EP17 迷宮攻略開始
迷宮で賑わう【ヘルシア】の朝は、冒険者ギルドが最も忙しい。
依頼を受けに来る多くの冒険者たちで、依頼掲示板の前は人で溢れかえっているほどだ。
基本的に迷宮都市での依頼は素材収集系が多い。
それも常時受け付けの依頼であるため、募集している素材の確認だけしてさっさと迷宮に行ってしまう冒険者がほとんどだ。
たまにある街の外での討伐依頼や護衛依頼、雑用系依頼を受ける冒険者だけが依頼書を剥がして受付へと持っていくのだが、それも他のギルドと比べれば圧倒的に少ないだろう。
そんな中、入り口から入ってきて真っすぐ受付へと向かう黒髪黒目黒コートの少年が目立ってしまったのは仕方ないというものだ。
「おはよう。昨日ギルドマスターから迷宮に入る許可をもらったから許可証が欲しいんだけど?」
「はい、うかがっております。クウさんですね? ギルドカードの提示をお願いします」
「はい、これでいい?」
「確認しました。ではこのカードに許可印と機能拡張を施しますので少々お待ちください」
そう言って奥へと向かう受付嬢。
時間がかかるのかと思ったが数分で戻ってきた。
「お待たせしました。では機能拡張されたギルドカードの説明を行いますね」
「ああ、ついでに虚空迷宮の情報も少し欲しい」
「わかりました。
まず、ギルドカードですが、到達階層が自動で記録される機能が付加されました。迷宮都市ではこの機能によって冒険者の質が測られることが多くなりますので、到達階層の多さは第二のランクだと考えてください。
そして迷宮ですが、各階層をつなぐ階段の途中に転移クリスタルと呼ばれる転移装置が設置されているので、それに触れることで迷宮入り口のエントランスにワープすることができます。逆に、エントランスの転移クリスタルに触れながら望みの階層を呟くことで、その階層へとワープできます。ただし、そのためには一度転移したい階層まで自力で降りる必要があるので注意してください」
「便利だな。必ず全ての階層にクリスタルがあるのか?」
「はい、現在最も攻略の進んでいるパーティは36階層まで到達しておりますが、全ての階層に転移クリスタルが確認されています。また虚空迷宮以外の迷宮でも地下7、80階層あたりまで確認されていますので、全ての階層に転移クリスタルがあると考えられています」
「なら、パーティを組んでいるとき、到達階層の違う者同士だとどうなるんだ?」
「パーティを組んでいたとしても、クリスタルは個人として魔力波形を登録しているらしく、結局は一人ずつ個人個人の到達階層に依存することになります。そもそもこのクリスタル自体に謎が多く、一説には神が残した遺物だと言われています」
「そうか……ならそれはいいや。他に注意することは?」
「そうですね。虚空迷宮は他の迷宮にない特殊な効果のせいで地図がありません。迷わないように自分の力量を把握して安全に挑んでください」
「わかった。ありがとう」
クウは終始心配そうにしていた受付嬢にお礼を言ってギルドをでた。
「なるほど。皆が皆で転移をしようとするとこうなる訳だ」
ダンジョンの入り口から長蛇の列をなす冒険者たち。
エントランスの転移クリスタルは一つしかないのでこうなるのは仕方ない。転移は一瞬らしいので回転率はそれなりに早いものの、10分ぐらいは並ぶことになりそうだ。
他の冒険者に倣って列の一番後ろに並ぶこと約10分。
ようやく虚空迷宮の入り口に入ることができた。
真っ白な神殿のような外観の迷宮は何の素材で出来ているのか気になったので《看破》してみたところ、『不明、解析不能』とでた。解析すらできない素材である以上、やはり神が関わっている可能性が高いのだろうと予想をつける。
内部も装飾が張り巡らされた美しい空間で、中央に青白く光る3mはあるような巨大クリスタルが鎮座している。それに触れた冒険者が青い粒子を散らして消えていくのを見るに、あれが転移クリスタルらしいとわかる。
そして一番奥にはポッカリと口を開けた地下への入り口。
初めて迷宮に向かうクウはこちらが目的だ。
