EP186 情報収集の成果
~二十一階層~
「はぁ~。さすがに二度目は面倒だな」
そう言いながら階段を降りていくクウに、ミレイナもレーヴォルフも頬を引き攣らせながら追随していたのだった。薄手の黒コートをヒラヒラとさせながら歩く後姿は強者の風格……などと言うことはない。どう見ても強そうには見えない幼い顔立ちと低い身長からは想像もできない強さだったのだ。そのような反応をするのも当然である。
「何なのだコイツは……」
「さぁね?」
道を塞ぐウォールゴーレムを赤黒く輝く謎の魔法で文字通り消し飛ばし、襲ってくる魔物は一撃で両断してしまう。十階層と二十階層のボスですら一撃だったのだ。まるで捉えることの出来ないクウの動きを見た二人は『上には上がいる』と痛感したのである。
また二人は気付かなかったが、十階層からの罠は《月魔法》によって見事に消滅させられていた。スイッチタイプの罠は普通に消し飛ばされ、魔法陣タイプの罠は陣を削り取られて効果を失ったのだ。
この凄まじい快進撃のお陰で僅か数時間でここまで降りてきたのである。そして途中で回復したミレイナはクウの脇から降ろされ、今では後ろから付いて行っていた。
「でも迷宮か……始めてきたけど面白い場所だね」
「そうなのか? というかお前は何者なのだ?」
「ん? 僕かい? まぁ……今は秘密かな」
「なんだそれ……」
ミレイナは疲れたようにそう呟く。いつもなら厳しく追及するところだが、今のミレイナにはそれほどの元気がない。ある程度は回復したのだが、やはり一度はしっかりと休息をとる必要があるからだ。
まだ顔を隠したままのレーヴォルフはそんなミレイナの性格を知らないため、とくに驚くこともなくクウに付いていく足を速める。そしてそのままクウの隣まで行って話しかけた。
「確かシュラム様がいるのは……」
「ああ、この階層だ。もうすぐ会えるはずだけど……まずは俺が説明するから顔は見せるなよ」
「わかった。僕もその方がいいと思うしね」
そしてその会話の途中で階段を降り切った三人。フィールドフロアとなる二十一階層からのステージは洞窟がテーマとなっている。薄暗く広い洞窟のような場所には多くの地底湖が点在しており、そこから漏れ出す青白い光によって周囲が照らされていた。この地底湖から水が採取できるのだが、たまにグランスライムという巨大なスライムが擬態していることがあるので注意しなくてはならない。
しかしそれさえ注意すれば幻想的なフロアなのだ。これを見たレーヴォルフは感嘆の声を上げる。
「これは凄い……これが迷宮……っ!」
この光景はとても地下だとは思えない。今までの地下通路風のフロアはまだ良いのだが、このようなフィールドが広がっているとなれば驚くのは当然だった。
事実、迷宮は単純に地下へと伸びている建造物ではない。神が各階層を次元断層によって処理している一種の特殊空間のようなものだ。地面を掘って下に行くことなど出来ないし、逆に天井を掘って脱出することも出来ない。
迷宮という場所はある意味でこの世から切り離された場所でもあるのだ。
クウはそんな様子のレーヴォルフに苦笑しながら言葉を返す。
「ま、そういう反応になるよな」
「こんな場所があるなんて僕も聞いたことがなかったからね。驚いたよ」
「普通はさっきみたいな地下通路だ。だがたまにこういった階層があるんだよ」
「おい、それよりもジジ……父上はどこにいるのだ?」
二人で話し合っていた背後から声を掛けるミレイナ。どうやらクウと話すときは猫を被るらしく、シュラムのことを父上と呼んでいる。
それはともかく、確かにミレイナにとっては気になることなのだろう。《気配察知 Lv10》を所持しているレーヴォルフは気付いているのだろうが、実はシュラムは既に近くまで来ているのだ。精神を消耗しきっているミレイナは気配に気づかなかったのである。
「帰ってきたか……クウ殿。それにミレイナも」
近くの岩陰から姿を現すシュラム。一度【ドレッヒェ】でクウの素顔を見たことのあるシュラムは黒髪黒目の特徴的な風貌を見て安堵の息を吐いていた。
そして何より娘であるミレイナの姿もあるのだ。想像以上の戦果を挙げてきたクウには感嘆の溜息しか出ないのである。
「そっちは変わりないかシュラム?」
「ああ、エブリムとヘリオンも落ち着いた。先ほど今日の食料を調達したところだ。人数が増えたようだから調達し直す必要がありそうだな」
シュラムはそう言って白いマントを纏ったレーヴォルフへと目を向ける。クウがミレイナと共に連れてきたこの人物からは強者の気配がする。シュラムはどこか覚えのあるような気配を感じて、頭の中では何者かと考え続けていた。
(知り合いか? とすれば昔にあったことがあるのだろうか。クウ殿が連れてきたということは私たちの味方で間違いない。ならば反レイヒム派の者か?)
