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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
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EP187 クウの正体

「そんな馬鹿な……」



 しばらくしてようやく言葉を口にしたシュラム。しかしそう言いつつも思い当たる節は幾つかあった。まず一つは見た目である。獣人や竜人という種は戦いに特化した種族であるため、若くパワーのある時期が非常に長い。しかし、だからと言って見た目が変化しないということではないのだ。

 シュラムが見てきたレーヴォルフは六十年前から全く変わっていなかったのである。

 そして理由はもう一つある。



「シュラム様。パルティナ師匠はお元気でしょうか?」



 シュラムが考えていた理由はこれである。レーヴォルフに《体術》と《操糸術》を教えた師匠であり、竜人の中でも武勇の女性として信頼されていたパルティナ。

 実はシュラムの妻であり、ミレイナの母親である。そして竜人では信頼の厚かったパルティナに師事していたレーヴォルフがレイヒムに裏切るとは考えにくいのだ。

 シュラムはレーヴォルフの質問に首を振りながら答える。



「パルティナは二十年前に私の妻となった。だが十六年前に病で亡くなったよ」


「そう……ですか。しかし師匠がシュラム様の奥方になっていたとは驚きです」


「まぁ、色々あったのだ」



 クウもレーヴォルフから聞いていたパルティナという竜人の話。有名だとレーヴォルフは言っていたが、クウは全く聞かない名前だったため何者かと思っていたのだ。だが、シュラムの妻であり、既に病気で亡くなっていたと知って納得する。



(十六年前……ミレイナの歳と同じだな。もしかして無理な出産をしたことが原因だったのか?)



 ちらりとミレイナを見ると、視線を落としているのが分かった。もしかすると自分のせいで母親が亡くなったと考えているのかもしれない。

 それはそれとして、クウはパルティナが病で亡くなったという部分に疑問を覚えた。



「シュラム。ちなみにパルティナってのはどんな病気だったんだ?」


「あまりよく分かっていない。どういうわけか体力が異常に落ちていったのだ。薬草も用意できなかったから治療すらもままならない。ミレイナを妊娠していたパルティナにレーヴがよく差し入れを持っていったのだが……まさかっ!」


「ああ、それってもしかしてレイヒムの呪いなんじゃないか? 当時のレーヴォルフは偽物だ。そして偽物がレイヒムの協力者なら……可能だろう」



 その当時は謎の病気がレイヒムの呪いであることを知らなかったし、知っている今でも当時をよく思い出すまで気づかなかった。しかしよくよく考えれば怪しさばかりが見えてくる。

 シュラムは片手で顔を覆いながら呟く。



「そんな……何のために……」


「レイヒムは謎の病を治すという評判だったからな。シュラムが最も大切にしている存在が病と知れば、簡単に降ると考えたのかもしれん。それにミレイナがパルティナのお腹にいる以上、シュラムも子供のためならば……という思惑があったとも考えられる。まぁ、シュラムは必死過ぎてレイヒムに頼るという発想が生まれなかったんだろうけど」


「くっ……」


「僕が捕まっている間に師匠まで……」



 シュラムだけでなくレーヴォルフも悔しそうに顔を顰める。

 そしてパルティナは余程有名なのか、獅子獣人であるエブリムと猫獣人であるヘリオンも同様に驚いたような表情を浮かべていた。



「あのパルティナが?」


「……知らなかった」



 これほどまで知られているらしいパルティナだが、人族であるクウからすれば理解できない。またミレイナもあまり実感が沸いていないようだった。

 そういうこともあってクウはシュラムに質問する。



「それでパルティナってのはどんな奴だったんだ?」



 この言葉に目を見開いてクウに注目するシュラム、レーヴォルフ、エブリム、ヘリオンの四人。彼らにとってはパルティナは非常に有名で優秀な戦士だったのだが、人族であり召喚者であるクウからしてみれば何者かサッパリわからない。説明を求めるのは当然だった。

 シュラムは溜息を吐きつつも口を開く。



「パルティナは私と並んで次の首長候補となっていた。力ではなく凄まじい技量で追い詰めていく竜人としては異色の戦士。だが竜人最強クラスの女性だった。糸を上手く使って相手の動きを牽制し、隙あらば体の自由を奪う。そして鋭い一撃で確実に仕留めていくのだ。

 首長でなくとも三将軍となる実力は十分にあったのだ。彼女が辞退したために結局は一戦士として活躍していたが……どうやら戦うより次世代を育てることに力を入れたかったらしい。レーヴォルフも彼女の弟子の一人として頭角を現していた」


「僕が《体術》と《操糸術》で戦うのも師匠直伝なのさ。今は知らないけど、パルティナ師匠の弟子は僕以外にも結構いたんだ」


「俺たちの所にもパルティナの噂は届いていたし相手をして貰ったこともある。戦いにくい奴だって覚えているな」


「……俺は話に聞いただけ。でも有名だった」


「私も母上が使っていた戦い方をレーヴが受け継いでいるというから師事を仰いだのだがな。さっきからの話を聞くと私の知っているレーヴは偽物だったみたいだな」


「なるほどね。レイヒムとしても呪いを狙いたいだろう対象だな」



 それぞれの話を聞いて納得するクウ。

 強さも信頼も持っており、次代を育てることに力を入れていたというパルティナ。そして何よりシュラムの妻であったということだ。呪いという罠を張り巡らせ、竜人の心を折ろうとしていたレイヒムなら標的にしそうである。

