EP184 堕天使 後編
後編です。
二話同時更新ですので、前編を読んでいない方は注意して下さい。
「ぐっ……」
クウの姿をかたどり、背中に漆黒の翼を生やした堕天使ダリオン・メルクはさらに苦しそうに声を出す。すると《千変万化》が発動してクウへと変化したときのように、身体の周囲が再び黒い霧で覆われ始めたのだった。
「ちっ、意味が解らん」
クウはそう悪態をつきながら先ほど見たステータスを《思考加速 Lv4》で考察する。
まずは種族である堕天使(神種魔人)という部分だ。おそらく元は神種魔人だったのだろう。《千変万化》で変化していたために分からなかったが、どうやら魔人という種族だと分かる。例の奴隷首輪の発注書から考えると【アドラー】からの協力者であるという線が強い。何より【称号】の欄に《魔王軍四天王》の文字があるのだ。少なくとも流れの魔人ではなく幹部級だと考えなくてはならない。
そして本当に謎な部分が堕天使という種族だ。つまりは神に逆らい、堕落した天使だということ。先程からの状況を考えれば、クウのステータスをコピーしたことによって堕天使となってしまったのだろう予想できる。
(やはり【加護】か? 天使ということは本来は神という後ろ盾を持っていることになる。だが奴は俺のステータスをコピーして疑似的に天使となったが、ゼノネイアの加護まではコピーできなかった。《Error》とか表示されていたから間違いない。つまりは神の守護を失った天使となった。だから堕天使―――?)
クウの予想は殆ど正解だった。
神種魔人ダリオン・メルクは《千変万化》を用いて相手のステータスをコピーし、姿と共に奪うことが出来る。だが彼は知らなかったのだ。真なる神の加護だけはコピーできるものではないと。
虚空神ゼノネイアの加護に限らず、神の真名による加護はしっかりと対象が定められている。コピーをしたところで本当に複製できる程度の代物ではないのだ。
だが予想外の【魂源能力】によって天使となったダリオン・メルクは神の加護を消失……つまりシステム上の堕天とみなされることになった。そして加護は一変して呪いとなり、堕天使として《虚空神の呪い》を与えられることとなった。
しかしクウのステータスをコピーしただけのダリオンは本来天使ではない。そこで偶然にもシステムの穴を突いたような状態となり、堕天してステータス変更が行われた。その際バグとしてダリオン本来のステータスとコピーしたクウのステータスが入り混じり、最終的にあのようなステータスへと変化したのである。
(おそらくすべての原因は《虚空神の呪い》だ。ダリオンのスキルも【魂源能力】を除いて全て消されているし、運もゼロで固定されてしまっている。とことん呪いだな。残念なのは俺の能力がコピーされたままだってことか)
元のダリオンがどのようなステータスだったのかは不明だが、今はクウの能力が優先されている。レベルも能力値も【魂源能力】もコピーされたままなのだ。呪いによって精神値が十分の一になっていることから《幻夜眼》を十分に使うことは出来ないだろう。だが《月魔法》だけでも強力すぎる効果を持っているのだ。やはり状況は良くない。
「ぐあああああああああああああ!?」
そしてクウが考え事をしている間に黒い霧の中から絶叫を上げるダリオン。バサリと漆黒の翼が広げられたかと思えば、黒い霧が吹き飛んでいく。
だがそこから現れたのはクウと同じ姿ではなかった。
エルフよりは短いが、人よりは長い耳。そして黒く染まった眼球が特徴的であり、瞳は鮮血のような紅を放っている。耳と目……この典型的な魔人の特徴はクウも王城の資料室で読んだことがあった。
「つまりこれがダリオンの本来の姿……?」
「ぐ、ぐぅ……何が起こった」
どうやらダリオンですら現状を把握しきれていないらしく、自分に起こった変化に戸惑っている。レイヒムやミレイナも言葉を失っていることから、状況を把握しきれているのはクウだけだろう。