裏切ったレーヴォルフのことは無意識に排除しているシュラム。だが事実をまだ知らないシュラムにこのことを予想させるのは難しいだろう。白マントの中身が気になっていると分かったクウは、早速とばかりにレーヴォルフについて説明させることにする。
「まずは色々説明する。あとの二人の所へ連れて行ってくれ」
「そうだな。わかった」
シュラムはそう言って先ほど出てきた岩陰の奥へと歩き出す。どうやら高さだけで十メートルはある岩が乱立しているらしく、自然の要塞と化していた。その岩の間を利用すれば簡易的なアジトとして成り立つように思える。
クウ、レーヴォルフ、ミレイナはシュラムの後へとついて行ったのだった。
ミレイナはレイヒムに捕まって一時的にも奴隷化されていたということもあり、何を話せばよいのか悩んでいるらしい。シュラムの後姿をチラリと見ては下を向くということを繰り返していた。
(ミレイナの奴……反抗期かよ)
そんなミレイナに気付いたクウは溜息を吐きながらそう考える。
しかしクウは知らないことだったが、ミレイナは自分の力に絶対的な自信を持っていた。【ドレッヒェ】でも自分に勝てるのはシュラムを初めとして三将軍も含めた四人だけであり、大抵のことには対処できると自負していたのである。
しかし偽レーヴォルフに捕まり、スキルを無効化されてあっという間に捕まった。『慢心するな』と言っていたシュラムの言葉が心に浮かび上がっていたのである。持っていた自信をポッキリと折られてしまった思いだった。
「よし、こっちだ」
シュラムはミレイナに目を向けることなく案内を続ける。シュラムとしてもレーヴォルフのことを見抜けなかったことでミレイナが攫われたのだと後悔していたのだ。つまり合わせる顔がないという思いなのである。
悶々としつつもシュラムは岩の間を通り抜け、獅子獣人エブリムと猫獣人ヘリオンがいる場所へと辿り着いたのだった。
「シュラムか……とそっちの三人は?」
「……もしかしてクウ?」
「あー、顔を見せてなかったんだったな。俺がクウだ」
そういえば……とクウは改めて自己紹介する。初めて会ったときは白マントで姿と顔を隠していたために二人はクウの素顔を知らないのだ。ヘリオンは気配で何となく気付いたようだったが、そういうことが苦手なエブリムには分からなかったらしい。
それはともかく……とクウは話を続ける。
「それで情報収集プラスαの成果だな。まずは見てわかると思うがミレイナを助けた。どうやらレイヒムに奴隷化されていたようだが、俺が解除したから問題は無い。強さはエブリムとヘリオンもよく知っているよな?」
「あ、ああ」
クウの言葉にエブリムが苦々しい表情で答える。圧倒的な破壊の能力で暴れまわっていたミレイナを止めるのは非常に難しい。シュラムはミレイナが《竜撃の衝破》を使う際の予備動作から予測して避けることが出来るのだが、やはり初見では対処出来ないだろう。
理不尽な暴力はもはやトラウマものである。
ミレイナもムスッとした表情のままソッポを向いているが、内心ではダラダラと汗を流していた。奴隷化のせいで逆らえなかったとは言え、数日前にこの場所を襲撃したばかりなのだ。気まずいと感じるのは当然のことだろう。
空気が重くなったのを感じたのか、クウは一旦話を変えることにする。
「まぁ、ミレイナに関しては後で話し合うことがあるから今は置いておこう。それよりも重要な情報を幾つか手に入れたから話しておくぞ」
クウの気遣いで気を引き締め直したシュラムが頷き、それにエブリムとヘリオンも続く。それを確認したクウは牢で知った情報を改めて話し始めたのだった。
「まず反レイヒム派の奴らは無事だ。少なくとも三か月は牢に捕まったまま何もされないだろうな」
「どういうことだクウ殿?」
「まず刑罰の内容が奴隷兵士となっていた。さらに五千個もの奴隷首輪を発注する書類を見つけた。どうやら竜人も奴隷化するつもりらしいな。三か月後に届くようになっていたから間違いない」