 だが、そうして首を縦に振りながら勝手に頷いて納得しているクウに対して、シュラムを初めとした五人はずっと気になっていたことを尋ねる。



「クウ殿……結局お前は何者なんだ?」


「確かにね。牢での出来事、そして迷宮で見せてくれた能力。正直驚いたよ」


「そうだぞ。珍しい顔つきだし、強さも異常じゃねぇかよ」


「……俺よりも動きが速い」


「そうだぞ。お前は魔人かヴァンパイアではないのか?」



 一斉に質問をする五人にクウも『そういえば』と気が付く。あまり大っぴらに動きたくなかったため、今までクウはシュラムにも詳しい話はしていない。一応は【ドレッヒェ】で天使であると言ってあるため、シュラムだけはクウの正体を知っているハズなのだが……



(ミレイナのことや堕天使のことを言うにしても俺のことは話した方がいいか……。それに今日の件で結構目立ったし、もういいか。神種が二人いるって分かったし、俺も本格的に介入していいよな)



 『仮面』の四天王と呼ばれるダリオン・メルクとの出会いで、クウも本気の介入を考えていた。次の強襲でクウがダリオンを仕留める必要があると思われる。それはクウの二つの【魂源能力】をコピーしたダリオンが絶対に厄介だと確信しているからである。

 視認した領域に幻影を出現させ、意思にすら干渉する魔眼。強力で様々な複合効果を持ち合わせた固有の属性魔法。それが襲いかかってくるとすれば、それはクウでしか対処できないと思われる。《虚空神の呪い》がある以上はクウの劣化でしかないのだが、それでも【魂源能力】を持たない者では相手にならないだろうと予想できるからだ。

 だからこそクウはミレイナに期待する必要があった。



「そうだな。俺のことを少し話す。シュラムは知っているハズだが、俺の種族は天使だ。より正確には天人てんひとという種族名だけどな。俺がここに来たのはレイヒムが持っている呪いの能力に対処するためってところかな。本当は少し違う目的で来たけど、今はレイヒムから情報を抜き取り始末するのが目的だ」



 クウの言葉に首を傾げる四人。シュラムはクウが翼を出して飛んでいる姿を見ているし、ファルバッサと共に【ドレッヒェ】に来たのを目撃している。理解不能……といった顔をしていたのはシュラム以外の四人だった。

 そんな様子の彼らを見て、クウは頭を掻きながら説明を続ける。



「まず天使が何かを説明してやる。天使とは神の試練をクリアして認められた奴のことだ。まぁ、実質は神の雑用係だな。ちなみに試練とは迷宮のこと。

 詳しい話は省くけど、そうやって天使となる時に手に入れる特別な能力がある。その特別な能力をレイヒムが持っているから問題なんだよ」


「ならレイヒムも天使だと?」


「いや、奴は不正規な方法で能力を手に入れたと思われる。本来はこの特別な能力を所持する者が、能力を悪用しないために天使の試練である迷宮があるんだ。もちろん天使となる器を鍛える側面もあるが、それは精神面に対するものが非常に強い。

 だがレイヒムはそれをせずに能力を手に入れ、暴走するように悪用している。現に呪いの力で滅茶苦茶なことをしているのは知っているだろう? 前に言ったレイヒムの特殊な能力とはこのことだよ。本来は世界を整えるための能力を私利私欲で使われるのは困るんだ」


「それは【固有能力】とは違うのか?」



 ここでミレイナが口を挟む。

 クウは敢えて『特別な能力』と称しているため、普通の者が聞けば【固有能力】を浮かべてしまうのは当然のことだろう。事実、加護によって与えられる能力である【固有能力】は確かに特別だ。

 しかし【魂源能力】は自らの魂が顕現させる能力であり、【固有能力】とは異なる。クウはこのことを大ぴらに話すべきか迷ったが、念のため秘匿すると決めたのだった。



「【固有能力】じゃない。もっと強力なスキルだ」


「ならそれは私たちも迷宮を攻略することで手に入るのか?」



 クウの興味深い発言にミレイナは食いつくように質問を続ける。確かにそれはミレイナ以外にとっても気になるところだろう。強さを求め、自らを鍛えるために破壊迷宮を利用してきた獣人や竜人にとって、これほど甘美な情報はないとすら思えた。

 しかしクウはそれをハッキリと否定する。



「お前たちじゃない。可能なのはお前だけだ、ミレイナ」


「私だけか?」


「……何故ミレイナだけが?」



 目を輝かせるミレイナに対し、シュラムは少し不満そうな声をあげる。黙っていたレーヴォルフ、エブリム、ヘリオンも納得がいかなそうな顔をしていたのだった。

 やはり、と思いつつもクウは説明を続ける。



「理由はミレイナに神の【加護】が付いているからだ。つまり迷宮を攻略し、天使として進化する可能性のある者として生まれたときから選ばれているということだ」



 その言葉にピシリと空気が固まるのがクウにも分かった。

 しかしクウはそんなものを無視して能力を発動させる。



(《森羅万象》……これなら秘匿も開示出来るだろ)



 全てを開示し、秘匿するもう一つの魔眼がミレイナに向けられたのだった。






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