EP185 二度目の破壊迷宮
巨大蛸が暴れまわることによって騒然とする【帝都】。そしてその化け物と戦うレイヒムの眷属たちのせいで多くの獣人が混乱に陥っていた。特に戦いを好まない性格の者や、実力がないと自覚している者たちは可能な限り離れようとする。そしてその一方で物好きや実力者は近くで戦いを見ようと七つの戦場で固まっていたのだ。
その中でミレイナが戦っていた場所にいた獣人たちは唖然として感想を言い合っていた。
「……何だったんだ?」
「黒い翼が生えたように見えたな」
「しかも化け物まで消えちまった。どうなっている?」
「それに黒髪の変な奴もいたよな。あいつ誰だ? 獣人でも竜人でもない」
「魔人? それともヴァンパイア?」
「いや、人族かもしれん。【レム・クリフィト】には確か人族がいるんだよな」
「はは……まさか? どうしてここに? 港町の【カーツェ】なら分かるけど」
「知らねぇよ」
「それより黒髪の子……すごく速かったわよね」
「それだよな。全く動きが見えんかった。どこに行ったんだ?」
「化け物と戦っていたローブの子を抱えてどっかに行っちゃったものね」
クウはダリオンの《千変万化》をミレイナに説明するために姿を晒している。お陰でミレイナへの説明を省略できたのだが、周囲で観戦していた獣人たちにも姿を晒すことになっていた。クウも焦って周りが見えていなかったのである。それだけ姿、能力のコピーや堕天使化が衝撃だったのだ。
そして一方のクウとミレイナは言い争いながら移動を続けていた。
「こ、こら。離すのだ!」
「うるせーよ。こっちは急いでるんだから暴れるな」
「私は自分で走れる!」
「お前の速度じゃ遅いんだよ。戦い終わってバテバテだろ!」
何をっ! と言い返そうとするミレイナだが、確かにクウの移動速度は凄まじい。まるで景色が飛んでいくかのように流れているのだ。事実、ミレイナを抱えて走り始めてから一分ほどで迷宮が見える場所まで来ていたのだ。また、本当にミレイナも消耗しているため痛いところを突かれたことになる。
一瞬言葉が詰まったところを見計らってクウが続けざまに言い放った。
「もう一人合流したら破壊迷宮に逃げ込むぞ。そこの二十一階層にシュラムもいる」
「何っ!?」
さすがにこのことには驚くミレイナ。合流するもう一人の話はともかく、父親であるシュラムが【ドレッヒェ】を離れてここまで来ているとは思わなかったのだ。
そして奴隷首輪から受けたダメージもあって、さらに気も抜けたことから一気におとなしくなった。クウはその隙に合流するもう一人こと本物のレーヴォルフの姿を探し出す。別れた場所から移動していないならば迷宮近くの建物の屋根にいるはずだ。そう検討を付けて目を凝らしていた。
「いた……」
すぐに見つけたクウは白いマントで姿を隠したレーヴォルフへと近寄る。一方でクウの姿を知らないレーヴォルフは高速で近づいてきた黒い影に警戒を見せていた。多くの獣人は巨大蛸とデザートエンペラーウルフの戦いに集中しているが、一部の者はクウに気づく。だが観戦したい奴が来ただけなのだろうと、レーヴォルフ以外はそれ程気にしていなかった。
これ幸いとクウはミレイナを抱えたままレーヴォルフに近づいて小声で話しかける。
「大丈夫だ。クウだよ」
「え? マントの下はそんな顔だったのかい? 確かに気配は一致しているみたいだし、本人で間違いないようだね。種族は―――」
「どうでもいい。早く破壊迷宮に潜るぞ。お前は何階層まで転移できる?」
「僕は破壊迷宮を見るのも初めてだよ。子供の頃は【ドレッヒェ】で育ったし、里の外に出るほど大人になったときには戦争が始まっていた。捕まってからはすっと牢屋の中だよ」
「なら一階層からだな。エントランスの奥に階段があるからそこまで走れ」
「了解だよ」
フードで隠れたレーヴォルフの顔はミレイナには見えない。しかしミレイナはその声にどこか既視感を感じ取っていた。偽物とはいえ、本物に近いコピーと長く接していたミレイナだ。本物のレーヴォルフの声に聞き覚えを感じるのは当然である。
しかしミレイナに詳しく考察する頭脳はない。すぐに偶然で片づけたのだった。
そしてクウとレーヴォルフは頷き合って同時に走り出す。
「《幻夜眼》起動……分裂しろ」
先程の戦いで巨大蛸を一体消したクウには少し余裕がある。その演算の余裕を使ってデザートエンペラーウルフと交戦している巨大蛸を分裂させたのだ。一体ならば押しつつも拮抗していた。その圧倒的な速度で八本の触手を回避し続けていたのだ。
だが二体になると一体どうなるだろうか?