転移クリスタルをスルーして奥の階段へと歩を進めていく。
白で統一されている壁の中で、唯一黒を放つ迷宮の入り口。一歩でも階段へと足を踏み入れると、白亜の美しい色調から変わって、土色の岩の階段になる。洞窟風の階段を一歩一歩進みながら、未知への高揚と共に虚空迷宮へと降り立った。
~1階層~
「思ったよりも明るいな。この壁面が光ってるのか?」
階段を降りた迷宮内部は洞窟風の1本道だ。本来なら光が届くことなく暗闇を彷徨うことになるはずだが、奥まで見渡せるほどに明るい。それも眩しすぎることなく適度な光量であるため、戦闘にも支障はなさそうなほどだ。
「さて、じゃあ今日は地下9階層を目指しますか!」
先へと続く道を真っすぐに、ただ進んでいく。
この虚空迷宮において、次の階層への階段は探す必要がない。階段を降りて真っすぐ500m~1kmほど進むだけで次の階層への階段が見つかるのだ。そのため、横へと逸れる道は全て行き止まりに通じている。もちろん横道に行くことで迷宮道具と呼ばれる貴重な魔道具が見つかることがあるのだが、レベル上げが目的なのでクウは無視する。
そして地図も要らないこの迷宮がどういうわけで上級迷宮と位置付けられているのかというと、この虚空迷宮全体にかかっている効果が酷く意地の悪いものだからだ。
その効果とは”幻覚”。
本来なら真っすぐに進むだけでその階層をクリアできるにも関わらず、幻覚によって惑わされ、知らぬ間に横道へと逸れているのだ。さらに階層が下がると、トラップや魔物までが幻覚に隠されていたり、逆にトラップに引っかかる幻覚を見せられたりと、とてもではないがまともに攻略できない仕様になっている。
基本的に階層×100の精神値があれば、その階層の幻覚から逃れることができるのだが、現在最も下まで進んでいるパーティでも36階層。つまりここでは精神値が3600もなければ幻覚に引っかかることになってしまう。実にレベルにして90台だ。ハッキリ言って人族最高クラスである。
36階層まで進むと悪質な幻覚が多くなるので、十分な精神値を得た上で精神値を底上げするアイテムを身に着けて攻略するのが一般的だ。
だが、クウならば全く問題にならない。
なぜならば固有能力《虚の瞳》の効果である「幻覚無効」によって、この迷宮内の特殊効果は無に帰すからだ。つまり、クウにとってこの迷宮は真っすぐに進むだけの狩場にしかならない。ゆえに、クウにとって最も簡単な迷宮と言えるのだった。
「あれは……ゴブリンか。はいっ、瞬殺っと」
レベルにして10にも満たないゴブリンたちを走りながら流れ作業で瞬殺していく。本当ならば魔石を回収するのだが、今日中に地下9階層まで行く予定なので、価値の低いものは無視している。
15分もしない内に2階層へと続く階段にたどり着いた。
「あっけないな。1階層ならこんなもんか?」
~2階層~
2階層になっても景色は変わらず洞窟風だ。
他の迷宮では地下50階層を超えたあたりで森林や火山や砂漠といったフィールドフロアが出てくるらしいが、まだこの虚空迷宮では確認されていない。恐らく他の迷宮と同様に50階層を越えてからだろうと考えられている。
「しかしこうも景色が変わらないと目に毒だな。違う方向から精神攻撃されている気がする」
出てくる魔物を木刀ムラサメの一振りで仕留めていくクウ。
さっきから何度かレベルアップしているが確認はしていない。
ここではゴブリンの他にコボルトという犬型の魔物が出現している。尤もLv10にも満たない低レベルな魔物ばかりであることには変わりないが、それなりの数を倒せばレベルも上がる。そもそもこの迷宮に入った時点でのクウのレベルは11だったのだ。レベルが上がるのも当然といえば当然である。
「よし、到着」
あっという間に階段へとたどり着いた。
~7階層~
ここまで降りるとLv20を超える魔物も出てくる。
しかし、クウのレベルも上がっており、さらにすれ違いざまに抜刀の『閃』を喰らわせて一撃で仕留めているので進行速度はほとんど落ちていない。
