
「っ! クウ……お前……」
バウンドがハッとクウを見ると、クウは大きく頷き返した。
「そうね~。虚空迷宮は色々と厄介みたいだし、罠感知も1人だと負担がかかるもの確かね~」
「とは言ってもまだ俺たちは罠のある階層まで行ってないがな」
「でもいずれは必要になると思うの。それに盗賊職2人は迷宮攻略ではかなり有利だと思うの」
「俺はいたらいいと思うぞ」
「それならこいつをパーティに入れてやってくれないか? バウンドって言うんだが」
クウはそう言ってバウンドを親指で指さす。
「お、俺で良ければ……できればパーティに入れてくれないか?」
「そうね~。ちなみにバウンド君はレベルいくつなのかな?」
「……まだLv26だ」
「う~ん。私たちとかなり差があるわね~」
目をつぶり、右手を顎に当てて考え込むキャシー。それを見たバウンドはまたダメかもしれないと思って肩を落とす。
「いいわよ~」
「そうだよな。俺なんかじゃ……って、いいの!?」
「ああ、別にいいだろ。レベルなんて勝手に上がるしな」
「それよりも罠感知と解除は魅力的なの。この手のスキルは保持者が少ないの」
「それに後衛の火力が増えるのも嬉しいな」
「だそうだぞバウンド。良かったな」
「うおぉぉぉぉぉ! マジか! やったぜぇ!」
全身で喜びを表しながら叫ぶバウンド。
よほど嬉しかったのか周囲の目も気にすることなくはしゃいでいる。
「ま、そういう訳だ。新しいメンバーと一緒に打ち合わせでもなんでもしてくれ。俺はこれから迷宮に潜るから後は『風の剣』が何とかしてくれ」
「ふふふ、そうね~。クウ君もいい子を紹介してくれてありがとね~」
「まぁな。いい奴だから面倒見てやってくれ」
ヒラヒラと手を振って迷宮に向かうクウにキャシーも手を振り返す。
『風の剣』は新メンバーを迎えたことを祝って、先ずは宴会をして騒ぎに騒ぎ、二日酔いで翌日も迷宮に入れなかったという。