「グォォオンッ!?」
巨大蛸は幻影だ。クウが創りだした現実にすら影響を及ぼす幻術。それは物理法則や生物的要素に影響されることなく、クウの望むままの現象を引き起こす。
触手を振り回していた巨大蛸は予備動作もなく重なる影が分かれるように分裂してデザートエンペラーウルフへと襲いかかる。さすがのデザートエンペラーウルフもこれには対応できない。
「グルルゥ……」
あっという間に締め付けられて唸り声を上げる。クウとしてはこのまま殺してしまっても良かったが、最優先はミレイナとレーヴォルフを連れて密かに破壊迷宮へと行くこと。デザートエンペラーウルフに切りかかったりすれば目立ってしまう。既に意味はないのかもしれないが、破壊迷宮を拠点としていることはバレないようにしたいのだ。
「急げ」
「おい、もっと、丁寧にっ! 運べ!」
「ちょっと黙れミレイナ。隠密行動中だ」
「……キレるぞ?」
「クウ……女性には優しくね」
ミレイナに容赦がないクウにレーヴォルフは苦笑を浮かべる。しかし今はそんなことを議論している余裕などない。基本的に女性に優しくを心がけているとクウ自身は思っているが、実はそんなことはない。その思考は身内にのみ適応されるのである。つまりユナとリアだけだ。
天使となる可能性のあるミレイナでも対象ではないのだ。
ミレイナを抱えたクウとレーヴォルフは屋根を飛び移って迷宮の近くで飛び降り、デザートエンペラーウルフを二体の巨大蛸が抑えている陰で密かに行動を続けた。
「こっちだ」
クウは追加の幻影で砂煙を起こしつつも声で誘導してレーヴォルフを導く。クウは自分の幻術で影響を受けることがないため、しっかりと景色が目に見えているからだ。レーヴォルフもクウの声と気配を頼りに足を緩めることなくついて行く。
そして誰にも気づかれることなく破壊迷宮のエントランスへと辿り着いた。
「……」
「何だこれは?」
「凄惨だね」
エントランスで一番目を引き付けるのは中央に鎮座している巨大クリスタルだ。しかしこの場でそれよりも目立っているのが床に横たわっている獣人たち。白い布と甲殻鎧を纏った兵士や、迷宮に挑戦して己を鍛えている戦士まで様々な獣人が気を失って倒れていた。
「一番初めにやった分だな。目を覚ましていないなら好都合だ。このまま行くぞ」
兵士たちだけでなく、迷宮に挑戦する猛者までも問題なく気絶させているクウに驚くレーヴォルフとミレイナの二人。実力を目の前で見せられたミレイナはともかく、レーヴォルフは思わず口を引き攣らせていたのだった。
(地下牢をボロボロにしただけはあるね。何者なんだろう?)
レーヴォルフは自分のことを教えたが、クウは名前以外に殆ど何も語っていない。顔を晒したからには種族も分かるのかと思ったが、レーヴォルフの知識にはクウの種族に関する知識がなかった。
しかしそれも当然である。
魔族と人族は全くもって繋がりがない。一年半以上前に一度目の勇者が人魔境界山脈にある砦を攻めた際も戦ったのは魔人族であり、獣人族や竜人族は関わりがない。むしろ内乱で手一杯であり、人族と戦った記録などないのである。レーヴォルフが人族を知るはずがない。
さらに人生の多くを牢で過ごすことになったレーヴォルフは魔人やヴァンパイアについても知識がないに等しいのだ。
(まぁいいか)
レーヴォルフは知性派だが、知らないことは分からないのだ。考察するだけの情報もない以上、これ以上考えるのは無意味と判断して無言のままクウに従う。
そんなレーヴォルフの様子に気付くことなくクウは二度目となる迷宮一階層へと踏み込んだのだった。
~一階層~
「さて、一気に攻略するぞ」
「どうするつもりなのだ? 私の能力が無い限りは簡単ではないぞ?」
ミレイナはクウを睨みつけながらそう言葉を吐く。巨大蛸との戦いで消耗し、奴隷の首輪からの苦痛でトドメ刺された形となり、今のミレイナには能力を行使できるほどの気力はない。如何に《竜撃の衝破》が魔力を消費しないと言っても、発動させるにはそれなりの気力が必要になる。精神がすり減ったミレイナに発動は難しい。
しかしクウは落ち着いた様子で答えた。
「問題ない。まぁ、見てろ」
クウは視線を前へと固定して片手を突き出し、魔力を練り上げながら集中を始める。今回はスピードを重視して攻略をしていくつもりであり、そのために《月魔法》を使用するのだ。
《魔力支配》による凄まじい操作能力で魔力を練り上げたクウは静かに呟くように詠唱を始める。
「『再生を司る聖なる光
滅びを晒す邪悪な闇
融和せよ、拒絶せよ
放たれる赫の月光
万象滅ぼす夜の輝き
それは災い示す朱の月―――』」
クウの詠唱と共に白と黒のエネルギーが手の前に集まっていく。それは同じ色の雷を纏いながら融合し、色を血のような赤へと変えていった。月蝕の夜のような不気味な色を放つ球体がクウの手の前で安定し、その性質を「消滅」へと変化させる。
このまま炸裂すれば、その半径を数十倍にも膨らませて巻き込んだ物質を消滅させる《月蝕赫閃光》となる。だが今回はエネルギーの解放方向を指定して、光線のように放出するのだ。
「『―――
《赫月滅光砲》』」
その瞬間に赤黒い球体が一瞬膨らみ、前方へと向けて放たれる。目に見える物質だけでなく、空気すらも消滅させるこの魔法はウォールゴーレムを消し飛ばしながら突き進む。魔石を消滅させられたウォールゴーレムはボロボロと体を崩していたのだった。
何かを消滅させる度に減衰していく《赫月滅光砲》は徐々に光を弱め、クウが込めた魔力分の消滅エネルギーを消費しきったところで最後に赤い雷を散らしつつ効果が消失した。
この光景にはミレイナもレーヴォルフも絶句する。
『…………』
「さて、急ぐか」
一方のクウは何ともないかのように足を踏み出す。ウォールゴーレムが移動して、せっかく作った次の階層までの道を塞いでしまっては意味がないのだ。射程の関係上、もう一度《赫月滅光砲》を使わなければ階段までは届かないと分かっているが、魔法を使う回数は少ない方がいい。
クウは走り出す。
「……ホントに何者だろうね?」
走っていくクウを見てレーヴォルフもそれを追いかけるのだった。
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