さらにひたすら真っすぐな道を進んでいるので敵の姿も簡単に視認できる。つまり落ち着いて戦闘モードへと意識を変えることができるのだ。冷静に魔物を瞬殺していく様子を何人かの冒険者に見られてしまったが、クウ本人は気にすることなく駆け抜けていく。
一度5階層で休憩を入れた以外はずっと小走りの状態ではあるが、順調なレベルアップのおかげで体力も増えていくので、問題なく走り続けることができた。ステータスのシステムに感謝しつつ、クウは7階層を走り抜けた。
~9階層~
「ふう、ここで最後か。意外に早く終わりそうだな」
地球から持ってくることになったソーラー式の腕時計を確認するとまだ12時を過ぎたばかり。迷宮を脱出する頃には丁度お昼時になりそうだ。
「余裕もあるし、ここからは剥ぎ取りもするか」
走るのを止め、早歩きをしながらはるか先を見据えるとゴブリン上位種のゴブリンジェネラルとゴブリン数匹がこちらに寄ってきているのが見えた。向こうはまだ気づいていないようではあるが、このまま近づけば戦闘になるのは間違いない。
(ゴブリンジェネラルか……資料でしか見たことないけど結構大きいんだな)
ゴブリンジェネラルは身長150㎝ほどで、普通のゴブリンに比べて30㎝ほど背が高く、筋肉もよく付いているのが見える。装備も腰布だけのゴブリンと違って金属鎧を身に着けている。
「ギギギッ!」
「グガッ、ガガ!」
「グゴーッ!」
さすがにゴブリンもこちらに気づいたようで、ゴブリンジェネラルを囲うように矢じりに似た陣形で突撃してきた。
「まぁ、まともにやり合う気なんてないけどな。《虚の瞳》!」
体を切り刻まれる幻覚を見せる。もちろん痛覚は本物と同じだ。
真っすぐクウを見据えていたゴブリンたちはものの見事に幻覚にかかり、精神値の低い普通のゴブリンはショック死してしまう。
何とか生き残ったゴブリンジェネラルも涎や鼻水を垂らして放心してしまった。痛みに叫ぶ余裕すら与えられないほどの激痛を経験したゴブリンジェネラルは精神を壊され、ただ立ち竦むのみ。
クウはゆっくりと歩み寄り、ムラサメに魔力を纏わせて首を断ち切った。
「ゴブリン系は右耳が討伐対象だけど迷宮内の魔物は報酬がでないからなぁ。魔石しか素材のないゴブリンでは稼ぎが悪いのも仕方ないか。とりあえずゴブリンジェネラルの鎧は回収するか」
王都のギルドで貰ったナイフを取り出し、魔石をはぎ取ってアイテム袋へとしまう。
「よし、これでいいかな。剥ぎ取りも慣れてきたもんだ」
残された死体は放置して先へと進む。
放っておけば迷宮が勝手に死体を取り込んでしまうらしい。放置された武具も取り込まれて迷宮道具としてどこかに出現するそうだ。その際に魔道具としての能力が付与されるので価値があがるらしい。
その後も、正面からくるゴブリンたちを切り伏せながら楽々10階層への階段にたどり着いた。
「さて、もう1時か。剥ぎ取りもしてたし時間がかかったな。ステータスの確認だけしたら、クリスタルで脱出するか……ステータス」
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クウ・アカツキ 16歳
種族 人 ♂
Lv32
HP:920/920
MP:842/842
力 :798
体力 :801
魔力 :841
精神 :3,600
俊敏 :857
器用 :913
運 :40
【固有能力】
《虚の瞳》
【通常能力】
《剣術Lv2》
《抜刀術 Lv7》 1LvUP
《偽装Lv6》
《看破Lv6》
《魔力操作Lv4》 2LvUP
【加護】
《虚神の加護》
【称号】
《異世界人》《虚神の使徒》《精神を砕く者》
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「……ふぅ。俺はツッコまないぞ」
相変わらず精神値がインフレしているチートステータス。
どうやら1Lvごとに100、さらに10Lvごとに追加で100も増えているらしい。
ますます《偽装》が手放せなくなったクウであった。
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