これには驚いて目を見開くシュラム。レイヒムは本当に竜人を奴隷として従えている証拠を突きつけられて半信半疑だったことが確信に変わったのだ。そして竜人を奴隷として扱う場合、それは戦力として利用することが尤もらしいと考えている。
ここまで具体的なことが分かればシュラムにもレイヒムの狙いが理解できた。
「まさか……他国と戦争でも起こす気か?」
「恐らくはな。奴隷首輪は【アドラー】に発注していたみたいだから、戦争の相手として最も可能性が高いのが【レム・クリフィト】だ」
「……なんだと?」
これに反応したのは猫獣人のヘリオンである。猫獣人の里【カーツェ】は港町であり、【レム・クリフィト】と貿易することで栄えている。その国と戦争をする可能性があると聞いて驚かないはずがなかった。
そして奴隷兵士として竜人を突っ込ませればかなりの戦力にはなるのだが、あくまでも地上戦力としての期待だ。つまりは陸続きとなっている【アドラー】と【レム・クリフィト】も同時に開戦し、竜人は【アドラー】から攻撃するということも考えられる。
だがシュラムは現実逃避するかのようにクウへと反論した。
「待て、まだ【レム・クリフィト】が相手だとは決まっていない。戦争を起こす気なのは間違いないだろうが、その相手は【アドラー】かもしれないだろう? 如何に奴隷首輪を発注していると言っても、【レム・クリフィト】に攻める確実な理由にはならない」
確かにそうだ。
宣戦布告をする前ならば仲良くしているふりをしても問題は無い。さすがに奴隷首輪を五千も発注するのは怪しいかもしれないが、絶対的な理由にならないのは本当の話だ。
だがここでクウはもう一つの情報を切り出す。
「なら四天王って知っているか?」
「四天王? 確か【アドラー】の最高幹部四人を指す言葉だ」
「そうだな。俺が知っているのは『人形師』、『死霊使い』、『仮面』、『氷炎』だな」
「……あっている。四天王は五十年以上変わっていない」
シュラム、エブリム、ヘリオンが口々にそう語る。クウとしては二つ名と思しき『人形師』、『死霊使い』、『仮面』、『氷炎』が気になるところだが、まずは話を進めることにする。
「その四天王だけど、さっきレイヒムに協力しているのを見た。それにミレイナを取り返す際に戦いになったしな」
『何だとっ!?』
声を重ねる三人。【アドラー】に響く四天王といえば魔人族最強を指す魔王に次ぐ実力者という意味だ。それと戦ったクウにも驚きだが、何よりその四天王がレイヒムに協力しているとなればそれ以上の驚きをしてしまうのも当然である。
これはさすがに決定的だろう。
間違いなくレイヒムは【アドラー】と組んで【レム・クリフィト】に戦争を仕掛けようとしているのだ。この二国間の仲が非常に悪いのは周知の事実であり、もはや認めるほかない。
だがクウはさらに衝撃的な事実を知らせる。
「それとだな、おそらく四天王の『仮面』と呼ばれる奴だと思うんだけど、こいつが触れた対象の姿と能力をコピーするスキルを持っていた。誰にでもなれる……だから『仮面』と呼ばれているんだろうな。そしてそいつがレーヴォルフの姿をコピーしていたことが判明したんだよ」
「……いま何と?」
「だからレーヴォルフは初めから偽物だった。それも六十年前からずっとな。お前がレーヴォルフだと思っていた奴は魔人が変化しただけの他人だったってことだ」
そしてクウは白いマントで姿を隠したレーヴォルフに目配せをする。するとレーヴォルフはバサリとマントを取り去って姿を見せ、すぐに跪いてシュラムの前で頭を垂れた。
ふわりと舞ったレーヴォルフの長い黒髪が目を引き付けるが、すぐに確認したその顔はシュラムの知っているレーヴォルフとは少し違う。しかし間違いなく面影を残している顔だった。
そしてレーヴォルフは声に出して挨拶をする。
「お久しぶりですシュラム様。およそ六十年ぶりとなるでしょうか?」
シュラムが再び動き始めるまで十分ほどの時間を擁したのだった。
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