神種であり、さらにバグで堕天使となったダリオン。クウの選択肢は一つだ。
「ここで仕留める!」
大きく踏み込んだクウは同時に神刀・虚月を取り出して右手を柄にかける。天使のステータスをフル活用した動きはミレイナにもレイヒムにも知覚することは出来ない。そしてクウと似たステータスを所持しているダリオンも戸惑いによって隙を見せていた。
一秒にも満たない間にダリオンの懐へと飛び込んだクウはそのまま居合を放つ。
「『閃』」
「っ!?」
コピーによって偶然クウと同じ身体能力を手に入れたダリオンは何とか反応してクウの右側へと転がる。しかし堕天使になることで手に入れた新しい器官のことが頭から抜けていた。
スキル効果によって十二倍まで加速された一撃はダリオンの右二枚の翼を切り裂く。堕天使の特徴である艶一つない漆黒の羽が周囲に舞い散った。
「ぐあぁっ!」
クウの翼と違って痛覚があるらしく、ダリオンは痛みに顔を歪める。だがクウは流れるような動作で左手を動かし、手に持った神刀の鞘で掬い上げるようにダリオンの下顎を打った。そしてダリオンの体が浮き上がったところを回転するようにステップを踏んで腹部を切り裂き、さらにダリオンを蹴り上げつつ神刀・虚月を納刀する。
「―――!」
声を上げる隙も与えられずに空中を舞っているダリオンを見据え、さらにクウは居合の姿勢を見せた。《思考加速 Lv4》によってゆっくりと世界が回る中、クウは魔力を納刀状態の神刀・虚月へと纏わせる。それは武器に纏わせた魔力を使って斬撃を飛ばす《魔力支配》の応用技。
「『閃空魔斬』」
加速された抜刀の一撃から繰り出される魔力斬撃は、その速度を乗せて威力を増大させながら飛翔する。魔力を感知することが出来れば、クウの神刀・虚月から三日月型の斬撃がダリオンに向かって飛んでいる様子を見ることが出来ただろう。
そしてその速度は音速すらも超えてソニックブームを生み出し、周囲に衝撃波を撒き散らしながらも空中を舞うダリオンを上下真っ二つに引き裂く。そしてダリオンの体は風に吹かれた砂のようにサラサラと分解されて消えたのだった。
「ちっ……逃したか」
眉を顰めたクウは神刀・虚月を納刀しながら呟く。
クウが『閃空魔斬』によって切り裂いたのはダリオンが最後の足掻きで発動させた幻影。クウからコピーした《幻夜眼》を使って逃走したのだ。ゼノネイアの呪いによって精神値は十分の一となっているハズだが、《幻夜眼》を空間に対して作用させればクウに幻術を見せることも可能である。
「記憶は奪えないと言っていたが……能力の使い方は知られているかもしれないな」
クウは《幻夜眼》のお陰で本来は幻術無効だ。それは空間に作用するタイプにも及んでいる。しかしファルバッサの《幻想世界》や自分自身の幻術能力ならばその限りではないのだ。つまり同じ【魂源能力】ならば幻術を喰らうことになる。さらに精神値の差によっては精神系の幻術すらかけることが可能だ。
《幻夜眼》には《幻夜眼》を……
ダリオンはクウの能力をしっかりと使いこなしていたのだ。
「気配も魔力も感じないか。すでに遠くに逃げたか、幻術で誤魔化しているかだな」
自分の能力はかなり有能だが、こうして敵に回すとこれほど厄介だったのかと初めて知る。しかしよく考えれば、超越者のオロチですら幻術のマグマ海へと沈めて苦しめたのだ。そして何より意思干渉の力は余りに強力すぎる。自分の演算力の限り世界を捻じ曲げることを可能とするなど、計り知れない恐ろしさを感じさせる。
「まぁいい。取りあえず今回はミレイナとレーヴォルフの件が先だ。ダリオンのことは俺が責任もって始末してやる」
クウはそう呟いて今の問題を先に送る。今回は自身の慢心と油断が招いた結果だ。予想外だったという点もあるが、それでも相手に自分の能力をコピーされたことは痛い。まして四天王という地位にいる者なのだ。これからどうなるか予想も出来ないのである。
しかしクウがここにいる本来の目的は情報収集。そして結果的にレーヴォルフとミレイナを助けることとなった。ダリオンを逃した以上は深追いせずに二人をシュラムのところまで届けるのが最優先となる。
「ミレイナ。一旦引くぞ」
「知るか。何故私がお前の言うことを聞く必要があるのだ。それに私はレイヒムの奴に首輪を―――」
「奴隷化なら解除してある。いいから来い!」
「おいっ、こら!」
クウはミレイナの意見を無視して連れ去る。ミレイナが天使であるクウの動きを追えるはずもなく、抵抗する余裕すら与えられずに脇に抱えられたのだった。突然のことで叫ぶミレイナだが、クウはそれを無視して迷宮の方へと消えていく。
もはやクウの姿を隠していた白マントは外しているため、白い街並みに黒い影が目立っていた。
言葉を発することすら許されずに茫然と眺めていたレイヒムは最後に呟く。
「……どうなっているのです?」
この言葉は様々な意味を含んでいた。
まずはオロチによって始末されたはずのクウが生きていたということ。魔力の感覚や雰囲気から間違いなく同一人物だとレイヒムは確信していた。
そして次に堕天使となったダリオン・メルクのことだ。レイヒムは彼の本名すらも知らず、偽名としてジョーカーと教えられていたため、彼を《鑑定》した結果に驚いたのだ。大体の能力や魔人であること、四天王であることは知っていたが、名前は知らなかったのだ。さらにいきなり漆黒の翼を生やして堕天使となったのだからレイヒムの頭には混乱しか残されていない。
さらにミレイナのこともある。奴隷化していたはずが、クウによって簡単に解除された。そして為す術もなくあっという間に攫われていったのである。もう唖然とするほかない。
最後に一番不思議だったことが、クウがレイヒムを見逃したことである。レイヒムは召喚獣を可能な限り出し尽くしており、戦う力など皆無に等しい。そして堕天使化したダリオンを一方的に攻撃していたクウがレイヒムを殺せないはずがないのだ。だがそれをしなかったことにレイヒムは戸惑っていた。もちろん殺して欲しかったわけではないが、やはり不自然に感じたのである。
だがこれはクウにも思惑があってそうしたに過ぎない。
何故ならクウがレイヒムをこの場で殺したところで意味がないからだ。何も知らない獣人からすれば、クウは全く知らない他人でしかないのだ。要は何者かに皇帝が暗殺されたという事実だけが残るのである。それでは竜人の立場も変わらず、レイヒムの所業が暴かれることもない。もちろん竜人や、事情を知る各種族の長達は声を上げるのかもしれないが、何せ証拠がないのだ。英雄として君臨しているレイヒムを貶めることが出来るのかは全くの不明である。
だからこそレイヒムはクーデターという形で討たれなければならない。だからクウはこの場を退却することにしたのだった。
そんなクウの考えを知るはずもないレイヒムはさらに呟く。
「ジョーカー……いえ、ダリオンのこと、それにあの黒髪の人物……問題が山積みですね。【ドレッヒェ】の呪いも殆ど進行していないようですし、計画の見直しが必要でしょうか? 念のため【アドラー】にも連絡しておいた方がよさそうですね」
そして何よりも【帝都】には蛸の化け物が暴れている最中だ。クウが操っていることは状況的に理解していたレイヒムだが、だからといって何かが出来る訳ではない。眷属に戦闘は任せているため、結局は待つ他ないのだ。
レイヒムは苦々しい表情を浮かべつつ、ローブを翻して城の方へと戻っていったのだった。
夏休み終了!
旅行に行ったりして毎日更新とはいきませんでしたが、砂漠の帝国編もかなり進めることが出来ました。(本当は終わらせて次章に移るつもりだったんですけどね……)
基本は土日更新に戻りますが、これからも読んでいただけると幸いです。余裕があれば平日更新できるように頑張りますので!
評価、感想をお待ちしています。





